樹里ちゃん、漫才王決定戦に出演する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
「樹里、エントリーしたからね」
突然、親友の松下なぎさから、漫才王決定戦に出場する事になったと連絡がありました。
「そうなんですか?」
樹里は首を傾げて応じました。
「樹里も出るんだよ。私達、特別枠で出場が決まったんだよ!」
なぎさは興奮気味に続けました。
違うテレビ局で五反田グループの提供番組があったのですが、裏番組になるのを恐れた大神少年制作部次長補佐(五階級降格されました)が決死の覚悟で漫才王決定戦の放送日時の変更を断行しました。
大東京テレビ放送(DTB)の上層部も、五反田グループと揉め事を起こしたくないので、高視聴率が期待できる漫才王決定戦の日程を変更する事に同意したのです。
こうして、樹里の出演に支障がなくなったのを喜んだ大神次長補佐でしたが、時すでに遅く、なぎさが樹里と共にエントリーをしてしまい、その上、なぎさのゴリ押しで、五反田氏がそれをDTB取締役会に伝えたため、急遽なぎさと樹里の出場が決まったのです。
「樹里さんが出てくれるのであれば、この際どんな形でもいい! これで高視聴率は約束された!」
大神次長補佐は結局大喜びしました。また降格されると思う地の文です。
「やめろ!」
縁起でもない事を平然と述べた地の文に切れる大神次長補佐です。
樹里の漫才王決定戦出場を知った娘達は大喜びしました。
「クラスメートに自慢しちゃう!」
長女の瑠里と次女の冴里はハイタッチして喜びました。
「わーい、わーい!」
三女の乃里と四女の萌里は事情がよくわかっていませんが、とにかく喜びました。
「樹里、大丈夫なのか? ネタ合わせとかするんだろう?」
四十過ぎのパーカーおじさんが尋ねました。
「違うよ! 俺はパーカーは着ない主義だ!」
流行りの炎上商法に便乗した地の文に切れる不甲斐ない夫で情けない父親の杉下左京です。
確かに左京は、いつも合成皮革の安物のジャンパーを着ていますね。
「合成皮革じゃねえよ、本物の牛革だよ!」
更に地の文に切れる左京ですが、それは樹里に買ってもらったものなのは内緒にしてあげる地の文です。
「かはあ……」
痛いところを突かれて、血反吐を吐く左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「いやいや、ネタ合わせをしないと、絶対にまずいぞ。なぎささん、わかっているのか?」
左京はなぎさはスタイルがいいだけで、漫才の才能はないと思っています。
「そんな事は思ってねえよ!」
なぎさのスタイルを想像して、顔を赤らめながら地の文に切れる左京です。
「大丈夫ですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
余裕の笑顔の樹里を見て、樹里の口癖で応じるしかない左京です。
(まあ、なぎささんと樹里の会話は、それだけで面白いと言えるか……)
一発逆転にかけるしかないと左京は思いました。
そして、遂に漫才王決定戦の当日になりました。
本来であれば、なぎさと樹里のコンビは予選を勝ち抜かなければなりませんが、そこは五反田パワーで全部OKになりました。
どちらかというと、DTB側の忖度が大きいでしょう。
何のための予選会なのかと思う地の文です。
(メチャクチャやけど、五反田グループには逆らえん)
MCを引き受けた鹿苑寺は思いました。
「東大寺や! ついでに言うと、鹿苑寺は京都やぞ!」
こんな時でもきっちり地の文に突っ込む東大寺奈良男です。
「素人が本戦出場なんて、漫才王の伝統に傷がつきまっせ」
怖いもの知らずの漫才師の村松高志が言いました。
「あかんで、村松。五反田会長の愛人やと噂されとる二人をそないなふうにゆうたら」
東大寺は村松を嗜めました。
「ほんまでっか?」
村松は目を見開きました。どちらかというと、慈照寺の方があかん事をゆうとると思う地の文です。
「東大寺や! それと慈照寺は京都やぞ!」
どんなボケも果敢に拾って突っ込む東大寺です。
そして、漫才王決定戦が始まりました。
なぎさと樹里はトップバッターです。登場の出囃子がかかり、メイド服姿の樹里とタンクトップにショートパンツ姿のなぎさが会場中央の階段を駆け降りて、センターマイクの前に立ちました。
会場の観客がどよめき、樹里ちゃんコールとなぎさちゃんコールが巻き起こりました。
「どうも、樹里ちゃんなぎちゃんでーす!」
なぎさが元気よく挨拶しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「今日はね、漫才をしに来ましたよ」
なぎさは会場を見渡しました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。
「ところで、漫才ってどうすればいいんだっけ?」
なぎさの大ボケに会場は大爆笑です。審査員達は唖然としています。
司会の毒舌落語家の横山五郎八は絶句しています。
「大丈夫ですよ」
樹里は笑顔全開でなぎさをフォローしました。
「あ、そうだ。誰か私が盛り上げてあげるっていう人、いませんか?」
いきなり観客に登壇を促すなぎさです。これにはフロアスタッフが大慌てしました。
『なぎささん、それはダメです!』
フロアディレクターがカンペでなぎさに指示を出しましたが、
「何がダメなの、ディレクターさん? いいじゃん、別に。漫才は三人でもいいんでしょ?」
それを見たなぎさが更にとんでもない事を言い出しました。会場はまた大爆笑です。
審査員達は凍りついているかのようになぎさを見ています。
「もう、融通が効かないんだから、ディレクターさんは。ロクちゃんに言い付けてやるから!」
なぎさはほっぺを膨らませて、ディレクターのテレビマン生命を奪うような一言を言いました。
ディレクターはその場で倒れてしまいました。
「もう、やめさせてもらうわ」
なぎさはムッとして言い放ちました。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。
「どうもありがとうございました」
樹里は深々とお辞儀をしましたが、なぎさはぷいと顔を背けて、退場してしまいました。
会場は大爆笑、審査員席はお通夜のよう、司会の横山五郎八は天を仰いていました。
樹里はお辞儀を終えると、退場しました。
「樹里ちゃんなぎちゃん、漫才史に残る、画期的なものでしたね」
五郎八は顔を引きつらせて言いました。
「それでは、得点をお願いします」
アシスタントの女性アナが告げました。審査員は、「ロクちゃんに言い付けてやるから!」が効いてしまったのか、全員満点を出しました。忖度が過ぎると思う地の文です。
その影響で、それ以降の漫才師達は全員、戦意を喪失して、ボロボロの結果になりました。
こうして、樹里ちゃんなぎちゃんが結果的に優勝してしまい、漫才王決定戦はこれが最後となったそうです。
大神次長補佐が地方局へ飛ばされたのは言うまでもありません。
めでたし、めでたし。