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樹里ちゃん、祖母の長寿を願う

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 樹里一家と璃里一家と由里一家は、樹里と璃里の祖母で、由里の母である美玖里が経営するG県S市の御徒町旅館へ向かっています。


 旅館に近づくにつれ、二人の人間がソワソワし始めました。


 一人は由里です。強がりを言っても、美玖里が怖いのです。


 もう一人は、不甲斐ない夫で、情けない父親の杉下左京です。


 美玖里は亡き夫にそっくりの左京の事が大好きなのですが、左京はそれを知らず、怖い大姑おおしゅうとめだと思っています。


(もうしばらく、パパにはひいお祖母ちゃんを怖がってもらおう)


 事情を知っている長女の瑠里は密かに思っていました。


「そうなんですか」


 樹里は左京と並んで座って、関越道を走るのが嬉しいようです。


「瑠里」


 真里が声をかけました。


「何、真里お姉ちゃん?」


 瑠里は真里が「叔母さん」と呼ばれる事を嫌がっているのを知っているので、お姉ちゃんと呼んでいます。


「パパの事、どう思ってるの?」


 真里は声を低くして尋ねました。


「どうって……。かっこいいパパだよ」


 瑠里はすました顔でデレました。


「デレてないわよ!」


 ファザコンを知られたくない瑠里が地の文に切れました。


「ふうん、瑠里って、ファザコンなんだ」


 真里はズバッと切り込みました。


「ち、違うよ! ファザコンじゃないよ!」


 顔を赤らめて否定する瑠里ですが、真里はニヤニヤして、


「顔が赤いぞ、瑠里ィ」


 瑠里のほっぺをつつきました。


「そういう真里お姉ちゃんは、パパの事、狙ってるんでしょ?」


 瑠里は負けじと言い返しました。


「そ、それこそ違うわよ! 左京ちゃんの事なんか、狙ってないから!」


 真里の声が大き過ぎて、バスの中全体に響き渡りました。


「え?」


 ガイド席の左京は思わず振り返りました。


「そうなんですか」


 しかし、樹里は笑顔全開のままで運転を続けています。


「真里、あんたねえ……」


 璃里が激怒して睨みつけて来ました。由里は面白がっており、それを見ている夏彦は涙ぐんでいます。


「そうなのかね」


 真里の実の父親である康夫は笑顔全開です。


「……」


 真里は顔を真っ赤にして黙り込みました。


「まあまあ……」


 一豊は怒りに震えている璃里を宥めました。


「真里姉、告っちゃえ!」


 希里と絵里が囃し立てています。


「うるさいわね!」


 真里は火照ほてった顔を上げて、希里と絵里を睨みつけました。


「真里ちゃん、左京おじさんの事が嫌いなの?」


 無邪気な阿里が訊きました。


「こら、余計な事言わないの!」


 実里が妹をたしなめました。


「パパ、モテモテだね」


 事情がよくわかっていない萌里は笑顔全開です。


「そうだね」


 乃里も笑顔全開で応じました。


「左京さん、前を向いてください」


 樹里の声のトーンがいつもと違うので、左京はギョッとして前を向きました。


 樹里を横目で見ると、真顔になっています。


(ひいい!)


 心の中で悲鳴をあげてしまう左京です。


(俺が喜んでいると思われたのかな?)


 旅館に着いたら、すぐに土下座して詫びようと思う左京です。


 


 まもなくして、バスは関越道を降り、御徒町旅館のあるI温泉へと走りました。


「もうすぐ着きますので、降りる準備をしてください」


 樹里がマイクを通して告げました。瑠里達はカードを片付け、璃里達は荷物をまとめました。


 由里は康夫にベタベタしており、夏彦はそれを恨みがましく見ていて、康夫は笑顔全開のままです。


 バスは温泉街に入り、御徒町旅館のバス専用駐車場に着きました。


「到着しました。皆さん、お疲れ様でした」


 樹里が言いました。


「樹里、お疲れ様」


 璃里が樹里をねぎらいました。一豊は実里と阿里を連れて会釈だけしました。


「お疲れ様、左京ちゃん、樹里」


 由里が左京にウィンクしました。左京は顔を引きつらせました。


「お疲れ様、樹里姉」


 真里は左京を見ないようにして降りました。希里と絵里はくすくす笑っています。


「ママ、お疲れ様」


 瑠里と冴里が言いました。


「ママ、おつかれさま」


 乃里と萌里が言いました。


「樹里お姉ちゃん、お疲れ様」


 紅里くり瀬里せり智里ちりが降りました。


「樹里、ご苦労様」


 康夫が笑顔全開で告げました。


「樹里さん、お疲れ」


 涙ぐんだままの夏彦が言いました。


「左京さん、お疲れ様でした」


 樹里はエンジンを止めて、運転席を立ちました。


「お疲れ、樹里」


 左京は樹里をエスコートして、バスを降りました。


「よく来たね」


 旅館の玄関を入ると、美玖里が出迎えました。


「おや、バカ娘も来たのかい?」


 相変わらず口が悪い美玖里ですが、康夫がいるので、おとなしい由里です。


「美玖里さん、お元気そうで何よりです」


 当たり障りのない事を言う左京です。


「あ、ああ、ありがとう」


 美玖里は顔を赤らめました。それに気づかない左京です。


(ひいお祖母ちゃん、照れてる)


 面白がっている瑠里です。


「今日は敬老の日なので、お祖母ちゃんを労いに来ました」


 樹里が笑顔全開で告げました。


「そうかい。私は全然老人だとは思っていないからね。元気なもんさ」

 

 美玖里は力こぶを出して見せました。


「おお!」


 康夫と夏彦、一豊、そして左京が驚きました。


「あまり無理しないでね、お母さん」


 由里は康夫の手前、良い娘のふりをしました。


「後で覚えてなよ」


 小声で地の文を脅す由里です。地の文は漏らしてしまいました。


 


 樹里達は、あらかじめ予約しておいた大広間に円卓を五脚運び入れ、その一つに持参した手作りのケーキを置きました。


「お祖母ちゃん、いつもまでも長生きしてください」


 璃里、樹里、そして瑠里達が声を揃えてお祝いの言葉を述べました。


「ありがとう、みんな。嬉しいよ」


 美玖里は涙ぐみました。夏彦はもらい泣きしています。由里はそれを見て涙ぐみました。


「おや、鬼の目にも涙だね」


 美玖里と由里が同じ事を言ったので、樹里と康夫を除いた一同が笑いました。


「お母さん、今までごめん。これからはいい娘になる」


 由里は美玖里に囁きました。


「わかったよ。あんた、本当に私にそっくりだね」


 美玖里はまた目を潤ませました。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開で応じました。


 めでたし、めでたし。

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