表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の底  作者: 56号
6/26

第六話 八月の熱


夕方近く、二人は広島駅に降り立った。

西日が傾きかけているというのに、夏の日差しは容赦なく降り注ぎ、アスファルトから立ち上る熱気が肌を刺すようだった。


「うわ……やっぱり、東京より暑い気がしますね」


美也子が思わず額に手をかざしながら言う。

神谷は小さく頷いて、改札を出る足をしばらく止めた。


――あの夏も、こんな風に容赦なかった。


八十年前。

この空に、突然現れた一機の米軍機、エノラ・ゲイ。

そして、何の前触れもなく投下された、“原子力爆弾”。


すべてが、一瞬で変わった。


建物も、街も、人の姿も、

そして未来さえも、容赦なく焼き尽くされた。


――曽祖父と曽祖母も、あの日、命を落とした。


誰の記憶にも、写真にも、ほとんど残っていない。

けれど、自分の中には、確かにその“痕跡”が息づいている気がした。

だからこそ、この街に降り立ったとき、

ただの任務ではない、何か重いものを背負わされているような気がした。


「……行こうか」


神谷はそう言って、美也子とともに予約していたビジネスホテルへと向かった。


**


チェックインを済ませたあとは、荷物を部屋に置き、外に出た。

美也子が「この時間から特養訪問は、さすがに迷惑でしょうから」と言い、神谷もそれに頷いた。


「晩ご飯、どうします?」


「お好み焼きでいい」


「お、広島で“本場”に挑みますか」


美也子が目を輝かせる。

神谷は苦笑した。


――祖母の好物でもあった。


駅から歩いて五分ほど、小さな暖簾の揺れる食堂に入る。

鉄板の前に並ぶカウンター席。

ソースの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「広島焼き、一丁お願いしまーす」


店主が慣れた手つきで鉄板に生地を広げる。


神谷は黙ってその様子を眺めながら、

この地に眠る記憶と、明日会う祖母の顔を、静かに思い浮かべていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ