樹里ちゃん、すっかり騙される?
御徒町樹里はメイドです。肩書きが多過ぎるくらいのメイドです。
樹里が勤める居酒屋では、とうとうG県名物の「縁起達磨」の樹里版を売り始めました。
G県T市にある達磨屋さんが全面協力です。
メイドバージョンとサンタバージョンと弁天様バージョンがあるそうです。
宗教的にどうなのかという達磨です。
ある日の事です。杉下左京探偵事務所に、樹里の姉の璃里の夫である竹之内一豊が現れました。
「いつぞやは失礼しました」
左京はソファを勧めながら挨拶します。
「いえ、こちらこそ」
一豊は微笑んで応じます。左京は樹里が給湯室に行くのを見てから、
「今日は何か?」
「実は、私の知り合いがホテルを経営しておりまして」
「そうなんですか」
突然戻って来て、サッとお茶を出しながら笑顔全開で応じる樹里に、一豊と左京はビクッとします。
「そのホテルにある時価数千万円はすると言われている、黄金のシャンデリアをドロントが盗むと予告して来たのです」
「あの貧乳がですか?」
左京は仰天しました。まさか、そんな話をされると思っていなかったからです。
「つきましては、ドロントに関しては、第一人者である杉下さんに、是非、ドロントの犯行を阻止して欲しいと頼まれまして」
「なるほど」
左京は樹里を見ました。樹里は一豊を見ました。
一豊はありさを見ようとしましたが、ありさは休みです。
「お引き受けしましょう」
「ありがとうございます」
左京は身を乗り出して、
「犯行の予告日はいつですか?」
「今週の土曜日、十五日の大安です」
一豊が言いました。左京はキョトンとします。
「大安?」
「あ、いえ、何でもありません。これが、そのホテルのパンフレットです。目を通しておいて下さい」
一豊は左京にパンフレットを渡すと、そそくさと事務所を出て行きます。
「お願いしますよ」
左京は一豊の様子が変なのに気づきました。
「まさか、ドロントがお義兄さんに変装して来たのではないだろうな」
「今のは間違いなくお義兄さんですよ、左京さん」
樹里が言います。
「どうしてそんな事がわかるんだ?」
左京は不思議に思って尋ねました。
「お義兄さんは、お茶を飲む時、必ずお茶碗を三回回すんです」
「そうなのか」
左京は全然気づいていませんでした。
それでも左京は、何だかモヤモヤしていました。
そして、予告の日の一月十五日、土曜日、大安です。
左京と樹里は、そのホテルに向かいました。
「あれ?」
左京は、ホテルが通常通り営業しているので、驚きました。
「どうして営業してるんだ? お客が危険だろう」
「そうなんですか」
樹里は相変わらず笑顔全開です。
「全く、何を考えているんだ!」
左京はホテルのフロントに行きました。
「探偵の杉下左京です。支配人にお会いしたいのですが」
すると受付の女性は爽やかな笑顔で、
「お待ちしておりました。こちらでございます」
と左京達を案内します。
「どういう事だ?」
左京は樹里と顔を見合わせました。
「こちらです」
その女性はある大広間の前で立ち止まり、扉を開けました。
「さ、どうぞ」
左京と樹里は女性に背中を押され、暗くなった大広間に入りました。
その途端、二人にスポットライトが当たります。
「新郎新婦の入場です」
結婚行進曲が流れ、拍手が沸き起こります。
次第に中が明るくなり、由里や璃里、一豊、真里、希里、絵里、ありさ、蘭、その他大勢の人達が見えて来ました。
「おめでとう、樹里ちゃん」
中には泣きながら叫んでいる者もいます。
左京と樹里は真里達に手を引かれて、席に着きました。
「みんな……」
左京は感動して目を潤ませます。樹里も泣いています。
「皆さん……」
そして、披露宴が始まります。
司会進行は一豊です。隣で実里を抱いた璃里が応援しています。
すでに飲んだくれたありさが歌を歌います。
遅れて現れた船越なぎさが、祝辞を読みました。
「左京さん、樹里、おめでとう。次は遅れないで来るから、許して下さい」
とんでもなく縁起でもない祝辞です。
そしてクライマックスのケーキ入刀です。
左京と樹里は、大急ぎで着替えです。
ウェディングドレス姿の樹里は美しく、左京は鼻血が出そうです。
「ケーキ入刀です。皆さん、カメラのご用意を」
一同が二人の前でカメラを構えます。
左京と樹里はナイフを持ち、ケーキに添えます。
「樹里、幸せになろうな」
「はい、左京さん」
二人は笑顔でケーキ入刀しました。
たくさんのフラッシュが焚かれ、まるで芸能人の結婚披露宴のようです。
「式なしの披露宴のみになってしまって申し訳ないです」
一豊がそっと二人に詫びます。
「とんでもない。ありがとうございました」
左京は涙ぐんで言いました。
「式は、小野神社さんに頼んであるからね!」
ほろ酔いの由里が言いました。
「小野神社?」
左京は樹里と顔を見合わせました。
そして数日後、左京のアパートに、ホテルから巨額の請求書が届きましたとさ。
めでたし、めでたし。