樹里ちゃん、左京を迎えにゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は、不甲斐ない夫で情けない父親の杉下左京の命日です。
「違う! 仕事が終わって帰る日だ!」
どこかで地の文に切れる左京です。誹謗中傷をすると、社会的に抹殺されてしまいます。
世間ではそれを「志位る」と言うそうです。
「それも違う!」
どこかで誰かが切れました。タメ口が苦手な地の文は無視しました。
「パパ、帰って来るの?」
パパっ子の三女の乃里が目を輝かせて言いました。
「そうですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。
(よし、これで弾除けが復活する)
長女の瑠里は密かに喜びました。
(帰って来たら、すぐにわっくんの家に連れて行ってもらおう)
悪巧みをする次女の冴里です。
(また、ママとパパにブランコしてもらえる)
四女の萌里は純粋に嬉しがっています。
しかし、樹里は月曜から仕事なので、ブランコはしてもらえないと思う地の文です。
「それでは、パパをお迎えに行きましょう」
樹里が笑顔全開で告げました。
「私は部活があるから、無理」
瑠里はさっさと出かけてしまいました。
「私は宿題をしなくちゃ」
冴里も自分の部屋へ行ってしまいました。
「はーい!」
乃里と萌里は喜んで応じました。
「では、出かけましょう」
樹里は乃里と萌里を連れて、家を出ました。
(早く着かないかなあ)
その頃、左京は新幹線で東京駅へ向かっていました。
不倫相手の坂本龍子弁護士が迎えに来るのです。
「違うよ! 樹里達が迎えに来てくれるんだよ!」
名推理を展開したはずの地の文に切れる左京です。不倫は否定しないようです。
「不倫なんかしてねえよ!」
素早く地の文に連続して切れる左京です。坂本弁護士の前でもそれを言えますか?
「う……」
何故かたじろぐ左京です。
「うるせえよ!」
鋭い突っ込みをした地の文に激ギレする左京です。
(樹里が休みのうちに仕事を終えられてよかった)
ウキウキしながら東京駅に着くのを心待ちにする左京です。
「お!」
新幹線は東京駅に到着しました。左京はホームへ降り、乗り換えをするために山手線ホームへ向かいました。
(ああ、樹里と久しぶりに……)
五人目を作るのですね?
「その言い方、やめろ!」
下品な地の文に抗議する左京です。
(樹里だけではなく、瑠里達にも早く会いたい)
何も知らない左京は、瑠里が迎えに来ないとは思ってもいません。
左京はスキップしながら山手線に乗り、秋葉原で降りると、総武線に乗りました。
(もうすぐ、もうすぐ!)
左京は水道橋駅で下車しました。階段を降りて行くと、改札口の向こうに樹里達が見えました。
(あれ? 瑠里と冴里がいないな……)
ちょっとショックを受ける左京ですが、乃里と萌里が、
「パパ、おかえり!」
両手を振って叫んでいるのを見て、涙ぐみました。
「只今!」
左京は涙を拭いながら、三人に駆け寄りました。
「左京さん、お疲れ様です。お帰りなさい」
樹里も目を潤ませて言いました。
「おう」
樹里のキラキラ光る瞳を見て、左京は気恥ずかしくなり、頭を掻きました。
「パパ!」
萌里が抱きつきました。
「もり、ずるい!」
乃里が萌里ごと抱きつきました。
「のりねえ、くるしいよ!」
萌里が叫びました。
「ああ、ごめん」
乃里は萌里から離れました。
「パパ、ブランコして!」
萌里が早速お願いをしました。
「萌里、パパは疲れているのですよ」
しかし、樹里の真顔全開により、それはできませんでした。
左京は萌里のためにしてあげたかったのですが、樹里の真顔が怖いので、何も言えませんでした。
「樹里、どこかで休んでいかないか?」
左京が言いましたが、
「家まですぐですから、帰ってからゆっくり休みましょう」
樹里は、乃里と萌里に余分な飲み物や食べ物をあげたくないのです。
「そうなんですか」
左京は引きつり全開で応じました。
そして、何事もなく、樹里達は家に着きました。
「ワンワン!」
ゴールデンレトリバーのルーサが、
「無事に帰れてよかったな」
そう言っているかのように吠えました。
「元気そうだな、ルーサ」
左京はルーサの頭を撫でました。
「ワンワン!」
ルーサは、
「お前より元気だよ」
そう言っているかにようです。
「お風呂沸いていますよ」
樹里が言いました。
「そうか」
左京は微笑んで応じました。
「パパ、いっしょにはいる!」
萌里が言いました。
「ええ? じゃあ、わたしもいっしょにはいる!」
乃里が言いました。
「パパは疲れているのですから、二人はママと一緒に入りましょう」
樹里が言いました。すると萌里が、
「じゃあ、ママもいっしょにはいればいいよ」
萌里の悪気にない提案に、左京と樹里は顔を見合わせました。
「うん、それがいい!」
乃里が賛成しました。
「左京さんがよければ……」
樹里は顔を赤らめました。
「お、俺は大歓迎だよ」
左京も顔を赤らめました。
こうして、四人でお風呂に入る事になりました。
お風呂は、樹里と乃里と萌里が先に入り、左京が後から入りました。
(恥ずかしいな……)
左京は後から入るプレッシャーでドキドキしてしまいました。
「乃里、萌里、パパに洗ってもらいなさい」
樹里は湯船ではしゃいでいた二人を真顔で詰めました。
「はい」
乃里と萌里は顔を引きつらせて応じ、左京に背中を洗ってもらいました。
「じゃあ、わたしがパパのおせなかをあらってあげる」
乃里が言い、左京の背中を洗いました。
「乃里は上手だなあ」
左京が誉めると、
「わたしも!」
萌里が乃里からタオルを借りて左京の背中を洗いました。
「じゃあ、つぎはママのおせなかをパパがあらって!」
乃里がとんでもない事を言いました。
「ええ!?」
左京はビクッとしました。
「左京さん、お願いします」
樹里が湯船から上がり、左京の前に座りました。
(おおお、樹里の玉のような肌!)
変態左京が登場しました。
「やめろ!」
口さがない地の文に切れる左京です。
「失礼します」
左京はボディーシャンプーをたっぷりタオルに付けて、十分に泡立てると、樹里の背中を優しく洗いました。
(お世辞ではなく、樹里の肌、乃里や萌里に負けてないよな。でも、それを言うと樹里が怒るから、やめておこう)
左京は感想を胸の奥に押し込みました。
「左京さん、今日は子供達には子供部屋で寝てもらいますね」
樹里が囁きました。
「あ、ああ。わかった」
左京は真っ赤になりました。
めでたし、めでたし。