樹里ちゃん、年末にまたドロントと対決する
今年はこれでおしまいです。
御徒町樹里は居酒屋と喫茶店と新聞配達と探偵をこなすスーパーメイドです。
忘年会シーズンを迎え、樹里が働いている居酒屋は大忙しです。
ようつべやニコ動のおかげで、樹里の人気が更に高まり、彼女を一目見ようと現れるマニア達が多くなっています。
商売に貪欲な店長は、樹里のサイン入りのTシャツや団扇、バスタオルまで販売しています。
サインと言っても、「御徒町樹里」と書いてあるだけです。
でも、資格マニアの樹里は書道の腕前も確かで、海原U山も逃げ出すような見事な書体です。
しかも全て自筆なので、ネットオークションで高値がつくかも知れません。
「いらっしゃいませ」
樹里が笑顔全開で出迎えたのは、会社帰り風の三人連れの女性でした。
二十代後半、二十代前半、十代か二十代か微妙な子の三人です。
三人は周囲のエロオヤジ達が鼻の下を伸ばしてしまう美人です。
とりわけ、二十代前半と思われる女性は、目がウルウルしていて、美しさが強烈です。
三人は奥の個室に席を予約していました。
「いらっしゃいませ、ドロントさん」
樹里がいきなりネタばらしです。
「な、何でわかったのよ!」
二十代後半の女性がビクッとして尋ねます。
「タイトルでわかりました」
樹里は笑顔全開で応じます。ドロントは項垂れました。
「掟破りな子ね、相変わらず」
ドロントは気を取り直して、
「この子はヌート」
と二十代前半の子を見て言います。
「よろしくお願いします」
ヌートは礼儀正しい人のようです。樹里は深々とお辞儀をして、
「よろしくお願い致します」
「で、こっちがキャビー」
ドロントは十代か二十代かわからない子を見て言いました。
「よろしく! 樹里ちゃん、可愛い!」
キャビーはミーハーな子のようです。
「ありがとうございます」
樹里は深々とお辞儀をします。
「では、ご注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンを押して下さい」
樹里はおしぼりを置くと、厨房に戻ろうとします。
「ちょっと! 他に何か訊く事があるでしょ!」
ドロントが呆れ顔で言います。
「ああ」
樹里はポンと手を打ち、
「キャビーさんはドロントさんのお嬢さんですか?」
「違うわい!」
ドロントは切れました。
「私をいくつだと思ってるのよ!」
樹里が答えようとしたので、
「やめた方がいいよ、樹里ちゃん。多分首領はまた切れるから」
キャビーが止めました。
「どういう意味よ、キャビー?」
ドロントが睨みます。
「あはは、注文しなくちゃ」
キャビーは笑って誤魔化そうとします。
「まあいいわ。私達が来たのは、他でもないわ」
ドロントが真剣な顔で樹里を見ます。
「はい」
樹里もドロントを見ます。
「明日の午後十時に……」
ドロントがそこまで言った時、
「樹里ちゃんスペシャル、ご予約のお客様が見えました!」
と店長が樹里を呼びに来ました。
「申し訳ありません、失礼します」
樹里は厨房に行ってしまいました。
「忙しそうですね」
ヌートが呟きます。ツイッターにではありません。
「オーダーでしたら、私が承ります」
店長は美人三人なので、嬉しそうです。顔がニヤついています。
「生中三つ」
ドロントがぶっきら棒に言います。
「生中三つですね。こちらのお子さんのご注文は?」
店長は触れてはいけない事を言ってしまいました。
「誰がお子さんだ! 私は二十歳! 失礼しちゃうわ!」
キャビーは激怒しました。
「も、申し訳ありません、では、お母さんとお姉さんのご注文とご一緒という事で」
店長は更に言ってはいけない事を言ってしまいました。
「誰がお母さんだ!」
ドロントはまた切れました。
「も、申し訳ありません!」
店長は逃げるように厨房に行きました。
「何なのよ、この店は!」
ドロントとキャビーが見事にハモって言います。
「まあまあ」
実害のなかったヌートが二人を宥めます。
「何だか仕事するの嫌になっちゃった。今年はもうお休みにするわ」
ドロントは頬杖を突いて言いました。
「わーい、やったあ!」
キャビーは大喜びです。
そこへ店長が樹里ちゃんスペシャルを持って戻って来ました。
「先ほどは大変失礼致しました。当店の看板メニューである樹里ちゃんスペシャルをサービスさせていただきますので、お許し下さい」
店長は土下座して謝り、また逃げるように厨房に行ってしまいました。
「うわ、すごい! 美味しそう!」
キャビーがよだれを垂らします。
「本当。すごくいい匂いね」
ヌートも目を輝かせます。
「毒でも入ってるんじゃないの」
ドロントは疑いの眼差しです。
「だったら、首領は食べないで下さいね」
キャビーが早速食べ始めます。
「おいしい! 何これ、お好み焼きみたいだけど、全然違う。今まで食べた事がないくらい、美味しい!」
キャビーが絶賛します。
「本当ね。おいしいわ。どうすればこんなに美味しくなるのかしら?」
ヌートは不思議そうです。
ドロントは気になり始めたようです。
「一口食べさせて」
「もう、我がままなんだから」
キャビーが呆れながらドロントに食べさせます。
「お、美味しい!」
ドロントはさっきまでの悪態を恥じました。
「決まりね。今日で仕事納め」
「はい」
ヌートとキャビーは笑顔で応じました。
そしてドロント達は料理を堪能し、帰る事にしました。
「ありがとうございました」
樹里が見送りに来ました。
「来年は必ず私達が勝つわよ。覚悟していなさいよ」
ドロントが言います。樹里は笑顔全開で、
「そうなんですか」
こうして、二人の対決は持ち越しとなりました。
樹里はアパートに帰り、左京にドロントの話をしました。
「また現れたのか、あの貧乳は」
「はい。二人のお嬢さんといらっしゃいましたよ」
樹里はヌートとキャビーがドロントの娘だと思い込んでいるようです。
「え? あいつ、子供がいたのか? いくつくらいだ? 年長さんとか?」
左京は尋ねました。すると樹里は、
「いえ、お一人は私と同じくらいで、もうお一人は璃里お姉さんくらいです」
「え?」
左京は仰天しました。
(あの貧乳、そんなに年だったのか?)
すっかり二人の子持ちにキャラ確定のドロントです。
そして、翌日の午後十時。
寒空の下、ドロントの部下の亀島馨はドロント達を待っていました。
「遅いなあ、首領達。どうしたんだろう?」
仕事は延期になった事を教えてもらっていない哀れな亀島でした。
めでたし、めでたし。
来年もよろしくお願いします。