樹里ちゃん、迎え盆にゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里は、保育所の園長に泣きつかれた結果、不甲斐ない夫の杉下左京と話し合い、もう一人子供を作る事にしました。
左京は大喜びしましたが、不倫相手の坂本龍子弁護士は複雑な心境です。
「坂本先生には話してねえよ!」
お盆休み返上で、不倫旅行中の左京が地の文に切れました。
「不倫旅行じゃなくて、仕事だよ! それに坂本先生は一緒じゃない!」
事実無根だと言い張る左京です。では、沖田総子税理士と一緒ですか?
「違う! 一人だ!」
更に地の文に切れる左京です。
(ああ、この仕事さえなければ、お盆休みは樹里と……)
邪な気持ちでいっぱいの左京です。
「違う!」
正確に言い当てたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
「パパはいつ帰って来るの?」
まだパパっ子の三女の乃里が尋ねました。
「今度の日曜日まで帰らないのですよ」
樹里も寂しそうに答えました。
「そうなんですか」
乃里も寂しそうに応じました。左京が聞いたら、嬉しさのあまり、飛び上がって喜んだでしょう。
(パパがずっといないのは、困る)
長女の瑠里は思いました。左京がいるとあれこれやらかして、樹里の弾除けになってくれるからです。
所詮、父親とはそんな役回りなのです。
「かはあ……」
お喋りな地の文のせいで真実を知り、血反吐を吐いて悶絶する左京です。
(パパがいると、ママに内緒であっくんの家に連れて行ってくれるから、いてくれると助かるなあ)
次女の冴里も、そんな扱いです。
「ううう……」
非常な現実を突きつけられ、項垂れるしかない左京です。
(パパがいてくれると、ママとブランコしてくれるから、いてほしいなあ)
四女の萌里すら、そんな感じです。某ボクサーのようにすでに真っ白な灰に燃え尽きている左京です。
「今日は、パパの代わりにパパのお父さんとお母さんのお墓に行きます。美玖里お祖母ちゃんの家のお墓には行きません」
樹里が笑顔全開で告げました。
「そうなんですか」
瑠里達は笑顔全開で応じました。
「そして、おうちの仏壇にお迎えして、十五日に美玖里お祖母ちゃんの家へ行きます」
樹里は笑顔全開で続けました。
「そうなんですか」
瑠里達は笑顔全開で応じました。
こうして、樹里達は、ゴールデンレトリバーのルーサを連れて、ミニバンで左京の家のお墓へ向かいました。
左京の我儘で、樹里は大変な思いをしています。モラハラ夫とは早く離婚した方がいいと思う地の文です。
「我儘じゃねえし、モラハラ夫でもねえよ!」
新幹線の中で地の文に切れる左京です。でも、離婚についてはコメントしませんでした。
「くふう……」
息も絶え絶えに悶え苦しむ左京です。
そして、何事もなく樹里達は左京の家のお墓がある霊園に着きました。
「ワンワン!」
ルーサは興奮気味にぐいぐいリードを引いて進みました。
「ルーサ、ダメ!」
瑠里がルーサを叱ると、ルーサは大人しくなりました。
「ワンワン!」
ルーサは、
「ごめんよ、瑠里ちゃん」
そう言っているかのように吠えました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
こうして、お迎えをすませ、樹里達は帰路につきました。
「本当は家に着くまで蝋燭の火は点けておくのですが、危ないので消しました」
樹里が言いました。
「そうなんですか」
瑠里達は笑顔全開で応じました。
「パパのパパとママたちが、ちょうちんにのっているの?」
萌里が訊きました。
「そうですよ。だから、動かさないようにしてくださいね、萌里」
樹里は笑顔全開で告げました。
「そうなんですか」
萌里は笑顔全開で応じました。そして、一生懸命提灯を支えました。
「てつだうよ」
乃里が言いました。
「ありがと、のりねえ」
萌里は笑顔全開で応じました。
「萌里は、妹ができたら嬉しいですか?」
樹里が尋ねました。
「うん、うれしい! おむつかえたり、ミルクあげたりしたい!」
萌里は笑顔全開で言いました。
「え?」
瑠里と冴里はびっくりしました。
「ママ、また赤ちゃん産むの?」
すでにいろいろ知っている瑠里が心配そうに訊きました。
「はい。由里お祖母ちゃんも、もっと歳を取ってから、紅里、瀬里、智里を産んだのですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。
「まあ、そうなんだけど……」
瑠里は、
(パパがせがんだのかな? だったら、許せない! 赤ちゃんを産むのは、大変なんだから!)
左京が帰って来たら、お説教をしようと思う瑠里です。
とばっちりを受けそうな左京です。
「ママがパパにお願いしたのですよ。もう一人産みたいですって」
樹里は瑠里の企みを見透かすかのように告げました。
「そうなんですか」
瑠里は引きつり全開で応じました。
(ママって、超能力者なの?)
ビビる瑠里です。
「あかちゃんをうむのはママなのに、どうしてパパにおねがいするの?」
乃里が訊きました。瑠里はギクッとしました。
「パパも一緒に赤ちゃんが欲しいですって神様に祈らないとダメだからですよ」
樹里は見事なまさに「神対応」をしました。
「そうなんですか」
瑠里はホッとした顔で、冴里は今一つわからない顔で、そして乃里と萌里は笑顔全開で応じました。
「ねえ、ママ、あかちゃん、いつうまれるの?」
萌里が訊きました。
「そうですね。神様もお忙しいですから、しばらくは無理かも知れません」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
萌里は笑顔全開で応じました。
「みんなでかみさまにおいのりすれば、きっとはやくなるとおもうよ」
乃里が言いました。
「そうかもね」
瑠里と冴里が同意しました。
「じゃあ、おいのりしようよ」
萌里が言い、手を合わせました。瑠里は冴里と乃里に目配せして、手を合わせました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。