第六話 八月の熱
夕方近く、二人は広島駅に降り立った。
西日が傾きかけているというのに、夏の日差しは容赦なく降り注ぎ、アスファルトから立ち上る熱気が肌を刺すようだった。
「うわ……やっぱり、東京より暑い気がしますね」
美也子が思わず額に手をかざしながら言う。
神谷は小さく頷いて、改札を出る足をしばらく止めた。
――あの夏も、こんな風に容赦なかった。
八十年前。
この空に、突然現れた一機の米軍機、エノラ・ゲイ。
そして、何の前触れもなく投下された、“原子力爆弾”。
すべてが、一瞬で変わった。
建物も、街も、人の姿も、
そして未来さえも、容赦なく焼き尽くされた。
――曽祖父と曽祖母も、あの日、命を落とした。
誰の記憶にも、写真にも、ほとんど残っていない。
けれど、自分の中には、確かにその“痕跡”が息づいている気がした。
だからこそ、この街に降り立ったとき、
ただの任務ではない、何か重いものを背負わされているような気がした。
「……行こうか」
神谷はそう言って、美也子とともに予約していたビジネスホテルへと向かった。
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チェックインを済ませたあとは、荷物を部屋に置き、外に出た。
美也子が「この時間から特養訪問は、さすがに迷惑でしょうから」と言い、神谷もそれに頷いた。
「晩ご飯、どうします?」
「お好み焼きでいい」
「お、広島で“本場”に挑みますか」
美也子が目を輝かせる。
神谷は苦笑した。
――祖母の好物でもあった。
駅から歩いて五分ほど、小さな暖簾の揺れる食堂に入る。
鉄板の前に並ぶカウンター席。
ソースの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「広島焼き、一丁お願いしまーす」
店主が慣れた手つきで鉄板に生地を広げる。
神谷は黙ってその様子を眺めながら、
この地に眠る記憶と、明日会う祖母の顔を、静かに思い浮かべていた。