樹里ちゃん、亀島馨と再会する
御徒町樹里は居酒屋と喫茶店と新聞販売所と探偵事務所で働くメイドです。
もうすぐアメリカから財界の実力者である五反田六郎氏が帰国します。
樹里は五反田邸のメイドに戻り、居酒屋も喫茶店も新聞販売所も探偵事務所も辞める事になります。
「た、探偵事務所も?」
それを知った樹里の夫の杉下左京は酷く狼狽しました。
「ありささんがついてますよ、左京さん」
樹里は笑顔全開で言いました。
「だから余計不安なんだよ」
左京は涙ぐみます。
「行って来ます」
左京は項垂れたまま、アパートを出ました。
「行ってらっしゃいませ」
樹里は習慣で深々とお辞儀をします。
左京の車が見えなくなってから、樹里は部屋に戻りました。
「樹里さん」
その時、アパートの陰から声をかけた男がいました。
「はい?」
樹里はその男を見ました。
男は見るからに不潔で、髪は伸び放題、髭は生やし放題。
でも決して六郎という名前ではありません。
「ご無沙汰してます、亀島です」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で言いました。
樹里は亀島を部屋に入れ、お茶を出しました。
亀島は俯いたままで、ポツポツと語り始めました。
「あの後、警察の前まで行ったのですが、どうしてもそれ以上進めずに今日まで来てしまいました」
「そうなんですか。私は仕事があるので、これで出かけますが、亀島さんはどうしますか?」
樹里が笑顔で尋ねます。亀島は唖然としました。
(つ、冷たい。話を聞いてくれないのか?)
亀島は思わず涙ぐみました。
「亀島さん?」
樹里がニコッとして顔を覗き込んだので、亀島はハッと我に返りました。
「し、失礼します!」
彼は靴を履き損ねたまま、部屋を飛び出して行きました。
(私はどこまで甘えた人間なんだ。樹里さんに一度は助けてもらったのに……)
亀島は泣きながら走りました。
外は雪がちらついています。
「亀ちゃん」
誰かが亀島を呼びました。
「え?」
涙を拭って顔を上げると、そこにはOL姿のドロントがいました。
「また一緒に仕事する?」
亀島は気持ちが揺れます。
「どうする?」
ドロントが優しく微笑みます。
亀島は迷いました。なかなか結論が出せません。
「亀ちゃん、寒いんだから、早く決めてよ!」
ドロントは震えながら言います。
亀島はドロントを見て口を開きました。
「もう、一緒には仕事はしません。今日でケリをつけます」
「そう。わかった」
そう言うと、ドロントはスッと消えました。
「今度こそ、警察に行こう」
亀島は雪の降りしきる中、また歩き出しました。
樹里はアパートを出て喫茶店に行きました。
すると親友の船越なぎさが現れました。
「ねえ樹里、今日で終わりって本当?」
「ええ、本当ですよ」
樹里は笑顔全開で答えます。
「そんな事、私聞いてないよ」
なぎさは怒ります。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
「いつも私だけ何も知らないんだもん、つまんない」
なぎさは剥れました。
「そうなんですか、申し訳ありません」
樹里は深々と頭を下げました。
「コーヒー飲み放題は本日で終わりです」
樹里は笑顔で言い添えます。
「今日はコーヒーの気分じゃないのよね。また明日来るね」
なぎさは理解したのかどうかわからない笑顔で帰って行きました。
「またのお越しを」
樹里は深々とお辞儀をしました。
左京は、樹里に言われた事がショックで、事務所の椅子に座って項垂れています。
「ああん、左京ったら、元気出してえ」
ありさが後ろから抱きつきます。
「鬱陶しいよ!」
左京はありさを跳ね除けます。
「事務所畳もうかなあ……」
「何言ってるのよお。だめよお、そんな事したら、ありさが可哀想じゃない?」
ありさはそれでもしつこくまとわりつきます。
「こんな繁盛してない事務所なんてサッサと畳んで、警視庁に復帰しなさいよ、左京」
いきなり、ドロント特捜班の神戸蘭警部が現れました。
「お前、いつの間に……」
左京が唖然とする中、蘭はツカツカとソファに近づいて座り、
「その方が、樹里も楽ができるんじゃない?」
左京は蘭の指摘にギクッとします。
(今の俺は、樹里に負担をかけているのか?)
「左京が復帰するなら、私も復帰するう」
ありさが言いました。すると蘭は白い目でありさを見て、
「あんたの居場所はないわよ」
と言い、事務所を出て行きます。
「考えといて、左京」
ありさが追いかけます。
「蘭、冷たいわよお。私も復帰させてえ」
ありさは出て行ってしまいました。
「どいつもこいつも……」
呆れる左京です。
(でも、樹里のことを考えると、その方がいいのかも知れない)
左京は思いました。
その頃、亀島は、ある警察署の前でまだ迷っていました。
「ううう……」
そして結局、
「ううう!」
とその場から走り去る亀島でした。
めでたし、めでたし。