†第29話《誘拐》†
ネイスール独立国 ハイド
「これは…。」
ヴァンスの調達した大型のトラックに乗り、ハイドについた三人、三年ぶりに目にしたハイドの姿を見た、アルフの第一声だった。
元スレイブのアジト、アルフ達にしてみれば、第二の故郷であるハイド。
そのあまりにも酷い惨状を見た三人は愕然とした。
「こんな事って…、こんな事って、あるかよ。」
アルフはそういうと、足の力が抜けその場に膝をつく。
「畜生!!ふざけるな!!」
ヴァンスは、怒りのあまりその場に拳を打ち付けた。
リヴィアは顔を隠し、ひたすらに涙した。
ラグナの起こした爆発の影響で軒並みは吹き飛び、かろうじて残っているのは一部の頑丈な家と、元スレイブのアジトくらいだった。
おまけに残留した黒雲の影響で、雨が降り続き、洪水、川の氾濫、土壌の流出、湿気の多さによる不衛生な生活、爆発で運良く生き残れた人々も、免疫力の低下による病に苦しんでいた。
一週間…。
アルフ達がカルストを出発して、このハイドに着くまでのこの一週間で、街は地獄と化していた。
「グレン達を連れてこなくて良かったな、あいつらに、ハイドのこんな姿は辛すぎる。」
アルフは伏し目がちにそういった。
「そうだな、とりあえず、俺ら三人と連れてきた二十人、みんなで手分けして、街を直そう。」
ヴァンスはそういうと、トラックから降りて、その場に固まっていた二十人のガーディアンのメンバーの所にいった。
「リヴィア、気持ちは分かるが今は一刻も早く、生き残った人達を救出しよう。」
アルフは泣きじゃくるリヴィアの背中をやさしくさすった。
リヴィアは黙ってうなずくと、立ち上がって、ヴァンスのもとに歩き出した。
それから一週間…
街は徐々に復興の兆しを見せていた。
ヴァンスの提案で元スレイブのアジトに、生き残った人達を集め、避難所にした。
そこでは、雨風を凌げる衛生的な寝床、温かい食料提供し、形の残った頑丈な家では、大まかな傷の治療、薬の処方を請け負い、少しづつ、傷を負った人々の治療をした。
一方で、力の出る者は、決壊した川の堤防の修理や、用水路の作成を行い、街自体を修復していった。
ハイド マグニスの丘
その日の作業を終えたアルフとリヴィアは、ハイドの町はずれにある、マグニスの丘に来ていた。
「あー…今日も何とか終わったな!」
関節を伸ばし、その日の疲れを飛ばしながら、アルフはリヴィアに喋りかける。
「うん、お疲れ様!ハイド、とりあえずは何とかなりそうで良かったね!」
リヴィアは、来た時とは違い、少しづつ明るい表情を取り戻した様で、弱弱しい笑顔でそう答える。
「そうだな…来たときはどうなることかと思ったけど、皆生きる力を無くしてなくて安心した。」
「うん!」
しばらくの沈黙。
丘から見える街では、以前の暖かな街の風景とは違い、殺伐とした雰囲気が漂っていた、街の所々に明かりがついており、まだ何か作業をしている者もいた。
「あの…さ…アルフ、この場所覚えてる?」
沈黙を破り、話を切り出したのはリヴィアだった。
「この場所?マグニスの丘のことか?なんかあったっけ?」
「覚えてないんだ…。」
悪ふざけのつもりでとぼけたアルフだったが、リヴィアが心底がっかりてしまったため、焦るアルフ。
「ごめん、うそうそ!覚えてるよ。ちゃんと覚えてる。」
「ほんとにー?」
そういって顔を膨らますリヴィア。
久しぶりに見た砕けた表情が、一層の愛らしらを感じさせる。
「ほんとだよ。スレイブ解散の時の事だろ?」
リヴィアは黙って頷く。
「俺さ、実はここに来る前に決めてたことがあるんだよ。」
「決めてたこと?」
「ああ…あの時耳打ちした言葉、あれをちゃんとした形で言おうって…。」
「うん…。」
リヴィアは下を向く。
(リヴィア、赤くなってるんだろうなぁ…)
とわざと少しおどけたことを考えるアルフ。
「こんな時なのに、いやこんな時だからか、俺の気持ちを伝えるよ。」
ここで深呼吸。
「リヴィア・キャナルス、俺にとって君はかけがえのない存在だ。気づいたら、俺の中でそうなってて、今でもずっとそうだ、きっと…これからも。」
「うん。」
赤面して答えるリヴィア。
「だから、あの時の言葉を送らせてくれ。」
三年前のあの時と言葉が重なる…
「愛してる。」
「これから先、何があっても君を護る!だから、俺の隣に居てくれないか?俺の隣で、笑っててくれ、それだけで、俺は十分だから。」
「私で良ければ…。」
リヴィアはそういって、少し涙を流した。
三年前とは違う、今回は純粋な嬉し泣きだつた。
もう置いて行かれることもない、これからアルフの隣で一緒に居られる、それだけでリヴィアの胸はいっぱいだった。
「ありがとう。」
「私もアルフを愛してる。」
「ああ、ありがとう。」
柔らかくなる二人の表情、二人は自然と手を握り合っていた。
黒雲の切れ間から差し込む夕日が、世界が壊されようとしていることなど、忘れてしまいそうな、そんな幸福感を漂わせていた。
ずっとこんな時間が続けばいい…そんなことを思った矢先だった。
「折角のいいところを、邪魔して悪いね…。」
そのとき一番聞きたくなかったまさかの声に、一気に現実に引き戻される。
アルフの腕には鳥肌が、額からは冷や汗が噴き出す。
「拘束」
リヴィアの体が急に何かにつかまれたかのように宙に浮かび、近くにあった木に叩き付けられる。
「きゃあ!!」
強かに体を打ち付けたリヴィアが悲鳴をあげる。
打ち付けられた体は見えない手に拘束されたように、宙に固定されていた。
「リヴィア!!」
その時虚空に何かが現れ、アルフに影がかかる。
「お前は…!!!」
その影の主は、ふっと微笑む。
「久しぶりだね、アルフ。アルフなら絶対ここにいると思っていたよ。」
アルフの当たってほしくなかった予感が的中して、剣に手を添え身構える。
「……ラグナ!!」
「僕のこと、覚えてくれていたんだね。」
地に立ったラグナは続ける。
「見ててくれた?僕の力!」
そういって、ハイドを示すラグナ。
「ふざけるな!こんなものが力なものか!!何故こんなことをした!!お前がしたかったのはこんなことだったのか!!」
ラグナの言葉に激怒するアルフ。
「そうさ!僕は領力で世界を支配する!そうすれば、世界は僕を見てくれる!」
「そんなことの為にハイドを…!!」
「く…くるし…い…アルフ…!」
強い力で体を締め付けられたリヴィアが、苦悶の声をあげる。
「リヴィア!大丈夫か!」
リヴィアに駆け寄り、拘束を解こうとするが、その見えない拘束は外れない。
「ラグナ!!リヴィアを離せ!!」
「そうはいかないよ!彼女は、いわば人質さ!君が僕の仲間になってくれるなら、離してあげてもいい!」
「お前の仲間…だと。お前の仲間になって、一緒に世界を壊せっていうのか!!」
「別に僕は世界を壊す気はないさ、ただ世界を僕のモノにしたいだけ。まぁ、残念ながら、ネイスールもヘレニックも、破壊がお好みのようだけどね。」
(ってことはどっちの国も、ラグナと戦うってことか!)
「ラグナ…俺はお前の仲間にはならない!だが、リヴィアも世界もどっちも救って見せる!」
そういってアルフは抜刀した。
!!?
ラグナの頭を切り裂き、喉元まで刃を食い込ませる勢いで放った斬撃だったが、見えない壁に阻まれた。
「ちっ!」
回り込んで切りかかったが結果は同じ。
「アルフ、今の君じゃ僕には勝てないよ。フィアスの差がありすぎる。」
アルフは諦めず、何度も何度も切りかかる。
「無駄だって言ってるのが…わからないのか!!!」
爆殺!
ラグナが手を翳すとアルフの眼前で小規模の爆発が起こり、吹き飛ばされたアルフはリヴィアとは反対側の木に叩き付けられる。
「がはっ!!」
その衝撃によるめまいと、吐き気をこらえる。
「ぐぅ…ま…けるか!!」
アルフはフィアスを発動させた。
今回はあの時のような暴走はなく、エアルド戦のときのように安定した発動をした。
「それが、君のフィアスの輝きかい?」
「そうだ!!これが俺の力だ!!」
アルフは叫ぶと、光速を利用して瞬間的にラグナの後ろに回り込み、剣を振るう。
しかし、斬撃はラグナに通らない。
「無駄だと、言ってるでしょ?いくら切りかかったところで、兄さんが僕を守ってくれる!」
「闇魔だと!?お前…まさか、ツヴァイのフィアスを!!」
「そう…これが僕の領力二重装填さ!!」
「フェアライズ…だと!?お前、ツヴァイのフィアスを取り込んで、自分に再構築したって言うのか!?」
「そうさ!兄さんは死んだけど、僕の中で生きてて、力を貸してくれてる。」
(くそ…それでこんな桁違いの威力なのか!)
「お前はここで倒す!絶対に!!」
「無理だよアルフ。君のフィアスは僕には通用しない!!」
「やってやるさ!!光波衝!!」
剣の先に光が収束し、ラグナに向け打ち出される。
ラグナに直撃した衝撃で空気が震え、光が乱反射する。
まばゆい光に目を瞑るアルフ。
目を開けた時、アルフは絶望した。
「ラ…グナ…!!」
そこには何事もなかったかのように立つ、ラグナの姿があった。
「さ、次は?」
(光波衝が効かない!!こんなやつ、どうすればいいんだ!どうすればこの防御を突破できる!?)
「無いなら僕からいくよ?」
ラグナはそういって、アルフに手を向ける。
「終わりだ!魔衝撃!!」
アルフに向けられた手から、光波衝とは比べ物にならない程の威力で闇の力が打ち出され、アルフはなす術なく正面から食らった。
アルフは後ろの木をなぎ倒し、数十m吹き飛んだ。
肺を強打したのか息ができずにうずくまる、全身に強い衝撃を受けたため、どこが痛むのかすら特定出来ない程ダメージを受けていた。
「言ったでしょ?勝てないって。まぁ今回は勧誘は諦めるよ。ただ…リヴィアさんはもらっていくよ?」
な…にを…言って…る。
かろうじて呼吸を取り戻したアルフだが、声の出ないアルフ。
「正しくはリヴィアさんのフィアスをね、まぁ、それは宮殿に戻ってからにするよ。」
ま…て!ラグ…ナ!!
弱々しく力の入らない手を伸ばすアルフ。
「じゃあね、アルフ。気が変わったら来るといいよ。少しなら待っててあげるから。」
まて…まってく…れ!
ラグナはリヴィアにかけていた拘束を強め、気絶させると、拘束をといて、闇魔を使い宙に浮かせた。
出現したときと同じように、影に飲まれて行くラグナと愛しき人。
「リヴィアァァアアーーーー!!!!」
リヴィアは虚空へと消えていった、最凶の敵、ラグナの手によって…。