樹里ちゃん、結婚式を挙げる?
御徒町樹里はありがたい経典を授かるために……。
すみません、間違えました。
御徒町樹里はメイドです。探偵としても優秀です。
先日、樹里の姉である璃里に子供が生まれ、実里と名づけられました。
将来ミスター隠し芸と結婚しそうな名前ですが、字が違います。
樹里は実家に行き、里帰りをしている璃里の手伝いをしています。
「悪いわね、樹里。貴女のところも新婚なのに」
璃里が実里を抱いて、樹里に言います。早口言葉みたいです。
「大丈夫よ、お姉さん。左京さんは一人暮らしが長いから」
「いえ、そういう事ではなくてね……」
璃里は苦笑いします。
「それから、あなた達、結婚式挙げないの?」
「そうなんですか」
「そうなんですかじゃなくて、貴女の事なのよ、樹里」
璃里が手こずるのですから、他人にはもっと大変です。
璃里は母親の由里が占いの仕事を終えて帰宅すると、樹里の事を相談しました。
「そうだね。そろそろどうなのさ、樹里?」
由里も心配していたようです。
「左京さんは、仕事が軌道に乗ってからと言っています」
樹里は言いました。すると由里が呆れて、
「そんな事を言ってたら、おばあさんになっちゃうよ、樹里。年内は難しいかも知れないけど、年明け早々にも式を挙げなさい。どうしてもダメなら、左京ちゃんは私が説得するから」
「はい、お母さん」
樹里は由里と璃里の勧めに従って、結婚式を挙げる事にしました。
その日の夜、一時左京のアパートの戻った樹里は、左京に結婚式の話をしました。
「そうか。由里さんと璃里さんに余計な心配かけてるのか」
左京は腕組みして考え込みました。
「母と姉の事は気にしないで下さい。私も左京さんが嫌なのなら、式は挙げなくて構いませんから」
樹里の言葉に左京は涙ぐみました。
「樹里……」
左京は思わず樹里を抱きしめました。
欲情したのでしょうか?
「左京さん?」
樹里は左京が泣いているのに気づきました。
「ありがとう、樹里、そして、不甲斐ない夫ですまない」
「左京さん……」
樹里も左京を抱きしめました。
二人は見つめ合い、口づけを交わします。
そして、とうとう大人の時間に突入しました。
翌朝です。
左京は鼻をいい匂いに刺激されて、目を覚ましました。
ふと見ると、樹里がキッチンで料理をしています。
「おはよう、樹里」
「おはようございます、左京さん」
樹里は笑顔全開で応じました。もちろん、男性の憧れ、「○にエプロン」などではありません。
左京はその笑顔を見て赤面します。
「と、トイレ」
左京は裸のままトイレに駆け込みます。
「左京さん、服を着て下さい」
樹里が恥ずかしそうに言いました。
「す、すまん!」
中から左京が謝りました。
そして朝食をすませると、左京が居ずまいを正しました。
「樹里」
「はい」
その笑顔にまた赤面する左京です。
「式を挙げよう。その方がいい」
「左京さん」
また二人は抱き合いました。
「左京さん、困ります」
服を脱ぎかけた左京を樹里が窘めました。
「あ、悪い……」
左京は真っ赤になって服を着直します。
「では、私は母達に報告して来ます。その後で事務所に行きますね」
「わかった」
二人はアパートを一緒に出ました。
左京が事務所に入ると、珍しく宮部ありさが先に来ていました。
ありさは左京を見るなり、素っ頓狂な声を出しました。
「あっれえ?」
「な、何だよ?」
左京はムッとして机に着きます。ありさは左京の顔を覗き込んで、
「何だか、顔が艶艶してるんですけど、旦那」
「え?」
左京はギクッとしました。ありさはニヤッとして、
「ああ、ひょっとして、樹里ちゃん……」
「ああ、電話しなくちゃ!」
左京は大声でありさの言葉を遮り、携帯を取り出してどこかにかけるフリをします。
「何なのよ、全く」
ありさはムスッとして自分の席に戻りました。
しばらくして、樹里が事務所にやって来ました。
左京は仕事の電話に出ています。
「はい、わかりました。ではその金額でお受け致します」
ありさは樹里に、
「ねえ、左京って、今日顔が艶艶してるでしょ?」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じます。
「あれね、きっと、樹里ちゃんに内緒でいけないお店に行ったのよ。怒った方がいいわよ」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。ありさは呆気に取られますが、
「意味わかってるの、樹里ちゃん? 左京はね、風……」
「ありさ、てめえ、何言ってるんだ!」
左京が割って入ります。
「違いますよ、ありささん」
樹里が笑顔で言いました。すると察しの悪いありさにも、事情がわかったようです。
「な、なあんだ、そういう事なんだ」
ありさはニヤニヤして言いました。
「それならそうと、早く言ってよ、左京」
「そんな事、積極的に言う事じゃねえだろ!」
左京は怒りました。するとそこへ神戸蘭が来ました。
「あら、お揃いね」
「聞いてよ、左京ったらね……」
ありさが蘭にヒソヒソ話します。
「ありさ、何喋ってるんだよ!?」
左京が止めに入ろうとすると、蘭が、
「あんたねえ、いくら樹里が許してくれたからって、何もそんな店に行かなくてもいいでしょ!」
左京はキョトンとしました。
「あれ?」
蘭も様子が変なのに気づきます。
ふと見ると、ありさは逃亡した後でした。
「だ、騙したな、ありさ!」
蘭は顔を赤くして、事務所を飛び出して行きました。
「何なんだ、あいつらは?」
左京は入口に塩を撒きました。
「左京さん」
樹里が声をかけます。
「うん」
左京は樹里を見ました。
「式場の手配や日取りは、母が占いで決めるそうです。全部任せて欲しいと言ってました」
「そうか……」
一抹の不安が残る左京でしたが、反対する訳にも行かず、
「わかった。そうしてもらってくれ」
と言いました。
(どうなるのかなあ、結婚式……)
左京の憂鬱な日々が続きそうです。