第4話
プロローグ
あなたは、幽霊を見たことがあるだろうか?
俺はない。
……なんか、我輩は猫である風に始まったけど、気にしないで行こう。
あなたは幽霊を信じるだろうか?
俺は信じない。
あなたは幽霊伝説を信じるだろうか?
俺は信じない。
あなたは心霊現象を信じるだろうか?
俺は信じない。
……とまぁ、オカルト的観点から始まってしまったが、なぜこんな思考になっているのかは、幽霊の噂がたつ山奥の雪が絶えない旅館へと俺こと柏木広樹が泊まりに行くからだ。
無論、修学旅行だから俺達高校1年生は全員参加だが。
そして今、俺はバス内で暇潰しにこんな考えをしていたということだ。女子が「お化け怖~い」とか言っているのが耳に入るが、わざとらしくて嫌気が差す。特に宇津木とかいう変態娘は言い方だけでなく、その行動までもが変態だ。何でか良く分からないが一度彼女が怖~いと言うと、だんだん俺にその声が近くなってきている感じがするんだ。
そう思って俺は―高校生にもなって決められている―バスの座席表を見る。俺は前から3番目。宇津木は後ろから2番目か。
俺は後ろを振り向く。
「あ!柏木君、おはよう!」
何で宇津木がいんの!?俺の後ろの席小西だったはずだけど!!
小西を探すと確かに俺の後ろの席にいた。宇津木に下敷きにされてもなお、快感と、それに伴って出るドMとしての欲求が彼の意識を繋いでいた。というか、彼自身が無理矢理繋げていたと言っても過言ではないだろう。
だって時折「うへぇ」とか聞こえてくるもの。気持ち悪いもの。何で女にマウント取られて喜ぶんだよ?理解できねぇわ。
まぁ、何にせよ、噂が立っているだけで、幽霊がいるという根拠がない旅館へと行くだけで、何ら他の修学旅行と変わらないだろう。
修学旅行と言えば聞こえは良いが、よくよく考えてみれば学校が予め決めたスケジュールに縛られて自由な時間があまりなく、さらに行動も制限される。言わば継続的な拘束状態だ。
俺は旅行に行くなら自由に過ごしたい。あなたもそう思わないですか?
第四話 浮気と見せかけは紛らわしい
~S1~
「はぁ~、やっと着いたね」
バスから降りた石原が、溜め息と深呼吸を同時にしながら呟く。
コイツは石原誠。容姿、精神年齢が幼く、行動も同じく幼い。眼鏡をかけているおぼっちゃんだ。しかも、親が弁護士でかなりの金持ちである。
「おー、さり気に寒いなー」
語尾に長音記号をつけるコイツは桜井俊介。赤髪、赤みがかかった目を持ち、筋肉質。最近ヤクザの若頭ということが判明した。頭が異常に悪い。
「バ……バスというものは、こ……こんなにも体に影響があるのだな……」
吐きそうな顔で降りてきたのは狩野秀明。髪に無頓着な俺でも分かるほど良髪質で、きりっとした顔つきをしている。桜井に負けず劣らずの体つきをしていて、口調は偉人っぽい。それから、2年分の飛び級をしてきた奴である。
「はぁ……満足やわぁ……」
見てるこちらが気持ち悪くなるような笑みを顔に浮かべながらバスから降りてきたのは小西僚太。先程、宇津木に潰されていた奴である。(―ω―)←これに眉毛をつけたら小西である。口調は関西弁、頭は坊主、性癖はドの前に超が付く程のM。
「ふぅ、俺も吐きそうだったぜ」
………。
そして俺、柏木広樹。自分でも不思議だが……
「待って!何でいつもの如く俺だけ回想スルー!?」
「黙れ坂田。今、台詞で名前言ったから充分だろ」
「おかしい!特徴とかみんなの回想に入っていたでしょ!何で俺だけないの!」
「お前は特徴がないのが特徴だろ」
俺がそう言うと坂田は黙る。
実際そうだから、言い返せないんだよな。
それでは改めて、俺、柏木広樹。不思議なことにいつも右の後頭部に寝癖が付く者だ。面倒臭がりやで、目に精力がないらしい。
ざっと紹介したが、これがいつも俺と一緒にいるメンツだ。
バスから降りた俺達は、引率の先生である、須川についていく。
須川はクラスの全員が集まると、何やら言い始めた。
「じゃあ、部屋の鍵を配るから、グループごとに部屋に行くように!」
そう彼は言って、鍵を配り始めた。が、
「そうだ柏木、お前確か修学旅行委員だったな。お前が配れ」
チッ……覚えていやがったか、この教師。
そう、俺は修学旅行委員だ。何故この委員になったのかにはちゃんとした理由がある。他の委員は週一くらいで仕事があり、俺としてはそんなことまっぴらなので、目立たないであろうこの委員になったのだ。
しかし、教師というのは覚えているものなんだな。
俺は諦めて鍵を受け取り、それぞれのグループに配り始める。
まず自分の部屋の分を取り、適当に他を配る。
「えっと、143の部屋って誰?」
ひとつ鍵が余ったので、みんなに呼びかけてみる。
「あ~、私のとこだわ~」
緊張感のかけらもないような声で女子が1人こちらに来る。と思ったら3人ついて来た。
「ごめんね~柏木君。暇だったら遊びに来てもいいよ~」
誰が行くか。
「君、私に興味ないでしょ~」
何だこの女?
「どういう意味だ?」
「だって全然反応しないも~ん。他の男子だったら大体乗ってくれるし~」
「あぁ、悪かったな」
「え?じゃ、遊びに来てくれるの~?」
「いや、俺は危ない橋は渡らないんだ。すまない」
「危ない橋ってどういう意味?」
「先生とか見回っているだろ」
「え~、そんなの危なくないよ~?」
なんか、しつこい女だな。
「てかさ~、柏木君って私の名前分かる~?」
「分からん」
「何それ~。酷いなぁ~。私は如月咲だよ~。覚えてね~」
如月……咲……。2日くらいで忘れそうだ。
最後の鍵を配り終えた俺は、自分が泊まる部屋へと移動した。
今回の修学旅行は2泊3日で、旅館自体がとてつもなく大きくて、ここに纏わる伝説を学んでいくらしい。だから、旅館から出るということはほとんどないだろう。
というか、出ることが出来ない。バスは3日に1本で、ここは山奥でケータイの電波も圏外、さらに私有地なためにバス以外での出入りが出来ないのだ。まぁ、今回、学校が無理を言ったのか、生徒用のバスは入れるのだが。それと、俺達が泊まる旅館は入り口が地下1階にあり、そこがロビーとなっている。そして、部屋へ荷物を置き、そこから生徒は自由見学だ。
そんなわけで、今、俺達高校1年は旅館を自由見学中だ。
俺は何かに纏わる歴史、というか歴史自体が好きじゃないし、興味もない。だから、こういう“歴史を楽しもう!”的なノリの修学旅行は苦手なんだ。というか、歴史が好きな奴は俺がいつも一緒にいる奴らの中だと誰だ?
石原は歴史とか関係なく修学旅行自体に興奮しまくる奴だ。だから、歴史が好きとか何とかは関係ないだろう。
桜井は“歴史ー?何だそれー?”のパターンで、縄文時代の土器のことを話すと“時代が古過ぎて話についていけねー”とか言い始めるだろう。
狩野は雰囲気からして歴史は好きそうな気がする。戦国時代辺りが好きそうだ。
小西は宇津木の方ばっかり見ているから、考える必要はないだろう。
俺は思考を打ち切り、石原の方を「ねぇ!何でことごとく俺のことを無視!?」見る。坂田がうるさいのはスルーでいいだろう。
石原は、案の定と言うか、石原は旅館内を走り回っていた。
「柏木!!すごいよコレ!!」
そう言って、ブンブンとはち切れんばかりに腕を振り回しながら仏像を指差す。
石原の指差した仏像は普通すぎて、説明がいらなかった。
「……何がすごいんだ?」
「左手の薬指に指輪が付いてるんだよ!!」
見ると本当に付いている。誰かと結婚でもしたのだろうか。
と言うより、凄まじくどうでもいい。石原はどういうところに観点がいっているんだ?まるで理解できねぇぞ。
そんな石原から目を離し、桜井のほうを見る。
こちらも俺の思った通りで、興味がなさそうな顔して歩いている。
次に小西のほうを見ると、宇津木を盗撮していて、なんか邪魔するのがいけないみたいな雰囲気を醸し出していた。盗撮されている宇津木は、何故か良く分からないが小西がシャッターをきる時、必ず俺に色気づいたポーズを決めていた。
気持ち悪いから、狩野を探すことにしよう。
「あれ?いねぇな……」
キョロキョロしていると、さっき俺に絡んできた如月と目が合った。
目が合ったと彼女は分かると、俺の方に3人を引き連れて走って来る。
「柏木く~ん、やっと目が合ったね~」
何だコイツは。俺の方をずっと見ていたのか?
「何でそんな嫌そうな顔するんだよ~?あ~、そ~だ、この子達紹介するね~」
俺は如月から、希望もしていないのに紹介される女子の迷惑そうな顔を見逃さなかった。
「……私は浜路皐月。……あなたは?」
「柏木広樹」
浜路は無口っぽいな。声は控えめで、容姿は大人しそうな印象を受ける。でも、なんか陰湿な感じがするな。
陰湿で思い出したが、俺が小学生の時に変質者がいた。名前は小田大和。性別は男。彼は好きな人の私生活を支配しようとするほど独占欲が強く、そのくせタンポポとあだ名が付くほど好きな女子の移り変わりが早い男で、真正面から好きな子にぶつかっていけない奴だった。しかし、感心なことに好きになった人がいれば驚くほど一途だった。
時は、その彼が好きな人の相談を俺にし、たいしてやる気のない当時小学4年の俺が適当にあしらっていた頃に遡る。彼が相談してきた1週間後に修学旅行があるのに気付き、俺は彼に好きなこの部屋への突撃要請をしたのだった。
しかし、彼は言った。
「でも、オイラ達男子の部屋は9階、女子は2階。しかも、先生が見回っているんだぜ?そんなの無茶だぜ、捕まりに行くようなもんだぜ」
確かにその通りだ。そして俺達は他の男子を集め、事情を相談し、協力してもらうように頼んだ。が、協力してもらうことはなかった。
何の攻略もないまま2日が過ぎ、部屋割り票をもらった俺と小田は、小田の好きな人の部屋を確認、状況がとんでもなく酷いことに気付いた。
「オイ、コレはないんじゃないか?」
「オイラ達を嵌めたとしか思えないぜ、コイツァ」
俺達の部屋は910号室。9階で一番エレベーターから遠かった。
そして小田の好きな人の部屋は210号室。こちらもエレベーターから一番遠い。
どうしたものかと顔を見合わせ、考え込む俺達。
そこで、小田は何かチャンスはないものかと部屋割りに付いている予定表を読み漁る。
「チャンスがあったぜ!」
「何!?」
彼が見つけたのは入浴の欄だった。予定表には“女子は5Fにて室内温泉で入浴”と記されており、彼はそこに突っ込もうと言うのだ。いくらなんでもそれはやりすぎだと反論すると。
「オイラはアイツのためならなんでもする!」
と、騒ぎ始め、俺ですら抑えられなかった。
そして迎えた修学旅行の1日目。
彼は計画通り女子の入浴時刻の2分後に女風呂に真正面から突撃、先生に取り押さえられたのであった。
「だから止めろって言ったろうが」
「あぁも簡単に捕まるとは思わなかったぜ」
しかし、それで挫ける彼ではない。
「修学旅行は2泊3日だ。まだチャンスはあるはずだぜ」
「でもまた女風呂突撃はよした方が良いんじゃないのか?多分、明日は先生が戦闘体制になって待ってるだろうぜ」
若干彼の口調が移る俺だが、自分自身を失っては彼に飲み込まれると思い、なんとか踏み止まる。
「そうだな。だが、安心しろ、策はもう練ってあるぜ」
彼の案はこうだった。
各階の部屋はエレベーターに遠ければ遠いほど非常階段に近い。しかし、非常階段は非常時しか開かない仕組みになっており、通常時は開けることは出来ないらしい。ここに目をつけた彼は、その非常事態を起こしてやろうと言うのだ。
「……どうやって?」
危ないだの何だのと思うのが疲れてきた俺は、彼の案を最後まで聞くことにし、彼の驚くべき発言に耳を疑った。
「この箱の中に業務用の花火があるぜ。コレを爆発させれば非常階段が必ず開くはずだぜ」
業務用の花火なんて聞いたことねぇよ!そう俺が言うと、彼は箱のふたを開け、中身を見せてくれた。
大砲みたいな筒と……子供の顔ひとつ分くらいの丸い球?
「これ、空に飛ばすやつじゃね?」
「そうだぜ」
「非常階段の前に9階が危ねぇだろ!」
「そんなこと知らないぜ!オイラはアイツに会いたいんだぜ!」
明日になれば会えると思うのだが……。そんな俺の気持ちも知らずに彼は作戦を実行した。
俺は念のために1階のロビーへと避難、30秒後大きな衝撃が旅館を襲い、皆が外へ避難する。最後の1人が出た後、俺は小田を探す。しかし、彼の姿が見えない。
「まさか……」
俺は先生の制止を振り切り、旅館1階の非常階段の入り口まで走った。そして、非常階段が見えてくると、自動アナウンス音が聞こえた。
“避難は無事成功しました。非常階段を閉鎖します”
「え?」
その声の主は俺ではなかった。1階と2階をつなぐ非常階段の手すりに、小田はどうやったか体を挟み込み、必死に出ようとしていた。
「助けて欲しいんだぜぇぇ!」
彼は泣き叫んだ。これほど苦な状況があるだろうか。俺の憶測だが、小田はあの花火で爆発を起こし、非常階段から好きな子の部屋へと行こうとしたのだろう。しかし、俺の危惧した通り、あの花火は強力で、彼をも吹っ飛ばしてしまったのだ。同じ階にいた連中は俺が指示して先に1階に連れて来たので心配ないが、彼の状況を見ると、爆発に巻き込まれて非常階段が開いたと同時に階段を落下、積もり積もって今の状況になってしまったのだろう。
俺が状況整理をしていると、非常階段の扉が閉まっていることに気付いた。
「ま、いっか」
俺はそう呟き、再び外へと出るのだった。
―――――10分後―――――
「クソッ!またしくじるとは思わなかったぜ!」
奈落の非常階段から生還した小田が舌打ちしながら言った。
というか、非常時になったら避難するという当たり前のことを忘れていた。
「もう諦めろよ」
俺がそう言って諦める彼ではなかった。
「いや、まだ明日の朝が残ってるぜ!男が最後のチャンスを逃すわけにはいかないんだぜ!!」
「で、どうすんだ?」
「安心しろ、もう策は練ってある」
安心できるものがいいね。
「オイラは明日、部屋に強行突破しようと思うんだぜ。そこでお前にも協力して欲しいんだぜ!」
「……モノに因るぞ?」
「男子に強力を要請してくれ」
結果、無理。
「だそうだ」
「クソッオイラの計画が!」
「だから諦めろって」
しかし、諦めないのが彼である。
「しょうがない、明日朝一で行ってくるぜ!」
次の日。
彼は宣言通り好きな子の部屋へと突撃、部屋を間違え女の先生の胸へとダイブしたであった。そして顔に大きな腫れを残し、部屋へと帰ってきた。
とまぁ、結局失敗したのだが、コレを俺ではなく、その好きな子が見たらどう思うだろうか。正攻法ではない、回りくどいと思わないだろうか。
そんな俺の小学時代は置いといて、次に紹介された女子は浜路とは対称の印象を受ける人だった。
「和田弥生です。あなたは?」
「柏木広樹」
彼女は誰にでも話しかけやすい奴じゃないだろうか。そんな感じの明るさを持つ彼女の次に紹介された女子は、ボーイッシュな人だった。
「岡夏樹っていうんだ。よろしくね!君の名前は?」
「柏木広樹」
俺は一体何回自分の名前を言えばいいんだ?ていうか、すぐ近くで聞いているはずなのに何でわざわざ聞いてくるんだ?
「柏木、何をしているのだ?」
今頃になってさっき探していた奴が見つかった。俺は狩野の問いかけに応じる。
「いや、なんでもない」
「なんでもないなんて酷いな~」
如月が俺と狩野の間に入り込む。
「あとでうちらの部屋来なよ~」
「気が向いたらな」
「じゃ、今から連れて行っちゃお~!」
如月はそう言うと、俺の腕を捕まえて俺ごと連れて行こうとする。
「狩野が代わりに行きたいってよ」
俺は狩野を身代わりにすることにした。が、しかし。
狩野は和田に見とれていた。すごくフレンドリーな笑顔を浮かべる彼女に。
「う……美しい……。俺は今までにこんな美しい女性を見たことがない!」
「そ、そんな……。そんなことありませんよ……」
和田も和田で顔を赤くしている。確かに可愛いといえば可愛い。狩野はああいうのが好みなんだな。
「まるで貴方は光を放っているかのようだ!」
「そ、そんな大げさな!」
「明るい!明る過ぎる!俺には眩しくて貴方が直視できん!」
思いっ切りガン見してるけどね。そろそろコイツ“明る過ぎて虫が集ってる!”とか言い出すかもな。
というより、このままでは俺も狩野もコイツらに連れて行かれる!何とかしなければ!
「アレ!?柏木がハーレム状態だ!!」
チッ、興奮気味でこちらに猛ダッシュしてきた石原に賭けるしかないのか!何でよりによってコイツなんだ!!
「石原、女子の部屋に行ってみたいか?」
俺は腕を如月に組まれたまま言う。
「うん!行きたい行きたい超行きたい!!」
「如月、悪いな、俺より石原の方を連れて行ってくれないか?」
コレでこの女も納得せざるを得まい。連れて行かれたとしても石原は必ず付いてくるはずだしな。
「でもさ」
石原が落ち着いた口調で言う。
「そんな腕組まれているところ見せられちゃ行くに行けないかなぁ」
こんのクソガキがァァァ!!俺に全く利益のない余計な気を遣うんじゃねェェェ!!
「さ~、行こ~柏木君」
何で……何でこんなことになるんだ!このままだと俺は将来女性恐怖症になるぞ!!
俺は何も出来ないまま、如月に連れて行かれていると、修学旅行付き添いの学年主任である赤木先生……ってオイ!!アイツ、スピード大会の司会兼進行役の赤木さんじゃねぇか!!スピード大会の開催主はどこからどんな人選してんだ!
「修学旅行でイチャイチャとはいただけないね!これから彼女の部屋に行くつもりかい柏木君!」
司会が終わっても尚、大声で話す赤木さんに耳を塞ぎながら答える。
「どういう風に見たらそう見えるんですか!間違いなく俺が連れて行かれてるでしょ!」
「いや~彼女にやらせているかもしれないからね~!」
コイツ、どんな妄想癖を持っていやがるんだ?
「まぁなんにせよ、今は自由見学時間だ!そういうことは消灯後にしなさい!」
何でアンタは男女部屋移動ありを支持!?それでも教員なのか!?それでも司会兼進行役なのか!?
「は~い」
如月が調子付いてやがる。
彼女は「消灯後に迎えに行くね~」と言ってどこかに行っていった。
「柏木!良かったじゃんモテモテだね!」
「大きなお世話だ」
俺は未だに興奮している石原に少々の八つ当たりをする。
「柏木、先の女子は何という名なのだ?」
狩野が石原の興奮を吸い取ったかのように聞いてくる。
「和田弥生だったな」
「和田というのか!美しくて見とれてしまって聞くのを忘れてしまったわ!」
「お前の名前も言ってないんじゃないのか?」
「なっ!クソッ俺としたことが!なんてミスを!!」
何だ狩野、お前の本職はナンパだったのか?
「おっ、ここにおったんかいな。探したで柏木」
小西がテカテカの顔をして来る。一体彼に何があったのだろうか?
「どうしたんだ?何か用か?」
「いや~、宇津木がな、柏木を消灯後に呼びに行くから待ってろ言うとったで」
完全にパシリだろ。というか、何で顔がテカテカ?
いや、問題はそこじゃない。俺がいる部屋に女子2人が来ることが問題なんだ。もう何か迷惑を通り越して恐怖になっている。この年で女性恐怖症になりたくないが、なりかかっている可能性が高いと見える。
恐怖に俺の体が震え始める。あぁ、何かすごく怖い。俺の背中を後ろから引き摺ってくるようなプレッシャーを背後から受ける。何なんだこれは。コレが幽霊に取り付かれた感か?最悪だぜ、こんなのを感じるくらいなら、まだ勉強していた方がマシだ。逃げたい、ここから離れたい。
俺は体の震えが止まっているのに気付くと、無性に走りたくなった。全てを忘れて走りたい。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
俺は走り出した。生徒を掻き分け、展示品を飛び越えようとして失敗し、頭から床に崩れ落ちるもそれでも走る。
気が付くと、俺は地下ロビーにいた。息切れをしていて、仰向けで倒れていた。
そんな俺を汚いものを見る目つきで一般人が通る。
ここは一般人もいるって先生が言っていたな。まぁ、そんなことどうでもいいか。
そう思ったものの、視線に耐え切れずに立ち上がる。
立ち上がってふとすぐ横を見ると、黒く大きな布で頭から膝くらいまで体を隠した変人が通って行った。
そいつはエレベーターの上行きのボタンを押し、しばし待つ。そしてエレベーターに乗っていく時、そいつは俺を見た。
その目に俺は背筋が凍る思いをした。
「な……なんだって言うんだ……」
目が……紫色だった……。しかも、充血しきったように血の赤色が周りを覆っていた。不気味だったのはそこだけじゃない。奴の体覆っていた布、アレが目の部分だけが穴が開いていた。
さらに俺は自分が地下ロビーに1人だということに気付く。あれだけ一般人がいたのに誰一人としていない。従業員さえもだ。
「チッ、嫌な感じだぜ……」
俺はロビーを後にし、自分の部屋に行く。
エレベーターの上行きのボタンを押すと、3つあるエレベーターのうち真ん中のエレベーターが地下ロビーへと来る。さっきの奴が乗って行ったエレベーターだ。
俺は無意識に目つきを鋭くさせ、このエレベーターに乗る自分を想像した。
開く扉、さっきの奴が乗っていて、俺のことを凶器で殺す。エレベーターは俺の血で真っ赤になる。
いや、考えすぎだ。そう思いながらもエレベーターが来る時間が長く感じる俺であった。
~S2~
部屋に戻ると、赤木先生が点呼に来た。点呼は普通就寝前だろ。まだ7時だぞ?小学生かコノヤロー。
「じゃあ部屋に備え付けの風呂で各自入浴だ!」
そう言って赤木先生は出て行った。
部屋について少し説明をすると、入り口はカードで開くオートロックの扉で、部屋に入ってすぐ左に無駄に4畳もあるトイレ、そのすぐ隣に小型プールほどの湯船がある。
入り口に1度戻ろう。部屋に入ってすぐ右に3畳ほどのクローゼットがある。
そして、大きな一部屋の方だ。ベッドが6人分あり、左右に3つずつ分けられている。ベッド同士が適度に離れていて、それでも尚、荷物スペースとテレビとそれの観賞用で在る巨大なソファがあるほどの広さだ。
全く動じずに荷物をおろしていたのだろう、石原と桜井はベッドの上でピョンピョン飛び跳ねていた。
小西、糸目がパッチリ開いて驚いている。
狩野、そんなにお前口開いたっけってほど口を開けて驚いている。
坂田、いない。
「ここにいるだろ!」
人の回想に首を突っ込むことにまだ執着しているようだ。
とは言え、俺もこの広さには唖然とするしかなかった。
「あ!柏木!コレね、先生がさっき置いていったやつだよ!読んどけってさ!」
「あぁおう」
石原のハイテンションについていけず、間抜けな答えで冊子を受け取った。
それからはいつも通りの時間だった。
各自風呂に入ると言っているのに、俺の入浴時に石原が乱入しようとしていたり、桜井の入浴時に石原が覗きに行ってしばらく骨の砕ける音が響いたり、小西が部屋を出てどこかに行って、顔をボロボロにして帰ってきたのに満面の笑みで、理由の分からない顔のテカリが増していたりした。
違うことと言えば、宇津木と如月が同時に俺達の部屋に来て、俺が「どういうことなの?」と、訳の分からないことを追求されたことくらいか。なんか「浮気は許さない」とか言われ、俺は理由なく蹴られ、叩かれ、まぁとにかくシバかれた。小西はああいうのが好きだというのか?如月に至っては「あ~あ~!他の男子の部屋に行こうかなぁ~!」と叫ぶ始末だっし、ああいうの、俺には一生かかっても理解できないな。
そして、次の日起きるまで、先生が置いていったという冊子に目を通すことはなかった。
次の日。
俺達はロビーに招集されたので、ロビーに向かった。
「みんな揃ったか!?それじゃ点呼を取る!まず男子から!」
赤木先生は朝だというのに疲れを全く見せず、大声で男子の名を呼ぶ。
「じゃあ420号室!柏木!」
「はい」
「石原!」
「ひゃい」
「桜井!」
「あー」
「狩野!」
「にーさんちょっと寄ってかない?可愛い子いっぱいいるよ~!」
「後で行く!!小西!」
「なんやねんうるさいわ」
「よし!全員いるな!」
「待って先生!俺は!?坂田は!?」
先生にまで忘れられる誰かさんはスルーでいいだろう。
そして、赤木先生は女子の点呼を始める。
「143号室!岡!」
「はい!」
「浜路!」
「……はい」
「和田!」
「はい」
「如月!」
「先生」
如月と違う声が赤木先生にかかる。
この声は和田か。
「なんだ!?」
「如月さん、昨日部屋を出たっきり、戻ってこないのです」
……どういうことだ?
「じゃあこの旅館の人に探してもらおう!」
そう赤木先生は言って、ロビーの従業員に何か伝えた。そのまま戻ってくるのかと思いきや、その従業員を連れてこちらに戻ってくる。
「みんな!この人は木挟真理さんだ!何かとお世話になるだろうから心得ておくように!」
赤木先生から騒がしい紹介を受け、苦笑いでそれに受け答えしていた木挟さんは、男子が「おお~」と言うほど綺麗な人だった。俺は無反応だったが、俺の真横に何故かいる宇津木が木挟さんを敵対の目で睨みつけていた。
「それでは今日の見学だ!」
赤木先生の先導で、俺達は今日も自由見学することになった。
俺はまたも暇になりそうだったので、昨日、赤木先生が置いていった冊子に目を通すことにする。
「え~なになに?」
本の内容をかいつまんで言うと、ここの旅館についての伝説、というより怪談話だった。
明日もこの冊子の続きが配られる、と最後に書いており、続きがあることが分かった。
怪談話はこうだった。
この旅館にある女が泊まりに来た。その女は酷く窶れていて、今にも死んでしまいそうだったので、この旅館の当時の女将はすぐに介抱した。なんせ外は猛吹雪。このまま何もせずにいれば彼女は死んでしまう、そう考えてのことだった。
女将の懸命の介抱により、彼女は体調を回復する。そのお礼に彼女はこの旅館に多額の寄付をし、さらに泊まる期間を延ばしたんだそうだ。
女将はこの寄付をありがたく受け取り、その女が泊まっていくことにともても感謝した。
しかし、泊まりに来た女の目的は違った。彼女の目的は、女将とその旦那との間に生まれた若い男であった。彼と一緒にいたい。彼と会いたい。そんな気持ちが彼女を動かしていた。
が、不幸なことに、その男は特別な関係を持つ女性がいた。故に泊まりに来た女の恋は実らないものだった。彼女もいつしかそのことに気付き、男を説得しようとした。その女と別れて、私だけを見て、と。
しかし、男の気持ちは動かなかった。
女はその男のことを考え、自分が身を引くことを決めた。そうして彼女は旅館を去ろうとした時、その男の気持ちを奪った女が入ってきた。男を3人も引き連れて。
どういうことだろう?そう思った彼女は従業員に扮して、4人が泊まる部屋にデジカメを仕掛けた。それを無線LANで自分の部屋のモニターにつないで見た。そのモニターには驚くべきことが映った。その女は3人の男相手に性的な関係を紡いでいたのだ。野獣の如く女の体を感じ、自分の欲求を満たそうとする男達。それに気持ち良さそうな声を上げ、その行為を促すように動く女。
彼女はそのモニターを怒りのままに見た。この女を許せない。愛する彼が自分を選ばずとも、こんな女を選ばせてはならない。この女は自分よりも格段に劣った精神の持ち主だ。
そう強く思った彼女は、黒い布をつなげ、目の部分だけ穴を開け、それを頭からかぶった。そして手にナイフとトンカチ、ポケットに7本の釘を持ち、モニターを瞬きも忘れて見続けた。その時、彼女の目は白を残すことなく充血していて、瞳はモニターの光で紫に輝いていたという。
そして、男3人が欲求を満たし、寝静まるとモニターの女は部屋をそっと出た。女は彼女の後を追う。追われている方はそれに気付かず、追っている女の思い人の部屋へと入っていった。そしてまもなく、女の我慢しているけれど、漏れてしまう快感を訴えるような呻き声、そして自分の愛する男の荒い呼吸が聞こえた。
それを部屋の外で聞いていた彼女の心はどんな夜よりも深い闇色に染まっていた。
部屋の中の女は、ごめんね、また来るから、と言って部屋から出てきた。その瞬間闇の心に染まった女から彼女は殴られ、気絶してしまう。
マダダ、マダタリナイ。アノヒトヲ、ワタシハマモラナケレバ……。
闇に染まった女は気絶した女を旅館の外に引き摺って行った。外は彼女が来た時と同じように猛吹雪だった。
彼女は吹雪に吹かれているのにもかかわらず、彼女の体の布が覆っている膝から上が白で埋め尽くされることはなかった。それどころか、雪が黒くなっていくように彼女の体に溶けていった。
黒の住人と化した彼女は、引き摺って来た女の頭にナイフで一突き入れた。
血が迸り、雪を赤く染める。
マダダ、マダタリナイ……。コノオンナハモットバツヲウケルベキダ……。
女の顔をトンカチで彼女は殴りつけ始める。吹雪の音よりも遥かに大きな音が鈍く響き続け、その音ひとつで確かに顔の形を歪めていく死者。
赤く染まった雪が白に戻った頃、黒の女は最早顔の原型がなくなったしまった死体を切り刻み始めた。
傷だらけになった死体は腕の付け根から手、ふともも、ふくらはぎと足、胴体と頭に分断され、合計7つになった。それを黒の女は木々にひとつひとつ釘で打ち込んだ。
コレデカレハ………。
その思いを最後に彼女はどこかに去ってしまった。
だが、黒の女はまだ生きている。まだ男ヲ思ッていル。女ノ心ハイツモ彼トトモニ……。
という感じの内容だった。俺は妙な引っ掛かりを覚えた。
瞳が紫で充血しきっている?黒の布を頭から膝まで被っている?その布の目の部分だけが開いている?まだ足りない?
俺の背筋に嫌な汗が出る。
俺はこの女を知っている……?俺はこの女を見たことがある……?俺は……俺は……!
身が竦む。血の気が引く。動けない。指1本動かすことも、瞬きすら出来ない。俺は自分だけが絶対零度の中に閉じ込められているかのように、俺だけ時間が止まってしまったかのように動かない。空気が冷たい。思えば目も動かない。
…………まさか……如月!!
女を心配する俺は通常じゃない。だが、心配せざるを得ない状況なんだ!
体が動く。無意識に走り出す。勝手に口が動く。
「石原!桜井!狩野!小西!来い!」
彼らは驚きの表情を隠せないというような顔をしていたが来てくれた。
「どうしたの柏木?」
「どーしたんだー?」
「どうしたというのだ?」
「何かあったんか?」
それぞれが心配してくれる。
「いったんロビーから外に出るぞ!」
この旅館は地下にロビーがある。そのロビーは地上に続く階段で外と繋がっている。
階段を俺達は上りきると、外の雪が太陽光を反射する輝きに目を塞ぎつつも見た。
雪が赤い。
凍った何かが木に釘で刺さっている。それが人の腕であることに気付くのは時間がかからなかった。
「な、何、アレ……」
石原がうろたえた声を漏らす。
俺は見たくないという本心を抑え、他の木々を見る。
腕と腕。
ふともも。
ふくらはぎと足。
ふともも。
ふくらはぎと足。
そして、頭の付いた胴体。
全てが釘で木に刺さっていた。
「う、嘘やろ……」
「こ、こんなことが……」
小西と狩野が口元を手で覆って膝をつく。石原は涙を流していた。桜井は真剣な目つきで悔しそうに口元を歪めていた。俺は、自分のやるせなさを噛み締めていた。
――俺があの冊子を読んでいれば……!
――あの冊子を読んでいれば……!!
「チックショォォォォォォォ!!!!!」
ごめん……如月……。君を助けられなかったのは俺のせいだ……。
心からの許し請いを彼女にする。
そして、俺は自分の責任を取る覚悟を決めた。
彼女の顔を見る。死体ではあるが、微笑ましい顔をしていた。
胴体と頭の近くまで行き、冥福の祈りをし、俺は石原たちに向き直った。
「オイ……いいか、よく聞けよ……?」
かつてない俺の空気を感じ取ったのか、4人は背筋を伸ばし、良い姿勢になっていた。
「気付いている奴もいるだろうが、コレはこの冊子に載っている伝説通りの殺人だ」
4人は頷く。
「いいか……次は何が何でも止めるぞ……!」
「「「「了解!!!」」」」
友達っていいもんだな。最近、こいつらのありがたみを感じるよ。
その後、警察が来て、彼女の死体を引き取っていった。
ルームメイトの岡、和田、浜路は最後までそれを見送っていた。
そして、さらにその後、俺達は自分の部屋に戻り、何をするかと話し合い始めた。
「では、旅館の歴史の悪用殺人事件を止めよう会議を始めるよ!」
石原が司会だ。
「誰か、何をやったらいいか意見のある人、もしくは疑問点がある人はいる?」
その言葉に先ほどさり気に俺が呼ぶのを忘れていた坂田が手を上げる。
「坂田、何かあるの?」
「あのさ、本当にそれは殺人なのか?もしそれが本当に伝説で、今、幽霊となっているその女が殺したって言うなら……」
「お前は何の根拠があってそんなことが言えるんだ?」
坂田に俺は反論する。
「だって、伝説ってことは相当前の歴史だぜ?その歴史で語られている人が現代に生きてるわけないじゃん」
「……さっき俺が言ったことをこの勉強しか出来ないクズに言ってやれ」
俺は石原、桜井、小西、狩野に言う。
「「「「コレは冊子に載っている伝説通りの殺人だ」」」」
「それこそ何の根拠があるんだよ」
坂田は当たり前のように反論する。
実際俺の状況にならないと分からないだろうが、他の4人は俺の雰囲気から俺の言葉を信じたんだな。
「俺は見た」
「何を?」
「瞳が紫、目が真っ赤に充血している女をだ」
そう言うと、坂田は青ざめた顔をして言った。
「まさか、ホントに幽霊……?」
「な訳あるかー」
努力家にバカが反論する。
「幽霊なんてなー、いたとしても人に触れるわけねーだろー」
そうかどうかは分からないが、桜井の幽霊なんていないという意見には賛成だな。
「まぁ、僕が思うに」
石原が無理矢理自分の話しに持っていく。
「今日の冊子を配られたらすぐに見ない?」
「いや、それでは生温いのではないか?」
石原の意見に狩野が反論する。
「どうして?」
「今から赤木先生の所に行って貰った方がいいのではないか?」
確かにそうだ。石原の案でも良いと思った俺だが、未然に防ぐにはそれがもってこいだろう。
「じゃ行こうか」
石原のその言葉に反応し、俺達は赤木先生の所に行った。
勉強好きな生徒のフリをし、冊子を早く貰いに来た、という言い訳を事前に相談し(桜井は説得力がないので離れた所で待機)先生の部屋の前まで来た。
軽くノックすると、先生がすぐに出てきた。
事情を話し、冊子が欲しいと言うと、
「アレは旅館が発行してくれているのだ!」
の一言で一蹴された。
部屋に戻ると、俺達は頭を抱えて考えた。
そのとき、石原が何か思い付いた顔で「みんな!」と言った。
「ここの歴史ってさ、PCで調べられるかな?」
「それや!」
石原の意見に小西が即賛成。俺や桜井、狩野も賛成した。
しかし、
「でもさ」
坂田だけが異論を唱えた。
「ここは山奥だぜ?電波とか大丈夫なのか?」
その坂田の言葉に、俺はケータイを取り出し、電波状態を見る。
「圏外……か……。当たり前っちゃ当たり前か。お前はどうだ石原?」
「僕もダメだね」
「だろう?」
坂田が優越感に浸ったような言い方で言う。
俺はそれにイラッときて、桜井と視線を合わせ、右手で狐の頭の形を象った。
すると、桜井は坂田を廊下に追い出してくれた。ちゃんとドアの鍵も閉めてくれた。
「ダメであるか……」
「せやかて今出来るのはこれしかないやろ」
狩野の諦めの言葉に小西が希望を持たせようとする。
「まぁまぁみんな」
石原は暗く沈んだ顔をしている俺たちに、不敵に笑ってみせた。
「石原財閥のPCを舐めちゃいけないよ?」
「どういう意味やねん」
「今から一番近いLANからインターネットにつなぐね」
そうか、こいつのPCは犯罪が出来るんだった!
「よし!つながったよ!」
チラリとどこのLANが被害に遭ったのだろうと、PC画面を見ると、石原財閥と記されていた。
……電波強すぎるだろう。しかし、それを石原に聞くと、このPCが半径3000メートル以内に有線、もしくは無線LAN環境がないと、石原財閥の電波を呼ぶのだという。
「じゃあ早く伝説を調べようぜ」
俺は石原にそう言って、伝説の概要を知る。
闇に心を売った女が旅館を去った後、好きな人を失った男は途方に暮れていた。その好きな女というのは、浮気がひどく、しかも相手の性的欲求を満たすことに快感を覚えているので浮気する男の数は一度に10人を軽く超えていたと言う。それを知った男は、自分を立て直すために新たな好きな人を求めるようになった。
その頃、闇に心を売った女はその姿のままで吹雪の中を歩いていた。
アノヒトニチカヨルオンナハコロス……。
その呪いのような言葉を自分の両足にナイフで刻み、事前に作っていたかまくらに入り、入り口を塞ぎ、自分の心臓をナイフで突き刺して自殺したという。
そして、それからこの旅館に泊まる男を好きになった女は、浮気性であれば不明の死を辿るようになった。
あるときはバラバラにされ、あるときは顔を多量の釘で打たれ、あるときは口から血を吐き、あるときはその人が破裂したりと、様々な死に方をしたという。
これを我々は“黒の呪い”と呼ぶ。
読み終えた俺は、石原に調べて欲しいことができた。
「石原、ここの旅館での不明の死を調べられるか?」
「うん、やってみる」
石原はさすがのスピードで俺の知りたい情報を公開してくる。
1番最初は体を7つに分けられ、釘でそれぞれを木に刺される。
2番目は腕を捻じ曲げられて、もがれ、旅館の私有地と自然との境に死体を遺棄。
3番目は溺死させて口に大きな釘を刺し、貫通させて木に打つ。
4番目は腹から二等分され、谷底へと遺棄。
5番目は鈍器で殴り続け、そのまま木にめり込ませる。
6番目は雪に埋めて凍死させた後、上半身を雪より下、下半身を雪より上に出るように遺棄。
7番目は首を絞めて絞殺後、木に埋め込む。
8番目、川面より遥かに上の方に作られた橋から突き落として殺した。
そして9番目、如月が1番目と同じように殺された。
「何かひとつも伝説と被ってない上に、木ネタ多いよな?」
「確かにね」
「でもよー、なんか意味してたりするんじゃないのかー?」
桜井の言うことはわかるが、これだけでは何も言えない。
“コンコン”
部屋の扉がノックされる。坂田だろうか?
狩野が頷いて、忍び足で覗き穴に向かう。
「!」
狩野の驚きを隠せない息遣いが聞こえ、そちらへ行く。見ると、ドアから狩野が飛び退る。
「どうした?」
「例の女かもしれん」
「何!?」
俺が狩野と軽く言い合うと、ドアに何か刺さった音がした。
ドアを見る。
「ナイフが……」
「嘘だろ?」
俺と狩野はすぐさま皆の所へ戻る。しかし、ナイフがドアを抉っていく音は絶えることがない。
「どうしたの?」
「黙れ、今は逃げるんだ」
「何でやねん?」
「何者かが俺達を狙っているのだ!」
「なんだってー」
俺は窓を開ける。
「待って柏木!ここ4階だよ!」
「くっ!」
俺は下を見る。クソッ、確かここは普通のビルの6階分くらいの高さだったじゃねぇか!飛び降りたら確実に骨折する!
「どうするのだ!?」
狩野がらしくなく慌て出す。
俺は入り口の扉を確認する。
ナイフが俺の肩の位置の高さから刺さっており、俺から見て、右から左へと移動しきっている。そして、下に動いている。
このままではあのドアが開くのは時間の問題だ。
何か、何かないのか!?
俺は今までにないほど頭をフル回転させる。
何かクッションになるものを下に投げてから降りる?いや、そんなもの判別できないくらいに外が暗い!
狩野か桜井に先に降りてもらって俺達が降りるサポートをしてもらう?いや、ダメだ!やはり外が暗すぎるし、もし彼らが着地に失敗すればそれまでだ!
思い切り飛んで、雪をクッション代わりにする?いや、無理だ!桜井にしか可能じゃない!
どうする……どうする……!!
「柏木!これを!」
石原が俺の必死の考えを全て打ち砕く。以前コイツが俺を追い掛け回した時に使った、背中に装着するように作られたブースターだ。
何で修学旅行にそんなもの持ってきているんだと言いたいが、言っている暇はない。
“ガン!ガン!”
外の人物がドアに体当たりしている。もうこれしかない!!
「行くぞみんな!!」
「うん!」
「おー!」
「承知した!」
「分かったで!」
“バシューーーーー!!”
ブースターからエネルギーを放出し、俺達は空を飛んだ。
その数秒後、ドアの壊れる音と共に、甲高い声で「キイイィィィーーー!!」という恐ろしい声が聞こえた。
俺は考えた。
伝説では、男は狙わないはずだ。なのに何故?
それから俺達は外からロビーへと行き、赤木先生から冊子を貰った。
すぐに怪談話のページを見る。
すると、驚くべきことが記載されていた。
黒の女が愛した男を殺した。
この一文だけがあったのだ。
「な、なんで……」
「ネットとの食い違いがあるではないか」
俺の絶望と、狩野のクレームが混じる。
ここで、俺の記憶が鮮明に蘇った。
―――このPCは半径3000メートル以内にLAN環境がないと……。
―――警察が来て如月の遺体を引き取って行った。
―――石原のPCで見た1番目の事件の発生年。
―――1番から9番目の規則性。
そして、俺の手にある冊子に書いてある、ここの創設者とその息子の名前。その年。
「わかった……」
俺は呟いた。
俺の考えが、もし当たっているのなら、もうこの場所で殺人事件は起こらない。
外れているなら後のことは知らない。
無責任だが、俺が出来るのは事件解決ではない。考えることだけだ。
「現場証拠だけで、分かる犯罪なんてな」
「どうしたの柏木?」
俺の独り言に石原が反応する。
「なんでもない。確か今日は全員で露天風呂だったな」
「うん」
石原はどうしてこんな内容の話になったか分からず、おどおどしている。
当たり前だ。かなり無理矢理だったからな。
聞かれたら答える言い訳もあるが、如何せん説明が面倒だ。
そんなこんなで夕食が終わって、入浴時間となった。
小西が宇津木を追いかけて女風呂に入り、誰かの下着を頭に巻いて持って帰ってきたこと以外はあまり変わりがなかった。
石原は騒ぎまくってうるさい。
桜井は普通に男風呂の場所を間違える。
狩野は露天風呂の浅いところで瞑想している。
坂田はその辺にいるんだろう。特長を生かして女風呂の中を盗撮してくればいいのにな。
だが俺は一人、そんな様子の男風呂の外にいた。地下のロビーへと歩きながら考える。
――どうして情報が食い違っているのか。
――どうして浮気性の女を殺すのか。
真実は直接確かめれば良い。
俺は目的の人をロビーで見つけ、俺達の部屋へと呼んだ。
「何か御用でしょうか?」
「ええ、まぁ」
俺は壊れたドアをスルーで部屋へ彼女を入れた。
「何で、こんなことしたんだ?」
俺は単刀直入に聞く。
「こんなこととは?」
彼女は冷静でいる。
「アンタが如月を殺したんだろ?」
俺の言葉に微かに彼女の眉が動く。
「どうしてそのようなことをおっしゃるのです?」
「そもそも警察が来たこと自体おかしかったんだ」
「どうしてです?」
「ここにLAN環境はないはずだ。有線電話も含めてな」
「いえ、警察の方は私が山から下りて連絡しておきました」
「いや、それにしては警察が来るのが早過ぎる。如月を俺達が発見してから5分も経ってないのに警察が来たんだぜ?」
「私はもっと早くに彼女を見つけていました」
「へぇ?それは何時だった?」
彼女は思い出そうとする素振りを見せ、言った。
「大体午前の1時半くらいだったです」
「はぁ」
「なんです?」
俺の溜め息に、彼女は少し怪訝そうな顔をする。
「溜め息をつくと幸せが逃げるって話知っているか?」
「ええ聞いたことはありますが」
「実際そうかもな。俺はこういうことばっかりだ。ただな、俺の不幸で犯罪が減らせるっていうなら、俺の不幸で罪を重ねることを防げるのなら、俺は喜んで不幸になってやるよ。俺は平和主義だからな。どんなに苦しくても犯罪がないならない方が良い。アンタもそれはそうだよな?」
「ええまぁ」
「なら、ここで白状してくれ。自分が犯人だと」
「違います。あなたが何を思っているのか分かりかねます」
ここまで来たら、もう後戻りは出来ないな。まぁいいさ。この際どうにでもなりやがれ。
「なら聞こう。1時半にどうして外に出ていられたんだ?」
「……どういう意味です?」
「仮に1時半に外に出るなら、ロビーと外をつなぐ階段の雪を全て排除しなければ外へいけず、それを考えると0時には外に出始めなければあの雪の量は突破できまい」
「……」
雪を溶かすのに1時間半かかるというのは若干盛った推測だが、当たっていたらしい。
「そして、俺達の消灯時刻は0時。如月が俺達の部屋に来たのが0時10分。帰ったのが0時40分。つまり、アイツが1人で外にいるというのは有り得ないんだ」
「どうしてですか?もしかしたら如月さんが雪を除雪していたかもしれないじゃないですか?」
「いや、それもないはずだ」
「何故言い切れるのです?」
「アイツは自分の部屋に戻ると言っていた。それに――」
俺は言葉を一旦切って深呼吸する。
「その後に大きな声で“他の男子の部屋行こうかな?”って言っていたしな」
その浮気とも見せかけともとれる言葉に、苦々しく顔を歪める彼女。
「この旅館に来た浮気性の女はある規則性で殺される」
「なんのことです?」
「いい加減とぼけるのは止めたらどうなんだ?あの警察も偽者だろ?」
「どうしてですか?どうしてそんなこと言うんです?」
「あの時は知り合いが死んでそれどころじゃなかったが、あの時変だと思ったんだ。パトカーの音がな」
「音?」
「そうだ。道をパトカーが進んでいくにしたがって、音は低くなるはずなんだ。なのに今思えば変わっていなかった」
「……」
「それと、殺される人の規則性。これはアンタの母親、闇に心を売った女がどれほど伝説の男を好きだったかを物語っている」
「何でですか?」
「1番目は木に釘で打ち込まれる、2番目は私有地と自然との境界線に遺棄、3番目は口から釘を木に打ち込まれる、4番目は谷底に遺棄、5番目は木に打ち込み、6番目は積もった雪の空気に触れるところと触れないところ、つまり、雪の表面を境にした遺棄の仕方、7番目は木へのめり込み、8番目は川の橋から、と言うか山だからV字谷だよな、そこへ突き落とした」
「それがなんだって言うんです?」
「それから9番目、今回の如月だ。これは2番と4番、6番8番が“木”という単語で挟まれている。つまり“木挟”。そして2番目と6番目の共通点、“境”だ。さらに4番目と8番目の共通点、“谷”だ。この偶数番はキョウヤと読むんだろうな」
「!!」
「そうだ、アンタの父親の名前だよ、木挟境谷っていうのは」
「そ……そんな……」
「ここまでの根拠で俺はアンタが犯人だと確信したんだ。木挟真理さん」
木挟さんは、俺の視線に耐え切れないのか、目線を床に向ける。
それに構わず俺は続ける。
「自分の母親の“黒の呪い”をアンタは受け継いだ。浮気が原因で母は死んだと思ってな。そうだ、伝説の途中までは事実。だが、途中からはアンタが捻じ曲げた偽り!」
「違う!」
「違わない!!」
「何を根拠に言ってるの!?さっきからなんなのあなたは!?」
「じゃあ何でアンタは生きてるんだ?」
「あ……」
「真実はこうだったはずだ。アンタの母親が浮気していた女を殺し、自分の好きな女の本性を知った男が途方に暮れていたところに慰めに行った。悲しくもそうして二人は結ばれ、女は赤ん坊を授かった。出産の折、女は罪悪感に満ちていたはずだ。私が幸せになっていいのかと。いくら愛する男のためとはいえ、その彼が愛した女を殺してしまっているんだ。結局自分のためじゃないか。そう思っていたんだろう」
「な……なんで……」
「その末、アンタを出産したと同時に死んだが、罪悪感に良心が潰されて自殺したかのどちらかだろう。そして、アンタはその女の遺書をどこかで見つけたんじゃないのか?だから呪いを勝手に作り、浮気をなくそうとしたんだろ?」
「あなたに何がわかるのよ!!」
「……」
「母親がいなくなった理由!母親が最も嫌った行為!母親が出来なかったこと!それを全て達成したり、解決したりするのが子供の役目でしょ!!」
「……それが、アンタが考えた末に出した答えか?」
「当たり前でしょ!」
「ふざけるな!!」
「っ!」
「誰がアンタにやってくれって頼んだ!?誰が代わりに頼むって言った!?」
「……」
「アンタの考えは至極立派だ、感心するよ!だがな、それが子供の役目っていうなら、俺は親との縁を切る。そんなんで自分縛り付けて何の得がある?それにな――」
「え?」
俺は木挟さんを優しく抱き留めた。
「アンタの場合、親がそれ以上幸せにならなくて良かったんじゃないのか?良心があったから、アンタの母親はいなくなったんだろ?」
「うっ……うっ……」
木挟さんは俺の肩に目を当てて泣き始める。
「だったら、アンタは母親の無念を晴らすより、母親が羨むほど幸せになることの方が大事じゃないのかよ?」
俺は木挟さんの背中を軽く撫でる。
「アンタはまだ間に合う。罪を償って幸せとはいかないまでもまともな人生送ってくれよ」
「ダメ……なんです……」
「?」
木挟さんは俺から体を離すと、ナイフを取り出して自分の首に当てた。
「最期に……あなたみたいな人に……会えて良かったです……。ありがとうございました」
そう言うや否や、彼女は自分の首にナイフをものすごい勢いで差し込む。
ダメだ!もう俺は、誰にも何も失わせたくないんだ!
「止めろォォォ!!」
皮膚を切り裂く音。尖ったものが突き刺さる音。それらが俺の耳に響く。
そして、ポタポタと垂れる血の音。俺を驚愕の表情で見る木挟さん。
――痛みが俺の手に突き刺さる。
「ど……どうして……?」
俺は、自分の両手でナイフの刃を握り締め、彼女の手に握られたナイフを止めていた。
「アンタ、今、自分は世界に不必要な犯罪者だと思ってないか?」
彼女は泣きながら頷く。
「でもな、不必要な存在なら、生まれてきやしないんだ。それが犯罪者でも、テロリストでも、核兵器でも。何らかの意味を持つものは不必要じゃないんだ」
俺はいつもの考えを言う。
「それでも皆が不必要だって言うなら、誰も救いの手を差し伸べないと言うなら、俺は何だって、誰だって救い取ってやる!何が何でも救い取ってみせる!今のアンタは必要なんだよ!」
「!」
「だから、俺にはアンタが必要だから……俺が必要ないって言うまで死ぬんじゃねぇ」
俺が手に握ったナイフを放り投げると、木挟さんは近寄ってきて言った。
「……それ、告白ですか?」
「断じて違う」
木挟さんは呆れたように笑うと、俺の背中に手を回してきた。
予想しなかった展開に、俺は少々のパニックを起こす。
「ありがとう。こんな私を必要って言ってくれて」
自分で顔が赤くなっているのが分かるほど、顔が熱い。
そんな俺を見て、木挟さんは言った。
「……君、ホントに変だね」
何が変だ。
とは思ったものの、俺はこう答えた。
「自覚はあるさ」
そうして彼女は石原財閥が弁護の元、裁判を受けることになり、俺達の修学旅行が幕を閉じた。
彼女の母は、俺の思う通り、彼女を産んだ後自殺してしまったらしい。そして、どうしてそうなったのか分かっていないが、母親の目は真っ赤に充血し、瞳が紫色になっていたんだそうだ。そこで彼女は母の死体から眼球を取り出し、表面の色だけを抽出、それでコンタクトレンズを作ったのだった。
そして、旅館に泊まる浮気性の女を、自身で作った呪い伝説のようなもので殺していったのだという。
さらに、俺の言った殺人の規則性は、彼女自身、気付かなかったと言う。
俺はそのことについて、母の愛が一直線過ぎたものだと解釈することにした。
――後日。
「よくまぁここが分かったもんだ」
「調べろって言ったの柏木でしょ?」
「その通りだ。貴殿は何を言っている」
「せやで。お前は前から思っとったけど変やで」
「そんなの今に始まったことじゃねーだろー」
順に俺、石原、狩野、小西、桜井の言葉である。
勘のいい人はお分かりだろう。
そう、俺達は今、如月の墓石の前にいる。彼女の墓参りに行きたいんだ、と石原に言ったところ、場所はわかるの?と聞かれ、分からない、と答えた俺は不本意ながら彼に協力を仰ぐことにし、調べてもらったところ―――
「まさかこんなに学校に近いとはな」
呆れと安心が混じった苦笑が俺から漏れる。
「でもどうして墓参りに?」
石原が上目遣いに俺を見て聞いてくる。
「1度くらい行かなきゃ呪われそうだからな」
「怖いこと言うなや」
小西が青ざめた表情で言う。
まぁ、実際、俺達の泊まった旅館でのでっち上げられた伝説も無理があったし、と言うより、伝説でもなんでもなくて、最近と言うには昔だろうという最近の出来事だったしな。
「結局最近なのかよ!」
なんだ?呼んでない坂田までここを嗅ぎ付けたか。
そうそう、どちらにせよ、人間慣れないことはするもんじゃないな。
「悪いことに慣れろとは言えないけどな」
「ん?柏木、貴殿は最近独り言が多いな。歳か?老人化したか?老朽化したか?柏木老人バージョンか?」
あのなぁ……それ全部柏木老人バージョンだろ。
「その選択肢取る!?」
うるさい坂田はスルーでいいだろう。そもそもコイツは存在することでプライバシーの侵害を自然に行う犯罪者だ。人権侵害をもう見過ごすわけにはいかないな。生かして返せん。
俺は桜井と視線を合わせようと彼を見る。
「(キラーン)」
いつにもなく俺の目が光る。
すると桜井はこちらを凛々しい顔で見返してきた。
「(コクッ)」
無言の頷き。
そして坂田は原因不明の吐血をして、救急車で……
「待てよ!どう考えてもお前らの未来予想図だろ!なんだよ原因不明の吐血って!どう考えても桜井に俺がボコられるんだろ!!」
ツッコミが正確すぎて冷めるな。
「何!?坂田!貴殿は救急車で運ばれたはずでは……?」
狩野が驚愕の表情で坂田を見る。
「何で本気にしてんだよ!」
坂田が狩野に怒鳴り声で返す。
「アレ?おかしいな、救急車の手配したはずなのに」
石原が頻りに不思議がりだす。
「まぁいっか、もっかい呼べば」
しかし、見事な自己完結をしたようだ。
「坂田!お前、アレやで!わいの頭とキャラ被りしてんねん!さっさと髪生やしてき!」
皆さんすっかりお忘れだろうが、坂田はスピード大会前に桜井に毛根ごと髪の毛を抹消されている。事実を述べるのは可愛そうだが、おそらく坂田に髪は生えまい。故に小西の言うことは叶わないだろう。
「クソッ!何でいつも俺だけこんな扱いなんだ!こうなったら……」
坂田は綺麗な直立をして、力を入れて腕を体の左右に振り切った。見る見る坂田の顔が、体が、服が、頭が赤い光を纏い、放ち始めた。
「これが……俺が主役になるための力……」
自分の姿に酔いしれるように言う坂田。
いや、お前そこだけ見られたら完全に酒に潰れたハゲだぞ?
「行くぞ!トランザ……」
「「「「「うぅぅおおぉぉぉぉ!!!!」」」」」
“ズゴーン”
5人に蹴りを同時に入れられた坂田は秘められた力を使うことなく悶絶した。
影が薄いくせに、某機動戦士アニメの力を借りようとした罰だ。そもそもお前にそんな力は備わっていないだろ。
坂田を放置して、俺達は石原の家へと向かった。
「そういえば、石原」
狩野が石原に話しかける。
「木挟殿はいつ釈放予定なのだ?」
狩野が質問した内容は俺も気になっていた。
いくら改心し、自分から自首したにせよ、8人もの人数を殺してしまっている。俺が事実を知らずに裁判官となっているのなら、間違いなく無期懲役にするからな。
だが、希望もある。殺人者に加担するわけではないが、石原財閥が全力で弁護に回っているのだ。きっと、これによって彼女の母が殺した1人目の被害者の事実が明らかになるはずだ。
しかし、客観論として、それでも彼女は自ら重刑を望むかもしれない。
そんな思いが俺の中で交錯し、石原が口を開くまでの時間が長く感じられた。
「うんとね、確か3ヶ月の懲役だったかな」
…………………………は?
「相手の検察官がね、石原財閥を相手にしたくないみたいでさ、裁判官と石原財閥の討論の末、懲役3ヶ月だってさ」
…………………………え?
「いや~、大変だったみたいだよ?だってさ―――」
石原のその先の言葉は聞かなかった。
え?何?どういうこと?俺の心配は無駄だったのか?
検察側が弁護側と戦いたくないってどういうこと?お前らそれが仕事じゃないのかよ?何で仕事放棄してんの?しかも判決が懲役3ヶ月って、絶対石原財閥が裁判官に圧力掛けた判決だろ。普通に考えて、世論とか、世間体とか悪くなるんじゃないのか?
いやいや、彼女とはまた会いたいから嬉しいんだけども……。
やり過ぎだろ。
「さぁて修学旅行も終わったし、家でなんかしようよ!」
「おー!」
お前達は能天気でいいよな。俺にも少し分けてくれ。
エピローグ
修学旅行が終わって、次の週。
「柏木、何かみんな変じゃない?」
変なのはお前の精神年齢だ。早く精神科行ってこいよ小学生。
そう、石原がこの反応をする時、大体テスト3日前だったりするのだ。
普段怠け者の俺ですら教室の自分の席で勉強している有様である。
「そうそう、今日の新聞なんだけど……」
当たり前のように会話に入ってくる宇津木。
「あれ?宇津木さんいつから柏木の椅子にいたの?」
椅子ってか俺のふとももの上なんだが。
「どけ。重い」
「もう、嘘ついちゃって」
何だこの女は?いつも以上にウザイな。
「で、新聞がどうしたの?」
石原が俺にフォローなしで話を進める。
「学校近くの墓場で倒れている人が昨日見つかったんだって。それで、写真の男にインタビューしたって記事があるんだけど」
「だから何だ?いい加減どけよ、クソ女」
「もう、見え透いた嘘言っちゃって」
そう言って顔を赤く染めて俺から顔を背ける宇津木。イラつく俺。
「あ、これ坂田じゃん」
「何?」
新聞を宇津木から取ろうとすると、「君のハートはボクのものだ!」と訳の分からないことを言い始めたので、怖くなってきた俺は肩を押しのけながら新聞を奪い、ついでに左足を高く上げて俺の上から摺り落とした。
「あ……もっと……もっと……!」
恐ろしいことを言い始めたので石原を連れて教室の外に逃げると、彼女は口裂け女もびっくりの速度で追いかけてきて、俺達は必死になって逃げ出す。
そこに救世主小西が登校!もうコイツに賭けるしかない!
「お!宇津木やないか!」
何の話し合いもせずに宇津木に気付く彼。そして衝突音。その後しばらく彼が殴られる音と、彼の快感を訴える声が廊下に響き渡った。
小西に冥福の祈りをしてから、新聞を見ると、真っ赤に燃え尽きた坂田が写っていた。真っ赤なのにインタビュー内容が「燃え尽きたぜ……真っ白な灰に……」だった。