第三話 八月の風
その晩のニュースは、どのチャンネルも、リチャード・ワン大統領の広島訪問一色だった。
「歴史的瞬間です」「平和への強いメッセージ」――キャスターたちは口々に称賛の言葉を並べた。
一方で、地方都市のとある市長が、ワンという名前が日本語の“一”に似ていることにこじつけて、
「“ワン(ONE)まんじゅう”なる新名物を開発中です!」と満面の笑みでインタビューに答えていた。
「この話題性を活かして、地域活性化を――」
市長の声が軽やかに響くテレビの画面を、神谷諒一はむすっとした表情で見つめていた。
「くだらねえ」
ぼそりと呟いて、リモコンを押す。画面が真っ暗になると、部屋は一気に静けさに包まれた。
諒一はソファから立ち上がり、窓を開けた。
風呂上がりの火照った体に、夜風が気持ちよく吹き抜ける。
遠くで、虫の声がかすかに聞こえた。
広島。
戦争。
原爆。
黙祷。
それらの言葉が、どこか薄っぺらく、型どおりの儀式のように思えてならなかった。
どれだけ花を手向けようと、黙って頭を垂れようと、それで何が変わるというのか。
そしてなにより――
「俺には、あの夏のことなんて、分からない」
ぽつりと、誰に向けるでもなく呟いた。
それは、自分の無知への苛立ちでもあり、
過去に触れることをどこか恐れている、自分自身への言い訳でもあった。