第3話 ハクスラ中毒と文明の夜明け、あるいはブラックな経済基盤の確立
王都の中央広場。
その石畳の上に突如として出現した、巨大な漆黒の空洞――「ダンジョンゲート」。
その内部に足を踏み入れた瞬間、肌にまとわりつく空気が一変した。
地上よりも僅かに湿度が高く、そして何よりも濃密な「魔素」の匂いがする。
土と草の匂い、そして微かな鉄錆の臭気。
それは前世で何千時間とプレイしたVRMMO『ダンジョン・フロンティア』の、始まりの草原の匂い、そのものだった。
「……ここがゲートの中……」
「なんと不思議な……空があるのに、太陽がない」
俺の背後で、近衛騎士団の面々が息を呑む気配がした。
彼らは皆、国一番の剣の腕を持つ精鋭たちだ。
だが未知の空間に対する根源的な畏れまでは、隠しきれていない。
鎧が擦れる音が、彼らの緊張を伝えてくる。
俺は腰の剣に手をかけ、振り返ることなく彼らに告げた。
「観光気分は、そこまでだ。来るぞ」
その言葉と同時だった。
前方の茂みがガサリと揺れ、緑色の肌をした小鬼――ゴブリンが三匹、飛び出してきた。
ぎょろりとした黄色い目、耳障りな金切り声。
手には錆びついた粗末なナイフや棍棒が握られている。
「ギギャァァッ!」
「魔物ッ! 殿下、お下がりください!」
最前列にいた騎士が反射的に盾を構えて前に出る。
素晴らしい反応速度だ。
だが今の彼らには、これまでとは違う「力」が宿っている。
「構うな、蹴散らせ! お前たちの『剣術スキル』を使え!」
「は、はいッ!」
騎士が剣を振り上げた瞬間、その刀身が淡い光を帯びた。
システムによる補正。
彼の意志に呼応し、スキル『パワースラッシュ』が発動する。
「せぇぇぇいッ!」
ドォン!!
空気を切り裂く重い風切り音と共に、ゴブリンの身体が真っ二つに両断された。
まるで豆腐でも切ったかのような手応えのなさに、斬った本人が一番驚いた顔をして、自分の手と剣を交互に見つめている。
「な……なんという威力……! いつもの半分も力を入れていないのに!」
「残りの二匹もやるぞ! 盾で防いで、隙を見たらスキルを叩き込め!」
「了解!」
騎士たちは水を得た魚のように動き出した。
ゴブリンが振り下ろした棍棒を、騎士の盾がガィンッ!と高い音を立てて弾き返す。
生じた隙に、別の騎士が光る剣を突き刺す。
悲鳴を上げる間もなく、ゴブリンたちは光の粒子となって消滅した。
血の一滴も残さず、ただ経験値とドロップ品だけを残して消える。
それがこの世界の、新しいルールだ。
――ピロリン♪
俺の頭の中にだけ、軽快な電子音が鳴り響く。
経験値獲得の合図だ。
俺は直接手を下していないが、パーティリーダーである俺にも経験値の一部が分配される仕様になっている。
寄生と言われようが知ったことではない。
俺は指揮官なのだから。
「よし、全員無事だな。この調子で進むぞ」
「ははっ! しかし殿下、今のは一体……身体が勝手に動くような感覚が……」
「それが『システム』の恩恵だ。慣れれば、もっと自在に動けるようになる」
俺は騎士たちを鼓舞しつつ、さらに奥へと進軍を開始した。
現れるゴブリン、スライム、ホーンラビット。
それらを騎士たちの壁と剣で蹂躙していく。
危なげなど微塵もない。
この世界の「騎士団の剣術」が、そのまま「高ランクの剣術スキル」としてシステムに認識されているからだ。
俺は後ろで腕を組んで、「右だ」「スキルを使え」「ポーションをケチるな」と指示を出しているだけでいい。
騎士団と一緒に、しばらくレベリングだ。
そして数十分ほどの狩りを続けた頃。
再び俺の脳内で、ファンファーレが鳴り響いた。
――ピロリロリン♪
《Level Up!》
《ユニークスキル『アイテムボックス(小)』が解放されました》
「……よし、来たな」
俺は思わず口元を緩めた。
これだ。これを待っていた。
主人公である俺は、レベルアップでアイテムボックスが解禁される仕様なのだ。
俺は近くに転がっていた、消滅せずに残ったドロップ品に手をかざした。
「収納」
シュンッ。
空間が歪み、アイテムが吸い込まれるようにして消滅した。
「なっ……!?」
「き、消えた!?」
「殿下!? 今、何をしたのですか!?」
周囲の騎士たちが目を剥いて驚愕する。
まあ、この世界に「収納魔法」なんて便利なものはない。
荷物は馬車で運ぶのが常識だ。
手ぶらで大量の物資を運べる、このスキルは彼らにとっては、魔法使いの最高峰である「転移魔法」にも匹敵する奇跡に見えるだろう。
「騒ぐな。ただの収納スキルだ。『アイテムボックス』と言う」
「あ、アイテムボックス……! 伝説の大賢者様ですら、鞄一つ分の収納しかできなかったと聞きますが……」
「俺のは、もう少し入る。ドラゴンの死体だろうが、城の宝物庫の中身だろうが、全部入るぞ」
騎士団長が泡を吹いて倒れそうになったが、無視する。
俺は虚空を操作し、今収納したアイテムを確認する。
よし、ちゃんと入っている。
しかも時間経過なしのオプション付きだ。
これで生鮮食品も腐らない。
よし、ゲームと同じ仕様だ。
これなら輸送業だけで覇権が取れる。
「さて……おっと、あそこにあるのは……」
俺の視線が草むらに落ちている「輝く石」に吸い寄せられた。
ゴブリンが消滅した後に残された、親指ほどの大きさの結晶体。
鈍く、しかし確かに魔力の光を宿している。
おっ、魔石が落ちた! 魔石!
「おい、鑑定役。こいつを視てみろ」
俺は背後に控えていた、ひ弱そうな男を手招きした。
彼は昨日、城下町で確保した「天然の鑑定スキル持ち」の一人だ。
元は古書店の手代だったらしいが、今は王家直属の鑑定官(見習い)という身分を与えている。
彼はビクビクしながら進み出ると、俺が拾い上げた石を凝視した。
「は、はい……視ます……!」
彼の目が青白く発光する。
数秒後、彼は震える声で、視界に浮かんだ文字列を読み上げ始めた。
「……で、出ました。読み上げます」
「名前: F級魔石
レアリティ: コモン
種別: 素材 / エネルギー源
効果テキスト:
この石は術者の「意志」に呼応し、その内に秘められた純粋な魔力エネルギーを、様々な現象へと変換する奇跡のエネルギー源である。
熱変換:
術者の意志に応じて熱を発生させることができる。
例:約1リットルの水を瞬時に沸騰させる程度の熱量。
物理干渉:
術者の意志の強さに応じて、軽い物体を宙に浮かせたり動かしたりすることができる。
促成栽培:
砕いて土に撒くことで、食物を促成栽培させることが出来る。
ただし内包する魔力は有限であり、一度その力を使い果たした魔石は、ただの石ころと化す。
フレーバーテキスト:
神が天から火を盗んだプロメテウスを罰したように、
我々もまた、この地底から盗み出した新たな『火』によって罰せられるのだろうか。
いや違う。これは罰ではない。
次なる時代へと進むための祝福だ。」
「うひョー! やったぜ!」
俺は思わずガッツポーズをした。
やはり仕様は変わっていない。
この『F級魔石』こそが、俺がこの世界でやりたかった「文明改革」の鍵だ。
考えてもみろ。
この世界には電気がない。ガスもない。
あるのは薪と、魔導師しか使えない高価な魔道具だけだ。
だが、この魔石があればどうなる?
『熱変換』を使えば、魔法が使えない一般人でもお湯が沸かせる。
冬に暖を取れる。
その原理を応用すれば、魔石式のコンロ、給湯器、さらには蒸気機関だって作れるかもしれない。
『物理干渉』を冷却に応用すれば、冷蔵庫だって作れる。
魔石一つで、魔法なしで、電子レンジから冷蔵庫まで、生活家電の代替品が作れるのだ。
そして何より、この『促成栽培』だ。
これが一番のチートだ。
砕いて畑に撒けば、一日で作物が育つ。
一日で食料が作れる!
この世界で最も恐れられている災害――「飢饉」が、この石ころ一つで過去のものになるのだ。
(まあ、広まれば農業技術の発展は止まるかもしれんがな)
肥料の研究や品種改良の努力が必要なくなるからだ。
農業は、これだけで充分になってしまう。
だが、そんなことは些細な問題だ。
俺には「現代知識」というチートがある。
品種改良された種も、効率的な農法も……まあ、別にいいか。
俺が知識として提供すればいい。
今はとにかく、食料生産の安定化と、エネルギー革命を起こすことが先決だ。
「で、殿下……この石、とんでもない価値があるのでは……?」
騎士団長が震える手で魔石を見つめている。
俺はニヤリと笑って、その魔石を空中に放り投げ、パシリと掴み取った。
「ああ、価値はある。国をひっくり返すほどのな」
「では直ちに、厳重な管理を……!」
「いや、いい。これは流通させる。……買取価格は、そうだな。銅貨5枚ってところか」
「は?」
騎士団長が間の抜けた声を上げた。
鑑定官も目を丸くしている。
「ど、銅貨5枚……ですか? パン2つ分ほどですが……」
そうだ。この日本の貨幣価値で言えば、500円くらいだな。
俺は内心で、ほくそ笑んだ。
マジな話、『ダンジョン・フロンティア』の現代編設定では、このF級魔石1個のレートは1万円だった。
エネルギー効率を考えれば、それくらいの価値はある。
現代ダンジョンだと、1時間で3個拾えば時給3万円とぶっ飛んでいる。
だが、ここは異世界だ。
この魔石、異世界編では暴利でも済むから美味しいわー。
人件費が安く、命の値段も安い。
それに、俺がこれから作ろうとしている「魔石文明」には、魔石が安価な燃料として大量に流通している必要がある。
高すぎては一般市民が、コンロの燃料として使えないからな。
(1個500円。ゴブリン1匹倒せば500円。
20匹倒せば銀貨1枚=1万円。日給としては悪くないラインだ)
俺は、この国の経済バランスを脳内で再確認する。
1金貨=100銀貨=100万円。
1銀貨=100銅貨=1万円。
1銅貨=100円。
この分かりやすい100進法。
俺が幼少期に父王にねだって整備させた賜物だ。
そして俺が制定した新しい税制。
俺のチート知識で、うちの国の税金はかなりお安くなってるぞ。
まず『住民税』。
これは安全な城壁の中で暮らすための、サブスクリプション費用だ。
月額・銀貨1枚(1万円)。
日給1万円稼げるなら、月に1日働けば払える額だ。
良心的だろう?
次に『ギルド換金税』。
冒険者がギルドで素材を換金する際、自動的に引かれる税金。
税率は20%。
500円の魔石なら、100円が俺の懐に入る。
そして『商業税』。
売上の10%。
これまではどんぶり勘定で脱税し放題だったが、これからは違う。
全商店に「売上記録用の魔導端末」を導入させ、この鑑定官のようなスキル持ちを税務署員として派遣する。
脱税した店は、物理的に潰す。
(魔石を500円で買い叩いても、加工して「魔石コンロ」として売れば数万円になる。
その利益に加え、流通段階で税金もガッポリ……。くくく、笑いが止まらんな)
俺が悪い顔をして皮算用をしていると、騎士の一人が声を上げた。
「――っ!? 殿下! ま、またドロップ品です! 今度は武器が……!」
騎士が指差した先。
消滅したゴブリンの跡地に、カランという音と共に「それ」は出現した。
汚い棍棒ではない。
鞘に納められた、真新しい片手剣だ。
「な、なぜ……? あの魔物は錆びた棍棒を持っていたはず……」
「それが『ドロップ』だ。魔物が装備していたものが落ちるんじゃない。
魔物を倒した報酬として、世界から与えられるんだよ」
騎士は狐につままれたような顔で、その剣を拾い上げた。
鞘から抜くと、曇りのない刀身が現れ、鋭い輝きを放つ。
「……素晴らしい。まるで名匠が打ったばかりのようだ」
「貸してみろ」
俺は剣を受け取り、近くにいた鑑定役に放って渡した。
「おい、鑑定しろ」
「あ、はいっ! 視ます……!」
鑑定役が慌てて剣を受け止め、目を光らせる。
数秒後、彼が読み上げた内容は、騎士たちの常識を覆すものだった。
「『ブロンズソード(良質)』
攻撃力:+12
特殊効果:【切れ味強化(小)】」
「見ろ、この性能を!」
「はあ……? ただの青銅の剣に見えますが……」
「お前の持っている、王宮鍛冶師が打った『制式剣』。それは攻撃力+5だ。特殊効果はない」
「えっ」
「つまり、ゴブリンが落としたこの剣の方が、お前の剣より遥かに強いんだよ!!」
騎士が自分の愛剣と、ゴブリンから出た剣を交互に見比べて絶句している。
普通の鎧より、このドロップ装備の方が性能がいい。
プライドが傷ついたかもしれないが、これが現実だ。
『ダンジョン・フロンティア』は、ハクスラゲーなのだ!
ダンジョン産アイテムは「ドロップテーブル」という神のサイコロによって決まる。
たとえ最弱のモンスターであっても、運さえ良ければ、王家の宝剣すら凌駕するアーティファクトを落とす可能性がある。
しかもダンジョン産装備には「耐久度」という概念がない。
折れたり曲がったりすることはあっても、メンテナンスフリーで性能を発揮し続ける。
「いいか、これからは見た目で判断するな!
ドロップした装備は全部回収だ!
靴下片方だろうが、鍋の蓋だろうが、全部俺のアイテムボックスに入れろ!」
「は、はいッ!」
俺は次々とドロップ品を収納していく。
装備はどんどんアイテムボックスに入れていく。
『鉄のガントレット(防御+3)』
『旅人のマント(回避+2%)』
『回復の指輪(微)』。
ゴミに見えるものなどない。
これらは全て、地上の技術を超越した宝の山だ。
(だが、このままじゃまだ弱いな……)
俺はアイテムボックスの中身をリストで眺めながら考えた。
性能はいいが、もっと上を目指せる。
必要なのは「クラフトオーブ」と、それを正しく扱える人材だ。
(次は『クラフトスキル』持ちを見つけないとな……)
この世界でもダンジョン深層やレアモンスターから「クラフトオーブ」がドロップするはずだ。
このオーブは装備品に使用することで、その能力(ステータスや特殊効果)をランダムに「書き換える」ことができる。
だが、オーブを使うだけなら誰でもできるが、良い結果が出るかどうかは運次第だ。
しかし、ユニークスキル『クラフト』を持つ者がオーブを使えば、そのランダム要素に補正をかけ、狙った強力な効果を引き出すことができる。
王宮騎士の剣にオーブを使って、見た目はそのままに、中身だけダンジョン最強武器の性能に書き換える。
あるいは拾ったドロップ品に、さらに強力なスキルを付与する。
それが出来れば、最強の軍団が作れる。
忙しい、忙しい!
俺はニヤリと笑い、次なる獲物を求めて、ダンジョンの奥へと走った。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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