第5話 知識の爆発と、森の賢者への「文明の利器」プレゼン
王都の中央広場に、あの忌まわしき――いや、我々にとっては宝の山である――巨大な「ダンジョンゲート」が出現し、俺が国民に向けて「ステータス・オープン」のチュートリアルを行ってから、およそ二ヶ月が経過した。
季節は巡り、王都を吹き抜ける風にも、少しずつ秋の気配が混じり始めている。
本来ならば、次なるダンジョン階層の攻略や、騎士団の訓練カリキュラムの作成に追われているべき時間帯だ。
だが俺は、執務の合間――という建前のサボり時間の全てを費やして、自室のソファに深々と身を沈め、「SNS監視」に勤しんでいた。
虚空に浮かぶ青白い半透明のウィンドウ。
そのタブの一つ【X】のタイムラインを指でスクロールする。
ここ数日で、このタイムラインには明らかな変化が起きていた。
これまでは王国内のユーザー、それも物珍しさにはしゃぐ貴族や冒険者たちの書き込みばかりだったが、最近になって、ちらほらと他国の言語や、地方特有の訛りをテキスト化した書き込みが目立ち始めていたのだ。
『ユーザーID:北方からの旅人』
『……これで合っているのか? 遠くの都市の相場が分かると聞いたが。とりあえず、北の街道は雪で閉鎖された。商売敵には教えたくない情報だが、テストだ。誰か、この書き込みが見えているなら、南方の麦の価格を教えてくれ』
『ユーザーID:帝国兵士09』
『おい、この板、俺の国でも出たぞ。スパイ道具か? それとも魔法か? 上官に見つかったらヤバそうだから、隠れて書き込んでるが、誰か返事くれ。ここは安全な場所なのか?』
『ユーザーID:名無しの吟遊詩人』
『西方の島国でもゲートを確認。歌のネタになるかと思って近づいたら、衛兵に怒られた。世界中が騒がしいな』
恐る恐る、といった感じだ。
最初は「悪魔の誘惑だ」「呪いだ」「触ると魂を抜かれる」などと迷信めいた噂で恐れられていた青い板だが、その圧倒的な「利便性」は、原初的な恐怖を容易に凌駕する。
一度使ってみれば、その情報の速度に驚愕し、手放せなくなる。
商人は相場を知るために。
兵士は故郷の家族の安否を知るために。
情報収集しやすくて結構。
俺の狙い通り、世界は少しずつ、しかし確実に繋がり始めている。
(よしよし。順調に依存しているな。
この「繋がり」こそが、俺が描く世界戦略の基盤だ)
俺はニヤリと笑い、画面をスワイプして『動画共有』タブへと切り替える。
こちらは【X】よりも、さらに劇的で興味深い社会現象が起きていた。
サービス開始当初こそ、大道芸人がジャグリングを披露したり、吟遊詩人が流行歌を歌ってみたりといった「娯楽」がメインだった。
だが、ここ最近のトレンドは一変していた。
再生数ランキングの上位を独占しているのは、なんと地味な「教育チャンネル」だ。
『動画タイトル:【初心者向け】10分で覚える! 共通語の書き方講座「あ」行編』
『投稿者:とある貧乏学者』
『再生数:58万回』
『動画タイトル:【商人必見】契約書で騙されないための文字の読み方』
『投稿者:元ギルド職員』
『再生数:42万回』
コメント欄には平民たちからの感謝の言葉や、必死に勉強した形跡のある拙い文章が溢れている。
なぜ娯楽よりも勉強なのか?
なぜ日々の労働で疲れ切っているはずの平民たちが、貴重な自由時間を削ってまで「文字」を学ぼうとするのか?
理由はシンプルだ。
この「システム」の優秀すぎる仕様と、現実との間に横たわる残酷なギャップにある。
このシステムは、「思考入力」と「視覚翻訳」が標準装備されている。
字が書けない平民でも、「これを伝えたい」と頭で強く念じれば、システムがそれを汲み取り、流暢な共通語の文章として投稿してくれる。
逆に難しい学者の論文や、他国の言語で書かれた投稿でも、システムを通せば自動翻訳され、その意味がスラスラと頭に入ってくる。
つまりネットの中では、誰もが「知識人」になれるのだ。
身分も学歴も関係なく、対等に議論し、情報を交換できる。
だがウィンドウを閉じた瞬間、彼らは冷徹な現実に引き戻される。
街角の掲示板に貼られた依頼書が読めない。
商店の値札が読めない。
役人が持ってきた契約書のサインが書けない。
ネット上では、あんなに高度な議論ができ、世界の情勢を知っているのに、現実の自分は無学なままだ。
「Xや掲示板で読み書きが出来るのに、実際に読み書き出来ないのは苦痛だ」
「俺は本当は賢いのに、現実では馬鹿扱いされるのが我慢ならない」
そう感じた多くの平民たちが、その強烈なコンプレックスを解消するために殺到したのが、タダで見れるYouTubeの教育動画だったというわけだ。
これまで教育を受ける機会など一生なかった彼らにとって、この動画は、まさに天から降り注ぐ蜘蛛の糸だった。
結果、この二ヶ月で読み書き出来る国民が爆発的に急増しているらしい。
街のあちこちで、地面に木の枝で文字の練習をする子供や大人の姿が見られる、という報告も上がっている。
(平民は愚かなぐらいがちょうどいい、というのが、貴族仕草全開の正直な本音だが……)
知識を持った民衆は扱いづらい。
権利を主張し始め、革命の火種にもなりかねない。
貴族社会の安寧を考えれば、民は無知である方が統治しやすいのは歴史の真理だ。
だがこの流れは、もう誰にも止められないだろう。
それに悪いことばかりではない。
識字率が急増すれば、複雑なマニュアルも読めるようになり、工場の作業効率は上がる。
命令の伝達もスムーズになる。
「愚民政策」よりも、「高度人材育成」の方が、これからのダンジョン時代には適している。
まあ仕方がない、と割り切るしかない。
俺は改革者なのだから。
そんなことを思いながら、画面を閉じ、熱くなった目をこすっていると、部屋の外から近衛兵の緊張した声が響いた。
「殿下。お客様が到着されました」
「ああ、通せ」
俺は姿勢を正し、入室を許可した。
重厚な扉がゆっくりと開き、現れたのは、長い耳と翡翠のような瞳を持つ美しい青年だった。
森の奥深く、人間との交流を絶って久しい種族。
エルフだ。
身につけているのは、森の植物で染め上げられた深緑の衣。
足音一つ立てず、滑るように部屋の中央へと進み出る、その所作は、人間とは異なる生物としての精度の高さを感じさせる。
実は以前から細々とではあるが、密書を通じて交流を続けていた、エルフの森からの使者だ。
彼らの里――「大樹海」の深奥にもダンジョンゲートが出現したらしく、その対応についての相談を受けていたのだ。
エルフは長寿で魔法が得意。
おおよそ前世のゲームイメージだと、そんな感じか。
この世界のエルフも大体同じだ。
せいぜい300年程度の長寿だが、人間からしたら十分すぎるほど長い。
彼らの持つ古代の知識や魔法技術は、喉から手が出るほど欲しい。
「ようこそ、お越しになられた。歓迎する」
「お招き感謝します、レオンハルト殿下。……人間の都は相変わらず騒々しいですね。石と鉄の匂いがします」
エルフの青年は皮肉とも取れる言葉を口にしながらも、優雅な所作で一礼した。
俺は苦笑しながら彼に席を勧め、さっそく本題に入った。
「よろしい、お願いします。我々の都の活気を褒めていただいたと解釈しましょう。
では、ダンジョンゲートの概要ですが……」
俺はこれまでに判明した、ゲートの特性、階層構造、そして内部の環境について、資料を交えながら説明を行った。
エルフの青年は静かに耳を傾けていたが、ある一点で鋭い問いを挟んだ。
「基本的に、ダンジョンゲートからモンスターが外に出ることはないと?」
「ええ。今の所は」
俺が含みを持たせて言うと、エルフの片眉がピクリと動いた。
その翡翠の瞳が、俺の真意を探るように細められる。
「今の所は……? 未来永劫、安全だという保証はないのですか?」
「ええ。未来は分からないでしょ?
いつモンスターが出るか分からない。
ゲートが活性化し、内部の魔素濃度が臨界点を超えれば、何が起きるか……。
常に見張りは必要です」
俺はさらりと言ってのけた。
実際には分かっている。
ゲームのイベントスケジュール通りなら、いずれ『スタンピード(魔物の氾濫)』が発生する。
10年後の『大崩壊』ほどの規模ではないが、それでも準備なしでは里一つが壊滅する量のモンスターが溢れ出す。
だがそれを今ここで「予言」として語れば怪しまれるだけだ。
あくまで「可能性」として警告しておく。
「……なるほど。貴方という人間は、我々が想像していたよりも慎重で、そして聡明な方のようだ。
楽観的な人間が多い中で、最悪の事態を想定している」
「備えあれば憂いなし、ですよ」
「分かりました。里のダンジョンゲートには、我々も見張りと探索者を組織して派遣しましょう。
森の民として、座して死を待つわけにはいきませんから」
エルフは納得したように頷いた。
そして身を乗り出すようにして問いかける。
「それで、例の物……噂に聞く『魔石』を見せて欲しいのですが」
「ああ、どうぞ。これです」
俺は机の引き出しからF級魔石を取り出して、彼に渡した。
何の変哲もない、親指大の結晶体。
だがその内側には、圧縮された魔力が渦巻いている。
エルフはそれを手に取り、長い指で弄びながら、その瞳を細めた。
彼ら特有の魔力感知能力で見定めているのだろう。
その表情が、驚愕に彩られていく。
「……なるほど。素晴らしい。これは……純粋な魔力が物質化している?
不純物がほとんどない……」
「ええ。すでに我が国では、エネルギー源として有効活用しています」
俺は部屋の隅にあるランプを指差した。
従来の油を使ったものではない。
魔石を動力源とした、青白く輝く『魔石ランプ』だ。
スイッチを入れると、揺らぐことのない安定した光が室内を照らし出す。
「魔石ランプ、それに魔石氷室。あと、火種としても優秀です。
魔力を持たない一般人でも、これさえあれば火を起こせます。
魔導士が少ない人類にとっては、福音でしょうね」
「いえ……これはエルフにとっても、素晴らしいエネルギー源になるでしょう」
エルフの青年が、熱っぽい視線で魔石を見つめながら呟いた。
「我々は魔法を使えますが、それには自身のマナや、精霊の力を借りる必要があります。それは精神を消耗する行為です。
ですがこれがあれば……外部ソースとして魔力を供給できる。
儀式魔法の触媒、結界の維持、あるいは生活魔法の補助……用途は無限大です」
彼らは魔法が得意だが、それゆえに魔力の消費には敏感だ。
外部ソースとして使える純粋な魔力の塊は、彼らにとっても喉から手が出るほど欲しい資源なのだ。
これでエルフとの交渉材料は揃った。
「ええ。エルフの里でも、ぜひダンジョンゲートを探索してみて下さい。浅い階層なら、簡単に手に入りますよ。
もし採掘の手が足りなければ、我が国の冒険者を派遣することも可能です」
「ありがとうございます。……殿下、厚かましいお願いですが、しばらくここに滞在してもよろしいですか?
この『魔石』の具体的な活用法と、貴国の対応を学びたい」
「ええ、ご自由に。歓迎しますよ」
俺は笑顔で許可した。
エルフを王都に滞在させ、こちらの技術を見せることで、逆に彼らの魔法技術を引き出す。
それに、エルフとの友好関係をアピールできれば、他国への牽制にもなる。
「連絡手段ですが、掲示板や【X】を使えば、里とも自由に連絡は出来ますよ。
距離に関係なく、一瞬で言葉が届きます」
「ほう、あの青い板ですね。確かに便利そうです。森の結界内でも使えると聞いて驚きました」
「ただし」
俺は人差し指を立てて、彼に釘を刺した。
ここが一番重要だ。
「みんな見れるので、機密は手紙にて連絡して下さいね?
リテラシー、大事ですよ?」
「リテラシー……? ああ、情報の分別のことですね」
エルフは優雅に微笑んだ。
「ご安心ください。我々エルフは、人間のように感情に任せて恥を晒すような真似はいたしません。
常に冷静沈着、それが森の賢者の掟ですから」
その言葉に、俺は少しだけ安堵した。
彼なら、あの「バカッター」たちのような失態は犯さないだろう。
……たぶん。
しかし数日後、彼が【X】で『王都のエールは水みたいに薄い。森の果実酒の方が百倍美味い』と書き込み、王都の酒飲みたちと壮絶なレスバトルを繰り広げることになるのを、今の俺はまだ知る由もなかった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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