樹里ちゃん、密室殺人の謎を解く
御徒町樹里は探偵メイドです。
今日は珍しく、いつもは暇な杉下左京探偵事務所に依頼がありました。
それは、以前左京が在籍していたG県M警察からでした。
M市内で起こった殺人事件を解明して欲しいという事です。
「妙だな。あそこの署長は俺の事を邪魔者扱いしていたんだ。何かある」
疑い深いだけでなく、小心者でムッツリスケベの左京は、その話を素直に受け取れません。
「取り敢えず、行きましょうよ、左京。G県て、温泉がたくさんあるんでしょ?」
グウタラ所員の本領を発揮して、宮部ありさが言いました。
「M市には温泉はないぞ」
左京は哀れむような目で言いました。しかしありさは、
「だからあ、左京と樹里ちゃんが事件を調べる間に私がホッコリと温泉三昧よん」
「何がホッコリとだ!」
左京はありさのお気楽発言に切れました。
「お前は事務所で留守番だ」
「えええ!? そんなのずるいィ。仕事とか行って、二人で温泉満喫するつもりでしょ、スケベ」
ありさが嫌らしい笑みを浮かべて言います。
「温泉満喫なんかするか! それにどうしてスケベなんだ!?」
左京は血圧が上がりそうです。
「だって、樹里ちゃんと混浴するつもりなんでしょ?」
そう言われ、思わず妄想して鼻血を出しそうになる左京です。
「こ、こ、混浴なんか、す、す、するか!」
動揺し過ぎです。
「あ」
左京はある事に気づきました。
「やっぱりお前も連れて行くぞ、ありさ」
「わーい! 左京大好き!」
ありさは喜んで抱きつきました。
でも、左京は、
(こいつに留守番させたら、電話かけまくって、人呼びまくって、一晩中ドンチャン騒ぎするから、連れて行った方が無難だ)
と思っていました。
そして翌日です。
左京と樹里、そしてありさの三人は、新幹線でG県のT市に着きました。
左京と樹里は、H山付近でドライブして以来です。
ありさはG県は初めてです。
「お待ちしていました、私がM警察の署長の萬田久雄です」
左京は驚きました。署長が替わっていたのです。
「杉下さん、覚えていらっしゃらないでしょうが、貴方がウチの副署長をされていた時、私は刑事課長でした」
「そうなんですか」
何故か樹里が笑顔全開で応じます。
「こちらはお嬢さんですか?」
萬田署長の悪気のない問いかけに傷ついた左京ですが、
「私は杉下の妻です」
樹里がすかさず言ってくれたのでホッとしました。
「ああ、失礼しました。お若い奥様ですね。羨ましいです」
萬田署長は左京を随分歳だと思っているようです。
「ありがとうございます」
樹里は笑顔全開でお礼を言いました。
「それで、こちらの方は?」
署長はありさを見ました。
「副所長の宮部ありさです」
ありさは真顔で名刺を差し出します。
左京は呆れましたが、否定すると話が長くなりそうなので、何も言いません。
こうして三人は、M警察の車で現場へと向かいました。
「M市は、平成の大合併で大きくなりましてね。赤白山の山頂もウチの管轄なんです」
「そうですか」
左京はそこがどこなのかもわからずに適当に返事をしていました。
やがて、一行は殺人現場に着きました。
そこは赤白山にある別荘の一つです。
「こちらです」
署長が案内してくれたのは、その別荘のバスルームでした。
「広ーい。私のアパートのお部屋より大きい!」
ありさが仰天します。それもそのはずです。畳にして十畳ほどの広さなのです。
バスタブも大人三人がゆったりと入れます。
「ウチのお風呂より広いですね、左京さん」
樹里が言います。
「それはそうだ。ウチのはユニットバスだからな」
左京は悲しそうに言います。
「これくらいあったら、いつも一緒に入れますね」
樹里の大胆発言に左京は必死で鼻血を止めました。
「ほお。それはまた羨ましい」
萬田署長が軽蔑の眼差しを左京に向けます。
ありさは面白くないのか、剥れています。
「被害者はバスタブの中で鈍器のような物で後頭部を殴打されて殺されていました。洗い場は水浸しでしたが、本人以外が出入りした形跡はなく、窓もドアも内側からしっかり鍵がかかっていました」
左京はドアと窓を確認します。ドアはガラスが壊されています。警察が入る時に壊したようです。
「これは密室殺人だな」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で言います。殺人現場で不謹慎です。
「容疑者は二人です。被害者の妻、そしてその息子」
「その息子?」
署長の言い回しの不自然さに気づいた左京が言います。
「奥さんの連れ子なんです。被害者とはたびたび揉めていたようです」
「なるほど」
ふと気づくと、樹里がいません。
「おい、樹里は?」
「知らないわよ」
ドアは閉じられたままで、窓も開いていないバスルームから樹里がいなくなってしまいました。
「樹里!」
焦った左京が叫びます。
「はい、左京さん」
すると樹里がバスタブから急に現れました。
「え?」
一同驚愕です。左京がバスタブを覗くと、底に抜け穴があります。
「何だ、これは?」
署長も知らなかったようです。左京は樹里と入れ替って中を見ました。
「外に通じているようだ。何て事だ」
左京は署長に、
「発見当時、お湯が出されたままではなかったですか?」
「ええ。蛇口が全開にされていたようです」
つまり、犯人は被害者を別の場所で殺害してここに運び、蛇口をひねってから底の蓋を閉じ、抜け穴を通って脱出したのです。
「つまらない密室だ。作者の浅知恵だな」
左京が暴言を吐きました。読者からの酷評を封じるためのようです。
抜け穴の事を妻とその息子に話すと、二人は動揺しました。
驚いた事に、妻と息子は実の親子ではなく、妻の前の夫の連れ子でした。
二人は愛し合っていて、共謀して被害者を殺したのです。被害者の莫大な遺産が目当てでした。
こうして、赤白山密室殺人事件は、実にあっさりと解決しました。
「さすが噂に違わぬ名探偵ですね」
萬田署長が絶賛します。
「わはは、それほどでもありませんよ」
左京は謙遜して言いました。
「また何かありましたら、よろしくお願いします、奥さん」
署長は樹里に言っていたのでした。
「はい」
樹里は容赦なく笑顔全開で応じました。
帰りの新幹線で、左京がずっと拗ねていたのは言うまでもありません。
めでたし、めでたし。




