樹里ちゃん、推理ドラマの撮影にゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は、樹里は今をときめく推理作家の内田陽紅原作の短編小説のドラマの撮影に臨むために五反田邸のメイドの仕事を役立たずの目黒弥生に一任して撮影スタジオに来ています。
「役立たずじゃないわよ!」
庭掃除をしながら、正しい表現をしたはずの地の文に理不尽に切れる弥生です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
「樹里さん、おはようございます」
そこへプロデューサーの前の知事が来ました。
「その斎藤じゃねえよ!」
地の文のしつこい名前ボケに切れる斎藤Pです。
「今日はよろしくお願いします」
樹里は深々とお辞儀をしました。そこまで丁寧に接する価値はないと思う地の文です。
「うるさい!」
正当な人物像を述べた地の文に更に切れる斎藤Pです。
不機嫌なのは、ロケバスの手配ができなかったからでしょうか?
「その斎藤でもねえよ!」
さっきより激しく地の文に切れる斎藤Pです。
「樹里さん、早速ですが、スタンバイをお願いします」
そこへ佐熊Dが来ました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里さん、今日は見学に来ました」
ヌートが来ました。
「その名前を次に出したら、わかってるわね?」
目が笑っていない顔で地の文を脅す神戸葉月です。
地の文は身体の水分を全て漏らしてしまいました。
「そうなんですか」
樹里は更に笑顔全開で応じました。
「樹里さんはすでにセリフを全部覚えているようですよ」
佐熊Dが葉月にプレッシャーをかけました。
「ええ?」
葉月は驚きました。
(さすが、何本も映画とドラマで主役を張った人だわ)
葉月は今更ながら、樹里の天賦の才能に驚愕しました。
「樹里さん、お久しぶりです」
共演者の楼年エリナが来ました。
「お久しぶりです、楼年さん。よろしくお願いします」
樹里は笑顔全開で応じました。エリナはかつて、ダブル主演で「魔名手」というホラー映画に樹里と出ています。
あれから九年たっているので、エリナもすっかりおばさんです。
「おばさんじゃないわよ!」
事実を指摘した地の文に切れるエリナです。
「また仲良くしてくださいね」
相変わらず性格が悪いままのエリナは、今度こそ樹里を食ってやろうと思っています。
「性格は悪くないわよ!」
図星を突いた地の文に激ギレするエリナです。
(御徒町樹里を圧倒すれば、私はもう一度主演を射止められる)
エリナはまるで大村美紗のような顔になりました。
「誰かが私の悪口を言っているような気がするけど、幻聴なのよ!」
自宅で叫ぶ美紗です。今は一人暮らしなので、誰も宥めてくれません。
相変わらずの美紗なので、少し気の毒になる地の文です。
撮影は、樹里演じる主人公の神林梨沙とエリナ演じる栗中水穂との職場でのやりとりからです。
二人は制服に着替え、会社のフロアのセットに入りました。
「では、水穂が梨沙に殺意を覚えるシーンです。本番、用意、スタート!」
佐熊Dが言いました。樹里とエリナはコピー機の前ですれ違います。
水穂は、婚約が決まって順風満帆の梨沙を妬んでおり、どこかで怪我をさせようと企んでいます。
「死ねばいいのに!」
水穂の心の声が流れます。これは幻聴ではありません。
水穂は自分の席へと歩いて行く梨沙を睨みつけました。梨沙はそれには気づいていません。
隣に座っている同僚役のエキストラの女性と談笑する梨紗。それを憎らしそうに見ている水穂。
「はい、カット! OKです!」
本番一発でOKが出て、樹里以外の出演者とスタッフはホッとしました。
(樹里さんもすごいけど、あの楼年エリナも演技力を上げたわね)
エリナはかつて大人の数学で苦い思いをさせられたのを糧に、成長していました。
でも、樹里憎しの思いは強いままです。
(今回こそ、御徒町樹里を圧倒してやる!)
エリナは人知れず樹里に憎しみの炎を燃やしました。
(私の役は、梨沙を妬み、階段から突き落として怪我をさせようと企む女。まるで私のためにあるような役。いっその事、御徒町樹里に本当に怪我をさせて……)
思い詰めたエリナは一瞬そんな恐ろしい事を考えましたが、
(それでは私の女優人生が終わってしまう。あくまで、演技で御徒町樹里をねじ伏せるのよ)
エリナは闘志を漲らせました。
「はい、では次は、水穂が恋人に別れを切り出されるシーンです」
佐熊Dが言いました。
「そうなんですか」
樹里は登場しないシーンなので、スタジオの端で見学です。エリナは樹里に微笑んでみせると、スタンバイしました。
「樹里さん、さっきのシーン、凄かったです」
葉月が樹里に近づいて告げました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(ちょっと、私の演技、見なさいよ!)
樹里が葉月と話しているのに気づき、ムッとするエリナです。
そこへエキストラの男性が来て、
「よろしくお願いします」
エリナに挨拶しました。恋人はここで登場するだけなので、大物の役者は使われません。
(まあ、いいわ。私だけが目立てば、相手はどうだっていいんだから)
エリナはエキストラの男性を相手に重厚な演技をしてみせました。
「楼年エリナ、力が入っているね」
それを見ていた斎藤Pが佐熊Dに言いました。
「ええ。評判が良かったら、次のなぎささんの主演作にも出そうと思っています」
佐熊Dはエリナ達には聞こえないように小声で告げました。
「なるほど」
斎藤Pはニヤリとしました。年齢を重ねたとはいえ、エリナは美人です。不倫するつもりのようです。
「だから、その斎藤じゃねえよ!」
しつこい地の文に切れる斎藤Pです。
(聞こえちゃった……。もしかすると、私の出演作にも出るかも知れないわね)
耳がいい葉月は思いました。
「何か?」
何も述べていない地の文に詰め寄る葉月です。地の文は失神しかけました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
着々と演技力を高めていくエリナから目が離せないと思う地の文です。