ベランダに卒業を告げる
僕・町田泰司は大学生である。
僕には好きな人が存在していた。
その彼女の名前は乃木綺華、この春に社会人2年目を迎える僕よりちょっとだけ年上のお姉さん。
僕は大学の近くにアパートを借りていて、彼女はその隣人だった。
彼女も僕と同じ大学に通っていて、僕が大学2年の時卒業した。
大手製薬会社に勤めているらしく、この前は何故か白衣を着てフフンと自慢してきた。
僕たちは互いの家を行き来できるほどの仲であった。
もっと言えば僕たちは世間一般的に言う『恋人』というもの。
けれど、基本的には夜にベランダを通して話すだけ。
休日に出かけることはたまにあってもひと月に一度くらい。
本当に寂しくなったらどちらかの家に行くのが暗黙のルールだった。
周囲から見たら少し変わった恋をしているのかもしれない。
でも僕達にはそれくらいがちょうど良い、小さい世界の中で二人だけの小さいようでとても大きな愛を育んでいるくらいが。
夕方の黄金色の光がベランダを染める間、僕はいつも決まって外の景色を見る。
ここから見える景色は、日々の変化を感じさせ、時に何か意味を持たせてくれる。
例えば俳句を急に詠んでみたり、あるいは背中を押して勇気をくれたり。
「あれ、綺華さん。今日はもう仕事終わり?」
ふと隣を見ると彼女がいた。
彼女の立ち姿は今日も美しく、風でたまに靡く髪が輝いていた。
「うん、そうよ」
彼女はあまり多くを語らないタイプだった。
仕事の話はあまりしないし、愚痴も殆ど言わない。
どちらかと言われれば僕もそういうタイプだったから、似たような彼女に惹かれた面はあるかもしれない。
「そっか。ところでなんだけど、今日はちょっと話したいことがあってさ。僕の部屋においでよ」
ここから見える景色は、日々の変化を感じさせ、時には勇気も与えてくれる。
例えば、自分や相手の人生を大きく変える告白はまさにそう。
「なんだろう、気になる。準備したら行くわね」
きっと彼女は理解していた。
僕の声の震えに何が込められているのか。
それを悟られないようにいたずらな顔をする彼女は優しい。
準備を終えて僕の部屋に来た彼女はいつも部屋に来る時よりお洒落をしていて、落ち着かない様子。
彼女が部屋に入ってくると同時に右手に光る指輪を持って僕は言った。
「これからは、同じベランダから同じ景色を見よう」
ここから見える景色は、日々の変化を感じさせ、時には愛を教えてくれる。
例えば今、僕と彼女の愛が再び育まれるとか。