樹里ちゃん、叔母さんになる
御徒町樹里はメイドの傍ら、探偵としても活躍しています。
先日も、G県で起こった密室殺人事件を知らないうちに解決しました。
公私共に忙しい樹里ですが、今日は私的に忙しい日です。
彼女の姉の璃里がいよいよ出産が間近なのです。
「落ち着くんだ、樹里。今は出産は安全だからな」
樹里に話をしている夫の左京の方がずっと落ち着きがありません。
熊のように病院のロビーを歩き回り、看護師さん達に叱られています。
「左京ちゃんたら、自分の子供でもないのにどうしてそんなにソワソワしてるの?」
樹里の母親の由里が呆れて言います。
「そうだそうだ。杉ちゃん、落ち着きがないぞ」
樹里の妹の真里が言います。
「そ、そうかな?」
左京は苦笑いして椅子に座りました。
「ねえ、樹里お姉ちゃんはまだ赤ちゃん産まないの?」
屈託のない笑顔で、希里が尋ねます。
「そうね。まだみたいね。早く欲しいですね、左京さん」
樹里が笑顔全開で言ったので、左京は真っ赤になって、
「そ、そうだな」
と答えました。
「杉ちゃん、どうしてお顔が赤いのお?」
末っ子の絵里が言いました。左京は慌てて、
「ここが暑いからかな? ちょっと外に行って来る」
とロビーを出て行ってしまいました。
左京は玄関で璃里の夫である竹之内一豊氏とバッタリ会いました。
「遅くなりました。妻はまだ?」
竹之内氏が尋ねます。左京はロビーの方を見て、
「ええ。まだです。みんな、ロビーで待機していますから」
「ありがとうございます」
竹之内氏は立ち去りかけて、
「お互い、若い妻を持つといろいろ大変ですが、頑張りましょう」
「はい」
竹之内氏はロビーへと向かいます。
「俺は貴方ほど歳じゃないんだけどなあ」
竹之内氏は由里より年上です。左京は由里より年下なのです。
その時、M警察の署長に樹里を娘だと思われた事を思い出し、
「俺もそれほど若くないって事か」
と苦笑いする左京です。
「あれ? 璃里さんは樹里と幾つ年が違うんだっけ?」
年の差だけで考えると、左京と竹之内氏は立場が変わらないのかも知れません。
外に出て、庭を散歩している患者達を眺めていると、樹里が来ました。
「左京さん、生まれるみたいです」
「そうか」
二人が玄関に戻ると、宮部ありさと神戸蘭が来ました。
「丁度いいタイミングだぞ」
「そうなんだ」
四人は揃って中に入ります。
ロビーに戻ると、竹之内氏と由里がいません。
「二人は?」
左京が真里に尋ねました。
「竹ちゃんは璃里お姉ちゃんのとこに行ったよ。お母さんは、いろいろ準備があるからって、璃里お姉ちゃんの病室に行った」
「では、私もお母さんのところに」
樹里が歩き出すと、
「俺も」
「左京さんはここにいて下さい」
「はい」
樹里のきっぱりとした言い方に左京はシュンとしてしまいます。
「樹里お姉ちゃんは、看護師さんでもあるんだから、大丈夫だよ、杉ちゃん」
本当にわかっているのか、希里が言いました。
「取り敢えず、分娩室の方に行ってみましょう」
蘭が提案し、一同は奥へと進みました。
分娩室の前に行くと、そこにはソワソワしている竹之内氏がいました。
「前の妻とは子供ができないまま、死別してしまったので、この年で初体験なんです」
竹之内氏は照れ臭そうに言いました。
「最初は出産に立ち会おうと思ったのですが、土壇場で怖気づいてしまいました」
「そうですか」
左京は思いました。
(俺は絶対に無理だ。多分、気絶してしまう)
すでに立会い出産を見送っている情けない男です。
「まだみたいね」
由里と樹里もやって来ました。
「心配しなくても、あの子は私の子ですから、大丈夫ですよ、竹之内さん」
由里が不安そうな竹之内氏を励まします。
左京は由里がまともに話すのを初めて見ました。
「ありがとうございます、お義母さん」
竹之内氏が涙ぐみます。
そして、璃里が分娩室に入って数時間が経ちました。
緊張が続いていた竹之内氏は、グッタリしてソファに座っています。
今度は代わりに左京が落ち着かなくなっています。
「まだなのか!」
「左京さん、座っていて下さい」
樹里にピシャリと言われ、左京はまたシュンとしました。
「はい」
真里達も手を握り合っています。
蘭とありさも、ジッと分娩室のドアを見つめています。
そして。
遂に赤ちゃんの産声が聞こえて来ました。
「産まれた?」
竹之内氏が不意に顔を上げます。
「産まれたぞ!」
竹之内氏は雄叫びを上げました。
「璃里!」
竹之内氏はいきなり分娩室に飛び込んで行きました。
「良かったあ、樹里。これでお前も叔母さんだな?」
左京が涙ぐんで言います。
「そうですね」
樹里は笑顔全開で言いました。
「すみませんでした」
何故か竹之内氏が謝りながら出て来ました。
「どうしたんですか?」
左京が尋ねました。すると竹之内氏は恥ずかしそうに、
「璃里の分娩室は隣でした」
一同は唖然としました。竹之内氏はそれなりにオッチョコチョイでした。
「そうなんですか」
樹里だけは笑顔全開です。
そして更に数時間後、今度こそ璃里の出産が終わりました。
玉のように奇麗な女の子です。
樹里は叔母さんになりました。
めでたし、めでたし。




