樹里ちゃん、間違えられる?
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
「ママ、お揃いの服、着ようよ」
日曜の朝、長女の瑠里が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。瑠里は部活動のバスケットボールの練習の成果もあり、身長が伸びました。
樹里とほとんど同じくらいです。でも、胸は全然及びません。
「うるさいわね!」
セクハラが過ぎる地の文に切れる瑠里です。
(ママはどうしてあんなにおっぱいが大きいんだろう? 何を食べたのかな?)
知りたいのですが、訊けない瑠里です。
(璃里伯母さんは私と大して違わないのに。でも、お祖母ちゃんも大きいよね)
瑠里は密かに璃里をディスりました。すぐに知らせようと思う地の文です。
「ダメ、絶対!」
涙ぐんで地の文に切れる瑠里です。可愛いので知らせない地の文です。
「キモ」
瑠里は心ない一言を言いました。傷つく地の文です。
「これだよ」
瑠里は樹里にローマ字で「SUGISHITAJURI」と入ったTシャツを渡しました。
「私のは、『SUGISHITARURI』なんだよ」
瑠里は樹里に自分のTシャツを見せました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「ロゴは私がデザインして、プリントしてもらったんだよ」
瑠里は誇らしげに言いました。
「パパの分はないのですか?」
樹里は笑顔全開で尋ねました。
「ないよ」
瑠里も笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
樹里は真顔全開で応じました。
(しまった!)
瑠里は全身から嫌な汗を噴き出しました。
(ママって、意味不明なくらいパパが好きなんだよね。しくじったなあ)
不甲斐ない夫で情けない父親の杉下左京への樹里の愛は海よりも深いのです。
「そんな事ないよ、本当はあるよ」
瑠里は慌てて訂正しました。本当はないですよね?
「バラさないで!」
口が軽い地の文に激ギレする瑠里です。
「そうなんですか」
人を疑う事がない樹里は笑顔全開で応じました。
「パパには、サプライズで渡すんだよ」
嘘に嘘を重ねる瑠里です。
「そうなんですか」
樹里はまたしても笑顔全開で応じました。
(ああ、引っ込みがつかなくなった)
背水の陣になる瑠里です。
次女の冴里は、ボーイフレンドの松下海流とデートに行っています。
三女の乃里と四女の萌里は、璃里の家に遊びに行っています。
左京は、珍しく仕事が入っており、どこかで猫を探しています。
それは表向きで、本当は坂本龍子弁護士と不倫デートです。
「違う、断じて違う!」
某進君の名台詞で切れる左京です。猫が逃げてしまいました。
「あああ!」
慌てて追いかける左京です。
瑠里はしばらくぶりに日曜が部活休みになったので、樹里とお出かけするのです。
(ママとデート)
ボーイフレンドのあっちゃんとはどんどん疎遠になっているのです。このままでは、未来が変わってしまうと思う地の文です。
「疎遠になってないわよ!」
不幸が大好きな地の文に切れる瑠里です。
樹里と瑠里は、お揃いのTシャツを着て、渋谷へ出かけました。
「あの二人、双子の姉妹かしら?」
瑠里はあまりにも若い樹里が自分の姉に見えるのがちょっと引っかかっています。
「違うよ。双子ではないでしょ」
別の人は、樹里と瑠里の胸に注目して言いました。
「ううう……」
瑠里は項垂れてしまいました。
樹里と瑠里は、渋谷の街で大いに注目されました。
美人が二人で歩いているので、ナンパ男達が近づいて来ます。
「お姉さん達、どこ行くの?」
いつもなら、笑顔全開の樹里ですが、今日は瑠里が一緒なので、母親の防衛本能が発動して、
「そうなんですか」
真顔全開ビームで男達を跳ね除けました。
(ママ、怖い)
そんなこんなで、二人は無事に買い物をすませて、帰宅しました。
冴里達はまだ帰って来ていません。仕事を終えた左京が帰っており、リヴィングルームで寛いでいました。
「お帰り」
瑠里だけが先にリヴィングルームに入りました。樹里は洗面室で洗濯機から洗濯物を出しています。
気が利かない左京は何もしていません。
「やめろ!」
実際、気がつかなかった左京なので、切れ方が静かです。
「ごめん、樹里、すぐに洗濯物を干すから!」
左京は樹里と間違えて瑠里に土下座をしました。
「私、瑠里だよ」
瑠里はびっくりして言いました。
「ああ、そうなのか? 全然、見分けがつかない。ママかと思ったよ」
左京は苦笑いをして、洗面室へ走って行きました。
(あのパパが私とママを間違えた)
瑠里は何となく嬉しくなりました。
「どうしたんですか、左京さん?」
洗面室で洗濯物を取り出していた樹里は、左京が息を切らせて飛び込んで来たので、笑顔全開で応じました。
「いやあ、さっき、瑠里と樹里を見間違えてさ。ここ何ヶ月かで、瑠里の身長が伸びたから、ますます樹里と見分けがつかなくなったよ」
左京は照れ臭そうに告げました。
「瑠里の方がずっと若いですよ。左京さん、見え透いたお世辞、嫌です」
樹里が珍しくムッとしました。
「いや、お世辞じゃないって。ほんと、樹里は若いよ。だってよく、俺達、親子に思われるだろ? 下手すると、瑠里は孫かと思われるかもな」
自虐的な事を言う左京ですが、その通りだと思う地の文です。
「かはあ……」
フォローをしない地の文のせいで、血反吐を吐く左京です。
「左京さんも若いですよ」
樹里は顔を赤らめて言いました。
「そ、そうか。ありがとう、樹里」
左京は立ち直って、樹里に近づきました。
「左京さん」
樹里は目を瞑りました。左京は洗面室の外を見回してから、樹里にキスをしました。
「洗濯物、干して来ますね」
樹里は洗濯籠を持つと、洗面室を出て行きました。
(俺はいつまで元気でいられるだろう? 萌里が成人する頃は、六十代だよな)
左京は健康に不安を感じていました。瑠里の成人式も危ないと思う地の文です。
「やめろ!」
血の涙を流して地の文に切れる左京です。そして、二階にあるバルコニーの物干し台へ走りました。
「樹里! 俺、長生きするからな!」
樹里をバックハグしました。
「やめて、パパ! 瑠里だよ!」
瑠里が左京を払い除けました。
「ああ、すまん、瑠里!」
左京は娘に抱きついてしまった事を猛省し、謝りました。
「謝らなくていいよ。只、いきなりは驚くから、バックハグの時は教えてよね」
瑠里は顔を赤らめ、バルコニーを去りました。
「瑠里……」
瑠里の気遣いに左京は涙ぐみました。
めでたし、めでたし。