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俺はじゃがいもが嫌いだ  作者: シム町長
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第3話

俺はじゃがいもが嫌いだ


プロローグ


 人とは楽しいことをしたいと思う生き物だ。だが、その楽しいことは人それぞれで、個人の価値観も見出される。まぁ、つまりは人と人は分かり合えていそうで、分かり合っていないということだ。

 どんなに仲が良くてもお互いに越えてはいけない一線が誰にでもある。ない奴もいるが、俺にはある。自分のプライバシーを覗かれたくないとか、自分にあまり干渉して欲しくないという人も少なくないだろう。

 そして、それに付き纏う人間関係の中で、恋だの愛だの出てきてしまう。この2つの言葉の聞こえは良いが、実際は残酷なものである。

 恋は人を狂わせ、愛は憎しみを生む。

恋に没頭するあまり、自分や周りを見失い、好きな人を失えば何も残らない。加えて、もしその恋が実ったとしても、周りの目、お互いを見合う時間の長さなどで恋心は冷めていく。そして、辛いことに出会いがあれば別れが来る。それを分かって、また会えると信じるのは勝手だが、信じるくらいなら会いに行けよ、と言いたくなる。

 愛とはお互いの嫌な所がすぐに見えてきて、お互いに永久我慢しない限り続かないものだ。そして、それ故に自分の相手が自分と同姓の人と歩いていると色々詮索したくなるものだ。互いを心配し合いながら周りを巻き込むのが愛だ。

 このような考えは一理ある、と思う人はいるだろうか?思ってしまった人は、他人の幸せを羨ましく思うくらいなら壊してしまえ、という人が大半だと思う。心のどこかに飢えがあり、自分の存在をもっと認めて欲しい、自分をもっと見て欲しいなどという自己顕示欲がある奴でもあると思う。

 俺が言えた義理ではないが、坂田のように開き直ることをお勧めする。

 人生開き直りが肝心だ!といつも言っていればどうにかなる。実際、坂田はそれで自己を保っている。空気と侮辱されてもなお、雑草のような繁殖力で「生命力だろ!」

「オイ、プロローグは俺の回想なんだぞ。お前の名前出してやっただけでもありがたく思え」

「そうだよ?僕とか桜井みたいに出番が多くないから柏木が哀れみの心でこうして名前出してくれてるのに。あんまりだよ」

そう言ってる石原も喋っているけどな。

「人生開き直りが肝心なんだよ!!」

どうでもいい坂田は置いといて、本編始めるか。



第三話 狂わせるもの


~S1~


「なぁ石原」

「なぁに柏木?」

修復に5ヶ月を要した学校の教室でのとある放課後の話である。ふと、疑問に思ったことを石原に聞いてみた。

「坂田って何で存在してんだ?」

「あ、それ僕も思う」

「待てコラ」

どっから出てきたかどうか分からない坂田について説明しよう。

 コイツは非常に影が薄く、ストーカーに向いていて「何勝手に設定追加してんだァァ!」他にこれと言った特徴がない奴である。あぁ、最近桜井に頭の毛根消されていたな。あとは、人の回想にしかほとんど口出しできていない奴である。

「坂田さぁ、僕毎回思うんだけど、誰に対して叫んでるの?」

「どっかの誰かの回想だよ!」

石原は「え!?スルー!?」子供っぽい喋り方をする奴である。家が資産家且つ弁護士の事務所で、その一人息子でもある。

 そして俺、柏木だが、世間に言わせれば死んだ魚のような目をしている。寝癖を直すのが面倒で、適当にしているのだが、最近寝癖のパターンが統一化されつつある。

「オイ、柏木、俺はだな」

「はいはい、わーったわーった」

「何その面倒臭いってアピール!」

事実面倒だ。

 がやがやと坂田抜きで騒いでいると、桜井、小西、狩野がやってきた。

「リア充死ねーーーー!!」

…今、寝言を叫んだ奴が桜井である。赤髪で赤のかかった目、筋肉質が特徴の不良で、必ずと言っていい程話しているときに長音記号を使う。あと、めちゃくちゃ頭が悪い。

 そして、男のくせにちょっとした長髪の奴が狩野。偉そうな感じの話し方をし、どことなく偉人のイメージがある。

 最後に小西。(-ω-)←これに眉毛をつけたような顔立ちのサルっぽい顔をしているハゲ。関西弁をキャラ立てに使う目立ちたがり屋。

「ど、どうしたの桜井?」

「いやー、なんとなく叫んでみたくなってなー」

なんとなくって…。

「おっし!じゃあみんなの好きな人の話をしようよ!」

「「「いいねー!」」」

「好きな人とかいないんだけど」

「柏木も強がんないの!」

いないもんはいないんだよ!

「じゃあまず僕からね」

そう言って石原は話し始めた。

「僕がこの高校に入ってから一週間、ごく自然に友達を増やしていった僕だけど、一人だけ気になる人がいたんだ。名前は鳥月あやかっていってさ。身長はさして高くもなく低くいもなくって感じでさ、すっごくかわいくて」

お前の身長低いから基準がわかんないんだよ。

「鳥好きの人のあやし方?」

桜井が難聴になった!

「それでね、今は普通に話してるんだけどさ、なんか向こうも僕に興味あるみたいでさ」

「「「「おお~」」」」

こないだお見合いがどうとか言ってなかったっけか?

「話しかけるともじもじしてさ~」

「石原、もうええ!羨ましくてあかん!」

「ええ~?」

鳥月あやかねぇ。

「はい!次!桜井!」

「あー?俺もう付き合ってる奴いるぞー」

「さっきリア充死ねとか言ってたの誰やねん!」

「俺だなー」

「開き直るなや!!」

「ん~じゃ次坂田は飛ばしてこに…」

「待ってよ!ちゃんと俺にもいるぞ好きな人!」

「男でしょ?はい、小西話してよ」

小西の好きな人なんてここにいる全員が知っているだろ。

「俺が好きなんは宇津木や」

「進展がねーのは知ってっからよー。柏木はどうなんだー?」

「俺は…いないな」

石原がニコニコしながら言ってくる。

「柏木ってさぁ、ムッツリなの?」

「お前と一緒にするな」

「な、なんだと~」

「狩野はどうなんだ?」

「かなり前の話になるが、それでも良いのか?」

「うん」

ふぅ、と一息ついてから狩野は遠くを見つめるように話し始めた。

「あれは…俺が中学に入って2ヶ月の頃だった…」


~狩野回想~

 

学校に全く馴染めなかった俺は、毎日退屈な日々を意味もなく過ごしていた。生まれつきの偉そうな口調のせいか、小学校でもほとんど友人がおらず、いつも独りでいた。馴れ合いに自分が参加するなど考えたこともなかった。

 そしてある朝だった。

「か、狩野君…あの、しゅ、宿題やった?」

変な女に声を掛けられた。髪はショートで小顔、すらりとした体系でそれなりに整った顔立ちをしていた。

「宿題とはどれのことだ?」

「あ…えっと、理科Ⅰの…プリント」

俺は鞄から理科のプリントを出すと、その女子に渡した。

「あ…あの、ありがとう!」

それが、宇津木との出会…

「待たんかいィィィィィ!!」

狩野の回想を破って小西が叫ぶ。

「む、どうしたというのだ?」

「なんでそこで宇津木が出んのや!」

「宇津木といっても妹の方だぞ」

「なんやて?お前今いくつや?」

「今年で15だが」

日本に飛び級制度とかあったっけ?

「か…狩野、もしかして君、飛び級してきたの?」

「そうだが…何か問題でもあるのか?」

まず俺達に敬語使えよ。

「それはいいとして、宇津木の妹は今14歳なん?」

「ああ…生きていればな。しかし、もうこの世には…おらんぞ」

…何この空気。何で聞かなきゃ良かったって雰囲気全員で醸し出してんの。

 それでもその空気を作り出した小西は続ける。

「い、妹がいたなんて、わいは聞いてないわ」

お前だからじゃないのか?

「まぁ、聞け。それから宇津木の妹とはいろいろあってだな」


~狩野回想~


「か、狩野君。あの…隣いい…かな?」

「構わないが」

昼飯を一緒に取るまでに仲良くなった。

 席替えのくじ引きで俺の隣になった時、とてもうれしそうな顔をして、「よろしくね」を連呼していた。

 それからの毎日は休み時間になるたびに語り合った。

 朝は「おはよう」から、放課後の「またね」まで、いつも変わらずに平和だった。彼女は俺と話す時、終始笑顔で楽しそうに笑っていた。お互いに体が丈夫らしく、学校を休むこともなかった。

 それから2ヶ月が過ぎた朝。

 彼女は学校に来なかった。

 次の日も、その次の日も来なかった。

 不審に思い、メールもしたが一向に返ってこない。どうしたものかと思い悩んだ放課後、俺は担任に呼び出された。

 職員室に連れて行かれた俺は担任にこう言われた。

「宇津木は…亡くなったよ」

「…」

言葉が出なかった。ただ、その言葉に対する反論だけが俺の中を駆け巡っていた。

 何を言っているんだ?そんなわけないだろう?亡くなったって?意味不明な戯言を抜かすな。

 放心状態になった俺は宇津木の家に連れて行かれていた。招き入れられた部屋には彼女の遺影と彼女が眠っているだろう棺桶が置いてあった。

「狩野君ね?娘がお世話になりました」

母親らしき人物に軽くお辞儀をすると、その人は続けて話し始めた。

「あの子、家に帰るといつも狩野君の話をしてたんですよ?かっこいい人と友達になれたって、大はしゃぎで」

「いえ、俺はそんな人間じゃありません」

「でも、この子の事思ってくれていたんでしょう?立派じゃありませんか」

「…」

「この子きっと狩野君のこと好きだったんじゃないかな、そう思うんですよ。だけど…学校から帰る途中で…」


~お母さん回想~


 人気のしない、学校帰りの道。歩く娘と、娘を追う怪しい影。

「な、何ですか?」

不審に思った娘は降り返って質問する。

 だが、男は無言で娘に近付き、通り過ぎる時にぶつかった。

 そして、何事もなかったかのように男はその場を去った。

――通り過ぎざまにナイフで腹を刺していったのに。

 その後1時間半ほどして娘が発見され病院に搬送されたがまもなく…。

――犯人はまだ、捕まっていない。


~お母さん回想終了~


「要約すると、誰かに腹部を刺され、致命傷を負って気絶、そこをたまたま通った人が通報したと?」

「グスッ…はい、その通りです」

「なぜ俺がここに呼ばれたのですか?」

「あの子が会いたいって言っていたんです。最後になるかもしれないから、気持ちもちゃんと伝えたいって、意識が戻ったときに言ったそうです」

なんだろうかこの感じは。

ああ、そうか…。今の俺の気持ちが…悲しみというのか。

 人と交わることをしなかった俺を救ってくれた人を、俺に平和な日々をくれた人を、俺に笑顔を向けてくれた人を、俺を護っていてくれた人を…俺は失ってしまったんだ。

 何も恩返しもせずに。何の態度の変化も見せずに。

 それでも彼女は笑ってくれていた。

――それなのに…それなのに俺は……!!

 俺の頬を涙が通った。その涙と彼女の遺影に写った最後の笑顔に誓った。

――俺が必ず犯人を捕まえて、罪を償わせる。君が俺にしてくれたことに比べれば大したことはないが、せめてもの恩返しとさせてくれ。


~狩野回想終了~


「「「「「ややこしい」」」」」

狩野の回想終了への俺達の感想第一声に、涙声で桂は反論する。

「グスッ…な、何だその反応は」

泣ける話だけれども!確かに泣けるけれども!

「何で回想の中で他人の回想が出てくるんや」

「回想途中で邪魔してきた貴様にだけは言われたくない」

「過去の事あれこれ言うのは好きじゃないけど、リトル宇津木と毎日一緒に帰れば良かったんじゃないの?」

勝手にあだ名付けんな!

「し、しかし、リトル宇津木に変に思われるのは嫌ではないか」

あだ名採用すんな!

「元から変でしょ?」

泣きっ面に蜂を実現すんな!

「これ以上変とは思われたくたかったのだ!」

ガキの悪口を受け入れるな!

「まぁ、もうどうにもならないか」

だったら言うな!

「てかよー、お前そいつのこと好きだったんだろー?だったら何で名前覚えてねーんだー?」

なるほど、桜井のくせに鋭い指摘だな。

「いや、実はその後俺は記憶喪失にあって、名前が思い出せんのだ」

それについて俺が質問する。

「何でそんな都合良く記憶喪失になったんだ?」

「うむ、それは俺も考え、思い出そうとしたのだが、結局ダメだった」

それ以前に好きな人の名前忘れるってどうよ?

 ていうか親と知り合いなら聞けよ。

「桂も大変だったんだね」

石原はそう言って俺のほうを向く。

「さ、後は柏木だけだよ?」

「坂田はどうすんだー?」

桜井ナイスアシスト!

「いないからいいよ」

最近石原が毒舌になったと思うのは気のせいだろうか。

 そんなことはどうでもいい。ただ、俺はこの手の話題についていけないんだ。

 というのも、異性を好きになったことがなく、興味も湧かない高校1年生なんだ、俺は。妄想ばかりしている奴らにそんなこと言っても、「ムッツリ」とか「不健全」とか言われるに決まっている。石原が良い例だ。

 どうにか言い逃れできそうな言い訳を考えていると俺達全員のケータイが鳴り始めた。


 送信者:坂田学

 本文:みんなが構ってくれるのを楽しみに待っています。誰か助けて下さい。


「「「「「………………」」」」」

“パタン”

全員同時にケータイを閉じる。

「ねぇ柏木、ホントに好きな人いないの?」

「あぁ、いないな。異性を好きになれないっていうか、興味がないっていうか」

「でもよー、じゅ…じゅう…アレ?」

「なんや桜井?言いたいことあるなら言うてみいや」

言われるのは俺なんだけどね。

 そう考えた刹那、再びケータイが鳴る。


 送信者:坂田学

 本文:我慢の限界です。構ってくれないと自殺しちゃうよ(本気)


「「「「「………………」」」」」

“パタン”

そして再び全員同時にケータイを閉じる。

「待てよォォォォ!!」

その音に、誰かが否定の叫びを上げる。

「今何の返事もなしにケータイ閉じたろ!俺が死んでもいいのか!?」

「いや、もう間に合ってるんで」←俺

「平気かな」←石原

「誰だっけかー、お前ー」←桜井

「貴様、どこから沸いて出た!?」←狩野

「なんやねんお前、キモイわ」←小西

「もう死にたい…。でも神様ァお願い、こいつらも抹殺して下さい…」

そんな坂田の必死の頼みも石原はスルーを決め込む。

「じゃ柏木、女子との思い出を言ってよ。いくら柏木でも女子の知り合い入るでしょ?」

なんかコイツむかつくな。スルーしてやろうか。

 考え込んでいると、教室の扉が開く。

「か、柏木君の好きな人っ!?誰誰誰誰!?」

…宇津木が入ってきた。

 宇津木とは良く分からないが知り合いで、そこそこ外見の良い上玉である。

「お、宇津木さん!小西、告白してみたら!?」

「大声で言うなやボケェ!聞こえたらどないすんねん!」

絶対聞こえてるだろ。

 そんな俺の思いを意にも返さず、宇津木は喋り始めた。

「石原君は鳥月さんで、桜井君は2次元の女の子、狩野君は事情があるのは知っているし…。でも柏木君だけは知らないんだよね、好きな人」

小西と坂田は?

 てか、何でそんなに期待に満ちた目で人のこと見るんだよ?女子ってのは色恋沙汰にどんだけ執着心が強いんだ?

 その前になんでこの女、桜井と石原の好きな人のこと知っているんだ?まさか最初から教室の近くにいたんじゃないだろうな?

 …何で俺は恋にこんなにも無頓着なんだ?

 溜め息をついている俺のフォローかどうか分からないが、桜井が石原に質問する。

「石原ー、2次元ってなんだー?」

「平たく言えば、この世に実在しない人だよ」

どんな平たい言い方!?

「死んだ人かー?」

まぁ解釈次第ではそうなるよな。

「そうじゃなくて。生きているけど、実在しない人だよ」

余計ややこしくなってんぞ!

「幽霊かー?」

それ死んだ人とほぼ同じだろ!

「違う違う。人の目で立体映像に見えるけど、触ることの出来ない人だよ」

それを聞いて桜井は坂田を指差す。

「あれかー?」

違うわ!

「まぁあんな感じだね」

肯定するな!

「違うぞ石原。坂田は2次元じゃない」

話を聞いていて狩野がフォローに入っ…

「奴は1次元だ!」

らなかったな…。

 てか、1次元って最早ほとんど実在しねーじゃねーか!

「あぁ、そういえばそうだったね」

お前は幼稚園からやり直せ!

「石原ー、1次元って何だ?」

辞書で調べろ!

「坂田だよ」

人を悪用するな!

「あ、あの…柏木…君?」

…俺が言うのもなんだが、宇津木がかわいそうになってきた。

 石原と桜井と狩野は言い合いしているし、小西は宇津木に無視されて失神しているし、坂田に至っては天に召されている。

「カカカカカカカ………」

…坂田、もう助かりそうにないな。口から魂らしきものが出てるし。その魂らしきものにエアーって書いてあるし。

 どんだけ構って欲しいんだよ。

 …ん?ちょっと待て。

 確か、宇津木は桜井が2次元の女の子とどうたら言っていたな。

 ってことは…?

「どうしたんだー柏木ー?」

「オイ、桜井…。お前が付き合ってる女子ってまさか…」

「あぁ、ケータイのゲームの女キャラと付き合ってんぞー」

…桜井が病んでるぅぅぅ!!

 かわいそうなのにそう言えない!誇らしげに語ってくる彼に反論できない!戻って来いすら言うのを躊躇してしまうぞ!

 なんだ!?他人のことなのに汗が噴き出してきたぞ!

「柏木ー?どーしたー?」

「い、いや、なんでもない。それより、その女より前に好きになった奴とかいなかったのか?」

理由言えねぇ!!口が裂けても言えねぇ!!

「過ぎた水戸はもう通らないのが男さー」

道だろ!!

「下を見ずに前を向き、振り返らずに歩いてゆく。それが男の生き様だと?」

狩野が割り込んで桜井に言う。

「そうじゃねー?」

お前が言ったんだろうが!

俺が内心で焦りまくっていると、新たな人物が登場する。

「あ、いたいた~。もう~探したんだよ、誠君」

「あ!あやかちゃん!」

石原が扉の近くにいるソイツの所に走る。

おそらくアレが鳥月あやかだろう。

なるほど、石原よりも少しだけ身長が低く、それなりにかわいいな。目がパッチリしていて明るい子だ。体系は痩せ型だな。

「アレが鳥好きの人かー?」

「違うだろ。鳥月あやかだ。と・り・づ・き・あ・や・か!」

「鳥月あやかー?」

「あぁ」

「誰それー」

「石原の好きな人だ」

「ほえー」

桜井との会話を終えると、俺達は石原と鳥月の様子を見た。

なんかお互いにもじもじしながら話してるな。

…ウゼーな。

イライラしてもう片方の扉を見ると、鳥月の連れらしき人物が3人いた。1人は男子、2人は女子だ。

 目が合うと、軽く会釈してきて近寄ってきた。

「あの子達できてるのかな?」

そう言ってきた女子に苦笑いしながら答える。

「さぁな」

「君なんていうの?」

「は?」

「名前」

突然何だ?

「俺は柏木弘樹だ」

特に答えない問題もないので教える。

「へぇ~君が?ウチは吉塚清美。大吉の吉に、貝塚の塚、清水寺の清に、美しいで美だよ」

そこまで細かく言わなくても。

 困った表情をしていたのか俺は笑われ、残りの2人の自己紹介もされた。

 もう片方の女子は福岡ありさ、男子は輪島達平。何で紹介されたかは全くの疑問である。

 石原は鳥月、輪島、福岡、吉塚と帰ると言って帰っていった。


~石原が帰ってから5分後の教室~


 俺、桂、桜井のケータイが鳴る。メールは2件。送信者は2人。文章は一緒。

送信者:小西、坂田

本文:何で俺達こんなに女に興味持たれないんだろう?

“パァン”

ケータイを閉じる音が解散を告げた。

~S2~


 1週間後の朝。

 俺は1人であくびをしながら高校に向かっていた。

 なぜ石原がいないのかは、おそらく鳥月と一緒に学校へ行き始めたのだろう。全くそこまでご執心とはね。今の石原の登校経路はこうである。

 石原自宅→最寄り駅→30分掛けて7駅目に到着→鳥月と合流→来た駅を引き返す→最寄り駅から登校→学校

 という感じである。

 あのガキ、資産家の息子なら車出させろよ。それに鳥月が学校休んだらどうするつもりなんだ。

 まぁ、俺にとっては自分の時間を満喫できていいんだが、アイツ、騙されているんじゃないかと最近思うようになった。それはというと…


~3日前~


「柏木~!」

最近石原がキモイ。

 といつものように思いながらいつも通り石原の自慢話を聞かされた。

「でね、あやかちゃんがね!」

「あやかちゃんって誰?」

「なんでもう忘れてるんだよ!僕の恋人!!」

お前の思い過ごしじゃないのか?

「でね!そのあやかちゃんにね、高いバッグ買ってあげたんだ!!」

「…」

「何?」

「…いや、なんでもない」


 というような話があったからだ。使ってもなくならない量の金がアイツにはあるからいいが、これでもし本当に騙されていたとすればどうなるだろうか。

 おそらく鳥月は、本人だけでなく家族をも社会・精神・経済・肉体破壊をされ、国内追放どころか、宇宙へ追放となるかもしれない。

「いや~恐ろしいな」

つい思ったことを口にした。

 当然答える人もいなくて、その独り言となった言葉は寂しく消えていった。

 通学路の公園に差し掛かると女の人の声がした。

「あ…ダメ…そこは…」

朝っぱらから元気だな。

 気にすることもなく素通りする時、チラリとうちの学校の制服のスカートと、それにまたがるように重なるうちの学校のスラックスが見えた。

 …通学路変えようかな。

 学校に着くと石原が俺の椅子に座って窓の外を見ていた。俺の席、窓から一番遠いのに。

「どうしたんだ?」

呆れながら聞く。

「今日…あやかちゃん来なかった」

ザマミロバーカ、というわけにもいかない落ち込みようだったので励ましの言葉を掛ける。

「今日は休みなんだろ」

「ううん、休む時はメールするって言ってたから」

恋人関係、と言えそうな間柄だな。

「ケータイ落としたとか、充電切れとか。連絡できなくなったんじゃないのか?」

「それなら良いんだけど…」

何が良いんだ?

「うちの張り込み捜査課の連絡だと、あやかちゃん家は出ているんだって」

張り込み捜査課悪用すんな!!

「だから、学校に来ていないのはおかしいんだ」

お前の独占欲がおかしい。

「どこかの倉庫に監禁されているのかもしれないし」

「倉庫ごと核爆弾でも落とせばいいだろ」

「あやかちゃんも死んじゃうだろ!!」

そう叫んで俺の机に突っ伏しそのまま石原は泣き始めた。

 面倒だ。今に始まったことではないが面倒臭い。どうしてこうも石原は何でも手に入れたがるんだろうか。人には介入してはいけないプライベートがあるというのに金にモノを言わせ、何でも調べ上げる。自分の力と言わんばかりに見せつけ格好付ける。

 一言言っておくか。

「オイ、お前、自分で今地面を蹴って走っているか?」

「いきなりなんだよ!」

「聞いてるんだ。どっちなんだ?」

「歩いてる」

「ならまだ大丈夫だろう。歩くってのは走る準備段階みたいなもんだ。順番を段階踏まずに飛ばす奴は必ず失敗する。…心配なんだろう、鳥月のこと」

「…うん」

「なら、お前がすべきことは何だ?」

「彼女を…探す」

「行ってこい」

「うん!遅れるかもしれないからよろしくね!」

教室を全速力で出て行く石原を見て、俺はこう思った。

 やっと俺の席空いた。

 石原が教室を出てからすぐに桜井が来た。

「なんか石原がすごい勢いで出てったけどよー、なんかあったのかー?」

なんで短い文章で“なんか”を2回も使うんだよ。

「鳥月が学校に来てないんだってよ」

「誰だそれー?」

さっきの俺を見ている気がする。

「石原の好きな人だ。覚えてないのか?」

「俺よー、人の顔と体型と声と名前覚えんの苦手なんだよなー」

苦手っていうか人のこと覚える気ないよな!?コイツ、人のこと覚えるのに何ヶ月かかるんだよ!?

「で鳥が学校に来ないから探しに行ったとー?」

鳥月な。

「ああ」

「そりゃ大変だなー。あ、そーだ、これよー、石原が落としてったぜー」

そう言って桜井はケータイを取り出した。

「見てみるか?」

「いいねー!」

ケータイを開き、メールの受信ボックスを見る。

送信者:あやかちゃん

本文:バッグありがとうね!今度は宝石とか欲しいな~!

 完全にたかられてるだろうが!!

「なんだこれー?何で送信者があやかちゃんなんだー?気持ち悪ぃなー」

「同感だ」

もう1件調べるためにボタンを押そうとすると、ケータイがバイブレーションと共に鳴り始めた。

「あやかちゃんって出てるぞー」

「出てやるか」

そう俺は言って、ケータイの通話ボタンを押して、ケータイを耳に当てた。

「石原ですけど」

『石原誠だな?』

何だ?声からして女子じゃない。

 俺も石原になったように努め、話をする。

「そうだけど、君は?」

『鳥月あやかは預かった。警察に連絡したらこの女は殺す』

いや、石原の家弁護士事務所なんだけど。石原に関わった時点で警察と関わっているようなものなんだけど。

「わ、わかったよ。あやかちゃんは大丈夫なの?」

『お前が怪しいことをしなければな。この女を解放する条件を言う』

何で高校生がこんなミステリーに巻き込まれるんだよ!

「条件?」

『あぁ、今から指定する場所に1億用意してもらう』

「わ、わかったよ」

『では場所だ。お前の高校の第1倉庫に放課後の夜9時に金を持って来い。こちらも金を取りに行く』

“ブツッ…ツー…ツー”

俺はケータイを閉じ、桜井に向き直る。

「どうしたんだー?」

「鳥月が攫われた」

それを聞いた桜井は目をいつもよりもキリッとさせて言った。

「仕方ねぇ、今まで隠してきたが背に腹は変えられねぇな」

あ、語尾が変わった。

 じゃなくて何で頭の悪いコイツが背に腹は変えられないということわざを知っているんだ?

 いや違くて、何をコイツは隠しているんだ?

「俺ぁなぁ…ヤクザの若頭だ」 

「…………は?」

「なんやて!?」

「それはまことか!?」

なんか2人増えてるし。小西も狩野もどこから来るんだ?

「それで何の話をしてたんや?」

「鳥月が攫われた」

俺が小西にそう言うと、小西は青い顔をして言った。

「最近の女子攫い事件、ここにまで進行が来るやなんて。これは一大事や」

「女子攫い…であるか…。しかし、それと桜井の身分証明改がなぜ必要なのだ?」

すると桜井は大きな機械をバッグから取り出し、俺に向けた。そして話し始める。

『そいつは今から話す。いいか、石原は今いない。なのに本人はケータイをここに置いていってしまっている。あのチビがケータイを複数持っていれば話は別だが、そんなことはおそらくない。ということはだ、石原は連絡手段なしで1人だ。それにアイツは鳥月の元へ向かっている。つまり、何をされてもアイツの関係者は何も分からないんだ』

なんか、全部機械から声が出たように思えるんだけど。

 しかも、俺の考えと全く同じなんだけど。

「ほう、では石原はまだこのことを知らないのであるのだな?」

そう桂が問うと、桜井の出した機械はまた声を上げる。

『あぁ、そうだ。だが、アイツにこのことを言えば、すぐに家の力を頼るだろう。だが、それじゃダメだ。鳥月が殺される。』

「せやな」

小西が相槌を打つと、またも桜井が出した機械が喋り始める。

『それに、金だけが目当てなら、鳥月をそう簡単に返すとも思えない』

ねぇ、もしかしてアレって。

『ねぇ、もしかしてアレって』

「オイ柏木ー!余計なこと考えてんじゃねーよー!」

「お前が余計なことするんじゃねーよ!」

『お前が余計なことするんじゃねーよ!』

やっぱりだ!何らかの方法であの機械は俺の心とリンクして、俺の考えていることを桜井の声で発音するんだ。

 何だこのヤクザ!石原同等、21世紀の猫型ロボットみたいに訳のわからない道具出しやがって!

『何だこのヤクザ!石原同等…』

「うるせーんだよ!」

俺はそう言って発音機を右足で蹴飛ばした。

 すると、発音機は小西に向いた。そして、桜井の声で発声される。

『あぁ、今日の宇津木も可愛い。愛おしくて我慢ならんわ』

「キモイー!!」

桜井はそう叫び、発音機を蹴り飛ばす。

 わかったぞ!あの機械は向いている方の人の心とリンクし、桜井の声で発音するんだ!どんだけややこしい機械なんだよ!ほとんどプライバシーの侵害じゃねーか!人によってはムチャクチャ気持ち悪いじゃねーか!!

 状況を確認した俺は、転がって違う方向を向いた発音機を見た。

 4mほど離れた、本を椅子に座って読んでいる坂田に向けられている。

『俺の目は、見た所を焼き尽くす。対象物が燃え尽きるまで消えぬ黒い炎でな。さぁいくぞ!天てら…』

「「「だーーーーー!!!」」」

俺と桜井と狩野が発音機に全力の飛び蹴りを放つ。

“ガッチャァァァァン!!”

発音機が煙を上げて倒れる。

 あ、危なかった…。もう少しでやばいところまで言っていた…。

「テメー!坂田ー!何てこと考えてんだよー!」

「セイッ!セイッ!」

中2臭い考えの坂田は、桜井と狩野にボコボコにされている。

 …久しぶりの出番だったのにな。

 てか、あの発音機ってどの位の範囲が限界なんだ?

 そんなことより、考えるのは鳥月のことだ。

 今までの記憶を掘り返してみる。

―――「あやかちゃんね、話しかけるとモジモジするんだ」

   それが何かのためだとするならば。

   「あやかちゃんにね、高いバッグ買ってあげたんだ」

   それが石原の思いの確認だとするならば。

   『今度は宝石とか欲しいな~!』

   それが…―――

 女子ってのは怖い生き物だな。確実じゃない道はなるべく避けて通るものらしい。

 俺の今の偏見かもしれないけどな。

 そうかと言って、ひとつのことだけにまっすぐ進み、周りの傷跡を時間が経ってから知る奴もいる。

 周りに気を遣いまくり、マイナス思考に陥る奴もいる。

 …どれが正しいかなんて言えないが、自分に嘘をつかなければ、自由な生き方だと言えるんだろう。自由と言えども、自分の決めたルールに縛られるのが自由だ。

 そう、自分に嘘をつかない。

「柏木くーん!!」

突然焦りまくっている女子に話しかけられた。

 この女は確か…

「福岡、だっけ?どうかしたのか?」

そう、福岡ありさ。鳥月や輪島と一緒にいた女子だ。

「このメール見て!」

そう言って、ピンク色のケータイの画面を見る。

送信者:あやちゃん

本文:助けて!殺される!

「これは…」

「今朝届いたの。時間は今日の7時55分」

俺が公園を通ったあとか…。

「あの子、最近おかしくて…。助けてあげられない?」

泣きそうな目をして俺に懇願してくる。

 …なんで宇津木は俺のことを隅からガン見してんだよ!

「知り合って1週間も経ってない奴じゃ分からない」

「…そっか。そうだよね。ごめんね、余計なこと言って」

俺もごめんな、嘘ついちまって。

 俺は坂田が焼死体となりそうなところの寸前で桜井と狩野に声を掛けた。

「桜井、石原財閥にハッキング出来るか?」

「ハッキングって何だー?」

クッ、ダメか…。

「ハッキングとは、他のパーソナルコンピュータに介入し、その中で悪事を働くことだ」

教えても無駄だぞ、狩野!

 てか、何で省略なしでパーソナルコンピュータ?

「おぉ、それならできんぞー!」

できんのかよ!!

「ではPC室に急ごう!」

省略するなら最初からしろ!!

「PCって何だ?」

…狩野、心の中で責め立ててすいませんでした。

「パーソナルコンピュータがたくさんある部屋だ。急ぐぞ!」

パソコンって言えよ!

 それから俺達は、桜井、狩野、俺の順番で一列になって廊下を激走していた。

 そうしていると、すぐにPC室が見えた。

「とぉりゃぁー!」

“ドギャーン!”

桜井が走りの勢いのまま、PC室の壁を蹴り壊した。

「いや、入り口にしろよ!」

俺のツッコミも虚しく、人が4人程通れそうな大穴を俺達は通った。

 桜井がPCを起動し、USBを接続する。

「これで2,3秒すれば、地球上のLAN環境を使っている奴全部ハッキン…対象に出来るぞー」

ハッキングくらい覚えろよ!

 PCの画面が変わる。

「何だコレ…?地球か?」

俺がPC画面に出てきた球体を見ながら言うと、

「あー、そうらしいぞー」

桜井はのほほんとした声で返してきた。

 さらにその地球と思しき球体は、よく見るといくつもの点がある。

「この細かい点は何なのだ?」

狩野がそう問うと、

「これがLAN環境だー。今から入り込むぜー。石原の家は…おー!?」

「どうしたんだ?」

「セキュリティプログラムが設定されているなー」

当たり前じゃね?

「それはそうと、何故石原財閥にハッキングせねばならないのだ?」

当然のように鋭い質問をぶつけてくる狩野に俺は答える。

「アイツの服や髪、眼鏡とかにGPSがあると踏んだんだ。なんたって1人息子だからな。親も過保護になりかねないだろう」

実際過保護だと思うしな。

「なるほど、それではそのGPSを察知し、それを追いかければいいということだな?」

「あぁ、そういうことだ」

「しかし、先程貴殿は石原関係者が気付けないと言っていたな。気付けるではないか」

「気付いた時点で警察と関わるだろ?なるべくそれは避けたい」

そう言っているとPCが鳴り出す。

“ピーピーピーピー”

「おー、タイムリミットが近いみてーだなー」

「何!?」

「あとどれくらいでシステム乗っ取りが出来るんだ?」

「1分半くれーだなー」

「残り時間は?」

「1分ないではないか!」

クソッ、何か手はないのか!?

 石原を追いかける方法。自分の足で追いかける。

 無理だ、アイツが電車に乗ってしまった時点でアウトだ。

 石原の家に電話する。

 だが、したところで信じてくれるかどうか分からない。仮に信じてくれたとしても、鳥月が殺されるかもしれない。

 どうする…どうする…!

「仕方ねー、石原の家乗っ取りは諦めるぞー」

いや、ハッキングってそんな意味じゃないから。出来るかもしれないけど、そんなんじゃないから。

「では、どうするというのだ?」

「電車の人身なんとか事故を起こすぞー!」

“なんとか”いらねーよ!

「おー!」

狩野も乗らなくていいよ!

「…具体的にどうするんだ?」

呆れ口調で聞いた俺に、桜井はヤクザの若頭と思えない程の純粋な笑顔で言った。

「電車専用当たり屋派遣するぜー!」

「いや、危ねェェェだろォォォ!!」

「俺に依存はないぞ」

お前はそうだろうよ!自分が痛くないからね!!

「おー、決まりだなー!」

いいのかこれで……いいのか?

 その後、石原の学校から出た時刻と駅までの所要時間、そこからの鳥月の最寄り駅までの時間を計算し、4駅の間の線路、すなわち3つの線路に桜井組電車専用当たり屋が設置された。

「桜井、当たり屋側の様子って見れないのか?」

俺が様子が気になって言うと桜井はまた先程のUSBを使って言った。

「じゃー、人が造った星に潜入するかー」

人工衛星だろ。

 10秒とかからずにハッキングに成功し、同時に2台、違うPCを起動し、その2台にそれぞれ中継されている当たり屋の様子を送った。

 …コイツ、スゲーな。

 てか、今思ったんだけど、人身事故起こすなら鳥月の最寄り駅の周辺で良くね?なんで3人も派遣したわけ?

『若、あと2分程で電車が来やす』

「おー、そーかー。じゃー、今はそのまま待機ー。電車が来たら突撃ー」

『はっ!』

了承していいのかよ!絶対無傷じゃすまないと思うんだけど!

 そうこうしているうちに2分が過ぎたようで、電車の音がする。

『若、電車がやました。突撃を開始しやす』

「いけー!」

俺は突撃を開始した桜井組の電車専用当たり屋を凝視した。もちろん彼が重態にならないことを祈って。

“プーー!!”

電車の叫び声のようなものが聞こえると思った直後、当たり屋は電車にぶつかった。

『うんあっ!』

叫び声をあげて線路に転がる。

 そして、電車は俺達の狙い通り止まる。

「ふぅ~」

俺が安堵の溜め息をつくと、桜井は真剣な目をして言った。

「柏木ー、ここからだー」

「何が?」

「電車の人身なんとか事故は、何かの理由がない限り起こした人に莫大な金が請求されんだー」

起こしたのほとんどお前だろ!

 そう俺がツッコミを入れようとすると、PC画面で変化が起こる。

『オイ!痛ーじゃねぇかコノヤロー!テメェただで済むと思ってんのかワレェ!!』

当たり前のように電車に向かって叫んだァァァ!!

 俺、狩野が口をあんぐりと開けていると、電車から運転手らしき人物が降りてきた。

『あのぅ、なんでこんな所に居たのでしょうか?』

そりゃそうだよね!そういう疑問持って当然だよね!!

『テメェ運転席に居たのに気付かなかったとは言わせねぇぞ!』

そこまで言った彼は急に口を閉じた。おそらく、何を言っていいか事前に打ち合わせしていなかったんだろう。

 俺の考え通りか、彼は小声で桜井に助けを求める。

『わ、若、ど、どうしやしょう?』

「おばあさんが転がっていった、とかでいいんじゃねー?」

いいわけねーだろ!!

『おばあさんが転がっていってたんだボケェ!』

採用すんな!!

『そ、それは本当ですか?』

『じゃなきゃ誰がこんな所入るか!』

『それは大変だ!早く探しましょう!そうだ!他の駅にも連絡をしなければ!』

何で通じてんだァァ!!

『警察に連絡したのですか?』

“警察”という単語にビクッと桜井とPC画面の当たり屋さんが反応する。

 が、当たり屋さんもさる者だったようだ。

『まだだ。連絡つけてくれるか?』

『ええ!もちろんですとも!』

5分後、警察が到着した。

「何でヤクザと警察がコラボして居もしないババァ探してんだァァァ!!」

俺の叫びがPC室だけでなく、その階中に響き渡った。

~S3~


 石原の足止めに成功した俺達は、再度石原財閥にハッキングを試み、見事桜井がハッキングに成功した。

「これで石原の現在地が分かるのだな」

「あぁ、おそらくな」

「GPSで検索してみようかー」

桜井はそう言うと、石原誠GPSというものを開いた。

「あーと、ここかー?」

「この場所は…狩野、分かるか?」

「貴殿が分からんのであれば俺が分かるはずがなかろう!」

言い合いをしていると、電車専用当たり屋から連絡が来る。

『若、サツはなんとか巻きやした。それともうひとつ報告が』

「なんだー?」

『石原誠、若のご友人でいらっしゃる彼が電車に乗っておられたようで、今、線路の上を歩いて行きやした』

あんな迷惑なクソガキに尊敬語なんて使う必要ないですよ。

「わかったー、ご苦労さんー」

「柏木、貴殿は石原はあとどれくらいで鳥月の最寄り駅に着くと思うか?」

「もう面倒だな」

「そう言わずに。貴殿は何かと奴に世話になっているのではないのか?」

「迷惑掛けられているの間違いだ」

「愛の告白の最中悪いんだけどよー」

「「どこが愛の告白だ!!」」

「石原確保したってよー」

「「スルーするな!!」」

「んで、今こっちに向かってるてよー」

全く、世話が焼けるガキだぜ。

 しかし、この状況をどう説明する?石原は俺達がこんな行動を起こしたことに必ず疑問を持つはずだ。あんな好奇心の塊のような奴だ、疑問に持たないほうがおかしい。

 それに、アイツは鳥月を心配して彼女の元へ向かったんだ。途中で無理矢理軌道修正された挙句、誘拐されたなんて知ったら発狂するに決まっている。

 桂も同じことを考えていたようで、俺に疑問を投げかけた。

「柏木、どう石原にこのことを伝えるつもりなのだ?」

「…俺は本当のことを話そうと思っている」

「でもよー、それで石原が人間不信や極度のマイナス思考とかになって引きこもって、最終的にオタク化したらどうすんだー?」

桜井、心配しているのはどの部分なんだ?

「心配あるまい。石原がことを知れば何かの考えを持つであろう」

狩野って何気に人任せだよね?あんまり自分の意見言わないよね?

 俺が内心でグチっていると、不意に俺たち3人の後ろから声がした。

「事件って何のこと?」

「「「うぉあっ!!」」」

声の主は坂田だった。

「貴様!いるならいると体に書かぬか!!」

「せいやーっ!」

“ガスッ、ドカッ、ブシベシ”

登場してから多分10秒も経っていないのに殴られて腕と足の1本づつしか見えないんだけど。なんかアイツ、生存確認のされ方独特だよな。

 そんな坂田は置いといて「置いとくな!」俺は鳥月解放について「ねぇ!無視!?」「うるせーんだよ坂田ー!」「柏木が集中できぬではないか!」考える。

 警察を呼ぶなと言っている以上、鳥月は抵抗できない状態でいつでも殺すことが可能なんだろう。だが、逆に戦力に乏しいとも考えられる。人質を取っているならその人質と一緒にいなければならず、人質を保管する場所が必要となる。金を請求してきた以上、そんなに大きな場所は用意出来まい。事実、指定されているのは学校の倉庫だからな。

 と、するならばだ。解放は簡単だ。戦力に乏しいのを利用し、桜井組の戦闘要員を派遣して犯人を襲わせ、その隙に鳥月を奪い返す。そうすれば無関係である桜井組は事故で倉庫に入って、そこで監禁されている女を発見、救い出すという大義名分で犯人をボコボコにしても大丈夫なはずだ。

 だが、俺は……。

 嫌な予感がするんだ……。

「柏木ー、どーしたー?」

「奇妙な顔をしていたぞ?気分でも悪いのではないか?」

「いや、なんでもない」

心配してきた桜井と狩野にそう言うと、俺はまた考え始める。

 もし、鳥月が学校の倉庫にいなかったら、すなわち犯人が違った情報を俺達に知らせたのなら、最早コレは誘拐事件として警察に知らせるべきだろう。

 だが、警察に連絡すると鳥月が殺され……

 何かおかしくないか?犯人は“金を取りに行く”と言った。普通取りに行くか?そこまで頭の悪い犯人なのか?

 しかし、頭が悪いということは、恐ろしいことで、おそらくそんな簡単なことも冷静に判断出来ないほどの状況に置かれている、つまり相当な覚悟があるということだ。犯人が冷静な判断力を失ったと考えれば、鳥月を殺しかねない。俺としても、石原の心境からしても、その状況は避けたい。

“ヴーンヴーン”

俺の思考を石原のケータイが止める。

 メールか…。

「…」

送信者:達平君

本文:ごめん石原君。ドジ踏んじゃったよ。

 そのメールには写真が付いていた。

「な…」

その写真には、縄で手足を縛られた鳥月が写っていた。苗字は確か輪島という奴も縛られているのだろう、不自然な角度からの写真であるが。

「柏木、どうしたのだ?」

「これを見てくれ」

「これは…!」

「輪島も捕まったらしい」

「場所はどこだー?」

「分かるか!」

桜井と狩野に写真を見せていると、PC室の入り口が開く。

 そして、高校生とは思えない小ささと、童顔が姿を現す。

 …左右に桜井組の者がいるが。

「これはどういうことなの!?」

こちらに早足で歩み寄り、俺達が存在をすっかり忘れていた坂田を踏み付け「グヘェ!」怒った顔をしている。

「柏木!聞いてるの!?」

「…鳥月が誘拐された」

「……え?」

「誰の助けを求めずに鳥月救出に向かった輪島も捕まった」

「警察に連絡はしたの!?」

「したら鳥月を殺すと脅されている」

「そんな……」

魂の抜けかけた表情で石原は膝を付いてしまう。

 そんな石原に狩野は希望を与えようとする。

「石原、貴殿は彼女を救いたくはないのか?」

輪島が抜けてるけど。

「助けたいけど…僕には何も出来ないんだ…」

「ならば俺達に協力してはくれぬか?」

その言葉に息を吹き返したかのように狩野を石原は見上げる。

「貴殿1人が無理でも、協力すればなんとかなるかもしれん。今は希望を持つことが最重要ではないのか?」

「でも、僕は…自信がないよ…」

そう言ってまた項垂れる石原を桜井は掴み上げた。

「オメーよー、そうやって何かに甘えてばっかいるから1人じゃ何も出来ねーんじゃねーのかー?甘ったれるのもいい加減にしろよー」

言い方はふざけているがプレッシャーが半端じゃない桜井の態度に石原は、それでもなおいつもの様子を取り戻さない。

 そんな石原を狩野と桜井は見て、そして2人同時に俺に視線を投げかける。

 …何?俺何か言わないといけないの?と目で訴えると、また2人同時に頷く。

何だお前ら、運命共同体かコノヤロー。

「まぁ、アレだ。今回もお前は俺達に必要なんだ。不必要な関係なら、俺はとっくにお前との関係を断っているさ。だが、今もこうしてお前を励ますのは、狩野や桜井同様、俺もお前を信じているからだ。それに、お前の鳥月に対する思いはそんなものなのか?」

冷や汗をかきながら出任せに言った言葉を石原は聞き、そしてわずかだがいつもの様子に近付いた顔で言った。

「僕、頑張ってみるよ」

「「「あぁ!」」」

その掛け声のような言葉の後に桜井が言った。

「じゃー、まずは状きょ……何だっけー?」

「…状況整理とかだろ」


      ―――――その日の放課後 PC室 19:30―――――


俺達は小西と合流し、事情説明後、坂田を踏み付け「俺に何かしないと気が済まないのか!」状況整理を始めた。

 彼女がどこにいるか分からないこと。

 彼女救出に1億もの金が必要であること。

 輪島達平が捕まってしまったこと。

 そして、1億の金は犯人が取りに行くと言ったこと。

 その場所は学校の倉庫で、21時に取り引きとなっていること。

「う~ん、これだけじゃやっぱりわかんないね」

「確かにな」

俺と石原が唸ると、狩野が何かを閃いたかのように話し始めた。

「石原、鳥月か輪島のケータイにGPSが付いてはいないだろうか?」

「あ、付いてるかも!」

「いや、付いていたとしても、犯人がそれを野放しにすると思うか?」

「せやかて調べる価値はあるんとちゃうん?」

俺の反論をわずかな希望に掛けた小西の反論が取り消す。

「調べてみるかー」

桜井の言葉に、もう一度PCが起動する。

「あったぞー」

あるのかよ!ていうか調べ終えるの早すぎだろ!

「場所は?」

「移動しているなー。今、学校に近付いているぞー」

桜井の言う通り、学校から半径10キロまでの地図中に鳥月のケータイであろうGPS反応の点がゆっくりではあるが、学校に近付いている。

「このペースでいくとあとどれくらいの時間がかかるかな?」

石原が桜井に質問すると、

「アバウトだけどよー、多分9時だぞー」

「よし、ではそれまでに準備をしようではないか」

狩野の号令により、俺達は必要となるであろう物を準備し始めた。


―――――21時10分前―――――


「いいか、作戦通りにいくぞ」

「うん」

「おー」

「承知した」

「任しとき」

あれ?誰か足りない気が……。

 ……気のせいか。

 現在俺達は、学校の倉庫の1m付近で待機している。

 作戦は、石原が金の入った袋(偽装)を持ち、まず倉庫に入る。その2秒後、桜井が倉庫の壁を破壊、桜井組突入、鳥月確保といった寸法だ。

 自分の頭の中で作戦確認を済ませると、ひとつの疑問が浮かんだ。

 鳥月の写真はどこで撮ったんだ?

 石原のケータイ(返すの忘れていた)を見ると、見覚えのある棒が立てかけてあるのが見えた。アレは、走り高跳びに使う棒だ。やっぱり倉庫に監禁されていたん………

 …………しまった!

「よし、じゃそろそろ行くね」

「待て!!」

「え?」

「全員倉庫から離れろォォォ!!」

俺の言葉に全員が反応し、桜井と狩野が石原を抱え跳躍、俺と小西もそれぞれ倉庫から跳躍、桜井組は7m付近にいたため、何も動きがなかった。

 そう思った直後、

“ドガーーーーーーーーン”

倉庫が大爆発を起こした。

「あ、あやかちゃーん!!」

「石原!あの中に鳥月はいない!」

「そんなことない!GPSでここに入るのを見たんだから!」

確かにそうだが。

「それは違う!」

「何が違うんだよ!!」

「石原、貴殿は落ち着くのが最優先だ」

うっとなった石原の顔に狩野はさらに言う。

「柏木がああ言うからには必ず理由があるのだ。今は黙って聞こうではないか」

「うん…」

サンキュー、狩野。

「全員大丈夫だな?」

「うん」

「おー」

「あぁ」

「心配ないで」

よし、まず人員は減っていないようだな。

「あの倉庫に鳥月はいない」

「でも、GPSじゃ…」

石原の反論に俺は答える。

「GPSじゃ確かにあの倉庫の中に鳥月はいた」

「それじゃあやかちゃんは死んじゃったの?」

「人の話を最後まで聞け。鳥月本人にGPSが付いているのなら話は別だが、鳥月の家にそんな金はないだろう。つまり」

「「「「つまり?」」」」

「あの倉庫にいたのは鳥月のケータイだけだ」

全員が納得いった顔をしている。桜井まで納得しているから大丈夫だろう。

「なぁ柏木、なんでお前はそれがわかったんや?」

「石原のケータイに送られてきたメールの写真には…」

そこで言葉を切って、俺は倉庫を指差した。

「あの倉庫に入っているはずの走り高跳びの棒が入っていた」

「それで貴殿はこれは罠だと思ったわけか」

狩野の言葉に俺は頷く。

「でもよー、ケータイのGP…が移動してたってことはよー、鳥月はそのまま倉庫に置いておいてよー、爆発で殺すつもりだったんじゃねーのかよー?」

桜井の言う通り、最初から鳥月個人を狙っていたならそうするだろう。

「犯人は…金を請求してきた。鳥月を殺したら人質の意味がなくなる」

「じゃー、どーして爆発なんかさせたんだー?」

「……石原を殺すためだ」

「で、でも!もし僕を殺すにしても、お金まで爆発で燃えちゃうよ?」

「いや、あの大爆発なら、金は袋に入ったまま吹っ飛ぶだけだと思うぞ?」

「そ…そんな…」

ガックリと項垂れる石原に俺は言った。

「つまり、犯人はお前に恨みを持っている人間、且つお前と鳥月の関係を知っている奴だ」

「その通りだよ!」

俺の言葉に誰かが反応する。俺達の仲間ではない。

「これはぼく達が計画したことさ!ね、あやちゃん?」

「バッカみたい。こんなにまで騙されるなんてね」

そう言った2人は輪島達平と鳥月あやかだった。

「な…なんで…?」

石原が驚愕と絶望に満ちた声で2人に言った。だが、その言葉すら彼らには届かない。

「あともう少しだったんだけどね。惜しかったね、あやちゃん」

「でも私は達平君といられるだけで幸せだもん」

俺は黒い幸せに包まれている2人のスカートとスラックスを見た。

 通学路の公園と同じ色の砂が付いている。

 …今朝の公園で、元気に腰を振っていたのはこいつらだったのか。

「桜井、桜井組の奴らは撤収させろ」

俺が桜井に言うと、「なんでー?」と聞き返してきた。

「あれだけの爆発だ、警察が来る」

「わかたー」

お前焦り過ぎだ。

 桜井組撤収後、俺達だけが爆発が起こした炎の明るさに照らされながら佇んでいた。

 イチャイチャしているカップルの片割れに俺は話しかける。

「鳥月、お前の父親は石原財閥に関係していたんじゃないのか?」

「そうよ~。ありもしない罪を着せられて、父さんはクビ、そのまま自殺してしまったわ」

「だから、石原を狙ったのか?」

「そう、親の敵を討とうってね。だから付き合っているようなフリをして騙して殺そうとしたの」

石原にとっては最悪だな。だが、鳥月にとっては、石原家の1人息子を殺せば石原家は潰れるという算段が取れるな。

 いずれにせよ、復讐は新たな形で恨みを生むのか。

「さぁ達平君。私の愛の力であいつらも殺してしまって」

「愛しの君のためなら何でもするよ」

「愛してるわ」

気持ち悪くなってきた…。

「リア充死ねー!!」

桜井が耐え切れなくなったのか、飛び蹴りを輪島に放つ。しかし、輪島は流れるように桜井の蹴りをかわし、桜井の勢いを利用したカウンターパンチを放った。

“ズガッ”

嫌な音が響き、桜井が吹き飛ばされる。

「ぼくは合気道から柔道まで全て習得しているからね、簡単にはやられないよ」

合気道から柔道までの間が分からん。

「それにね」

そう輪島は付け加えるとポケットから何かを2つ取り出した。

「この拳銃と、警棒の2倍の長さを持つ警棒があれば鬼に金棒さ」

警棒の2倍の長さを持つ警棒って……結局警棒だろ?

 輪島は右手に警棒、左手に拳銃を持ち、その拳銃のトリガーを躊躇いなく引いた。

“バァン”

銃声が響く。銃口は桜井に向けられていた。桜井の腹から血が噴き出す。

 それを見た俺、狩野、小西は輪島に向かって走り出す。

「止めぬかー!!」

「止めろー!」

「はっ倒すでェェェ!!」

“バァンバァン”

2回の銃声。俺が振り向くと、狩野と小西がそれぞれの腹を抱え、うずくまっている。

「さぁ、君で最後だ」

「ふざけるな!!」

俺は尚も輪島に向かって走り出す。

“バァン”

撃たれた銃弾をかわして、輪島に蹴りを入れる。

 しかし、桜井と同じようにかわされ、警棒で殴られる。左頬に鋭い痛みが走り、体が宙に浮いて飛んでいく。さらに追い討ちとばかりに蹴り込まれ、俺は燃え尽きた倉庫に突っ込んだ。

 全身が痛い。口に血の味がする。周りが焦げ臭い。頭がぐらぐらするし、右目の辺りに血が流れているようだ。

そんな俺の中に怒りの感情が芽生えた。

 石原を騙し、もてあそび、挙句殺そうとした輪島が、鳥月が、許せない!

「クソッ…」

ぼやきながらも俺は立ち上がる。

 爆発で折れたのだろう走り高跳びの棒を左手に持ち、ソフトボールを右手に持つ。

 輪島の位置確認をすると、石原に拳銃を向けていた。

 装填数は6発。4回撃ったからあと2発か……。

 変に冷静さを取り戻す俺の思考を、輪島のトリガーを引く指が吹き飛ばした。じりじりとトリガーが引かれているのだ。このままだと石原は死ぬ。

 俺はソフトボールを入れて飛ばす機械にソフトボールを入れ、最高速度時速130km/hで打ち出した。そして、新たなボールを手に、走り出した。

 打ち出されたボールはまっすぐに飛び、拳銃を握る輪島の左手に命中すると思えた。

「お見通しですよ」

“バァン”

しかし、銃弾に撃たれ破裂してしまう。それでも構わず俺は輪島に向かって走り、右手のボールを投げた。

「往生際の悪いことを!」

しかし、それも警棒ではじかれてしまう。

 だが、そのときには俺は輪島の目の前にいた。

「何!?」

「うぅおおぉああああ!!」

左手に握られている走り高跳びの棒を閃かせ、声の限りに叫び、俺自身を奮い立たせ、全力で左から右へと一直線に振りかざしたその棒は、輪島の右頬に直撃した。そして俺は、それを視認する前に棒を振り切った。

”スパァァァァン”

音が遅れて校庭に響く。

 石原の希望が戻った顔、鳥月の驚愕に満ちた顔、桂のウインク、小西の期待した目、桜井の血に濡れた手のグッドのサイン、それら全てを視界の端に捉えながら、俺は仲間の思いを受け取った気がした。

「貴様ァァァァ!!」

輪島が叫び、警棒を振るう。

「ふうぅぅおおおぉぉああぁぁぁ!!」

俺も自分の左手にある棒をありったけの力で相手の顔面に振るう。

右から左上へ。左上から右下へ。右下から左回りに円を描くように左下へ。

“スパァァァァン スパァァァァン スパァァァァン”

音が遅れて俺の耳に入る。輪島は反撃できずに、さらに拳銃を落としてしまっている。

「△※×○*%☆#$!!」

最早何語の叫びか分からない言語で俺は叫び、棒を左下から自分の左斜め後ろ上に持っていき、右手も合わせ、上から下へと振り抜いた。

 輪島の上半身が前傾姿勢になり、口から血を出す。

 しかし彼はそれだけでは終わらなかった。

 俺の顔に自らの口に戻ってきた血を吐き出したのだ。

「クッ!」

俺が血を振り払おうとすると、風を切る音が俺の耳に響いた。

“ブシッ ブシッ”

鈍い音が痛みと共に俺の体に響く。警棒で殴られていると気付き、俺は左手の棒で警棒を受けた。が、

“ミシャ”

不気味な音を立て、俺の手先から見た目10㎝程から折れてしまった。

「な!」

「フン!!」

掛け声と共に俺の脇腹に警棒が振るわれる。

 独特の鈍い音が伝わり、俺は口に戻ってきた血を吹き出した。血をかけようと思ったが、距離をとられてしまう。

 俺は膝を地面につき、息切れをしていることに今更ながらに気付いた。

「よくがんばったね。でも敗者は敗者でしかないんだよ」

「……そんなのお前の独りよがりだ。絶対に諦めない心、それを持つ仲間。この2つを持つものにはお前は勝てやしねぇよ」

「死ぬ前の遺言かい?聞いてあげよう」

俺は立ち上がりながら言う。

「気遣いはありがたいがな、そんなの俺は残すつもりはねぇよ」

「そうか、ならそれは敗者の戯言かい?」

「好きに解釈しろ。……ただ、ひとつお前に言いたいことがある」

「なんだい?」

「お前は……独りだ。だから弱い」

「減らず口を。世迷言を言っている暇があるなら命乞いでもしたらどうだい?」

「信じられないものが多いのは、心に傷が多い証拠だ。俺も信じられないものが多い。でもな、それだけに信じるという結びつきは強い」

「……何が言いたい?」

「信じているものを護るなら、俺は何度だって立ち上がる。何にだって立ち向かう」

「そのためになら死ねるとでも言うのかい?」

「俺は……」

「それこそ君の独りよがりじゃないのかい?」

「仲間のためなら……何度だって燃え上がる……!」

そう俺は言うと、折れた棒を左手に握り、再び輪島に向かって走り出した。

「無駄なことを!」

輪島も叫び、俺に突進してくる。

 輪島が右手の警棒を振りかぶると、俺は左手の唯一の武器を輪島に投げた。

 しかし、輪島は見事に警棒で弾くと、高笑いしながら叫んだ。

「アッハッハッハッハ!君は頭がおかしくなったのかい!?武器がなくちゃ……」

言葉を失った輪島は俺の右腕を見ている。

 そこには、石原特注というシールが張られたファインセラミックス素材の1m程の黒い棒が握られていた。

 俺にその棒を握らせたのは……影の薄さを利用した坂田だった。

「ば…バカな…!」

驚愕に防御を忘れる輪島にチャンスと思ったのか、坂田が俺に向かって叫ぶ。

「行っけェェェェ!!」

その叫びに我を取り戻す輪島。しかし、もう遅かった。

「うぅおおぉぉぉぉ!!!」

右手の漆黒の棒が唸りを上げて、右上から左下へと輪島の顔に振り下ろされる。

“バチィィィィン”

電流がショートしたかのような音を立て、振り抜かれたそれは、少しも勢いを緩めずに左下から輪島の右脇腹へ行き、左肩にぶつかり、右頬を弾き、左のこめかみを切り、腹を強打し、そのまま振り抜かれた。

 輪島は軽く吹き飛ばされ、それでも体勢を立て直してこちらを見据える。

「てえぇぇああぁぁぁ!!」

俺は叫び声を上げながら、剣道でいう“突き”を輪島のみぞおち目掛けて放った。

「そんな軌道で!」

輪島は避けようとしたが出来なかった。小西が腹から血を流しながらも輪島の両足を押さえつけていたからだ。

「認めない!!認めないぞぼくは!離せ!離せと言ってるんだ!!」

「し…死んでも…離さ…へんで…」

小西の決死の行動に俺は心から感謝した。

「「「これでェェェ!!終わりだァァァァ!!!」」」

俺と同時に桜井と狩野が叫び、狩野が右腕で、桜井が左腕で俺の背中を走りながら押し、みぞおちに俺の突きを喰らった輪島は、俺達3人の速度エネルギーを1人で受けて吹っ飛んだ。そのまま、学校の壁に激突する。

「わ…わいのこと足場にせんといてーな」

小西は吹っ飛ばされなかったみたいだな。

「2011年8月17日午後9時43分、輪島達平、鳥月あやか。君達を殺人未遂で逮捕する」

全てを終わらせる石原の声が悲しく響き渡り、高校生2人は逮捕された。


後日談


 俺こと柏木広樹は絶賛骨折中である。骨折だけでなく、普段しない激しい運動(?)をしたせいか、ひどい筋肉痛にも襲われている。そのせいで入院までしている。

 ちなみに俺は右利きです。

 そんなことはどうでもいいが、坂田は当初、校庭にいなかったらしい。そこで、石原が坂田に連絡をつけ、あのファインセラミックスの棒を持ってきてくれたのだ。

 今回、坂田は称えられてもいいと思うのだが、重症患者の桜井に骨折させられたという噂が病院に流れている。いやはや恐ろしいね。

 ちなみにファインセラミックスとは炭素関係の物質で、精密な化合を行うとできるものだ。生活では、テニスのラケットのガット、釣竿に用いられている。性質は、軽くて丈夫。そして壊れにくい。だから、テニスラケットのガットは剛速球に当たっても弾くわけだ。

 以上、豆知識でした。














エピローグ


 入院生活も3週間で終わり、奇跡的にその3週間で俺の骨折と肉離れは治った。自然治癒力増加剤とかいう変な薬を毎日飲まされていたからだろうか。

 同じく桜井や小西、狩野もどうやら銃弾による後遺症はないらしく、めでたくエンドロールが回ったわけだが、俺達が入院していた病院から退院した時、同時に坂田も退院していたのはどういうことだろうか。

 ……やはり、病院で流れていたあの噂は本当だったのか。

 そして今、俺達6人は石原の家にいる。

「石原、用って何だ?」

「いやぁ、スピード大会が近いからさ」

そんなこともあったな。

「スピード大会なんてホンマにあるんかいな」

「そーだなー。でもあったら楽しそーだなー」

「それはいいとして、大会はいつなのだ?」

小西、桜井、狩野それぞれが自分の気持ちを言い出す。

「うん、明日から2週間で大会が終わるよ」

「「「「「明日から!!??」」」」」

「うん」

急だな。いきなりそんなこと言われてもみんな困るに決まって……

「さっさと準備しねーとなー」

「せやな!」

「では俺は準備に帰るとしよう」

「俺もそうしよう!」

なかったな…。

「柏木も来るでしょ?」

「参加人数3人じゃなかったっけ?」

「そうだけど、何かの事故で誰かが出れなくなったら困るでしょ?」

「…まぁそうだけど」

「じゃ、決まりね!」

そう言った石原の言葉に俺達は解散した。

 家に着き、俺は明日からの2週間の準備をする。

 スピードか…。大会なんてやる必要あるのか?

 そう思いながら準備をしている俺であった。


                       第3話 狂わせるもの ~完~


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