呪封機伝:Juhoukiden~幻神戦線 英雄は月下に吼える~
東瀛皇国。
十九世紀半ばにおいて『王政復古の大号令』にてその国号を得たその国は、今もその政治体制を維持しその地域に偉力を示していた。
そう――、この国は正しい歴史の流れによって生まれる『日本国』ではない。
ある歴史の分岐点において、大きく道がそれた果ての存在である。
――なぜ?
その答えは戦国時代末期――、いわゆる安土桃山時代に始まった、『幻神』と呼ばれる存在との数世紀に及ぶ終わりのない戦いが原因であった。
人の怨念と絶望を核とし、『呪士』どもが喚び出す怪異――『幻神』。
自らを『おろち会』と称する、反人理組織とも呼べる彼らが呼ぶその異形の化け物は、鎖国をへて江戸時代に至ったその国で多くの災厄を撒き散らし、そしてそれまで歴史の影で密かに生きてきた異能を職とする者たちを表舞台へと引きずり出したのである。
――土御門衛庁。
徳川幕府によって指名された安倍晴明を祖とする『土御門氏』は、他の異能職種を取り込んで対抗策とそれを運用する特別組織を生み出すに至る。
そこに術具設計開発を得意とする『蘆屋工房』が合流して、幻神に対抗するための装置である『法器』を生み出した。
その『法器』は、本来術師としての訓練を受けたものにしか扱えなかったが、後に術師でない一般衛士が扱える『近代型法器』へと発展していった。
鎖国という外国との交流が限定されていた時代に、異能術式を起源とする『法器』が発達し、飛行型幻神に対抗するための飛行法器『駆龍』など、この国独自の異能兵器体系が生み出されたのである。
しかし、第一次世界大戦の後、ある時期から『幻神』の根源である『呪詛』の強度が急速な上昇を見せ始める。
そして、皇紀2583年9月1日11時58分――。灯京府、現在の灯京都において全長80mという超級幻神『大禍津日神』が出現するに至った。
これ以降、こうした超級幻神による被害が起こり始めた東瀛皇国は、それに対抗すべく『法器』をさらに発展させ、外国製航空機の技術を取り入れた『新型駆龍』や、術師の能力を拡大強化する装置としての六m級人型法器『駆鎧』を生み出していった。
しかし、数年ごとの長い周期であった超級幻神の出現は、二十一世紀が間近に迫る時代に至ると、短期間に連続で出現するようになる。まさしく、その対策は急務となり――。
そうして、時の『蘆屋法器工房』はその技術を結集して、二十四m級巨大人型法器『祇機神』を誕生させたのである。
それは、搭乗者の守護霊を中枢制御核に封じて、その搭乗者の意思のままに動く、『駆鎧』を更に発展させた巨大ロボット兵器と呼べるものであった。
その基本設計に携わった『八薙 士郎』博士は、その起動試験中に『おろち会』の呪士によって殺害され、初号祇機神はその息子である『八薙 純』に託される。
――術式を倍化拡大して行使できる増幅装置であり、
――装者の動きと技を再現できる巨大な身体であり、
――神霊級の霊装を纏って超絶破壊をも生み出せる最強の対幻神兵器。
その皇国の希望である巨人兵器は、そのたった一人の男とともに戦場を駆け、幾度となくこの国を救ってきた。
――八薙 純。
それは、世界初の『祇機神遣い』にして、東瀛皇国が誇る大英雄である。
◆◇◆
皇紀2648年4月11日――、灯京都渋谷区某所。
「現在、時刻フタヒトマルハチ。このような時刻に何をしてらっしゃるのですか? 横嶺海軍少佐閣下――」
月が空に上る夜――、渋谷のビル群の一つの、その屋上に漆黒の皇国軍正規軍服の上にフロックコートを纏った初老の男が、静かに足元に輝く人々の営みを眺めている。そして、そんな彼の背後に現れたもう一人の男――、おそらく二十代半ばと思われるその者が、彼に微笑みながら話しかけたのである。
「……ふむ。君は……、そうか――」
そう呟きつつ振り返る初老の軍人は、その話しかけてきた若い男の異様な姿に苦笑いを浮かべた。
「月を雲が隠してゆきます……、もうすぐ雨が来ますよ?」
「そうか……」
漆黒のフード付き外套で全身を覆い尽くしている若い男の言葉に、初老の軍人は静かに笑った。そして――。
パン!
その腕が持ち上がると共に、その手に持っていたリボルバー拳銃の引き金を引いたのである。
「……む?」
初老の軍人は困惑する。
――そこには誰もいない。先ほど立っていた若い男が霞のごとく掻き消えていた。
「……傀儡にしている者の動きは、使役者の指示より僅かに遅くなる。貴様の呪糸を……、この俺が見抜けないと思っていたのか?」
「ち……、八薙の小倅が――」
いつの間にか初老の軍人のすぐ背後に外套の若い男――、八薙 純は佇んでいた。
その手のひらは、すでに軍人の腹に当てられている。
ドン!
軍人はそのまま反吐を吐きながらその場に崩れ落ちる。その意識は完全に失われていたが、口だけが別の存在のごとく言葉を紡いだ。
「――無駄だ……、ヒトの闇は収束し、すでに儀式も完了している。我ら呪士は人々の心の闇に潜み、この愚かなる国の嘆きと絶望を糧とする」
――さあ、愚かなる東瀛皇国の民共よ――。今宵の嘆きを我らに聞かせてくれ!
その瞬間、渋谷区全体の空気が緊張する。現実離れした速度で黒雲が月を覆い隠し、そしてその空の果てに巨大な黒い光の呪詛陣が描かれた。
――『呪詛』が顕現する。
◆◇◆
――新式伊勢型航空戦艦二番艦『日向』、第一艦橋作戦司令室。
「……状況は?」
十代前半にしか見えない、皇国軍軍服を身に着け左目を眼帯で覆った少女が、その手の杖でその身を支えながらそう呟く。――それに対し艦橋内から報告が届く。
「渋谷区中央付近の穢が急速に増大――、このまま行けば予測通りに……」
「周辺の避難状況は……」
「現在、五割までの避難を完了……。しかし、禍津日までには間に合わないかと」
その報告を聞いた少女はため息を付いた。そして――、
「土御門衛庁……、蘆屋法器工房が当主・蘆屋 摩奈の名において緊急避難措置を実行する」
その言葉に艦橋の誰もが息を呑んだ。
「……回数制限が有るのはその通りであるが、今回は予測できる被害が大きすぎる」
「了解――」
少女は目前にせり上がってきた円柱の中央にある、たった一つ空いた鍵穴に首にかけていた鍵を差し込んだ。
「現時刻……、フタヒトフタヨンをもって、被害予測領域内全市民の緊急避難『広域人払い』強制実行――。その後に、超級幻神出現を待って祇機神による皇都防衛作戦を展開する……」
――そして、その少女、蘆屋 摩奈がその鍵をひねった瞬間、渋谷区全体がまばゆく光り輝いたのである。
(――純。あとは任せた――。絶対に渋谷区外に幻神を出すなよ……)
そう言って軍服の少女は、その手の杖で身を支えながら雲に隠れゆく月を眺めたのである。
◆◇◆
人々の息吹の消え去った渋谷の街に、黒い稲妻が無数に落ちる。
天空に黒々と浮かび上がる大呪詛陣――、そこから真っ直ぐ地面へと降り注ぐ雷は、地面に同じ形の呪詛陣を描いてゆく。
街のそこかしこから火の手が上がり、街明かりが消えゆく渋谷区を別の光で満たしてゆく。
そこに黒雲から、炭のような黒い雨が振り注ぎ、地面を言葉にならない腐臭で満たしていった。
ボ……。
まるで死の街と化した渋谷区に展開する呪詛陣にかすかな光が灯る。そして、それは瞬時に膨れ上がって、そして四足の巨獣の形を取った。
地面に描かれた黒紫の呪詛陣が脈打ち、地面からその巨獣に縋り付くように闇が登ってゆく。
そうして呪詛陣の各所から這い出るそれは、まるで胎児が産声を上げるかのごとく、ぐちゃりと核となる獣の姿の肉塊を広げていた。
粘液を垂らし、捻じれた角と鱗を持つ巨獣。瞳は真紅に爛れ、口腔は縦横に裂けて幾つも並んでいる。
――全長約50mの巨獣は、その身体を実体化させてその視線をビルの屋上に立つ男へと向けた。
「……幻神」
ゴアアアアアアアアアアアアアア……!!
男の呟きと同時に、怪物は耳を裂く咆哮を放った。
瘴気混じりの吐息が波のように押し寄せ、周辺の街灯や家屋の一部などが一斉に吹き飛ぶ。
次の瞬間、黒光りする小さな呪詛弾が全方位へと放たれ、周辺のビル群がまとめて爆ぜ飛んだ。
廃墟へと変わりつつ渋谷区の、崩れ行くビルから空へと飛翔した八薙純は、その手を剣印に結んで術式を唱えた。
「カラリンチョウカラリンソワカ……。祇機神よ――、我が前に有れ」
その言葉に呼応するように、純が落ち向かう地面に大術式陣が展開する。――その光が異空間より人型の巨体を吐き出して、八薙純の足元へと直立させた。
――それは色を持たない灰色の鋼の巨人。
その頭部が前方にスライドし、胸部が前後に開いてコックピットブロックを開放する。そこに純は静かに降り立って、そのまま中へとその身を導いた。
「――ヒトガタ連動操駆機器起動。祇機神中枢制御核・降霊開始――」
【――其は果てを望む希望の風吼――】
【――未来を示す為に命を賭す”群狼”の長なり――】
【――中核基霊”八薙 士郎”降霊完了――。霊装展開――】
【――木神一型霊装、装着。――祇機神本起動――】
『うむ……、純。すべての準備は終わったよ』
「了解……、父さん。ならば行こうか……」
コックピットに座る八薙純の背後に、その父の薄く輝く神霊体が立つ。
色のない灰色の巨人は、その身を蒼殻に変化させてその頭部に狼を模した仮面が生まれる。さらに腰の後ろから狼のような尾と、その手足に鈎爪が生まれた。
――それはまさに蒼き人狼であった。
「――祇機神”志狼”……推して参る!!」
そうしてその身を沈めると、その右手に長大な金剛杖が生まれた。
ガアアアアアアアア……!!
幻神が咆哮を放ち……、周囲に浮かぶ呪詛弾が一つに集ってゆく。それはそのまま、闇の雷を纏った大呪詛弾へと変化して――、そしてそれは祇機神”志狼”に向かって高速で放たれたのである。
その瞬間、八薙純は機体内にてその手を剣印に結ぶ。
「バンウンタラクキリクアク! ――祇機神操法――」
その瞬間、祇機神の腕が素早く目前空中に五芒星を描いた。そのまま光の帯となって空中前方に大五芒星障壁を生み出す。
ドン!!
その五芒星障壁は、幻神の呪詛弾を受けてその穢を昇華してゆく。そのまま呪詛弾が掻き消えたのを見守った祇機神は、その身を更に沈めて金剛杖を構えた。
「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ……。――祇機神操法――」
祇機神の各所が蒼く輝き、――そして、その姿が瞬時に掻き消える。
いや、その全長二十四mの機体が、もはや物理学上ありえない速度で奔ったのである。無論、幻神はその速度を捉えることはできない。
ドン!! ドン!! ドン!!
金剛杖が数度空を切り裂いて幻神を叩きのめす。幻神はそのたびに悲鳴と体液と腐臭を周辺に撒き散らす。
ガアアアア!!
咆哮を上げた幻神がその周囲へと黒い奔流を拭き上げる。祇機神はそれに弾かれて後方へと吹き飛ばされた。
ビル群に背中から突っ込む祇機神。しかし、その機体は機能を維持していた。
ふらりと立ち上がる祇機神へ、幻神の巨体がかっ飛んでくる。そこから振るわれる鉤爪の猛攻を、その手の金剛杖で何とかしのいでいった。
「く……」
純は一度、その機体を幻神から遠ざけるように間合いを開けた。
ゴアアアアアアアアア……!!
幻神が咆哮し、無限にも見える小さな呪詛弾の群れを吐き出す。その、空気ごと腐らせる黒の奔流を、純は再び五芒星障壁で押し返す。
祇機神の動力機が悲鳴をあげて、障壁と呪詛弾の激突で雷と火花が散るも――、純は気合を込めて月下に吼えたのである。
「そんなもの、通させるか!」
その声とともに、呪詛弾の群れは弾け飛んで霞のように消えてゆく。
その瞬間、祇機神が風迅を纏って奔った。瞬時に背後を取った巨躯が、その手の金剛杖を横薙ぎに振るう。――轟音と共に、幻神の後脚が叩き折られた。
だが幻神は怯まない。裂けた口腔が幾重にも開き、怨嗟の叫びを撒き散らす。
その瘴気をもろに浴びた祇機神の装甲が内側から爆ぜ散る。……が、しかし、純は少しも怯むことなく幻神を睨みつけた。
「呪詛共振……」
純の睨みが深くなる。そこに幻神が尾を横薙ぎにふるった。
ドン!!
薙ぎ払われたビル群が粉砕されて瓦礫と化す。すでにその場にいなかった祇機神は、その手を幻神へと向けていた。
「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ……。――祇機神操法――」
祇機神の周辺の空中に、風が渦巻くドリル状の不可視の弾丸が生まれる。そして、それは幻神の周囲を包囲するように旋回飛翔し、矢雨のように幻神に降り注いだのである。
無数の風弾が幻神のその身を穿ち、黒血が周辺に飛沫を散らした。
それでも幻神はなお、崩れぬ巨山のように立ちはだかる。――爛れた瞳が志狼を射抜くように見開かれて、そして大きな咆哮をあげた。
ゴアアアアアアアアアア……!!
だがしかし、純とその父・士郎は、その終りが近い事を理解していた。
『純! 呪詛硬度――、既定値までの低下を確認! ……いつでも行けるぞ!!』
「よおおおおおおおおし!!」
そうして純は裂帛の気合の雄叫びを上げる。その身を沈めて、祇機神の動力源に更に火を付ける。
祇機神の全身が蒼く輝き始めて、その周辺に不可視の奔流を広げてゆく。
――そして……。
「――呪封奥義!!」
【――其は希望を運ぶ破神の風吼――】
【――その身は天に輝く星を示し、悪心、絶望、禍津を粉砕する――】
【――呪封機関――、全力稼働――】
その瞬間、祇機神はその身を五体に分身させる。そのまま暴風を纏って幻神へと奔ってゆく。
ズドン!! ズドン!!
二つの金剛杖が風を纏ったまま幻神の身体に突き刺さる。
ズドン!! ズドン!!
更に二つの金剛杖が、幻神の肉体を砕いてゆく。――そして――。
ガアアアアアア……!!
吼える幻神の目前に金剛杖を構えた最後の一体が現れて――、その金剛杖に破神の輝きを纏わせつつそれを真っ直ぐ突き入れたのである。
幻神のその身を金剛杖が貫通して――、そのまま幻神は黒い体液を撒き散らしながら破裂した。
「……ふう」
黒い体液にまみれながら、祇機神はその場にまっすぐに立つ。
瓦礫の山となった渋谷区のその中央で――、その英雄は――、祇機神”志狼”は静かに空に輝く月を見上げた。
◆◇◆
航空戦艦『日向』の作戦司令室にて、蘆屋摩奈は防衛作戦の完遂を理解した。
安堵するクルーたちを見つめながら、静かに微笑んで思考する。
(……純。お前は今や皇国の希望――、だが、このまま一人孤独な戦いを強いることはしない。これからは、我らがお前を助ける番なのだ……)
皇紀2648年――、未だ呪士や幻神との戦いは終りが見えない。
しかし、孤独な英雄の戦いは、確かに人々に希望を与えていたのである。
そして、これは――、皇国の未来を決める”ある決戦”に至る前、その二年前の出来事であった。




