第4.5話
プロローグ
世の中には介護が必要な人がいる。皆さんの中で介護が必要な人のイメージと言えば、足が弱って歩けなくなった老人なんかが多いんじゃないだろうか。もしくは子供にお節介をやかれている年老いた親か。どちらにしても俺から見れば介護が必要、介護をされていると思われる。
しかし、介護が必要であるのに世間がそれに気付かず、発生してしまう年寄りの事件が多い。俺の地元でもそんなことが多発し、町内会で老人の世話活動というお節介極まりない行為が起こるくらいだ。
ただ、俺からすれば面倒で仕方がないのだが。
このことは町内会が良かれと思ってやってのことだが、老人側から見ればどうだろうか。
例えば、まだ自分で料理がしたい年老いた女性がいるとして、彼女に食事の支度をするというのはいかがなものだろう。また、静かな家が好きという老人に話を持ちかけるというのはどうなのか。町内会は考えてやってのことなのか。
何故俺がこんなことを思っているのかは2日前の出来事が原因だ。2日前、俺は掃除が出来ない老人の家の掃除に向かわされ、彼の家に入ろうとし、唖然とした。玄関がチラシで埋まっているのだ。ドアを開けて、見えるのは積もり積もったチラシ。壮観な風景だろう。
――俺は叫び声を上げて逃げ出した。
2時間後、再度掃除を試みた俺だが、家の前にチラシというチラシが散乱し、やる気を失くした。しかし、無理矢理に自分を叱咤し、チラシ回収に尽力した。回収途中、チラシにクーポンが付いていたため確認。
「期限が12年前なんだけど」
俺の想像を絶する家であることは間違いなさそうだ。
半日掛けて家のゴミ類を処分した俺は、冷蔵庫を覗く。
「何だこれ……」
俺はじゃがいもを手に取って出した。袋の中にあるそれは、かなり小さく、そして白いミミズのようなものが生えていた。
「か……考えられねぇ……。じゃがいもから芽が生えていやがる……」
じゃがいもの繁殖の強さに呆れた俺は、一緒にくっついていたレシートに目を通す。
「買ったのは2年前か」
2年で芽が出るもんなんだな。今度やってみよう。
――以上、俺の家庭科の中途半端に文字数制限に引っかかったレポートだ。しかもこれは、フィクションである。
そんなこんなで、テスト週間が始まる。
~テスト前日~
「ねぇ柏木、小西が呼んでるよ」
見た目も精神年齢も低い石原が俺に言う。何の用だろう?
「あぁ、分かった」
俺は石原にそう言うと、小西の席へ向かった。
「用って何だ?」
「ここが分からんのや」
そう言って関西弁を使う、禿げたサルのような顔をした小西は数学の教科書を俺に見せてきた。
二項定理か。
「坂田に聞けばいいだろ?」
「それがアイツいないねん」
そういえばアイツ墓場で倒れていたんだったな。忘れていた。
「柏木、これどう解くんや?」
小西は(2x+4)⁶を解けと言うように示してくる。
「こんなの3乗と3乗に分けて計算すればいいだろう」
「違うやろ!定理があるはずや!」
「分かってんなら教科書で探せよ!」
「記号見ると気持ち悪くなるんや!」
「お前は桜井か!」
「あー?俺がどーしたー?」
そう言ってこちらに来たのは桜井。異常なまでのバカである。なので、テスト週間だと知ると、顔から精気を失ってしまう。なんせ頭脳は小学生レベルなんだからな。
「いいや、なんでもない」
「そーかー」
桜井はそう言うと鞄から何やらふろしきを取り出し始める。
「桜井、何それ?」
石原が桜井に質問する。
「おー?これは明日の試験に対抗するためのものだー」
ほう、桜井でも対策するようになったのか。俺も気が抜けないな。
「へぇ、じゃ何に使うか教えてよ」
「いいぞー」
桜井側の会話が気になった俺は、小西の相手を放棄し、桜井達の方に向かった。
桜井は俺が近付き、小西もこちらに来たことを確認すると、鞄から取り出したものにかかっているふろしきを取り去った。
見えたもの、右から順に。
1、以前桜井が出した、人の心とリンクして桜井の声で発声する機械の小さい版。桜井俊介ではなく、心をリンクされた本人の声が出ると書いてある。
2、ビデオカメラ。
3、手錠。
4、猿ぐつわ。
5、自動くすぐりマシーン。
「何するつもりだぁぁぁぁ !!」
「何ってー、これでテストどころじゃなくなるだろー?」
違う!お前の考えはいつもおかしい!だってこれだけ見たらどう考えてもSMプレイのSの人が持っている道具だもの!使い方が分かるもの!
「わかったで桜井!これはわいと宇津木が使うもんやな?」
「えー、そうなのかー?」
「違うに決まってるだろ!このバカアンドハゲ!」
堪え切れずに俺が怒鳴る。
「誰がハゲや!」
小西が口論に入る。
「誰がバカだー!」
お前に否定の余地はないぞ、桜井。
「まぁまぁ、3人とも落ち着け」
いつの間にか来ていた狩野が仲裁に入る。
しかし、実際桜井が持って来た物の使い方は大体こうだろう。
まず、手錠、猿ぐつわを使って椅子に拘束、その後自動くすぐりマシーンで拘束された人をくすぐり、その様子をビデオカメラで撮りながら心の発音機で声を出すのだ。
「完全に人を苛める道具じゃねぇか!」
俺が桜井に言うと、桜井は冷静な顔をして俺に言った。
「違うー!人を苦しめる道具だー!」
「ほとんど同じだろうが!!」
なんなんだコイツは!頭が悪いくせに変な知識ばかり持ちやがって!
「それで二項定理ってなんやねん?」
しつこい小西はスルーしてもいいだろうか?
「俺はいつもスルーされてるけどな」
墓場で倒れているはずの坂田が登場する。
「あ、坂田!無事だったの?」
石原が歓喜の声を上げる。
「あぁ、墓場で涼んでた」
「……そんなゾンビみたいなこと言わないで」
「うぉわぁ!!」
俺は突然出てきた浜路に驚き、飛び跳ねる。
飛び跳ねた俺に狩野が驚いて尻餅を着き、その狩野に驚いて小西が屁をこき、その音に反応した桜井が小西を蹴飛ばし、石原を巻き込みながら窓ガラスを割って外に飛んでいった。
数秒後、石原だけが背中にブースターをつけて帰ってきた。
……小西はどうなったんだろうか?時折、「宇津木~!最高や~!」というこの上なく気持ち悪い声が聞こえるが、果たしてこれは安心していいものだろうか?
そんな原因を作った浜路皐月について紹介しよう。
彼女は修学旅行時に知り合った、イメージが陰湿な女だ。しかも、どこが気になるのか知らないが、最近俺達に良く絡んでくるようになった。そして、ホラー系が好きということが判明した女子である。
それから、彼女が来るようになってからよく来るようになった女子を羅列しておこう。
岡夏樹という女子。どことなく男勝りで、元気いっぱいの女子である。
次に、和田弥生。誰に対しても優しく、笑顔で振る舞う。容姿も綺麗で時折可愛い表情を見せる。言葉遣いも丁寧で、狩野がアタックしている奴だ。
それから福岡ありさ。彼女は俺にも良く分からない。常時テンパっている変態だ。
テンパっていると言えば、俺の小学校にまさにコイツだ、という奴がいた。そいつは男で、名前は藤岡豊といった。
彼はいざという時にテンパって、大事な所を横取りされる悲しい奴だった。
時は小学5年生の夏休み前に遡る。
「なぁ柏木君」
「なんだ?」
「自由研究何にするんだい?」
「適当にPCコピー使って終わらす」
面倒なことが幼い頃から嫌いだった俺は、人との接触を人並み以上に避け、目立たないように振舞っていたため、こういう夏休みの自由研究の発表とか言う目立つものには参加したくなかった。しかし、宿題をやらずに目立つのも嫌なので、やらざるを得なかった。だが、宿題そのものが面倒なものだから、いつもPCを使ってサイトの文章のコピーをしてそれを提出していたのだ。
ところが、彼、藤岡は違った。
「ダメだそんなの」
「あ?」
「僕と一緒に自由研究をやろうじゃないか」
そう言って手を差し出して握手を求めてくる藤岡。言葉と行動はなんとなく紳士っぽいが、残念ながら顔が悲しいほどグチャグチャで、なんで小学生なのにニキビが顔中に広がっているの?と言えるほど顔のアクネ菌繁殖が酷かった。
そのため、クラスでも一部の男子を除いてだが、煙たがれていた。
俺も煙たがれていた方だと思うが、俺個人が彼を避けていた。しかし、彼はそれに気付かず俺に手を差し伸べて来た。痛いという以外に何の言葉が当てはまるだろうか。
しかも彼は俺に救いの手を差し伸べていると思っているのだ。痛い以上に悲しくなってくる。
唖然としている俺にもう一押しだ、と判断したらしい彼はさらに好条件を加える。
「僕の家なら広いし、柏木君と一緒ならすぐに終わるさ。それに、僕の家で自由研究やれば、いろんなお菓子食べていけるし、何なら泊まってもいいんだよ?さぁ僕の手を取って、一緒に夕日に走ろうじゃないか」
まだ昼だというのにどこに夕日を見つけると言うのだろうか。俺は幼いながらにそう思ったのだった。
「そんなに夕日に向かいたいなら飛行機で太陽に突っ込めばいいだろう?」
「そんな冷たいこと言わずに。良い条件だと思わないかい?」
俺は今も昔も変わっていないことがある。嫌いな人の条件だ。
まず、自分の力で手に入れたわけじゃないもの、金とか権力とかを当たり前のように行使してくる奴。
次に恩着せがましい奴。
そして、俺の自由を阻害する奴。
彼は見事に全て一致していた。
俺はなかなか食い下がらない彼を警察に「ストーカーです」と言って引き渡し、そのまま帰宅した。
そのときの彼がテンパっていたんだ。
俺が「ストーカーです」と言って彼を警察に引き渡す時、彼はこう言ったんだ。
「おおおおおおおおおお前ぇぇぇぇ!おおおおおおお俺サーマううををお僕ぉおお売るのけー!?ひっひっひゃっふぉうしょーかい!!」
最初はどこかの方言だと思ったが、どうにも違ったらしく、目を光らせた女性警察官に連れて行ったのだった。
とまぁ、テンパるってのはいいことはないらしい。
「……ねぇ……柏木君。……化学って好き?」
浜路が俺に聞いてくる。
「あぁ、結構好きだな」
「……あなたも敵……!」
「は?」
「……私が信じるのは非科学的原理……そう、幽霊なの……!!」
「な、何言ってんの?」
浜路はいつも以上に黒い影を濃くし、俺に近寄る。そして、肩を掴み、揺さぶってくる。
「……あなたを……こんな汚い世界になんて置いておけない!……私と一緒に……!」
怖いんだけど!お前と一緒にどっか行ったら呪殺されそうなんだけど!
「あらあら、皐月ちゃん。柏木さんがお困りですよ」
見かねたのか、和田が助け舟を出す。
「……困ってない。……彼を黄泉の国に先立たせようとしていただけ」
殺すつもりだったのかよ!?
「そんなこと皐月ちゃんには出来ませんよ。私、知っているんですよ?あなたが……」
そこまで言った和田の口を、黒い影のかかった顔を真っ青にしながら浜路が手で塞ぐ。
「……それより柏木君。……化学教えてくれる?」
「え?あぁ……」
浜路は和田の口から手を放すと、演習プリントを出した。
「あらあら、先程まで化学の否定をしていらした方が……。一体どんな心変わりをなさったのでしょう?」
和田は浜路に言いながら俺に近付く。
俺は自分の席に座ると、浜路は俺の前の席のいすの向きをひっくり返し、俺の方を向いて座る。和田は俺の左隣のいすを持ってきて、俺のすぐ横に座った。
「……ここ。……熱化学反応がわからない」
さっきはとんでもなく恐ろしい顔をしていた浜路が、そっぽを向きながら頬を赤らめて言う。
何だ?そんなに化学を聞くのが嫌なのか?
「皐月ちゃん、柏木さんがお困りですよ?どこから分からないのか教えて差し上げないと」
「……弥生……あなたが最初から分からないフリをして」
「はい?それはどういう意味ですか?私は分かっていますよ」
「……いいから」
「わかりました」
「オイ、全部聞こえているぞ」
浜路はさらにそっぽを向き、和田はそんな浜路の反応を見て面白がっている。
「……大問2の(3)を解いて」
大問2の(3)か……。
メタンCH₄の生成熱を次の式を用いて求めよ。
H₂(G)+1/2O₂(G)=H₂O(L)+Q[J]……①
C(S)+O₂(G)=CO₂(G)+R[J]……②
CH₄(G)+2O₂(G)=CO₂(G)+2H₂O(L)+S[J]……③
「どこから分からないんだ?」
「……」
「皐月ちゃん?言わないと……」
「最初から」
なんかキッパリ言ったな。いつもと違う。
というより、和田はSなのか?小西が和田を気に入りそうな気がする。ここまで才色兼備なのにSって言うのがええやん!とか、言いそうな気がする。
「この式を見て分からないことは?」
「……ある」
「何がわからない?」
「……カッコが多すぎる」
それ分からないじゃなくて分かりたくないとか、ややこしいとかって言うんじゃね?てか、ただの文句じゃね?
「ふふっ」
和田も笑ってるし……。
「で、このS,L,Gの意味は分かるか?」
「……分からない」
先生に聞けに行けよ!!
「皐月ちゃん、授業はちゃんと受けてらっしゃった?」
「……保健室にいて……藁人形と遊んでた」
なんの呪いを掛けていたんだ!?
「浜路、分からないならテストが終わるまで覚えろよ?SはSolid、つまり固体のことで、LはLiquid、すなわち液体のことを差し、そしてGはGus、気体のことを示す。大体の問題ではそこまで気をつけなくていいが、炭素Cには気体の他にも黒鉛という固体があり、話は逸れるが同素体であるダイヤモンド、フラーレン、カーボンナノチューブなどがある。ちなみに黒鉛もその一種だ」
「……柏木君詳しい」
「私も驚きました」
「化学は好きなんだ」
俺の言葉を聞いた浜路が顔を歪め、口をわずかに開いて言った。
「……悔しい」
聞こえなかったので、聞き返す。
「何か言ったか?」
「……何も」
「ふふっ」
和田だけに聞こえていたのか、和田が少し微笑む。
「まぁ、これは予備知識だ。化学が嫌いなら覚える必要はない」
「……分かった」
予備知識の説明を終えた俺は、本題のメタンの反応熱に入る。
「いいか、これはメタンが入っている③の式の右辺の物質を消去することを考えるんだ」
「……どうやって?」
「③の式の右辺の物質を言ってみろ?」
和田はゆっくり10秒間③の式を見て言った。
「……わからない」
お前は桜井か。
「あらあら、そんなこと言いますと柏木君がお困りになられますよ」
「……しょうがない」
和田の発言に、浜路は困ったように言った。
困ってるのほとんど俺なんだけどね。
「CO₂と2H₂Oが右辺にある。この2つを消すように、①,②を使うんだ」
「……③-(①×2+②)でいいの?」
「そうだ。出来るじゃん」
「……ありがとう」
浜路はそう言うと、和田を連れてどこかへ行った。
俺は二項定理を復習しようと数学の教科書を出した。
教科書を開くと、覚えのない紙が入っていた。見ると問題が書いてある。
100の99乗と99の100乗はどちらの方が大きいか。
あからさまに手書き、且つ明らかにテスト範囲外の問題であったが、俺には興味が沸いた。これは果てしなく時間と根気が必要だが、二項定理が使える。
「よし、やるか」
―――――10秒後―――――
飽きた。面倒臭い。もういい。
何が悲しくて100を99回も掛けなければならないのだろう。誰が数学なんていう科目を作ったのだろう。タイムマシーンで過去に行けるものなら、数学を作る原因を抹消しに行きたい。
だが、近似式を使えば解けないことはないんじゃないだろうか。
近似式とは、N>>A>0の時(N-A)のⅩ乗はNのX乗-NAXとなることだ。具体的に言うと、(10-1)⁹が10⁹-9×10×1=10⁹-90となる。
100の99乗は100桁で、99の100乗、つまり(100-1)の100乗は100の100乗から10000を引いた100桁。よって99の100乗の方が大きい。
「ふう」
妙な達成感を味わった俺は昼寝をすることにした。
数学 国語 英語 理科 社会
柏木 広樹 0 0 0 0 0
石原 誠 65 87 77 34 78
桜井 俊介 0 23 0 12 9
小西 僚太 43 81 73 33 69
坂田 学 92 95 86 97 100
狩野 秀明 56 79 80 44 84
俺が起きた時にはテストは終わっていたのだった。
みんな!テスト前の睡眠には気をつけて!!
そんな呼びかけとは裏腹に、テスト後の俺の心は重過ぎて、砕け散りそうだった。
後日、再試験を受けた。
俺じゃが 4,5 ―完―