樹里ちゃん、ドラマ第三話の撮影にゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里が出演した内田陽紅原作の連作短編のドラマは、第一話が放映されて大好評でした。続く松下なぎさ主演の第二話も視聴率が時間帯で一位で、第三話も期待されています。
撮影は押しており、樹里の主演が決まっている第三話はいつもよりも多めの時間で、撮影が進められていました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で撮影に臨んでいます。
不甲斐ない夫で、情けない父親の杉下左京は、樹里が家を空けていて、その代わりに樹里の姉の璃里が来ているので、大満足です。
「やめろ!」
真実を述べたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
「ごめんなさいね、左京さん。樹里のせいで、大変でしょう?」
璃里は左京を気遣ってくれました。
「いえ、そんな事はありません。お義姉さんに来ていただいているので、自分は何も大変じゃありません」
左京は苦笑いをして言いました。
「そう言っていただけると、嬉しいです」
璃里は微笑んで応じました。何故か左京は赤面しました。
璃里には、樹里にはない色気があるのです。
「それも言うな!」
次々に真実を突き詰めてしまう地の文に動揺して切れる左京です。
「お義姉さんこそ、大変ではないですか? ご自宅の方は大丈夫なんですか?」
左京は心にもない事を言いました。
「あるよ!」
地の文に高速で突っ込む左京です。
「ウチはほら、もう手がかかる子はいませんし、夫は私よりも料理だけでなく、家事が得意ですから、何も支障はないんです」
璃里は照れ笑いをしました。ああ、お義姉さん、可憐過ぎます。左京は不倫したいと思いました。
「思ってねえよ!」
立て続けに地の文に切れる短気な左京です。
要するに、左京は家事が得意ではないので、璃里が来ているという訳です。
「ううう……」
図星を突かれ、ぐうの音も出ない左京です。
「パパ、サボってないで、洗濯物、干してよね!」
今日は日曜日です。珍しく部活が休みの長女の瑠里が妹達を指導しながら、家事をこなしています。
「瑠里もすっかりお姉さんですね。今日は私の出番はあまりないみたい」
璃里は肩をすくめました。
いや、お義姉さんはいてくれるだけでいいんです。左京は嫌らしい目で璃里を見ました。
「違う!」
正解をしたはずの地の文に猛抗議する左京です。
「では、失礼します」
左京は洗面所へと走りました。璃里は微笑んでそれを見届けると、キッチンへ向かいました。
樹里達はNGもなく、順調に撮影を終え、第三話のスケジュールは終了しました。
「皆さんのおかげで、第三話、オールアップです」
佐熊ディレクターが言いました。ADの女性が樹里達に花束を渡しました。
「ありがとうございます」
樹里は笑顔全開でお礼を言いました。
「視聴率も高くて、評判も上々です。この調子で行けば、社長賞がもらえそうですよ」
何の活躍もしてない斎藤プロデューサーが得意顔で言いました。
「裏で活躍しているんだよ!」
心ない事を述べた地の文に切れる斎藤Pです。今は選挙中ではないですか?
「その斎藤じゃねえよ!」
名前ボケを一日一回しないと気がすまない地の文に更に切れる斎藤Pです。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「では、私は編集作業がありますので、これで失礼します」
佐熊Dは名残惜しそうにスタジオを出て行きました。
「それじゃあ、打ち上げに行きましょう!」
斎藤Pは佐熊Dの苦労をねぎらう事なく、陽気に言いました。
「うるさい!」
正しい指摘をした地の文に理不尽に切れる斎藤Pです。
「内田先生とは、打ち上げ会場のホテルの大広間で合流する事になっています」
斎藤Pが言いました。
「そうですか」
演技が好評だったので、第三話にも登場した楼年エリナが言いました。
出番はこれで終了です。
「どうしてよ!?」
ちょい役扱いにされたエリナが叫びましたが、無視する地の文です。
「エリナさん、今回は大変勉強になりました。またよろしくお願いします」
樹里が深々と頭を下げました。
「あ、ええ、こちらこそ、ありがとうございました」
樹里が話しかけてくれたので、まだ出番があったエリナです。
「私もです。貴女より年上ですが、目標は貴女です」
見学に来ていた神戸葉月が告げました。
「ありがとうございます」
エリナは感動して涙ぐみました。
「さあ、参りましょう」
葉月は樹里と恵里菜を促して、スタジオのドアの前で手招きしている斎藤Pのところへ向かいました。
「いよいよ、葉月さんの主演ですね」
樹里が笑顔全開で悪気のないプレッシャーをかけました。
「はい、そうですね」
葉月は途端に緊張して動きがぎこちなくなりました。
「しかも、五話も葉月さんが主演なのでしょう? すごいわ」
エリナが図々しく喋りました。
「うるさいわね! いいでしょ!」
チャチャをいれる地の文に抗議するエリナです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「ママ達、打ち上げがあるから、遅くなるみたいだよ」
樹里からの連絡を受けた瑠里が言いました。
「そうなんだ」
左京は嬉しそうです。璃里が夜までいてくれるからです。
「勘弁してください」
力尽き、地の文に土下座して懇願する左京です。
「璃里伯母さん、夕ご飯、一緒に食べようよ」
瑠里が言いました。すると璃里は、
「ごめんね。一豊さんが、夜から仕事なの。だから、もう帰らないと」
左京は衝撃を受けました。お義姉さん、帰ってしまうのですか?
「……」
その通りなので、地の文に切れない左京です。
「パパ、残念そうだね」
次女の冴里が言いました。
「な、何の事だ?」
左京はとぼけました。冴里と瑠里はニヤニヤしています。
(瑠里と冴里はとんでもない事を想像しているようだな)
左京は溜息を吐きました。
「では、また来ますね」
璃里は笑顔で帰って行きました。
「さてと。夕ご飯は何にする?」
左京が尋ねました。
「オムライスがいい!」
三女の乃里が言いました。
「わたしも!」
四女の萌里が同意しました。
「よおし、パパが腕によりをかけたオムライスを作るぞ!」
左京は袖を捲ってキッチンへ行きました。
「心配だから、手伝うよ」
瑠里と冴里が言いました。
「はい……」
項垂れる左京です。
めでたし、めでたし。