樹里ちゃん、除夜の鐘を撞きにゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日はすでに大晦日です。
樹里も、四姉妹もお休みです。そして、不甲斐ない夫で情けない父親の杉下左京はずっとお休みです。
「やめろ!」
不倫相手の坂本龍子弁護士からの依頼が途絶えて、青息吐息の左京が地の文に切れました。
「不倫相手じゃねえよ! そもそも不倫なんてした事ねえし!」
威張って地の文に更に切れる左京ですが、不倫をしている男は大抵そう言うのを知っている地の文です。
「うるせえ!」
切れる際の語彙がなくなり、ただ怒鳴って切れる左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「今日は、五反田邸で除夜の鐘を撞きますから、夜になったら出かけましょう」
樹里は更に笑顔全開告げました。
「わーい!」
出かけれるのを喜ぶ瑠里、冴里、乃里、萌里です。
そして、夜になりました。
「では、車で出かけましょう」
樹里はガレージからミニバンを乗り出し、老犬のルーサをケージに入れました。
「ワンワン!」
俺はまだ若いと言っているように吠えるルーサです。
「ルーサもすっかりおじいちゃんだね」
瑠里にそう言われ、落ち込むルーサです。
「くううん……」
瑠里は優しくルーサを撫でました。
「パパはいつおじいちゃんになるの?」
全く悪気なく、萌里が笑顔全開で尋ねました。左京は顔面蒼白全開です。
「パパは孫が生まれたら、お祖父ちゃんになりますよ」
樹里が笑顔全開でフォローしてくれました。
「そうなんですか」
萌里と左京は全く違う心境から異口同音に言いました。
「マゴってなに? おいしいおかし?」
萌里が更に尋ねました。
「孫っていうのはね、私達の子供の事だよ」
瑠里が萌里に言いました。
「ふーん。それまでパパはパパなの?」
萌里は左京に訊きました。
「そうだよ」
左京はすでに涙ぐんでいます。萌里のウェディングドレス姿を思い描いているようです。
心配しなくても、その前に貴方は天に召されていると思う地の文です。
「やめろ!」
血の涙を流して地の文に切れる左京です。
(萌里が嫁ぐまで元気でいられるかな?)
ちょっぴり不安になる左京です。もしかすると、瑠里の結婚式にも立ち会えないかも知れないと思う地の文です。
「かはあ……」
あまりの衝撃に血反吐を吐いてしまう左京です。
「じゃあ、るりおねえちゃんはすぐにこどもがうまれるね」
萌里が笑顔全開でとんでもない事を言ったので、
「な、何言っているのよ、萌里! まだまだ先の話よ!」
瑠里が慌てて否定しました。左京はすでに気絶しそうです。
「さあ、乗ってください。出発しますよ」
萌里の無限質問タイムを打ち切るために樹里が真顔で告げました。
「はい」
萌里は顔を引きつらせて応じました。瑠里達もその余波で顔を引きつらせました。
やがて、ミニバンは何事もなく五反田邸に着きました。樹里はミニバンを庭の奥にある使用人専用の駐車場に駐めました。
「こんなところがあるのか。五反田邸は広いんだなあ」
左京はが感心して言いました。
「ここは敷地面積が東京フレンドランドの二倍あります」
樹里が衝撃の事実を言いました。
「そうなんですか」
それには左京だけではく、瑠里達も驚きました。
「ですから、庭掃除が大変なんですよ」
樹里は笑顔全開で告げましたが、左京はひきつり全開になりました。
(その庭掃除を毎日こなしている樹里って……)
尊敬の眼差しで樹里を見る左京です。
(そう言えば、花火大会も庭でするんだよな。確か大きな池があったな)
左京は五反田邸の底知れなさを感じました。
「ヤッホー、樹里!」
そこへ長男の海流と長女の紗栄を連れた松下なぎさが来ました。
以前、なぎさが好きなだけ鐘を撞いてしまい、後続の人達を凍りつかせた事があります。
同じ事が起こらないように、五反田氏はなぎさを一番最後にしました。
「寒いねえ。冬みたいだね」
相変わらずの途方もない発言で、夫の栄一郎は引きつっています。
「今日も樹里と漫才ができると思って、この前の衣装を着ているんだよ」
なぎさは着ていたロングコートの前を開けて、タンクトップとショートパンツを見せました。
後ろから見ると、冬に出没する変態おじさみたいだと思う地の文です。
(それだと、寒いでしょ、なぎささん)
なぎさのナイスバディを見られて得したと思った左京が心の中で突っ込みました。
「違う!」
深層心理を見抜いた地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。
駐車場から表へ歩いて行くと、鐘撞き堂が見えて来ました。
「ロクちゃんがさ、私に大鳥圭介を務めてくれって言ったのよね」
なぎさが言いたいのは、「一番最後」の事だと推察する地の文です。
「なぎささんの番になったら、僕が声をかけますよ」
苦笑いをして言う栄一郎です。
「任せた、栄一郎!」
なぎさは大笑いして、栄一郎の背中を叩きました。そのせいでむせてしまう栄一郎です。
遂に鐘撞きが始まりました。一番手は出産が近い麻耶とはじめの仮面夫婦からです。
「仮面夫婦じゃないわよ!」
地の文のちょっとした冗談に激ギレする麻耶です。
ああ、仮面夫婦は、目黒夫妻でしたね。
「違うわよ!」
夫の祐樹と列に並んでいる目黒弥生が地の文に切れました。
なぎさが最後なので、トリッキーな事がされる事なく、順調に鐘撞きは進んでいきました。
弥生と祐樹がペアで鐘を撞きました。
瑠里と乃里、冴里と萌里がペアになって鐘を撞きました。
左京と樹里もペアで金を撞きました。
なぎさの前で、五反田氏と妻の澄子が鐘を撞きました。そして、百七つになり、後はなぎさと栄一郎だけになりました。
「なぎささん、息を合わせて撞きましょう」
栄一郎が言いました。
「よおし、思い切り撞くよ!」
なぎさは栄一郎とのタイミングを完全に無視して、鐘を撞きました。
「わあ!」
勢い余って、栄一郎は倒れてしまいました。
「何してるの、栄一郎! 大鳥圭介なんだから、頑張って!」
そこからなぎさの暴走が始まりました。
鐘はいつ止むともなく撞き続けられました。
「なぎさちゃん……」
あまりの事に五反田氏は動けませんでした。澄子も麻耶もはじめも、驚いて目を見張っているだけです。
他の参加者達も同じです。
「なぎささん、もう終わりにしましょう!」
栄一郎はなぎさを強引に鐘から引き離すと、鐘撞き堂を降りました。
「なんでよ、栄一郎! 私はまだ大丈夫だから!」
それでも鐘を撞きたいなぎさが抵抗しましたが、祐樹、左京、はじめが動き、なぎさを止めました。
役得だと思う左京です。
「思ってねえよ!」
涙ぐんで地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。