†第31話《亀裂》†
疲労困憊、満身創痍、心神耗弱。
青白く今にも倒れそうな成年が椅子に座り、、癖のついた金髪の青年、ヴァンス・ネア・エクレールから、手当を受けていた。
成年の体は所々に擦り傷や、打ち身がみられ、骨折をしているのではないかと疑われる箇所も何箇所か見受けられる。
そんな成年、アルフ・レット・フラッシュを手厚く手当していくヴァンス。
手当を終えるとヴァンスが口を開く。
「大丈夫か?アルフ。」
「………っ!!」
アルフは突然立ち上がろうと体に力を入れるが、ヴァンスが許すはずもなく、それを抑えつける。
先程から何度このやり取りをやっているだろうか、ヴァンスがアルフの身を案じると、アルフは立ち上がり、外に出てこうとする。
それをヴァンスは抑える。
「アルフ!リヴィアを助けに行くより、ハイドの方が先だ!!アルフ!よく聞いてくれ!この街にかかった雲はラグナのフィアスによるもの!それならお前のフィアスで打ち消せる筈なんだ!」
「………。」
アルフは応えない。
「アルフ!!」
「………ぇよ…。」
「え?」
「うるせぇんだよ!俺に何が出来るっていうんだよ!目の前にいた人一人すら救えない俺に!何をしろって言うんだ!俺には…誰も救えない!救えないんだよ!この雲がラグナの起こしていることだって?そんなのとっくに知ってるよ!でも!俺のフィアスじゃあいつのフィアスは破れなかったんだ!俺にはこの街も、救えない!もう俺に期待するなよ!もう無理だ…。」
そこまで言い終えた所で、アルフは床に転がった、後から顎にじんとした痛みがくる。
「いってぇ…。」
「本気で言ってるのか?」
震える拳を握ったヴァンスが尋ねる。
「本気で言ってるのかって、聞いてんだ!!」
「ああ、本気だよ!事実だろ!!お前らはいつだって、俺にいらん期待を押し付けて!俺のする事をしばる!俺は、騎士の家系になんか産まれたくなかった!子供の頃から剣を持たされ、良い騎士になれって、それが嫌だと逃げ出して、それでも誰かを護りたかったからスレイブを立ち上げたら、結局騎士の名がついてまわって、今ですらこの有様だ!もう疲れたんだよ!俺は無力なんだよ!もう誰一人救えない!俺にはもう救えないんだ!」
その場にある椅子や机をなぎ倒すアルフ。
しかし、ヴァンスは。
「ふざけんなよ。甘ったれんのもいい加減にしろ!!今まで散々救ってきただろうが!!お前の手で、俺達の手で、沢山の命を、笑顔を、護ってきただろうが!!自分に力がない?もう誰も救えない?それは力を持つ奴が、絶対に言っちゃいけないことだろうが!!自分の望むものじゃなかったかもしれないけど、それでも手に入れたのは、お前自身の力だろうが!!それがなんだ!たかが一回失敗したくらいで餓鬼みたいに駄々こねやがって!俺達の救ってきたものも!俺達の護ってきたものも全部!全部否定して、それでも何も護れないっていうのか!そうやって、勝手に絶望して、これから護れる筈のものも全部見捨てるっていうのか!」
胸ぐらを掴み、アルフを無理矢理に立たせるヴァンス。
「うるせぇよ…俺にはもう無理なんだ!!リヴィアは俺には!護ってやれない!救って…やれない!!」
そういって真っ直ぐにヴァンスを見る。
ヴァンスは胸ぐらを掴んだその手を緩め、アルフに床に突き飛ばす。
「分かった。お前の心は良く分かった。」
そういってアルフの部屋を後にしようとドアノブに手をかける。
「そうだ…ずっと言ってなかったけどな…俺はリヴィアが好きなんだ。愛していると言ってもいい。」
「………えっ?」
突然の告白に状況の把握に手間取るアルフ。
「お前らに遠慮して今まで言わなかったんだ。俺はリヴィアを愛してる。でも、お前が救ってやらないなら、俺がハイドもリヴィアも、全部救ってやる、そして、俺はリヴィアに…。」
「まて!ヴァン…!」
そういってヴァンスはそう言い残し、部屋を出た。
(あいつ、リヴィアを…。)
スレイブにいるとき、カルストでリヴィアと合流して以来、基本的に、いつも三人で一緒だった、自分がリヴィアに惹かれていたのと同じでヴァンスも惹かれていたとしてもおかしくはない。
見えていなかった。
自分の事に精一杯で、ヴァンスが自分の気持ちを隠していることに、気づかなかった、気づけなかった。
それにしてもこのタイミングでの告白とは。
(ったく、卑怯すぎるだろ。)
アルフは優しく、拳を床に叩きつけた。
(救う…なんて大見得を切ったのはいいが…)
ヴァンスはアルフの部屋を出て、ハイドをどう救うかを考えるため、街の丁度中心当たりにきていた。
(問題はこの雲だ…闇と相対するフィアスは光だけだ、俺の雷じゃ相殺できない。)
雷と相対するフィアスは、土と、水、本来相殺出来るのはこの二種類だけである。
そのため、ヴァンスはどうすれば闇のフィアスによって生み出されたこの雲を消し去り、この地に太陽を取り戻せるのか、考えていた。
(まぁ、力づくしかねぇよなっ!!)
身体に意識を集中する。
続いて背負った大剣に、身体の周りに静電気がうまれ始め、静電気は重なり電撃となっていく。
シャツの胸元が破れ、刻印が現れる。
「雷神投槍!!!」
大剣に集束させた雷撃を抜刀と同時に直線状に放出する。
その雷は雲を貫き、貫いた部分の雲が晴れる。
(よし!雲が晴れ…)
しかし、雲が晴れたのは一瞬で、直ぐに雲がかかり、冷たい雨が降り出した。
「おいおい…こりゃないぜ。でもな、諦めるわけには、行かないんだ!!雷神投槍!!!」
雷神投槍!
雷神投槍!!
雷神投槍!!!
何度も、本当に何度もフィアスを使用した。
生命の一部を変換して使うフィアス、その連続使用は命を削る行為だとヴァンスは良く知っていた、それでも救いたかった。
救う一心で命を削った。
それでも届かない。
雲は晴れない。
ヴァンスはフラつき、立つこともままならず冷たい地面に倒れた。
意識か遠のく。
世界の無慈悲さを呪うように、ヴァンスは拳を空に掲げ、意識を失った。
「ったく、無理しやがって。」
一瞬、そんな声が聞こえた気がした。
ヴァンスの去ったあと、アルフは頭を冷やすため、シャワーを浴びていた。
エアルドに力を持てと言われ、力をつけた。
カワードにその力を利用された。
リヴィアは力の大事さを教えてくれた。
ラグナに自分は無力だと実感させられた。
ヴァンスに自分の力で救えるものがあると教えられた。
皆が力を必要としている。
自分は?
俺はどうしたいんだ?
俺は…。
そこで気付く大切なこと。
(俺は馬鹿か…期待するな?期待が疲れた?違うだろ、期待なんて関係ないだろ!俺が護りたいから護ってきたんだ!俺が救いたいから救ってきたんだ!いつだって、俺がしたいように、してきたじゃないか!それを敗北にいじけて、仲間に当たって、ガキか俺は!自分の事しか考えてなかった、いや、自分の事すら考えられてなかった!救わなきゃな、護らなきゃな)
シャワーから上がり、髪を拭きながらアルフは鏡の前に立つ。
忌々しい、ガキくさい顔、長い髪。
髪を掻き上げてみる。
離すと当然、重力に従って落ちてくる髪。
髪型を変えてみる。
決心、決意、決断、決別。
今までそのまま前に垂らしていた前髪をきちんと分け、癖がついてツンツンしてた髪を後ろに流す。
少しは大人っぽくなったか。
服も変える。
ラフな感じではなく、戦闘に向いた動きやすい格好に。
「待ってろよ!」
そのとき、窓の外に雷のような光が走った。
(あれは…!ヴァンスの!!)
アルフは部屋を飛び出した。
ハイドの中心につくと、ヴァンスは地面に倒れていた。
「はぁ…はぁ…はぁ。」
息がきれる。
ハイドという街は、こんなに広かったのかというほど、走った気がする。
アルフは腰に差した剣を抜き空に掲げる。
「ったく、無理しやがって…。」
アルフはフィアスを発動させた。
「あとは、俺に任せろよ!浄化!」