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第二話 両親との語らい
その夜、早苗は静かに灯りを落とした。
テレビも消して、空調の音だけが微かに響く。
車椅子をそっと移動させ、小さな棚の前に向かう。
それは“仏壇”というにはあまりにささやかで、飾り気のないものだった。
けれど、早苗にとっては、両親と語り合う大切な場所だった。
手を合わせる前に、棚の上に草餅をそっと置く。
父がいつも「これは餅じゃなくて草のごちそうだ」と笑っていたのを思い出す。
その隣に、母が好んだ薄紫の紫陽花を添えた。
いつも庭に咲くたび、母は「この色がいいのよ」と花びらを撫でていたっけ。
両親の遺影はない。ただ、古びた箸と湯呑みが置かれている。
思い出がそこに宿っているようで、それで十分だった。
「おとうさん、おかあさん」
小さく、けれどはっきりと声に出す。
「早苗、がんばって生き抜きました」
手を合わせたその姿は、子どものようでもあり、百年を生きた者のようでもあった。
「……そろそろ、そっち行っても許されるよね」
言葉は、ほとんど息のようだった。
静けさのなかで、紫陽花の影が揺れた。
それは、返事のようでもあった。