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記憶の底  作者: 56号
13/26

第十三話 報告と告白


神谷諒一が、広島での“三者会談”の話を初めて耳にしたのは、帰京した翌日の午後のことだった。


警察庁庁舎、八階。

城山警視の執務室に、園部美也子とともに呼び出された。


「率直に、今回の行事参加の感想を聞かせてくれ」


そう言って城山は、ふたりの前に湯呑みを差し出した。

どこかの老舗の茶葉だろう。立ち上る湯気の香りが仄かに渋く、落ち着いた空気をつくる。


「君たちには、予備知識なしで見て来てほしかった。先入観を持たずに、今の“現場”を肌で感じてきてくれ――そう伝えたつもりだ」


神谷はうなずき、園部と目を交わしたあと、静かに口を開いた。


「……イベントとしては、大成功だったと思います。

 来場者数、報道の扱い、一般の参加意識。どれを取っても、丁寧に構成されていたと感じます」


「ふむ」


城山は頷いたが、その目はまだ何かを待っているようだった。


神谷は、少し間を置いてから、言葉を継いだ。


「しかし――違和感がありました」


「ほう」


城山が湯呑みを静かに置いた。

その動作一つが、空気の張りを増幅させる。


「私は、曽祖父母を広島で亡くしています。

 原爆の“直接の”犠牲者です」


その言葉に、園部も思わず神谷を見た。


「だからこそ、語られる“祈り”には敬意を持っています。

 結城会長の発言も、立場の重みを知っているだけに、強く受け止めました」


神谷は一息つき、視線をまっすぐ城山に向けた。


「……でも、現実には、他国――特に中国の軍拡が、私たちの想像以上に進行しているのもまた事実です。

 その現実を無視した平和論では、私は正直、国民を守れないと感じました」


城山は、長く神谷を見つめていた。

その視線は咎めるものではなかったが、簡単に感情を見せるものでもなかった。


「君は、警察庁の人間として、軍備の増強を肯定するのかね?」


「……私は、現実に対応するべきだと考えます。

 戦争を望むのではなく、戦争を未然に防ぐ力の話です」


「綺麗な言い回しだな」


城山が笑った。

しかし、それは皮肉ではなかった。


「だが、その言い回しが今の日本に最も必要な“冷静さ”かもしれんな」


**


数秒の沈黙が室内を包んだ。


やがて、城山は手元のタブレットを軽く指で弾き、画面を神谷の前に差し出した。


「この“三者会談”の実態について、調査を進めろ。

 内部資料がいくつか上がってきている。正式な命令は出さないが――

 君の判断で、必要だと感じたら動け」


神谷は無言で頷いた。


その表情には、過去に受けた“記憶”と、

今、国家のために下すべき“判断”のはざまで、

確かな決意が宿っていた。



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