第2話 視える者たちの確保と、ネットリテラシー皆無の阿鼻叫喚
重厚なオーク材で作られた執務室の扉が、音もなく閉ざされた。
その瞬間、俺は「憂国の第三王子」として貼り付けていた仮面を僅かに緩め、前世から引き継いだ「ゲーマー」としての思考回路をフル回転させた。
肺の奥に溜まっていた熱い息を吐き出す。
隣には歴戦の猛者である近衛騎士団長、そして選りすぐりの精鋭騎士たちが控えている。
彼らは皆、先ほどの俺と国王陛下とのやり取りを聞き、事の重大さに緊張した面持ちで直立していた。
彼らの額には脂汗が滲み、握られた拳には血管が浮き出ている。
無理もない。世界の理が覆る瞬間に立ち会ったのだから。
俺は彼らを手招きし、誰にも聞かれないよう声を潜めた。
回廊の警備兵にも聞こえぬほどの小声だ。
「団長、及び、ここにいる者たちに極秘任務を与える」
「はっ。先ほどのダンジョンゲートの封鎖、および調査隊の編成についてでありますか?」
「いや、それは一般兵や文官に任せればいい。お前たちに頼みたいのは『人探し』だ。それも、ただの人探しではない」
俺は視線だけで周囲を警戒し、言葉を続ける。
「いいか、まだ『ステータス』の呪文は民衆に教えるな。今それを広めれば王都はパニックになり、我々の動きが取れなくなる。混乱は最小限に抑えねばならない」
「し、しかし殿下。いずれは国民に周知せねば……空に浮かぶ、あの巨大な穴を隠し通すことなど不可能です」
「ああ、もちろん公開はする。隠蔽などできんし、するつもりもない。だが手順というものがあるんだ。その前にやっておかなければならないことがある。『視えている奴』の確保だ」
俺は騎士たちの顔を見渡し、具体的な特徴を告げた。
「今この瞬間から城内、あるいは城下町で、奇妙な挙動をする者が現れているはずだ。
何もない虚空を見て怯えたり、人の顔を凝視して目をこすったり、あるいは何もない空間に指を走らせようとする者たちだ」
「虚空を、でありますか? それはまるで幽霊でも見ているような……あるいは熱病に浮かされた者の症状のようですが」
「その通りだ。だが、そいつらは気が狂ったわけでも、悪霊に取り憑かれたわけでもない」
俺は一度言葉を切り、彼らの目を見て断言した。
「彼らは今回の異変に伴い、稀少な『鑑定スキル』が先天的に発現した者たちだ。
彼らの視界には、俺たちが『ステータス』と唱えて呼び出すウィンドウとは別に、自動的に人や物の情報が浮かんで見えている。
その目は今後、我が国にとって欠かせない『生きたレーダー』となる」
騎士団長が眉をひそめた。
「鑑定……でありますか? 古道具屋の親父や宝石商が持つような『目利き』のことで?」
「いや違う。職人の経験則や勘による推測ではない。
対象の真実を強制的に数値化して暴く、この世界には存在しなかった『異能』だ。
魔法でも技術でもない。完全に運だけで決まる、神の気まぐれによるギフトだ」
そう、この世界にこれまで存在したのは、あくまで人間の研鑽による「技術」としての鑑定だけだった。
だが、今のアップデートで実装されたのは「システム」だ。
努力も、金も、地位も関係ない。
ただの農民だろうが王族だろうが、運が良ければ発現する。
そして、運が悪ければ、一生手に入らない。
突然そんな力が視界に宿ってしまった彼らは、今、自分の変化に戸惑い、恐怖しているはずだ。
「いいか、これから『ステータス』の呪文を公開すれば、世界中が大騒ぎになる。
その前に、混乱している彼らを見つけ出し、保護するんだ。彼らは自分たちが何を持っているのか理解していない。だが、それは国家レベルの資産だ」
騎士団長がハッとした表情になり、強く頷いた。
「なるほど……! 他国や悪意ある組織に利用される前に、王家が囲い込むというわけですね」
「そうだ。見つけ次第、直ちに保護しろ。決して手荒な真似はするなよ。
彼らは怯えているはずだ。『王家が保護する』『安全を保証する』と伝えろ。もし抵抗するようなら金貨の袋を見せればいい。金に糸目はつけん。とにかく、こちらの陣営に引き入れるんだ」
「はっ! 直ちに!」
騎士団長が敬礼し、部下たちに目配せをする。
精鋭たちが音もなく廊下へと散っていくのを見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
これはサービス開始直後の今しかできない、最大効率の「人材獲得」だ。
悪いが、世界を救う(ついでに俺が楽をする)ためだ。
手段は選んでいられない。
◇
王城の東棟、王族のプライベートスペースへと続く長い回廊。
そこに勤続三年のメイド、アンナの姿があった。
彼女は真面目で小心者な少女だった。
栗色の髪をきっちりと結い上げ、制服のシワ一つ許さない性格だ。
田舎から出てきて運良く王城勤めという職を得た彼女にとって、この城にある調度品はどれも目がくらむような宝物ばかりだ。
特に、彼女が今磨いている「大壺」は別格だった。
「よし、今日もピカピカ……。陛下がお気に入りの壺だもの、指紋一つ残さないようにしなきゃ」
アンナは愛用の柔らかい布で、壺の表面を丁寧に拭き上げていく。
この壺は「初代皇帝が東方遠征の際に持ち帰った伝説の秘宝」であると、先輩メイドから何度も聞かされていた。
触れるだけで手が震えるような代物だ。
もし落として割ったりでもすれば、首が飛ぶどころか、一族郎党にまで迷惑がかかるかもしれない。
緊張と誇りを胸に、彼女は仕上げの一拭きをした。
そして満足げに顔を上げ、壺全体を眺めた――その時だった。
(……え?)
アンナの手が止まる。
壺のすぐ横に、何かが「浮いて」いた。
青白く発光する、半透明の小さな札のようなもの。
最初は窓からの光の反射かと思った。
しかし、自分が首を動かしても、その札は壺に張り付いたまま動かない。
目を凝らすと、そこにはこの世界の共通語で、信じられない文字が記されていた。
『名称:東方の飾り壺(贋作)』
『制作:3年前の露店』
『価値:銀貨2枚』
『備考:底に「メイド・イン・ウラド」の刻印あり』
「ひっ……!?」
アンナの喉から短い悲鳴が漏れた。
腰が抜け、その場にへたり込む。
持っていた布が手から滑り落ちた。
心臓が早鐘を打っていた。
(が、贋作……? 偽物……? 銀貨2枚……?)
ありえない。
これは国宝だ。
陛下が毎日「うむ、良い艶だ」と撫でている、あの壺だ。
それが、たった銀貨2枚の安物?
しかも3年前の露店?
初代皇帝の時代とは、数百年も計算が合わない。
(私の目が……頭がおかしくなっちゃったの!? それとも悪魔の呪い!?)
アンナは必死に目をこすった。
まぶたの裏に火花が散るほど強く。
だが、目を開けても青い札は消えない。
それどころか、視線を床に向ければ『王城の絨毯:保存状態・良』という文字まで浮かんでくる。
情報の奔流が、彼女のキャパシティを超えていた。
「あああ……」
どうしよう。誰かに言わなきゃ。
でも、こんなことを言ったら「不敬だ」と処罰されるかもしれない。
「頭がおかしい」と解雇されるかもしれない。
いや、下手をすれば地下牢行きだ。
恐怖で涙が滲んでくる。
視界がぼやけるが、文字だけはくっきりと見え続ける。
「おい、そこの者」
突然、背後から低い声をかけられ、アンナは「ひゃうっ!」と奇妙な悲鳴を上げて飛び上がった。
恐る恐る振り返ると、そこには完全武装した近衛騎士が立っていた。
兜の奥から鋭い視線が注がれている。
終わったと、彼女は思った。
不審な挙動を見咎められたのだ。
「き、騎士様……ち、違うんです! 私、何もしてなくて……ただ、目が、変なものが……!」
弁解しようとすればするほど、涙声になり、言葉にならない。
しかし騎士は彼女を捕らえるどころか、その前に片膝をつき、視線の高さを合わせた。
「落ち着け。危害を加えるつもりはない」
「え……?」
「お前、今、何が見えていた? その壺を見て怯えていただろう」
騎士の目は真剣そのものだった。
アンナは震えながら、正直に答えるしかなかった。
嘘をついても、バレる気がしたからだ。
「も、文字が……。この壺が偽物だって……銀貨2枚だって……書いてある札が浮いて見えて……」
「……やはりか」
騎士は深く頷くと、アンナの手を取り、優しく立ち上がらせた。
「立てるか? レオンハルト殿下がお呼びだ」
「で、殿下が!? 私、処刑されるんですか!?」
「違う。お前は『賓客』だ。その目は王家にとって必要なものらしい。……さあ来い。悪いようにはしない」
賓客。
その言葉の響きと現実の乖離に混乱したまま、アンナは騎士にエスコートされて回廊を歩き出した。
振り返った視界の端で、あの壺の上の『贋作』という文字が無情にも青白く輝き続けていた。
◇
一方、その頃。
王都の正門にあたる「南門」の検問所。
ここもまた、別の形の混乱に包まれようとしていた。
門番の兵士トムは欠伸を噛み殺しながら、入城待ちの行列を眺めていた。
今日はやけに人が多い。
王都の中心に黒い穴が出たという噂を聞きつけ、野次馬や、逆に疎開しようとする人々でごった返しているのだ。
日差しの強さと、人々の体臭、そして馬車が巻き上げる砂埃。
全てがトムのやる気を削いでいた。
「はい、次。身分証を見せ――」
惰性で仕事をこなしていた、その時。
トムの視界が、ぐにゃりと歪んだような感覚に襲われた。
目の前に立った、フードを目深に被った小柄な男。
その男の頭上に、真っ赤な文字が浮かび上がったのだ。
『賞金首:人斬りジャック』
『懸賞金:金貨50枚』
『状態:殺意(高)』
「――は?」
トムの思考が凍りついた。
人斬りジャック。
最近、近隣の村で旅人を襲い、十数人を惨殺したとして手配されている凶悪犯だ。
しかし、手配書の人相書きとは似ても似つかない。
目の前の男は地味で、どこにでもいそうな行商人風の男だからだ。
だが、その頭上の文字は禍々しい赤色で明滅している。
トム自身のレベルは見えないが、その文字が放つ威圧感だけで本能が警鐘を鳴らしていた。
勝てない。
この男が剣を抜けば、自分など一瞬で首を飛ばされる。
その事実が、数字という暴力的な説得力を持って、トムの脳髄を殴りつけた。
「おい、どうした? 早く通せよ」
男が低い声で急かす。
トムの足がガタガタと震え始めた。
槍を持つ手が汗で滑る。
目が合ってしまった。
男の目が細められる。
『殺意』という文字が、さらに強く輝いた気がした。
「お、お前……まさか……人斬り……」
恐怖のあまり、口から言葉が漏れ出た。
男の雰囲気が一変する。
フードの下で、獣のような殺気が膨れ上がった。
「……勘のいいガキは嫌いだよ」
男の手が懐のナイフに伸びる。
死ぬ。
トムが目を閉じた、その瞬間。
「確保ぉぉぉぉッ!!」
横合いから飛び出した影が、男を強烈なタックルで吹き飛ばした。
ドゴォォォン! という音と共に、男が地面に叩きつけられる。
現れたのは、全身鎧に身を包んだ王城の騎士だった。
「ぐがぁ……ッ!?」
「手配犯だな? 抵抗すれば斬り捨てる!」
騎士は手慣れた様子で男を拘束し、後ろ手に縛り上げる。
そして、へたり込んでいるトムの方へと向き直った。
「おい、貴様。今の男が犯罪者だとなぜ分かった?」
「え、あ、いや……頭の上に文字が……赤い文字が見えて……」
「そうか。間違いないな」
騎士はニヤリと笑い、トムの肩をバシバシと叩いた。
「でかしたぞ、新入り。その『目』は役に立つ。
レオンハルト殿下が探しておられるのは、まさに貴様のような男だ」
「は、はぁ……?」
死の恐怖から一転、殿下に探されている?
トムは訳がわからないまま、連行されていく凶悪犯と、自分に差し出された騎士の手を交互に見つめた。
◇
こうして王城の「賓客室」には、約三十名の男女が集められた。
兵士、メイド、商人、下町の浮浪児……身分も年齢もバラバラだ。
共通しているのは、全員が落ち着きなく視線を彷徨わせ、怯えきっていること。
豪奢なソファと、テーブルに並べられた最高級の菓子にも手をつけようとしない。
ガチャリ、と扉が開く。
室内の空気が張り詰めた。
入ってきたのは、この国の第三王子レオンハルト――俺だ。
俺は部屋の中を見渡し、彼らの状態を一瞬で確認する。
全員が怯えた目をしている。
それはそうだろう。
突然、わけのわからないものが見えるようになり、騎士に連行されたのだから。
「楽にしてくれ。俺は第三王子のレオンハルトだ」
俺が声をかけると、全員が慌てて平伏しようとする。
俺はそれを手で制した。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。単刀直入に言おう」
俺は部屋の中央に立ち、彼ら一人一人の目を見て言った。
「お前たちは、自分がおかしくなったと思っているな? 幻覚だと、病気だと」
全員がビクリと肩を震わせ、数名が涙ながらに頷いた。
「安心しろ。お前たちは病気じゃない」
俺は努めて穏やかに、しかし力強く告げた。
「その目は『真実』を映しているだけだ。選ばれた者にしか宿らない、国を救う『才能』だ」
その言葉に、彼らが顔を上げる。
病気ではない。才能だ。
その言葉が、どれほど彼らを安心させたか、表情を見ればわかる。
「その力は、どれだけ努力しても、どれだけ金を積んでも、決して手に入らない。今日、この世界に初めて生まれた、運だけで決まる『異能』だ」
そう、このスキルばかりは完全に「運」だ。
王族だろうが、大賢者だろうが、持っていない者は一生持っていない。
逆に言えば、ここにいる彼らは、その奇跡的な確率を勝ち取った「選ばれし者」なのだ。
「だからこそ価値がある。俺が買い取る」
俺が指を鳴らすと、控えていた兵士たちがテーブルの上に重そうな革袋をいくつも置いた。
ジャララッ、と袋の口が開き、中から黄金の輝きが溢れ出す。
金貨の山だ。
一般市民なら一生遊んで暮らせるほどの額が、無造作に積み上げられた。
「条件は一つ。見た情報を、俺の許可なく口外しないこと。それだけで一生、王家が面倒を見る」
その場にいた全員が息を呑んだ。
処刑されると思っていたところに、この待遇だ。
恐怖で凍りついていた彼らの表情が、みるみるうちに歓喜と安堵へと変わっていく。
「や、やります! やらせてください!」
「一生ついていきます、殿下!」
一人が叫ぶと、雪崩を打ったように全員が平伏した。
契約成立だ。
俺は口元を緩めた。
これでこの国の「目」は確保した。
「よし。では、ただちに契約書にサインをしろ。
……さあ、次は全世界への『チュートリアル』の時間だ」
◇
人材確保の完了を確認した後、俺は父王――アレクセイ陛下と共に、王城のバルコニーに立った。
眼下には、王都の広場を埋め尽くさんばかりの民衆が集まっている。
彼らは不安げに空を見上げ、あるいは巨大なゲートの方を指差して、ひそひそと話し合っていた。
陛下がバルコニーの手すりに手をかける。
同時に、王都の四方に設置された巨大な魔道具「魔法拡声器」が起動し、低い唸り声を上げた。
「――全臣民に告ぐ!」
陛下の重厚な声が王都中に響き渡る。
ざわめきが一瞬で消え、静寂が広がった。
「空に現れた大穴、あれは『ゲート』と呼ばれる神の試練である!
だが恐れることはない。神は我々に、試練に打ち勝つための『剣』と『盾』を与え給うた!」
陛下が俺の方を一瞬だけ見て頷いた。
ここからは、俺が教えた通りのセリフだ。
「さあ、皆の者。天に向かって唱えるのだ!
己の魂の形を知るための、聖なる言葉を!
『ステータス・オープン』と!」
一呼吸置いて、民衆の中から一人、二人と声が上がり始めた。
そして、それは瞬く間に広がり、数万人の大合唱となって王都を揺るがした。
「ステータス・オープン!!」
その瞬間だった。
シュンッ、という小気味よい効果音と共に、民衆一人一人の目の前に青白い半透明のウィンドウが出現した。
無数の光が広場を埋め尽くす光景は、まるで星の海を見ているようだった。
「な、なんだこれは!?」
「板が出たぞ! 文字が書いてある!」
「俺の……名前? レベル1?」
驚き、戸惑い、そして興奮。
世界が変わった瞬間だった。
ファンタジー世界が、ゲームシステムという理によって上書きされたのだ。
「ふう……」
バルコニーの陰で、俺は額の汗を拭った。
とりあえず第一段階はクリアだ。
だが、本当の地獄はここからだ。
システムが解禁されれば、当然「あれ」も使えるようになる。
俺は足早に自室へと戻った。
◇
自室に戻った俺は、誰よりも早くベッドに腰掛け、虚空に向かって指を走らせた。
呼び出すのはステータス画面ではない。
メニュー画面の端にある、地球のSNSアイコンに酷似した『交流』タブだ。
「……さて、どうなってるかな」
俺は覚悟を決めて、そのタブをタップした。
瞬間、目の前に流れるタイムライン。
『名称:【X】』
そこには、ネットリテラシーという概念が存在しない世界の、剥き出しの言葉が溢れかえっていた。
『投稿A(北門の騎士):北門なう。暇すぎ。隊長がカツラなのマジうけるw 風で飛びそうw』
『投稿B(武器屋の親父):おい、隣の道具屋のババア、最近愛人とよろしくやってるらしいぞ。店の金使い込んでるってよ』
『投稿C(商工会会長):例の密輸ルート、今日の深夜2時に開通だ。合言葉は「山猫」。関税逃れで大儲けだぜ、グヘヘ』
『投稿D(貴族の令嬢):お父様がまた賄賂もらってた。キモい。ドレス買ってくれたから許すけど』
「…………」
俺の目から光が消えた。
予想はしていた。していたが、これほどとは。
匿名掲示板ですらない。
実名、あるいは所属が特定できる状態で、平然と機密情報や犯罪予告、誹謗中傷が垂れ流されている。
「……予想通りだ。通報機能も、ミュート機能もない。初期仕様の無法地帯だな」
俺は冷ややかな目でタイムラインを見つめた。
前世のSNS黎明期よりも酷い。
彼らは「世界中に発信されている」という自覚がないのだ。
井戸端会議の延長で、全世界に向けて叫んでいるに等しい。
俺はウィンドウの隅々まで確認するが、やはり「削除」ボタンも「管理者権限」も見当たらない。
当然だ。
俺はこの世界の「運営(GM)」ではない。
ただの知識持ちの「プレイヤー」に過ぎないのだから。
デジタルで消すことはできない。
ならば、どうするか?
答えはシンプルだ。
「おい! 近衛兵!」
俺は大声で、部屋の外の兵士を呼んだ。
慌てて入ってきた兵士に、俺はウィンドウを指差しながら(彼には見えないが)氷のような声で命じた。
「今の投稿の発信者を特定しろ。『北門の騎士』と『密輸商人』だ。内容からして、商工会の幹部だろう。
直ちに拘束し、牢にぶち込め」
兵士がポカンとした顔をする。
「は? と、投稿とは……? 拘束の理由は?」
「理由は『国家機密漏洩』および『重大な犯罪の自白』だ! ついでに、その『貴族の令嬢』の家にも査察を入れろ!
デジタルで管理できないなら、物理で管理するまでだ! 急げ!!」
「ははっ!!」
兵士が転がるように部屋を出て行く。
俺は頭を抱えた。
これから毎日、この「バカッター」たちの尻拭いをしなければならないのか。
ダンジョンの攻略どころではない。
このままだと国が内部から崩壊する。
◇
それから数日間、俺は地獄を見た。
SNS監視班を立ち上げ、犯罪自慢や機密漏洩を見つけては物理的に急行して逮捕する。
その繰り返しだ。
おかげで牢屋は満員御礼。
王都の治安は良くなるどころか、恐怖政治のような様相を呈していた。
執務室の机で俺が死んだ魚のような目をしていると、慌ただしい足音が響いてきた。
「殿下! 隣国のシルヴィア王女から早馬の伝令です!」
伝令の兵士が息を切らして飛び込んでくる。
手には王家の封蝋がされた書状。
嫌な予感しかしない。
俺は無言で顎をしゃくり、読み上げるよう促した。
伝令は恐る恐る書状を開き、そして王女の口調を憑依させたかのように甲高い声で読み上げ始めた。
「『レオンハルト! どうなってるの!?
私の城の庭にも、いきなり変なゲートが出現したのよ!
それに、貴国の商人が広めた『ステータス』って呪文を唱えたら、本当に目の前に板が出たじゃない!
国民がパニックよ! 私の侍女なんて『体重がバレる!』って泣き叫んでるわ!
どうせまた貴方の仕業なんでしょ!?
私にも分かりやすく説明しなさい! 今すぐよ! 今すぐこっちに来て説明しなさいよ、このゲームオタク!』」
……最後の一言は余計だ。
俺は深いため息をつき、椅子の背もたれに体重を預けた。
天井のシャンデリアが滲んで見える。
ゲートは世界同時多発。
当然、隣国にも出現している。
そしてステータスの概念も共通だ。
彼女がパニックになって俺に連絡してくるのは、想定の範囲内だった。
「……ああ、やっぱり来やがったか」
俺は呟いた。
国内の「バカッター対策(物理)」だけでも手一杯なのに、隣国のワガママ王女の相手までしなければならないのか。
「返信はどうしますか? 『ただちに伺う』と?」
「馬鹿言え。行けるわけないだろう」
俺は机の上の書類の山――その大半がSNSでの炎上案件の報告書だ――を指差した。
「今は国内の鎮火が最優先だ。シルヴィアには『今は忙しい。とりあえず、ステータスの体重欄は自分にしか見えないから安心しろ、と伝えろ』とだけ返しておけ」
俺の言葉に、伝令と近衛兵たちは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
世界が変わり、常識が覆り、そして俺の胃に穴が開く日々は、まだ始まったばかりだった。
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