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第4話 姫君とのデジタル外交と、農業革命がもたらす地獄の釜

 ダンジョンでの資源回収と、騎士団へのパワーレベリング指導を終え、自室に戻った俺は、再び虚空に浮かぶ青白いウィンドウと向き合っていた。

 『システム』によってもたらされた、この世界にとっての劇薬。

 SNS機能【X】だ。


 俺は眉間を揉みほぐしながら、とある特定のアカウントのプロフィール画面を表示させていた。


『アカウント名:シルヴィア@銀の百合(@Sylvia_Royal_02)』

『自己紹介:隣国アステリアの第一王女ですわ! 趣味はティータイムと可愛いもの集め。最近、庭に黒い穴が空いて困ってますの。どなたか埋め方をご存じない?』


「……はあ」


 俺は深いため息をついた。

 本名フルネームではないにせよ、身分を隠す気がゼロだ。


 ネットリテラシーという概念が欠落している中世の人間にとって、「世界中に公開されている」という感覚を理解するのは難しいのかもしれない。

 だが王族がそれをやってしまうのは、致命的だ。


「とりあえず、釘を刺しておくか」


 俺はキーボードなどない虚空を指で叩き、彼女へのリプライ(返信)を入力する。


『@Leon_G_Mレオンハルト

 おい、シルヴィア。

 そのアカウント、全世界に公開されてるぞ。

 「今どこにいる」とか、「何を食べた(毒見前)」とか、不用意に書き込むなよ?

 暗殺者に居場所を教えてるようなもんだからな』


 送信ボタンを押すと、ものの数秒で通知音が鳴った。

 レスポンスが早すぎる。暇なのか、この王女は。


『@Sylvia_Royal_02:

 あら、レオンハルト様!

 やっぱりこの「板」、貴方の仕業でしたのね!

 心配無用ですわ。私だって王族の端くれ、情報の重みくらい理解してます。

 それにこの板、私の声が文字になって勝手に送られるんですもの。まるで魔法ですわね(魔法ですけど)』


『@Leon_G_M:

 だから注意しろと言ってるんだ。

 書き込んだ内容は消せない、タトゥーみたいに残ると思え。

 で、本題だ。頼みがある』


『@Sylvia_Royal_02:

 頼み? 貴方から私に?

 珍しいですわね。いつも「うるさい」「帰れ」としか言わないのに。

 ……まさか、求婚?』


『@Leon_G_M:

 違う。

 お前の国……いや、お前のコネを使って、大陸全土に「ステータス・オープン」の呪文を広めてほしい』


 俺は単刀直入に切り出した。

 俺の目的は、この世界を「ゲームの仕様」で染め上げることだ。


 そのためには、プレイヤー人口=「システムに接続した人間」を増やす必要がある。

 我が国だけがレベルアップしても、交易相手や周辺国が旧時代のままでは経済圏が広がらない。

 文明レベルを底上げするには、大陸全土を巻き込む必要があるのだ。


『@Sylvia_Royal_02:

 ステータス・オープン……?

 ああ、あの目の前に板が出る呪文のこと?

 あれを広めるの? どうして?

 私の侍女なんて、体重がバレるって泣いてましたのよ?』


『@Leon_G_M:

 体重はどうでもいい。

 あれは「神の恩恵」を受け取るための契約呪文だと思えばいい。

 唱えた者だけが、自分の才能を数値で見ることができ、努力の結果を可視化できる。

 商人なら計算能力が、兵士なら腕力が上がるのが分かる。

 国力を上げたければ、国民全員に唱えさせるべきだ』


 俺は適当な、しかし嘘ではない理屈を並べた。

 実際、ステータスを開放すればジョブ適正が判明し、人材配置が最適化される。

 それだけで国力は、数割増しになるはずだ。


 それにしても、と俺は内心で苦笑する。


(普通なら「遠く離れた人間と文字で会話できる」なんて、概念説明するだけで数ヶ月はかかるぞ。

 だがこの世界は『ダンジョン・フロンティア』のシステムが根底にある。

 だから彼女も「そういう魔法道具アーティファクトの一種」として、すんなり受け入れている。

 中世の世界観に掲示板とX(旧ツイッター)の概念をぶち込むなんて、改めて考えると狂ってるな。

 だが説明の手間が省けて助かる。ゲーム脳、バンザイだ)


 画面の向こうで、シルヴィアが考え込んでいる気配がした。

 数秒後、新しい投稿が表示される。


『@Sylvia_Royal_02:

 なるほど……。

 確かに便利ですわね。

 離れた場所にいる商人と連絡が取れれば、相場の変動もすぐに分かりますし。

 分かりましたわ!

 私のお友達の商人ギルドや、各国の王族ネットワークを使って広めてあげます!』


『@Leon_G_M:

 助かる。

 ただし言っておくが、「全公開」だからな(2度目)。

 密約とか、軍事機密とか、愛人の話とかを、うっかり書き込むなよ?

 お前、お喋りだから機密を流しそうで怖いんだよ』


『@Sylvia_Royal_02:

 し、失礼ですわねーーー!!!

 私だって言うべきことと隠すべきことの分別くらいつきますわよ!

 ……あ、そういえば昨日の夜、お父様が「カツラが蒸れる」って仰ってて……』


『@Leon_G_M:

 書くな。

 それだ。そういうのが一番危ないんだ。

 とにかく頼んだぞ』


 俺は頭を抱えながら、ウィンドウを閉じた。

 不安要素は残るが、シルヴィアの発信力は本物だ。

 彼女が動けば、数日のうちに大陸中の主要都市で「ステータス・オープン」の大合唱が起きるだろう。


「……ふう。とりあえず、隣国対策と布教活動はこれでよしと」


 椅子に深く座り直し、伸びをした、その時だった。

 コンコンと控えめなノックの音が響いた。


「殿下。アレクセイ陛下がお呼びです」

「……チッ、休憩なしかよ」


 近衛兵の声だ。

 俺は舌打ちを一つしてから、「すぐ行く」と返事をした。

 SNSでの外交の次は、リアルでの政治報告だ。

 憂国の王子は忙しい。


          ◇


 王城謁見の間ではなく、より機密性の高い「奥の執務室」。

 そこには、この国の頂点に立つ男、国王アレクセイ・グラン・マレウスが待っていた。

 書類の山に埋もれながらも、その眼光は鋭く、老いを感じさせない覇気を纏っている。


「失礼します、父上」

「うむ。入れ、レオンハルト」


 俺が入室すると、陛下は人払いを済ませていた。

 部屋には俺と陛下、そして俺が連れてきた近衛騎士団長の三人だけだ。


「ダンジョンゲートの件は順調か?」


 陛下が単刀直入に問う。

 俺は頷き、懐から布に包んだ「それ」を取り出し、机の上に置いた。

 鈍く光る親指大の結晶体。

 F級魔石だ。


「ええ、とりあえずは。

 騎士団のレベル上げも順調ですし、ドロップ品の回収も進んでいます。

 ですが最大の成果は、これです」


「……ふむ。報告にあった『魔石』か。

 熱を出したり、物を浮かせたりすると聞いたが?」


「はい。ですが真価は、そこではありません」


 俺は魔石を指先で弾いた。


「この魔石は砕いて土に撒くことで、植物の成長を爆発的に加速させる『促成栽培フォース・グロウ』の効果を持ちます。

 今朝、王立農園で実験を行いました。

 種を植え、魔石の粉末を撒いたところ……本来なら半年かかる小麦が、わずか一日で収穫可能な状態まで育ちました」


 陛下と騎士団長の目が、驚愕に見開かれる。


「……一日で、だと? 馬鹿な。魔法薬でも、そこまでの効果は……」

「事実です。味も栄養価も、通常のものと遜色ありませんでした」


 俺は淡々と、しかし確信を持って告げた。


「これが何を意味するか、分かりますね?

 この魔石さえあれば、天候不順も日照りも関係ない。

 ダンジョンから魔石を回収し続ける限り、この国から『飢餓』という概念は過去の物になります」


 部屋に沈黙が落ちた。

 それは本来、国中が祝杯を挙げるべき吉報だ。

 王の務めとは、民を飢えさせないこと。

 その究極の解が、もたらされたのだから。


 だがアレクセイ陛下は笑わなかった。

 むしろ、その表情は険しく、苦渋に満ちたものへと変わっていく。

 彼はあご髭をさすりながら、低い声で唸った。


「……ほほう。そこまでの物か。

 飢えがなくなる。食料の備蓄が無限になる。

 ……つまり、『飢餓が怖くない』ということになれば起きるな」


「ええ。起きるでしょうね」


 俺は即答した。

 父の懸念を、正確に理解していたからだ。


「戦争が」


 陛下が重々しく頷く。


「そうだ。戦争だ。それも、これまでとは比較にならない規模のな」


 騎士団長が、訳が分からないといった顔で口を挟んだ。

「へ、陛下? 殿下? お待ちください。食料が豊富にあれば、土地や水を奪い合う必要がなくなり、むしろ争いは減るのでは……?」


 俺は騎士団長に向き直り、冷徹な事実を突きつけた。


「団長。戦争をするのに一番邪魔なものは何だ?」

「えっ……それは敵の抵抗や、補給の……」

「違う。『農繁期』だ」


 俺の言葉に、団長がハッとする。


「この世界の軍隊の主力は、徴集された農民だ。

 種まきの時期と収穫の時期。

 この期間は兵士を畑に帰さなければならない。

 だから大規模な戦争は農閑期に限られるし、長期間の遠征は国を滅ぼすリスクがあった」


「あ……」


「だが、この魔石があればどうなる?

 一晩で作物が育つなら、『農繁期』なんてものは無くなる。

 農民はずっと畑に張り付いている必要がない。

 つまり一年中いつでも、全男子を兵士として動員できるということだ」


 団長の顔色が、サーッと青ざめていく。


「それに補給の問題も解決する。

 重い食料を運ぶ必要はない。

 種と魔石を持っていけば、現地でいくらでも食料を生産できるからな。

 焦土作戦も意味をなさない。

 ……地獄ですよ。終わりのない総力戦が可能になる」


 俺は肩をすくめた。

 技術の進歩は、必ずしも幸福だけをもたらさない。

 食料革命は軍事革命と表裏一体だ。

 農民を「食料生産装置」から「殺人マシーン」へと変えるトリガーになり得る。


「うーむ……便利になるのも、考えものだな……」


 陛下がこめかみを押さえて呻く。

 名君であればあるほど、この技術の劇薬ぶりに頭を痛めるはずだ。


「ですが止めることはできません。

 ダンジョンゲートは世界中に出現しています。

 遅かれ早かれ、他国もこの『魔石』の利用法に気づくでしょう。

 その時、我が国だけが倫理観を持って躊躇していれば、食料と兵士を無限に湧かせる敵国に蹂躙されるだけです」


「……分かっている。使わざるを得んか」


 陛下は覚悟を決めたように顔を上げた。

 そして鋭い視線を、俺に向ける。


「レオンハルト。この情報、どこまで公開するつもりだ?」


「とりあえずは、不戦協定を結んでいる隣国……シルヴィアの国あたりには広めても良いんじゃないですか?」


 俺は提案した。


「正直、この世界で『システム』の攻略が一番進んでいるのは俺たちです。

 他国は突如現れたゲートを『悪魔の穴』だの『神の罰』だのと恐れ、様子見を決め込んでいるのが殆どですからね。

 中に入って資源を回収しようなんていう命知らずは、我が国の騎士団くらいでしょう」


「ふむ。我々には『先行者利益』があると」


「ええ。

 ですので、まずは信頼できる同盟国にだけ恩恵を与え、経済圏と軍事同盟を強化する。

 『魔石を使えば飢えない』という餌で、彼らをこちらの陣営に完全に引き込むんです。

 逆に敵対する国や、態度を保留している国には機密とします。

 彼らが飢えと農繁期に縛られている間に、我々は圧倒的な国力差をつける」


 俺の言葉に、陛下はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

 こういう時の父上は、俺とよく似ている。

 親子だな、と思う瞬間だ。


「分かった。

 不戦協定をしている隣国には、技術供与という形で広めてよいとする。

 それ以外に対しては、最高レベルの国家機密だ。

 漏らした者は即刻処刑せよ」


「御意」


 俺と騎士団長は深く頭を下げた。


 世界は変わる。

 ステータスという「個人の可視化」。

 そして魔石による「国家の基盤(農業)」の変革。


 SNSで緩やかに繋がった平和な世界に見えて、その足元では、かつてない規模の覇権争いの火種が燻り始めていた。

 だがそれもまたゲーム(『ダンジョン・フロンティア』)の醍醐味だ。


 俺は執務室を出て、薄暗い廊下を歩きながら、次の手を考え始めた。

 肥料の次は武器だ。

 あの大量のドロップ品を「戦力」に変えるための、次なるキーマンを探さなければならない。

最後までお付き合いいただき感謝します。


もし「続きが読みたい」「王族の権力カネで無双する様が見たい」と思われた方は、ページ下部よりブックマークと評価をお願いします。


ダンジョンのレアドロップよりも、王家の国家予算よりも、なろう読者の皆さまの「評価ポイント」こそが、作者にとって最も信頼できる通貨リソースです。


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