お弁当は質より量
「あー、もう、これ業者来るまでに終わるのかなー?」
「終わるかじゃなくて終わらせるんだよ」
「うざ」
一人暮らしには広すぎる一軒家。最寄駅は車で三十分。
運転免許を返納した母の主な移動手段は徒歩かタクシー。もしくは隣町に住む妹が足になることもあったらしい。
俺は進学とともに家を出て車は所持しておらず、ペーパードライバーもいいところだ。
妹が駅まで迎えにきたとき、「タクシー呼ぶからいいのに」と言ったら、「成金うざ」と舌打ちされた。
整理されているようでされていない衣服や食器類、本などを整理する。
軍手は邪魔になって途中で外してしまった。
妹は、「懐かしいー!」やら「お母さん私より細くない?」など、いちいちコメントをつける。
「見てこれ。なんか高そうなもの入ってそう。お母さん一時期トールペイントハマってたよね?」
「トール……?」
妹の手には花柄の箱。「覚えてないの?」と呆れた顔だ。
中には茶封筒や、有名デパートの包み紙、旅行先のパンフレット、壊れたキーホルダーなど。
修学旅行で購入したものだ。外国人客用だと分かるなんともいえないデザイン。
「これ私の手紙! "おかあさん、いつもあさおこしてくれてありがとう"だって。絶対思ってないわー。教科書写しただけじゃない?」
妹は中身を一つずつ取り出していく。
「"三年間ありがとう"。何これ? 字きったな!」
うるさい。これは多分丁寧に書いたほうだ。
筆跡は自分だが覚えはない。しばらくその汚い文字を見つめるうちに思い出すことがあった。
弁当だ。
高校の三年間、最後の日に、家に帰ってから書いた。母が帰ってくる前に弁当箱を洗って手紙ごと棚にしまった。
――今日全部冷凍食品になっちゃった。ごめん。
ふとそんな会話を思い出す。あの頃は冷凍食品か手作りかなんてどうでもよかった。結局購買でパンを追加するくらい、とにかくカロリーが必要な時期で、日々の食事に感謝することもなくて。
妹が俺の背中を二回叩いた。
「私自分の部屋見てくるー」
ふと顔を上げて部屋を見渡す。懐かしい部分もありつつ、自分の家という感じはしない。
俺は俺のままなのに、知らぬ間に全てが変わっている。
妹だって昔は俺が泣いたとき、「泣いてる! キモ」と茶化して母に怒られていたのにな。
「終わったらあとで寿司食いに行こう!」
部屋に向かって叫ぶと、焼肉!と返ってきた。あいつの胃袋元気だな。