樹里ちゃん、花火大会へゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は日曜日です。しかし、長女の瑠里はバスケの部活で出かけました。
「るりねえはまたバスケ?」
四女の萌里は寂しそうです。
「さり姉はまたわっくんとお出かけだもんね」
三女の乃里は肩をすくめました。
「私もそろそろ、ボーイフレンドほしいなあ」
乃里が言うと、
(まだ早いよ、乃里!)
こっそり聞いていた泥棒は思いました。
「泥棒じゃねえよ!」
地の文に切れる泥棒です。
「だから泥棒じゃねえって言ってるだろ!」
更に切れる変質者です。
「それも違う!」
三段落ちのボケをかました地の文に肩で息をして切れる不甲斐ない夫でだらしない父親の杉下左京です。
(でも、瑠里は保育所に行っている頃から、あの淳とかいう男と付き合っていたんだよな)
左京はふと思いました。
(冴里の相手は、なぎささんの息子だから、身元もはっきりしているし、何の心配も要らない)
ついでになぎさと不倫もできますよね。
「やめろ!」
心のうちに分け入ってみた地の文に切れる左京です。
(最近、瑠里はその淳という男とうまくいっていないみたいだけど)
それは嬉しい左京です。
でも、自分も年端もいかない女の子を誑かして、結婚までしていますよね?
「くはあ……」
予想もしない攻撃を受けた某アニメの主人公ばりに悶え苦しむ左京です。
(樹里って、俺と出会った時、何歳だったんだ?)
思い返してみる左京です。
(確か、あれは二千九年だ。今から十五年前……。樹里がまだ十八歳の時……)
そして、瑠里が生まれたのはその二年後。樹里はまだ二十歳です。
自分の罪深さに項垂れる左京です。通報しましょう。
「何の罪も犯してねえよ!」
早合点した地の文に猛抗議する左京です。
「今日は、お邸で花火大会があります。みんなで行きましょう」
樹里が笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
乃里と萌里は笑顔全開で応じました。
(それにしても、自宅の庭で、花火大会ができるって、五反田邸、凄いな)
今から養子にしてもらえないだろうかと左京は思いました。
「思ってねえよ!」
また心のうちに分け入ろうとした地の文に切れる左京です。
「るり姉とさり姉は来られるの?」
乃里が尋ねました。
「大丈夫ですよ。瑠里は部活終わりに直接お邸に行くそうです。冴里はなぎささん達と一緒にお邸に向かいます」
樹里は笑顔全開で告げました。
「そうなんですか」
乃里と萌里は笑顔全開で応じました。
「左京さん、海流くんを睨みつけないでくださいね」
樹里が笑顔全開で左京に釘を刺しました。
「ハハハ、そんな事、する訳ないだろう?」
何となく覚えがある左京ですが、シラを切りました。離婚の時、樹里が有利になる証拠として確保しようと思う地の文です。
「勘弁してください」
左京は地の文に懇願しました。
「パパ、そんなことしたの?」
乃里が目を見開きました。
「パパ、ひどい」
萌里が左京を睨みました。
「ううう……」
娘達に蔑まれ、項垂れるしかない左京です。
やがて、夕方近くになりました。
樹里の運転するミニバンで、一家は五反田邸に向かいました。
このイレギュラーにはあの変態集団も対応できていません。
「我らは変態集団ではありません!」
どこかで地の文に抗議する昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
樹里達は何事もなく五反田邸に着きました。
ゴールデンレトリバーのルーサも一緒です。
「ワンワン!」
ルーサは、
「久しぶりだなあ」
そう言っているかのように吠えました。
「あ、もしかして、ルーサ?」
そこへ麻耶とはじめが現れました。
ルーサは麻耶を覚えており、尻尾を振って近づきました。
「わわ!」
はじめはルーサが怖いようで、麻耶の後ろに隠れました。
「こんばんは、麻耶お姉ちゃん」
そこへ瑠里が制服姿で来ました。
「おお!」
樹里そっくりになった瑠里に感激するはじめですが、麻耶の闘気に気づき、慌てて下がりました。
「久しぶりね、瑠里ちゃん。どう、中高一貫校は?」
麻耶ははじめを一睨みしてから、瑠里に微笑みました。
「楽しいです。同じ小学校からも何人か来ているし、新しい友達もたくさんできました」
瑠里は笑顔全開で応じました。
「ヤッホー、樹里!」
そこへなぎさが夫の栄一郎、長男の海流、長女の紗栄と共に現れました。冴里も一緒です。
「こんばんは、なぎささん」
麻耶はなぎさに挨拶しました。
「ああ、麻耶ちゃん、久しぶり!」
なぎさは麻耶に近づきました。
「どう? 大丈夫?」
なぎさが訊きました。
「ええ、つわりはそれほどでもなくて、ホッとしています」
麻耶が応じると、
「え? つわり? 麻耶ちゃん、妊娠してたの?」
なぎさの反応が予想と違っているので、麻耶は驚きました。
「私は、まじめ君がモラハラしていないか、心配だったんだよ」
なぎさの不安は更に斜め上でした。
「なぎささん、まじめ君ではなくて、はじめ君ですよ」
栄一郎が素早く訂正しました。
「モラハラだなんて、はじめは凄く優しいわよ、なぎささん」
麻耶は苦笑いをしました。むしろ、麻耶がモラハラしているのです。
「違うわよ!」
地の文の指摘に激ギレする麻耶です。隣で引きつり全開のはじめです。
「花火が始まりますよ」
樹里が笑顔全開で告げました。皆、夜空を見上げました。
次々に華やかな打ち上げ花火が上がりました。
「おお!」
「綺麗!」
そこにいた人達は歓声を上げました。
「綺麗ですね」
樹里が言いました。
「樹里の方が綺麗だよ」
恥ずかしげもなく言う左京です。
「そうなんですか」
樹里は恥ずかしそうに笑顔全開で応じました。
(わっくんもあんなこと、言ってくれないかな?)
冴里は夜空を見上げて喜んでいる海流を見ました。
(あっちゃんと観たかったな)
瑠里はそんな妹を見て寂しく思っていました。
めでたし、めでたし。