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元魔法少女リレイヤはラーメン屋台でキミを待つ

作者: 水白ウミウ

「ニャ~ァ、ニャ……にゃん。ここニャン、今日はこの場所がいいニャン」

 

 取っ手から飛び降りた一匹のフサフサ毛の白猫は、幼げな少年の様な声を発する。


「今日こそは面倒事に巻き込まれない場所だといいのだけれど?」


 その問いには答える事は無く屋台の屋根に飛び乗り喉をゴロゴロと鳴らす仕草は、正に猫らしいと言うべきか在りし日の姿のままか。

 だがひとまず開店の場所は決まった。

 掴んでいた取っ手を下ろしては、転がっていた小石を車輪に挟み固定、折り畳まれていた暖簾を広げ屋台ラーメン屋の開店準備に取りかかる。


元No.1 魔法少女【リレイヤ】にて、神出鬼没の屋台ラーメン店主である如月東子きさらぎとうこの長い一日の始まりだ。

 


一人での営業準備は大変だ。

 椅子や食器類の設備の準備は元より、スープや麺にチャーシューなど屋台ラーメンだからと手は抜かない、完璧を目指す性格な東子。

 

 ズズっとスープを味見。  


「……もう少し煮込みが必要かしら」


お玉をマイクの様に握ってしおらしい笑みを浮かべる東子に応答する様に『ニャア』と屋台の上の白猫が鳴く。当たり前となった光景、変わらぬ繰り返しの日々。


屋台の柱に掛けられた古びた振り子時計は11時を指し年期を感じるベルの音を鳴らす。


「じゃぁ今日も頑張って行くわよ、お~~」


 一人胸の前に突き出した握りこぶしを、快晴晴れ渡る青いへと掲げ気合いを入れるのであった。



 それから程なくし現れた顔見知りに、あえて不機嫌そうな顔で出迎えることとなる。

 

「よう、リレイヤ。フィーナ様が来てやったぜ、嬉しいだろ?」

「お客さんだったら誰でも嬉しいわ。でもそのリレイヤって呼ぶのはほーんっとに、辞めてくれない?」

「はっはは、そんなマジな目で睨むなよ」 


 現れたのは元魔法少女にして、元同じ事務所のフィーナ(本名『朝霞美月(あさぎりみつき)』)であった。


 当時は絹のように滑らかで艶めく金髪ツンデレ美少女という完成された魔法少女でファンから人気が高かった彼女だが、今ではすっかりショートボブで少しだらしなく前髪が跳ねている黒髪姉貴さんと言うのが相応しい。

 当時のファンが今の彼女の姿を見たらどう思うかと東子は思った。だが磨き上げたガラスコップにぼんやり映る自分、家にあった適当なゴムで髪をまとめ汗まみれのシャツ姿、その言葉は押しとどめた。

  

『いつまでも魔法少女ではいられない』



「どうした東子? ボーッとして、早くお冷やくれよ?」

「えっ……ああ、ごめんなさい。今用意するわね」


神出鬼没のこの屋台ラーメン。当然ながら出店場所を連絡していないのだが、朝霞は開店直後に現れては3つの席には座わらず、左端のテーブルに寄りかかり立ち食いするのが彼女の定番の食事スタイル。

 屋台ラーメンである為に品数は少ないながら、塩と醤油と味噌の三種の味『今日はどれにする?』と東子は尋ねようと伝票片手にした時。 


「ニャ~~ン。今日の迷えるお客さんが来たようだね」


 二人の頭上、屋根の上の白猫がつぶやいた。

 朝霞は僅かにニヤリと笑みを浮かべたが、東子は気づかないふりをしてスープの入った寸胴をお玉で混ぜるのを再開する。


 

「……ここ。こちらの席で3人……よろしいですか?」


 ふわりと音をたてずに地上に降り立つ3人。

 女子グループで年長と思われる女の子が少しぎこちない声で店主である東子に向かって尋ねた。だが返事したのは朝霞だった。


「ああ俺は構わないぜ、ラーメンは立ち食いに限るからなぁ!」


 アンタは落ち着いて座ってられないだけでしょ……と喉元まで出かけたが、今更彼女にそう言ったところでとまた押しとどめる。


「ゴホンっ。あーえっと、そう言うことなので遠慮無くそちらの席にどうぞ」


 東子も自信が愛そう良いとは思っていない、ましてや初見のお客など話を為べきか本気で悩みながら接客をするのが日課。そんな性格をよく知る朝霞は、時には注文を取ったり食べ終わった食器を片付けたりもする。


 だが今日はその必要はなかった。知り合いではない、だが良く知る三人組だと気づいたから。


 

「ご注文は何にします? と言っても特製醤油ラーメンか味噌か、あとは……」

「えっと……私は……味噌で」

「僕は勿論醤油ラーメンで!!」


 眼鏡を掛けた静かそうな外見の少女だが大人びた美声、もう一人は日差しで煌めく金髪の活発そうな見た目とは裏腹に青く静かな瞳の少女。 

 彼女の名は十歳で去年デビューした現魔法少女の恵令奈(エレナ)亞里亞(アリア)の三姉妹。

 となればもう一人、グループのリーダーとして姉妹を率いる十三歳にして全世代トップの討伐数を誇り注目のエース魔法少女愛瑠華(メルカ)で間違いない。


 世間で今最も注目され、息の取れた連携と強力な魔法で人々を襲い喰らう空飛ぶ化け物を最も殺す……人々を救う使命をこなす魔法少女の三人。


 今では化け物に恐怖し恐れ悲しむ人々を鼓舞し癒やすための歌い、ダンスするある種のアイドルでもある。唯一叶えたい望みの為に命を賭けるのだ。


東子の脳裏にかつての記憶がよぎった。



「如月東子。魔法少女リレイヤ、私は貴方を絶対に許さない」


唐突な物言いに我に返り、思わず手を止める。

 

「うへ。最近の後輩は物騒な物言いをするんだな。魔法少女は夢を売る仕事でもあるんだぜ? イメージ戦略があってなーー」


半笑いで茶化すように朝霞は愛瑠華に言葉を投げつける。

だが愛瑠華は朝霞の言葉には微動だにする事無く、スープを混ぜ背を向く東子をにらみつけて皆黙り込む。


 重い沈黙を破ったのも愛瑠華。


「初の魔法少女として鮮烈デビューして、圧倒的な力で化け物を倒す姿に私は憧れ、貴方と同じ魔法少女になりたいと努力し、魔法少女になった……」

「なのに、なのに……どうして急に引退なんて!!」


 両手で屋台のテーブル部分を叩く。後輩の二人は同じように怒るでもなく、慌てるでもなく二人の間を見つめる。二人も言いたい事があるのだろうか。

 エース魔法少女とはいえ初対面で罵倒されるのは理不尽で失礼極まりないだろう、追い返しても良かったのだが。


 東子はこんな日が来ることは予想していた。

それを批判する権利が今の彼女に達にはあるのだと。

 


「スープの準備が出来るまで、少し昔話をしてあげる……」


 視線を合わせる事無く東子は寸胴を大きなお玉でかき回しながら、澄んだ青空に視線をあげた。

 成功と挫折の記憶。

 

 

 記録を遡れば、今から五〇年程前とも記される昔のこと。ある日突然に空にずんぐり丸く長く薄赤い生き物とも飛行船とも思える存在が三匹現れた。

最初こそ人々は驚き指を指し見上げていたが、風に流れる綿雲よりもゆっくり遅いソレに半月もたたぬうち驚く者はおろか、当たり前光景と考えるようになっていた。


おとぎ話の可愛い動物と誰かが言った。


本当にそうならどれ程良かったのかーー


 

「ブオオオオ」


 突如、ソレの一匹は鳴き声と呼吸音とも言えぬ重低音を一帯に響かせ建物や人々を振動で震えさせた。

 ガラスは割れ、地震かと思わせる程地面をも震わせた。

 

「雲を……食べている」


その様子を見ていた一人の男が言った。

 凄まじい勢いで一番小ぶりのソレが前方一帯の綿雲を吸い込み、ゆっくり体を左右に振れば竜巻に吸い込まれるように回転しながら跡形もなく雲は消し去られた。

 軽い物は間違って吸い込まれるのも想像に容易い。

この時初めてソレには口があり、目があり、鼻があり、足が生え、そして意志を持つ化け物だと人々に知らしめた

 


 街からは悲鳴が上がった、人々は逃げ惑い建物に逃げこむ、間もなくして世間一般に知れ渡る事になり時の政府が対応に追われた。

 遡ればその事態の少し前、不可思議な力を扱える者が誕生し始めていた。人の子として生まれながら魔法と呼ばれる力を持った子供。

 

 物心を持つ頃には空を飛び、拳で岩を砕き、炎を放ち、闇を消し去る力を得る。彼らは研究者から魔法使いと呼ばれ、その特別な力を管理されていた。ほどなく、国家機関に率いられ化け物を退治に駆り出される事となった。


 化け物と魔法使い達の戦いは始まった。


 

 一度一帯で雲を食べれば、半年はその地域に雨雲は生まれず、通過する台風ですら忽然と姿を消す。雨が降らず作物は枯れ、更に異常な日照りで外を歩く事も困難に。化け物は雲を食べると言うより、自然現象そのものを書き換えていると結論づけられた。


魔法使い達はそれを阻止すべく、鍛錬した魔術によって化け物と正面から対峙し戦った。


 だが戦況は決して楽観できるものはなかった。地上からでも分かる大きさは、圧倒的な体格差を生み力と見た目以上の頑丈さで魔法による攻撃でも致命打は困難を極めた。

化け物の攻撃と言えば、雲ごと吸い込み丸呑みにする。逆に息を吐き出す際に、雨雲の水分が結晶化した氷の塊を散弾のように放つ事それだけ。


 しかし黎明期の魔法使い達は高度な魔法魔術も使えない状態で、死力を尽くした彼らには残酷な現実が待っていた。


 それでも魔法使い達の決死の奮闘と多数の犠牲を持ち、膠着状態を維持したまま数十年の時が流れ得た。



 それは前触れも無く現れた。今より十年と少し前、ついにこの戦況を変える希望……いや、新たな敵と共に妖精と呼ばれる存在が現れた。


「やっと見つけた。キミには才能があるよ。キミに魔法少女の力をあげる。その代わりあの化け物を沢山沢山殺して欲しい。殺した分だけ、君の大きな願いを叶えるから」

 

 フワフワとした白い綿毛でぬいぐるみのような愛らしい蒼い瞳、紅く輝くペンダントを首に掛けた猫にも狐にも見える四足歩行する獣。ベッドの上で布団を被り恐怖に震えた東子の目の前に突如出現しのだ。

 

「言葉にしなくても分かるよ。キミはホントは家族を、友達を、街の人を、あの化け物に苦しむ全ての人を助けたいんだ」

「さあボクの手を取って、このペンダントを首にかけて、魔法少女になろう、ボクと一緒に化け物を倒そう!!」



何故あの時、一瞬で素直に状況を理解し受け入れたのは分からない。しかし考える間もなく、導かれるようにして私は手を伸ばした。

 始まりの魔法少女、創世の魔法少女、初代魔法少女……後に色々な呼ばれ方をすることになる運命の瞬間。


『魔法少女リレイヤ』はここに誕生した。

 


魔法少女の一人の力は魔法使い数人、いや数十に匹敵する戦力となった。強力な攻撃魔法で化け物を殲滅、攻撃を正面から受け止められる防御力は変身した衣装によるもだと戦闘中、少女の肩に乗った妖精は言った。


 それでも時をまた同じくして化け物は数を増やすだけでなく、全身が黒い剛毛に覆われた個体が出現し始める。妖精はそれらを亜種と呼び、魔法少女は亜種と原種は魔法使いで分担して退治していく事になった。

一人で亜種と戦うのは恐ろしく孤独だった。友達や街の人々を守りたい一心で戦い続け、何匹も何匹も殺し血の雨を地上に降らせた。

 願いを叶えるその日のために、けれども……


「もう……限界だよ……ごめん、みんな……」


 何体倒したのだろうか?


 来る日も来る日も、殺しても殺したのに。

 それは湧き続ける綿雲の様に突然現れる化け物。すぐ隣で励ます妖精の声も聞こえなくなる程に体も心も、魔法少女の衣装もボロボロになって、最後の糸が切れ目の前が真っ暗になったーー


『魔法少女は一人じゃない、皆でこの街を救って笑うんだ。俺たち魔法少女も!!』誰かの為に戦う為だけの私には無い、それが魔法少女フィーナの変身名乗りだった。


 

「そこで俺の出番という訳だ!!」

  

待ってましたとばかりに得意げな聞き覚えのある声で虚ろに昔話にふけっていた自分を取り戻す東子。


「はいはい、そうね」」



 いつの間にかスープを混ぜていた手が止まっている事に気づきもせず。慌てて火加減を調整して事なきをえる。味見をすればちょうど良い加減。丼を用意し麺二人前分をそれぞれてぼおに入れ熱湯に浸し茹でる。

 

「確かに……大変……だったのは認めますけど。でもッ、やっぱりあんな途中で投げ出して引退するなんて無責任過ぎるじゃないですか‼」

「メルカ姉さん、落ち着いて。そんな事を言いに来た訳じゃないでしょ」


メルカの直ぐ左に座るアリアは肩を押さえつけて落ち着かせようとする。グループ中では次女の役割で二人の間を取り持ちサポートする献身的姿勢に男性ファンならず年下女性からの声援も熱い。

 もう一人の末っ子エレナ、普段物静かなイメージが定着している眼鏡っ子。二人のファンに比べれば目立たないが、静かに熱狂するファンが多い子。


 イメージ通り静かに二人の様子を見ていたが、ふと何か思い出すように指折り数えると思えば東子の姿を見つめた。


「やれやれ、お前のファンて初めっから拗らせた偏屈なファンが多いよな~ははッ」

「ファンてこの子達が、私の?」

  

魔法少女デビュー当時こそ化け物を倒す仕事人のイメージだったが、今やその容姿可愛さに魔法少女達はアイドルとなり歌って踊る、皆の心を癒やす存在。


 東子にも引退前には、喜んで笑って悲しんで泣いてくれるファンが大勢いた……。


「ファンだろ、どう見ても?」

「だからさ、もう良いんじゃねぇか? 引退の真実を言ったて、もう誰もお前を責めることなんてーー」

 「私は望まない」


 並べた丼に醤油ダレと味噌だれをそれぞれ入れ、茹で上がった麺を激しく丁寧に湯切りする仕草は何時にもまして力が籠もっているのを感じた朝霞。


「私はたとえどう理由があったとしても、願いも叶える事も出来ず化け物が街で暴れている最中に魔法少女フィーナを辞めた自分を許すことは出来ないの」

「同時に私は私の出来ること全力で戦ったの。誇りはある、真実を知って哀れみの目で見られるのは嫌」


 誰かが間違っている訳では無い。重苦しい空気が流れた。


 再び動き出したのは東子の湯切りした麺を丼に移した時だった。温かな麺がタレとふれ醤油と味噌の香りが立ち上がある。そこに熱々の黄金色のスープが注がれ、麺を菜箸で優しく解きほぐされる。


「ごめん……なさい。何も知らないくせに、憧れの先輩に会って……ただ励まして貰いたかっただけ……ううっ」


目一杯涙を溜めて、堪えきれずこぼれ落ちた一滴。堰を切ったように大粒の涙が屋台のテーブルをぬらす。

それまでしっかりと目を合わせようとしなかった東子だが、顔を上げたまま泣き崩れたメルカに慌てふためく。

 

「えッ? あ、そッそうよね。ごめん、ごめんなさい‼」

「あーああ、東子ちゃん泣かしてやんの~~ぉ。ファン泣かすとかひっど~くふふッ」

「ちょッ、茶化すのやめなさいよフィーナ‼‼ あーもう、悪かったわー大人げなかった、だから泣くのはやめて」


 思わず昔の魔法少女時代の呼び捨てが出てしまう。フィーナは氷水の入ったコップをゆらゆら回し、ニヤニヤと悪ガキのような馬鹿にした風で東子を見る。


「あーの。先輩さん」


 それまで考え黙り込んでいたエレナが挙手しながら発する。

 

「最近僕たちちょっとした失敗続きで、だから先輩達にアドバイスを、話聞いて欲しくてここ調べて」

 

 ポケットから取り出たスマホで何か操作すると、画面を東子と朝霞に向けて突き出す。

『伝説の魔法少女リレイヤ、屋台ラーメン屋を始める!?』と動画サイトに人気動画ランキング上位に食い込んで表示されていた。もっとも噂で信じている人が少ない表れなのか、動画のコメントには批判的、『悪い!』ボタンの方が多く押されていた。



 十分余りの動画を食い入る見てしまった東子は冷や汗が止まらなかった。


「何コレ特定……こっわ」


亜種の化け物と対峙しても恐怖して顔を歪める事が殆ど見たことが無い朝霞が、マジ顔でドン引きしながら声を震わせていた。


「分かった、分かったからエレナちゃんそれ……仕舞ってもらえる」


正直隠しているつもりは無かった東子だが、まさか自分と自分の店がネットの噂になっているとは思いもせず。現代のネットの怖さと、今こうしてラーメン屋台の店主をしている自分がファンのイメージからかけ離れていることに一抹の申し訳なさを感じた。

 だけど食べて暮らしていく為には仕方が無いじゃない……心の中で呟いたのは秘密だが。

 


 そうこうしている間にアリアとエレナの分の味噌ラーメン・醤油ラーメンが完成した。

 食欲をそそる香り、小さいけれど時間をかけて口の中で柔らかく溶けるチャーシュー、新鮮な刻んだ青ネギに特製メンマ。元魔法少女が作ったとは言わせない、研究を重ね妥協を許さない最高の一杯の屋台ラーメンがここに。

 

 後はもはや言葉はいらなかった。アリアとエレナは目の前のラーメンを夢中で啜った。

 

じゅるり。

 二人の姿と臭いに感化されたメルカは大きくつばを飲んだ。

 

「で、二人のご注文は?」


 腰に手を当てた東子がそう尋ねようとした時。嫌な予感を察知する東子。


「つまり分かった。そういことか」


 一人わざとらしくコクコク頭を上下に振って見せる朝霞。その様子にメルカと東子の頭の上にはクエスチョンマーク。


「裏メニュー、数量限定超特製豚骨マシマシラーメン……2人前で!!」

「そんなのメニュー表には……」

  

憧れの先輩のラーメン屋に行くと言うだけに、ラーメンだけでなくサイドメニューや付け合わせも完璧に調べてきた。だからそんなメニューは無いはずだと。


「勿論あるよな開店直後だし? そっちの二人も二杯目、食うよな? 最高に旨いぜ。あぁ、安心しろよこの魔法少女フィーナ先輩の奢りだから、なッ‼ はははッ」

「うん、うん!! (x2)」


今日一番の笑みは、まがうこと無く魔法少女にしてアイドルの見せるフレッシュな笑顔それだった。

 

「馬鹿じゃないの、元でしょ。元。何年前の話をしてるのよッ」

「あーもう、分かったわよ。今日は特別お客様感謝……ファン感謝デーで私の奢りよ奢り」

「私のファンなんだから‼ 私から奪うな」


 他の具材や麺は同じ。けれども特別な豚骨出汁から作ったスープの入った小さな寸胴を目のつかないようにテーブルの下から取り出し、コンロへと運び乗せて火をつける。


『最高の一杯は自分の為に』


 まだこのラーメン屋台を始めて一年ほどだけれど、自惚れする美味しさは確か。師匠から教わったレシピで作ったこのラーメンは、こっそりまかないで自分が食べるようにと少量。

 まさか美月にバレていたなんて、化け物みたいな嗅覚だと口にはしないが鼻っ面を見て思う東子。


「いいかしら、貴方たち覚悟して食べなさい」

「はーい」


 一同全員、両手を挙手。 もはや極めたラーメンに語らずに及ばず、スープ一滴残らず4人全員残さず平らげたのは言うまでも無かった。


「な……なんですか、これ。力が魔力が……漲ります‼」


 三女のエレナは小さな声でぶつぶつ独り言のように呟いていたが、そっとしておく。

 

 

「ん~~食った食った。じゃあ期待の新星、お前ら街の皆の為にしっかり働けよ」

「腹が減ったらいつーでもっ、来ればラーメンおごってやるからな‼ あっ、勿論リレイヤがな?」

「あっ大丈夫です。これでも私たち、沢山稼げてますから」

「……次は僕、大盛りで!」 

 

 最後にそんなしょうもないやり取りを美月とアリア・エレナとが交わし、エレナと言えば最後はすっかり打ち解けて東子の昔話に興味津々。頬を紅潮させ興奮気味に質問を浴びせていた。

 去りぎわ三人は名残惜しそうに頭上の暖簾をくぐるように席を立ち、さながら推しのアイドルに対して恥ずかしそうに小さく振ってラーメン屋台を後に飛び去っていった。


「頑張りなさい、後輩」

 

 

その直後、化け物襲来を警戒する放送が街に響き渡り、偶然か察したのかにも彼女達の飛び去った方向であった。

 警報が鳴り響くなか、遠く街の外れの青空を見上げる東子に朝霞は問いかける。どうしてもリレイヤ引退の真実を。


 沈黙の後、白い歯をニカッとみせ苦笑いをみせる。


「バカ。言えるわけ無いでしょ。三歳年齢鯖読みしてて、魔法少女の制限年齢に引っかかって引退……なんて」


 魔法『少女』は少女である、当たり前ではある。魔法少女には年齢制限が存在する。

 上限は一八歳でありこれは妖精曰く変身できる上限であり絶対。一方で下限の年齢に関しては当初初の魔法少女であった東子にはそれまでの魔法使いの年齢要綱が適用され八歳からとされた。


 だが魔法少女は幼い方が適正が高く、東子に妖精が出会ったのが五歳であったため国家魔法管理局は例外として認めた。だが年齢を三歳詐称(鯖読み)させる事を条件としてのは、諸々の批判を回避、大人の事情を考慮してのことでった。

幸いにして魔法少女の魔法には容姿をごまかせる高度な魔術が存在し、東子はその魔術を駆使してデビューしたのであったがーー

 

 それは結果的に、公表年齢一八歳(実年齢一五歳)で引退というメルカが抱いた不可解な事態を引き起こす事となった。

それこそが東子が隠しておきたい真実であり、同級生で幼なじみであった朝霞だけが密かに知る真実でもあった。



「まあ仕方ないのよ。私の叶えたい願いがもっと小さくて、もっと多くの化け物を倒せてたら……」

「……もっと早く、一八歳を迎える前に魔法少女を引退出来ていたのだから」


そう言うと東子は屋台の中に戻り、通常のスープが入った寸胴をお玉でかき混ぜ始める。


「確かに彼奴らには関係の無いことか……うん、そうだな。これは俺とリレイヤだけの秘密だ! ははッ」


 お気楽そうに笑う朝霞の笑顔が羨ましく思えたが、彼女には彼女の秘めた苦労があるのだろうと想像してしまう。


「やっぱりバラせばスッキリしたかしらね」

「なんだよー。いいじゃんかー俺たちだけの秘密」


朝霞はだだをこねる子供に要に、ジタバタ足や手を動かす。

 面倒臭い幼なじみだと思う。けれどもお互いの素をさらけ出せるこの関係が魔法少女を引退してもなお続く事に嬉しさを感じているのは美月には絶対に秘密。


願わくば何時までもこの関係性が続き、今この瞬間も街の平和のために戦う魔法少女達が、どうか無事であると願う。


 

「じゃあ、俺もそろそろ行くわ」

「あっ、そういえばあの裏メニューの超特製豚骨マシマシラーメンの材料ってーー」

「ほら早く行きなさい、行けフィーナ!」

 

  渋々促されて飛び立つフィーナこと朝霞美月。

 またそのうちひょっこり顔を出すに違いない、それまでにはまた準備しておかなければと。 

 騒がしかった屋台に風の音と警報音だけが慌ただしく吹き抜ける。


 

「ニャア~」


それまで鳴き声一つあげず、気配を殺していたのかと思うほど静かだった看板猫のシロシロ。屋根から道路に飛び降りて東子の足下へすり寄り、そのフワフワ毛をなすりつけ

甘えてくる。


今ではすっかり猫が板についた様子。

  

「いや本当にキミの周りには愉快な魔法少女達が集まるね。ボク的には本当に謝罪し無ければいけない事が沢山あるけど、同時に沢山感謝をしないとね。でもこうしてみると 他の妖精に任せて僕も引退して良かったよ、本当だよ?」


「我慢してから良くしゃべるわね」


 優しく抱きかかえ胸元に抱きかかえ、喉元を優しく撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らす。

 魔法少女だったときは無理難題を命令されたこともあったし、他の魔法少女になついている姿を見たときは嫉妬したことも思い出す。


あの時なら想像もつかない、元魔法少女と元妖精の穏やかな日常。でも確実に空を見上げ、耳に入る警報はあの頃のまま。

  

「にゃ、にゃにゃん!」


 腕の中でくつろいでいたシロシロが突然右前足をピンと伸ばして北東の方角を指す。同時に警報音も鳴り止む。

   

「さっきの3人組、無事に倒したみたいだ。そろそろ血の雨が降る。急ごうトウコ、新鮮であれば新鮮なほどいい出汁が取れるからね!」

「シロシロも新鮮な方が好きだももね」

「ニャ~~」


腕から器用に東子の肩に飛び乗ったシロシロはペロリと首筋をなめる。頭を撫でて答えてあげる姿は、端から見ればペットに溺愛する飼い主の姿そのものだ。

 屋台の片隅に置かれたステッキ。柄は所々傷や色が褪せて、先端につけられた魔法石は歴戦の戦いの中でカケさえしているが。彼女にとって魔法少女だったその証しは今もなお大事な宝物であり、大部分の力を失った今でも空を舞うために大切な相棒として。

 

「落ちないでよ、全力でいくわ!!」


 ステッキに跨がるといなや、フワリとシロシロを乗せて浮きガッタと思えば、青空を突き刺す勢いで飛び立つ。空を飛ぶのは得意、あの頃も決して誰も横に並ばせない最速の魔法少女の異名も未だ健在。


現魔法少女達が倒し切り刻んだ化け物の残骸の元へと、元魔法少女リレイヤは飛び向かうのであった。


 

 魔法少女を引退した者の多くは、普通の社会へと戻り普通人生を過ごす。願いを叶えた者、叶える事が出来無かった者、どちらにせよ生きている者は、生きていかなけらばならない。


 しかし中には完全に失われない魔力、未だ使える魔術をもって、魔法使いとして生き暮らしていく者がいる。彼らを知る者は彼女達を『魔女』と畏怖と哀愁を込めて呼ぶ。

魔法に縋らなければ生きられない者を呼ぶ名。


 何時の日か彼女にかかった魔法が切れ、普通の『女の子』となる時は、まだも少し先なのかも知れない。

 その日が来るまで、彼女と一匹は空を飛び、神出鬼没の屋台ラーメンを営むことであろう。

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