樹里ちゃん、夏休みに入る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里は有給休暇を消化するために、いつもより長く夏休みを取りました。
もう一人のメイドの目黒弥生は、サボりが多かったので、夏休みはありません。
「サボってなんかいないわよ!」
どこかで地の文に切れる弥生です。
三女の乃里はママがたくさん休みを取ったので喜んでいますが、長女の瑠里と次女の冴里は顔を引きつらせました。
瑠里は部活があるので、家を出る事が多いのですが、冴里は、松下なぎさの長男の海流と勉強をすると嘘を吐いていた事が発覚し、樹里に真顔で詰められました。
「早く終わりにできる宿題は早めに終わらせなさい。それができないのであれば、海流君と会うのは禁止します」
樹里に強烈なノルマを課された冴里は、海流と会えないのは困ると思い、懸命に宿題をこなしています。
瑠里も、部活に力を入れ過ぎて、宿題が遅れているため、部活終わりに寄り道をする事ができず、まっすぐ家に帰り、樹里監視の下、宿題を予定より多めにこなしています。
四女の萌里は、樹里より休みが短いので、ママと一緒に保育所へ行く日があります。
萌里は大喜びですが、不甲斐ない夫で情けない父親の杉下左京は、萌里に見捨てられた形になり、毎日項垂れています。
「乃里、宿題を見てあげようか?」
何とか教えられそうな小学校二年生の乃里に声をかけましたが、
「パパはまちがえるから、いいよ」
あっさり拒否されてしまいました。
(小学校二年の宿題を間違える俺って……)
悲し過ぎて涙すら出ない左京です。
「パパもいっしょにいこう」
樹里に言われた萌里が、左京を誘ってくれました。
「萌里ィ!」
左京は涙ぐんで萌里を抱きしめました。すると、
「パパ、そういうの、せくはらだよ」
衝撃の言葉を放たれ、
「そうなんですか」
引きつり全開で応じる左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
何とか立ち直った左京は、萌里を間に挟んで、樹里と共に保育所へ行きました。
「おはようございます!」
男性職員の皆さんが、久しぶりの樹里の来所に大喜びです。
(こいつら、樹里を狙っているんじゃねえだろうな?)
猜疑心の塊の左京は、眉間に皺を寄せて男性職員の皆さんを見ました。
「おはようございます。お久しぶりです」
樹里は笑顔全開で告げました。
「どうぞどうぞ、中でお茶でも飲んで行ってください」
男性職員の皆さんは、左京を無視して、萌里と樹里だけを案内しました。
(こいつら、やっぱり!)
左京はムッとして後からついて行きました。
「どうぞ」
左京は入れてもらえましたが、お茶は樹里にしか出されませんでした。
(夫の実家でいびられる妻かよ!)
左京は芸歴が長いだけでポンコツの某芸人のようなツッコミを心の中でしました。
「萌里はご迷惑をかけていませんか?」
樹里が尋ねました。そこへやって来た園長先生が、
「萌里ちゃんはいい子ですよ。全然困らされた事はありません」
作り笑顔で言いました。男性職員の皆さんは、女性職員の皆さんに強制的に連れて行かれました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「もうお子さんのご予定はありませんか?」
園長先生は切なそうな顔で立ち入った事を訊きました。
左京は何かを期待するような顔で樹里を見ました。
「そんな顔してねえよ!」
真実を突きつけた地の文に動揺して切れる左京です。
「今のところはありません」
樹里は笑顔全開で含みのある答えをしました。
「え?」
期待してしまう左京です。
「やめろ!」
図星なので、顔を真っ赤にして地の文に切れる左京です。
「今でこそ、待機児童の問題がありますが、そのうちに少子化が進んで、園児の数が激減してしまう時が来ると思われます。現に、年々、入所するお子さんの数が減っているのですよ」
園長先生は涙ぐんでいます。
(うちは子沢山な方なんだよな)
左京は日本の少子高齢化に無関心です。
「関心はあるよ!」
ズバリ指摘した地の文に激ギレする左京です。
「そうなんですか」
樹里は深刻な問題提起をされたにも関わらず、笑顔全開で応じました。
園長先生は顔を引きつらせました。
「では、失礼します」
樹里は席を立ちました。
「お引き留めして申し訳ないです」
園長先生は涙を拭いました。同情するなら、子供を産んでほしいようです。
「そんな事は思っていません!」
地の文の指摘に切れる園長先生です。
樹里と左京は保育所を出ました。名残惜しそうに見ている男性職員の皆さんが怖いと思う地の文です。
「左京さん」
樹里が家への道すがら、左京に言いました。
「何だい、樹里?」
左京はビクッとして樹里を見ました。邪な事を考えていたので、後ろめたいようです。
「そんな事、考えてないぞ!」
震えながら地の文に切れる左京です。
「もう一人、子供を作りませんか?」
樹里が笑顔全開で告げたので、
「えええ!?」
左京は口から心臓が飛び出そうなくらい驚きました。
「嫌ですか?」
樹里は悲しそうに左京を見ました。
「嫌じゃないよ! 樹里さえよければ、作りたいよ!」
欲望丸出しの左京です。
「そういう言い方、やめろ!」
赤面して地の文に切れる左京です。
「母も四十代で出産しましたから、私もまだ大丈夫だと思います。協力してください、左京さん」
樹里は涙ぐんでいました。樹里は若いですが、左京はもうおじいちゃんです。無理かも知れません。
「そんな事ねえよ!」
左京は更に地の文に切れました。
「もちろんさ、樹里。俺も頑張るよ」
左京は樹里の肩を抱き寄せました。
「ありがとうございます、左京さん」
樹里は左京の肩に頭を預けました。
「こちらこそだよ」
左京は樹里の頬にキスをしました。
「左京さん」
樹里は左京を見上げて目を瞑りました。左京は周囲を見渡して、誰もいないのを確認すると、樹里の唇にキスをしました。
「よろしくお願いします」
樹里は潤んだ目で左京を見ました。
「よろしくお願いします」
左京も涙ぐんで応じました。
めでたし、めでたし。