樹里ちゃん、左京の代わりに探偵する?
御徒町樹里は、居酒屋と喫茶店と新聞販売所で働くメイドです。
ついでに夫である杉下左京の探偵事務所の所員も勤めています。
しかも、主に事件を解決しているのは樹里です。
「ふう」
探偵事務所の所長の席で、左京は頬杖を突き、その上溜息まで吐いています。
「どうしたのよ、左京? 浮かない顔して」
時々活躍する事もあるダメ所員の宮部ありさが尋ねます。
「俺、探偵に向いていないのかな?」
左京はボンヤリとした顔で言います。
「はあ? 今更何言ってるのよ? 向いていると思ったから、公務員辞めて開業したんでしょ?」
ありさは呆れ顔で言います。左京はまた溜息を吐き、
「そう思ったんだけどさあ。事件を解決した記憶がない」
「確かにね」
ありさは容赦なく同意します。所謂「禿同」です。
「うう……」
左京は机に顔を埋めて自分の才能のなさを嘆きます。
「ああん、左京、可哀想」
追い討ちをかけたくせに、そんな事はすっかり忘れて、左京に後ろから抱きつくありさです。
「今からでも遅くないわ。私とやり直しましょう」
「はあ?」
ありさの発言に思わず左京は起き上がり、ありさを振り払います。
「何でお前とやり直さなくちゃならないんだよ!?」
「だってえ」
ありさはクネクネして甘えるポーズをとります。
そこへ巾着を持ったお婆さんが入って来ました。
「いらっしゃいませ」
ありさが笑顔で出迎えます。何故か左京の顔が引きつります。
「ど、どうも……」
お婆さんはツカツカツカと左京に歩み寄り、
「ほとんど条件反射だね。今日は、家賃の催促に来たんじゃないよ」
どうやら、お婆さんはビルのオーナーのようです。
「そ、そうですか」
左京はホッとしてお婆さんにソファを勧めます。
「それに最近は、滞納してないでしょ」
お婆さんに言われ、左京はハッとします。
「いい奥さんだね、あの子は。毎月きちんと私の所に支払いに来てくれてるよ」
大家さんは微笑みながらソファに座ります。
「そ、そうですか」
左京は驚きながらも向かいに座ります。
(樹里の奴、いつそんな金を……?)
また落ち込む左京です。
「今日は、依頼に来たんだよ」
「え?」
左京はありさと顔を見合わせます。
ありさが慌てて給湯室に走ります。
「依頼、ですか?」
「そう。このビルの一階のコンビニの店長が、強盗に遭ってね」
大家さんの言葉に左京は、
(ここの一階って、コンビニだったのか)
と思いました。ずっと知らなかったようです。(決して私の怠慢ではありません 作者)
「防犯カメラに姿がしっかり映っていてさ」
「それなら、警察に届ければ解決しますよ」
正直な左京はそう言ってしまいました。
「あんたも欲がない男だね。それじゃ、探偵の出番はないだろ?」
大家さんは呆れています。
「まあ、見てくれれば、どうして私があんたに依頼に来たのかわかるよ」
大家さんは、巾着の中からDVDを取り出し、テーブルに置きました。
「では、拝見いたします」
左京はそれを手に取り、DVDプレーヤーに入れます。
「何々?」
ありさが大家さんにお茶を出しながら尋ねます。
「まあ、見てろって」
DVDの映像がテレビに映ります。
「あ、これ、階下のコンビニだ」
ありさがそこに映っている店員を見て言いました。
時刻は深夜の午前二時です。
そこに一人の男性客が入って来ます。
男性客はいきなり包丁を取り出し、店長を脅します。
反対側にいた店員は異変に気づき、裏から逃げてしまいました。
店長はその男にレジのお金を渡しました。
男は札だけ鷲掴みにすると、店を飛び出しました。
犯行時間はおよそ五分。
手馴れているようです。
しかし、左京もありさも、犯行自体より驚いている事がありました。
「左京……」
ありさが目を見開いて左京を見ます。
「ああ……」
左京は画面を見たままです。
「間違いないよね。この男、あんた達の知り合いだろ?」
大家さんは悲しそうに尋ねました。
「はい。元同僚の亀島馨です」
衝撃の事実です。強盗はあの亀島でした。
「だから、穏便にすませたい。その子を私の所に連れて来てくれないかね、杉下さん?」
「わかりました」
左京は力なく答えます。大家さんはお茶を飲んでから立ち上がり、
「若者が落ちて行くのを見るのは忍びないんだよ。できれば、立ち直って欲しいんだ。頼んだよ」
と言うと、事務所を出て行きました。
左京はありさとまた顔を見合わせました。
「あいつ、ドロントの手下になったんじゃなかったのかよ」
「ドロントがコンビニ強盗はしないわよね」
ありさはソファに腰を下ろして言います。
「何があったんだろう?」
左京は立ち上がり、窓の外を見ました。
そして夕方です。
夕刊の配達を終えた樹里は、夕ご飯の買い物をするためにスーパーに立ち寄っていました。
すると目の前の男が、大きなボストンバッグに次々に商品を押し込んでいます。
樹里はツカツカとその男に歩み寄り、
「今晩は、亀島さん」
と声をかけました。
「ひ!」
亀島はいきなり樹里に声をかけられ、文字通り魂消たようで、幽体離脱しそうになりました。
近くの公園のベンチで、樹里は亀島の話を聞きました。
「ドロントさんが、私に内緒で行方をくらましてしまって……。この半月、どうしたらいいのかわからなくなって、コンビニ強盗をしたり、万引きをしたりで……」
亀島は泣きそうです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
「お腹がすいているのですね、亀島さん。これから夕ご飯をご一緒に如何ですか?」
「え?」
亀島は涙を流しました。
(樹里さんと食事……)
妙な妄想を始める亀島です。
「行きましょう」
プロポーズするところで樹里に声をかけられ、我に返りました。
樹里が連れて行ったところは、大豪邸です。
「どこですか、ここ?」
「知り合いの方のお屋敷です」
樹里はインターフォンを押します。
「樹里です。夕ご飯の支度に来ました」
「はいよ。どうぞ」
声が答え、門が自動的に開きます。亀島は唖然としました。
「待ってたよ、樹里さん」
玄関で出迎えたのは、あの大家さんでした。
「おや? もう連れて来てくれたのかい、樹里さん?」
大家さんは亀島に気づき、尋ねます。
「はい?」
樹里は笑顔全開でキョトンとしました。
大家さんは亀島と話をして、お説教をしました。
二時間近く懇々と諭された亀島は大いに反省し、泣きました。
「でも、警察官をしていた者として、貴女のご好意に全面的に甘える訳にはいきません」
亀島は涙を拭って言いました。
「そうかい。あんたがそう思うなら、私はもう何も言わない。でも、忘れちゃいけないよ。世の中には、あんたの味方もたくさんいるって事をね」
大家さんの優しい言葉に亀島は泣き崩れました。
「ところで、杉下さんは?」
大家さんは亀島を送り出すと、樹里に尋ねます。
「事務所にいます」
樹里は笑顔全開で答えました。
「何だい、事件を解決した本人が来ないのかい? 呼んどくれ、樹里さん」
「はい」
大家さんは左京が亀島を見つけたと思っているようです。
樹里には何の事件の事なのかわかりません。
そして、訳もわからず大家さんの屋敷にやってきた左京は、真相を知ってまた落ち込みました。
めでたし、めでたし。