第6話 鉄と血の経済学、あるいは平和的軍拡のパラドックス
王都の中央広場に、あの漆黒の空洞――ダンジョンゲートが出現してから、早四ヶ月が経過した。
季節は完全に秋へと移ろい、肌を刺す風が冷たさを帯び始めている。
だが、この国の熱気は冷めるどころか、日を追うごとに加熱の一途をたどっていた。
俺は執務室の壁に張り出された、大陸全土の地図を見上げていた。
この惑星は地球とは異なり、巨大な単一大陸によって構成されている。
その広大な陸地のおよそ半分。
地図上のその範囲が、薄っすらと青く塗りつぶされていた。
「……【X】と掲示板の普及率、大陸の50%を突破か」
俺は満足げに頷いた。
俺がばら撒いた「システム」という名のデジタルウイルスは、商人のネットワークと口コミという最強の伝達手段に乗って、国境を越え、言語の壁を越え、爆発的に拡散している。
今や大陸の半分が「繋がった」状態だ。
情報の伝達速度は以前の数千倍。
これは俺がこの世界を「管理」するための基盤が、整いつつあることを意味していた。
「ですが殿下、ダンジョンの攻略進度に関しては、明暗が分かれていますね」
背後から声をかけたのは近衛騎士団長だ。
彼は最近、ダンジョン産の装備で全身を固め、その威圧感が三割増しになっている。
「ああ。当然だ。
未知の穴に飛び込む勇気と、そこにあるものが『資源』だと理解する知能。
その両方を持つ指導者は少ない」
現状、ダンジョンゲートの本格的な探索を行っているのは、我が国「グラン・マレウス王国」と、隣国である「アステリア王国」――あのやかましいシルヴィア王女の国――くらいのものだ。
他の国々もようやく重い腰を上げ始めたようだが、まだ「調査隊を送って、入り口でウロウロしている」段階か、せいぜい1層のスライムと戯れている程度だろう。
「アステリア王国からの定時連絡によれば、彼らは先日ようやく『E級ゲート』の第3層に到達したとのことです」
「E級か。まあ初心者にしては、頑張っている方だな」
ダンジョンには難易度がある。
アステリア王国に出現したゲートは、比較的難易度の低い『E級』。
対して我が国の広場にあるのは、一つ上の『D級』だ。
そして我々は、既にその最深部手前まで到達している。
「シルヴィアのやつ、【X】で『オークの皮膚が硬すぎて、剣が折れましたわ! どうなってますの!?』と泣き言を書いていたが……」
「ははは。魔法剣や、打撃武器への切り替えが必要な段階ですね」
「そういうことだ。奴らも壁にぶち当たって学ぶだろうよ。攻略本(俺)が、いつまでも優しいと思うな」
俺は冷たく言い放ちつつも、内心ではアステリアの健闘を評価していた。
彼らが前線を維持してくれれば、将来的な「スタンピード」の際、頼もしい防波堤になるからだ。
「さて、他国の心配をしている場合じゃないな。
今日の視察予定は?」
「はい。先日発見された『第三ゲート』……通称『鉄の棺』への視察となっております」
騎士団長の言葉に、俺は口元を緩めた。
鉄。
それは現段階において、金よりも価値のある、国家の血肉だ。
◇
王都から馬車で数時間。
岩山の中腹に、そのゲートはあった。
周囲には既に仮設の砦が築かれ、多くの冒険者や鉱夫たちが慌ただしく行き交っている。
活気と金属音と、男たちの怒号。
ここは戦場ではない。巨大な「鉱山」だ。
「殿下! お待ちしておりました!」
現場監督を務めるドワーフの棟梁が、煤けた顔で駆け寄ってくる。
俺は馬車を降り、ゲートの入り口付近に積み上げられた「成果」を見やった。
そこには、黒光りする鉱石の山が築かれていた。
「どうだ、採掘の調子は」
「最高でさぁ! 見てくだせぇ、この品質!」
ドワーフが鉱石の一つを放り投げて寄越す。
ずしりとした重み。
俺はそれを「鑑定」するまでもなく、手触りで理解した。
「……純度が高いな。精錬の手間が、ほとんどいらないレベルだ」
「へい! 通常の鉱山なら、掘り出した土砂から鉄を取り出すのに、莫大な手間がかかりますが、ここのダンジョンで採れる鉱石は、最初から不純物が極端に少ねぇんです!
まさに『鉄の塊』が、ゴロゴロ転がってるようなもんで!」
これこそがダンジョン産資源の恐ろしさだ。
現実の鉱山開発とは、効率が違う。
モンスター(ゴーレム種など)を倒せばドロップし、壁を掘れば鉱脈に当たる。
しかも、システム的な補正によって、品質が均一化されているのだ。
「鉄は力の源だ」
俺は鉱石を握りしめ、独り言ちた。
金貨も悪くはない。だが金は、あくまで交換の媒体だ。
食うことも、敵を殴ることもできない。
だが鉄は違う。
鉄は剣になり、鍬になり、建材になり、レールになる。
産業革命前夜のこの世界において、鉄の生産量は、そのまま国力(GDP)に直結する。
「現在、日量でトン単位の採掘に成功しています。
これにより国内の鉄価格は暴落……いや、安定供給フェーズに入りました。
農具の行き渡っていない寒村にも、鉄製の鍬や鋤を配給できています」
騎士団長の報告に、俺は頷く。
魔石による肥料で食料生産を爆発させ、鉄による農具で作業効率を上げる。
この相乗効果により、我が国の農業生産力は、他国がドン引きするレベルで向上していた。
「軍備の方はどうだ?」
「はっ。こちらをご覧ください」
騎士団長が合図をすると、近くで待機していた小隊が整列した。
彼らの装備は以前の「王宮制式装備(見た目だけ豪華な鉄屑)」とは、一線を画していた。
隊長格の男が身につけているのは、ダンジョンの中層ボス『ミノタウロス』からドロップした『牛頭の重鎧』。
手にはE級ダンジョンのレア箱から出た『ミスリルの長剣』。
そして指にはSTR(筋力)を底上げする『剛力の指輪』が光っている。
「……壮観だな」
俺は思わず唸った。
彼ら一人一人のステータスが、システム補正と装備補正によって、かつての倍以上に跳ね上がっているのが視える。
以前なら苦戦していたであろうオークの群れも、今の彼らなら鼻歌交じりで駆逐できるだろう。
「特に『マジックアイテム(魔法の武具)』の効果は絶大です。
この剣は魔力を込めずとも、常に切れ味が鋭く、決して錆びません。
この鎧は、着用者の体力を徐々に回復させる効果があります。
これまでの常識では『国宝級』とされていたものが、今では部隊長クラスには標準装備されつつあります」
「ああ。鉄鉱石による量産装備の底上げと、ドロップ品によるエリート層の強化。
この二輪があれば、我が軍は無敵だ」
正直、これだけの戦力差があれば、他国に侵攻して領土を広げることも容易い。
だが俺は、そんな前時代的な覇権には興味がない。
「戦争になる国は、今の所ないな」
「はい。周辺諸国は、我が国の急激な軍拡と経済成長に恐れをなし、沈黙を守っています。
一部、スパイが入り込んでいるようですが……」
「放置しておけ。
こちらの『豊かさ』を見せつけてやればいい。
戦争なんてするよりも、ダンジョンに人を送って資源を掘ったほうが儲かる。
そう理解させれば、向こうも剣を捨てて、ツルハシを持つようになるさ」
実際、戦争はコストパフォーマンスが悪い。
兵士を死なせ、土地を荒廃させ、得られるのは恨みと僅かな領土だけ。
そんな暇があるなら、無限に湧くモンスターを狩って、経験値と資源を回収した方が、遥かに効率的だ。
俺たちゲーマーにとってPvP(対人戦)は、あくまでエンドコンテンツ。
まずはPvE(対環境戦)で強くなるのがセオリーだ。
「よし、鉄の供給は問題ないな。
次はこの鉄を使って『鉄道』……は、まだ早いか。
まずは輸送用の馬車の強化と、街道の整備だ。
物流を止めなければ、この国の成長は止まらない」
俺は満足して、鉄の山を後にした。
現状は、まさに盤石だ。
◇
王城への帰路。
揺れる馬車の中で、俺は再び【X】を開いた。
他国がこの状況をどう見ているのか、生の声(ネットの反応)を確認するためだ。
【システムログ:トレンドワード(大陸全土)】
1位:グラン・マレウス王国
2位:鉄の大暴落
3位:アステリアの悲劇(※シルヴィアの愚痴)
■掲示板:【国際情勢】グラン・マレウス王国がヤバすぎる件 Part4
1 名無しの他国民:
おい聞いたか?
グラン・マレウス王国じゃ、農民が「鉄の鍬」を使ってるらしいぞ。
俺の国じゃ、鉄なんて高すぎて、兵士の剣にしか使わねーのに。
2 名無しの商人:
マジだぞ。
あそこじゃ最近、鉄の価格が暴落してる。
どうやら「鉄が出るダンジョン」を見つけたらしい。
おかげで俺の商売あがったりだ。隣国に鉄製品を輸出しまくってやがる。
3 名無しの軍事評論家:
軍事バランスが崩壊してる。
グラン・マレウスの騎士団、全員が魔法の武器を持ってるって噂だ。
先日、国境付近に出た「オーガ」の群れを、たった5人の小隊が瞬殺したらしい。
あれはもう、人間の軍隊じゃない。
4 アステリアの民:
うちの国も頑張ってるけど、やっぱり差を感じるなぁ。
シルヴィア王女様が率先して攻略してるけど、まだE級だし。
グラン・マレウスはD級だろ? 資源の質が違うよ。
5 名無しのスパイ:
報告する。
王都の市場、活気が異常。
物乞いがいない。食料が溢れている。
これが「ダンジョン経済」の力か……。
我が国も戦争準備なんてやめて、さっさとゲート探索に本腰を入れるべきだ。
■SNS:【X】のタイムライン
【アカウント名:シルヴィア@銀の百合(アステリア王女)】
『もう嫌ですわ!
E級ダンジョンの3層、罠が多すぎます!
私の可愛いドレスが、泥だらけになりましたのよ!?
レオンハルト様、攻略法を教えなさい! ズルいですわよ、貴方だけ知ってるなんて!
#ダンジョン攻略 #E級の壁 #ドレス弁償して』
5,400 いいね 1,200 リポスト
|―【アカウント名:レオンハルト】
『甘えるな。
3層の落とし穴は「風の流れ」を見れば分かる。
あと、ダンジョンにドレスで来るな。鎧を着ろ。
死にたくなかったらな』
|―【アカウント名:シルヴィア@銀の百合】
『鎧なんて重くて可愛くないですわ!
……でも風の流れ? なるほど……試してみますわ。
(追記:貴方の国から輸入した「ミスリルの軽鎧」、軽くてデザインも良かったですわ。悔しいけど愛用してあげます)』
【アカウント名:東方の将軍】
『我が国でもようやく、ゲートの調査が完了した。
武人として、あの穴から湧き出る強者との手合わせ、血が騒ぐ。
グラン・マレウスの騎士団よ、いつかダンジョンの深層で競い合おうぞ。
戦争ではなく、武勇による競争を望む』
800 いいね
|―【アカウント名:名無しの兵士】
『将軍! ネットやってないで調練に来てください!』
■掲示板:【経済】鉄鉱石ラッシュについて語るスレ
25 名無しの鍛冶師:
グラン・マレウス産の鉄鉱石、質が良すぎる。
不純物がねえから、叩けば叩くほどいい剣になる。
これまでの俺の苦労は何だったんだ?
もう、他の鉱山の石なんて叩けねえよ。
26 名無しの商人:
今、鉄の相場が動いてる。
賢い奴は、金を売って鉄を買ってるぞ。
これからは「鉄」が世界を回す時代だ。
産業のコメとは、よく言ったもんだ。
27 未来人?:
そのうち「蒸気機関」とか発明されそうだな。
魔石を燃料にして、鉄で機械を作れば……。
おい、この世界、産業革命飛ばして一気に現代文明になるんじゃね?
28 名無しの市民:
それもこれも、全部レオンハルト殿下の掌の上ってことか。
怖えよ。あの人、どこまで見えてるんだ?
100年先か?
◇
ネットの反応を見ながら、俺は満足げに頷いた。
世界は確実に、俺が敷いたレールの上を走り始めている。
鉄と食料、そして情報。
この三つを握っている限り、我が国の優位は揺るがない。
だが俺は知っている。
『ダンジョン・フロンティア』の世界において、真の脅威は「他国の軍隊」でも「経済戦争」でもないことを。
D級ダンジョンの最深部。
そこに眠る「エリアボス」の討伐こそが、次なるフェーズへの鍵だ。
盤石な基盤は整った。
そろそろ本気で攻略を進めるとしようか。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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