第九話 二つの現実
翌朝、ホテルの部屋で目を覚ました神谷諒一は、無造作にテレビのリモコンを取った。
ニュース番組では、政治コメンテーターが熱く語っていた。
しかし、画面に映っていたのは、昨日自分たちが参加した平和イベントではなかった。
トップニュースを飾っていたのは――
「防衛費、ついにGDP比2%に迫る」
政府の次年度予算案において、国防費が過去最大となり、いよいよ“2%”の大台を視野に入れたという。
その数字が、センセーショナルに画面に踊っていた。
ワン大統領が十年前に広島を訪れたとき、あれほど“平和”が叫ばれていたはずだった。
その彼の名を出して、テレビのコメンテーターのひとりが言い放った。
「これはワン大統領の功績に逆行する、大罪とも言える動きです。
“祈りと和解”を掲げておきながら、裏では武器を磨く――そんな国に、未来はないでしょう」
言葉は鋭く、感情に訴える調子だった。
スタジオの空気が重たくなる。
他の出演者たちは、口をつぐんでいた。
神谷は、静かにリモコンに手を伸ばした。
ピッ。
画面が暗くなる。
部屋のなかに、静寂が戻る。
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――平和と、現実。
そのあいだに横たわる亀裂は、思ったよりも深い。
昨日、自分の足で歩いた平和公園。
語り部の声。祖母の記憶。手のひらの冷たさ。
あれらは、確かに“本物”だったはずなのに。
なのに今、メディアが映し出すのは、
数字と議席と、他国の脅威におびえる評論ばかりだ。
神谷は、ソファに深く座り直し、天井を見上げた。
そこには何の映像も言葉もない。
「……なあ、ばあちゃん。
“平和を守る”って、どうすればいいんだろうな」
誰に聞かせるでもない声が、静かな朝の空気に溶けていった。