樹里ちゃん、七夕の飾り付けをする
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は七月七日、七夕の日です。
でも、不甲斐ない夫の杉下左京は、リアル七夕を絶賛経験中です。
「やめろ!」
心臓の辺りを抑えながら、地の文に切れる左京です。
(樹里と一年に一度しか会えなくなったら、俺は多分死んでしまう……)
顔色が悪くなる左京です。一年に一度も会えるのであれば、離婚しても平気ですね。
「離婚はしない!」
左京は何故か上から言いました。仮に離婚するとしたら、貴方は全てを受け入れるしかない立場ですよ。
「かはあ……」
図星過ぎて、血反吐に塗れて悶絶する左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
五反田邸の庭にある竹林から、ホテイチクを一本もらって来ました。
竹林と言えば、あの意地悪な人はどこへ引っ越したのかと急に気になる地の文です。
「余計なお世話よ!」
どこかで地の文に切れる竹林由子です。
「運ぶの大変だっただろう?」
ちょうどその時、運よく東京にいなかった左京が白々しい事を言いました。
「仕事で大阪に行っていたんだよ!」
名推理を展開した◯室さんのような地の文に切れる左京です。
「目賀根さん達がトラックをリースして運んでくれました」
樹里は笑顔全開で知らない人の名前を言いました。
「それは私の事です!」
どこかで地の文に抗議する昭和眼鏡男です。そう言えば、そんな名前でしたね。
「メガネさん?」
左京は首を傾げました。左京は人の顔を忘れる名人五段で、名前を忘れる名人八段です。
「そうですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。
「ああ、あいつの事か。あだ名で呼んだら、可哀想だよ、樹里」
左京は苦笑いをしました。
「お名前が目賀根昭和さんです」
樹里は笑顔全開で告げました。
「そうなんですか」
左京は樹里の口癖で応じました。
(名前までふざけている奴だな)
左京は呆れていました。
「竹はそのメガネさんが植えてくれたのか?」
左京は庭にあるホテイチクを見上げて訊きました。
「植えてくれたのは、京亜久半蔵さんですよ」
樹里は笑顔全開で言いました。
「え? 京亜久半蔵? あいつ、もう出所したのか? 早かったな」
左京は目を見張りました。
「模範囚だったらしいですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。
「脱獄囚顔の誰かとは違うな」
左京は加藤真澄警部を罵りました。
「俺は脱獄囚顔じゃねえよ!」
地獄耳で聞きつけ、警視庁の捜査一課で切れる加藤警部です。
(メガネさんも京亜久も、元々は樹里に害をなそうとした奴なのに、今では樹里を神のように崇めているんだよな。樹里ってすごいよなあ)
左京は今更ながら、樹里の不思議な魅力に感心しました。
それに比べて、貴方は人望がありませんよね。
「ううう……」
地の文の指摘が、鋭い程に当たっているので、心臓が苦しくなってしまう左京です。
「短冊に願い事、書けたよ」
長女の瑠里、次女の冴里、三女の乃里、四女の萌里が短冊を持って竹に近づきました。
「何をお願いしたんだ?」
左京が覗こうとすると、
「パパのエッチ!」
瑠里が猛然と怒り、短冊を隠しました。
「エッチって……」
娘に強い口調で拒否されたので、呆然としてしまう左京です。
「最低よ、パパ」
冴里も左京を叱りました。
「ダメよ、ダメダメ」
乃里はやばいギャグを言いました。
(そんなこと言っちゃダメだよ、乃里)
悲しい目で乃里を見る左京です。
「萌里の分はお姉が書いたんだよ」
冴里が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「では、飾り付けをしましょう」
樹里は物置から脚立を持って来て、吹き流し、提灯、網飾り、輪飾り、鶴を飾りました。
「G県のM市も、ちょうど七夕祭りですね」
樹里がG県豆知識を披露しました。
「そうなんですか」
瑠里達は笑顔全開で応じました。
「ヤッホー、樹里」
そこへ松下なぎさと栄一郎、長男の海流、長女の紗栄が来ました。
「わっくん、いらっしゃい!」
途端にデレデレする冴里です。
(今日はあっちゃん、来られないんだよね)
瑠里は寂しそうです。表立ったスケベのあっちゃんはM市の親戚に行っているのです。
「そのあっちゃんじゃないわよ!」
あっちゃん間違いをした地の文に切れる瑠里です。
親戚に行っているというのは嘘で、実はG県の彼女とデートをしていると思う地の文です。
「やめて!」
涙ぐんで地の文に抗議する瑠里です。可愛いので、もうしません。
(部活でレギュラー取るためにあっちゃんと会わないようにしていたから、愛想を尽かされたのかな?)
瑠里はどんどんネガティヴになり、涙をこぼしました。
「どうした、瑠里?」
左京は瑠里が落ち込んでいるので、声をかけました。
「何でもないよ」
瑠里は左京から逃げるように離れました。
「ううう……」
また傷ついてしまう中年のおじさんです。
「願いは叶いますよ、瑠里」
樹里が笑顔全開で励ましました。
「うん、ママ」
瑠里は涙を拭って樹里を見上げました。
「パパ、げんきだして」
乃里が落ち込んでいる左京に言いました。
「うん……」
涙ぐんで乃里を見る左京です。
「あれ、今日はおはぎないの? もう食べ終わっちゃった?」
なぎさが意味不明な事を言いました。
「なぎささん、今日は棚ぼたではなく、七夕ですよ。おはぎはありません」
栄一郎が訂正しました。
「え? そうなの? いつ変わったの? いつだったら、おはぎ食べられるの?」
なぎさはあくまでおはぎが食べたいようです。
「旧暦のお盆まで待ってください」
苦笑いをして応じる栄一郎です。
「ああ、そうなんだ。だったら、もうすぐだね」
なぎさは笑顔全開で応じました。
(可愛いなあ、なぎささん)
栄一郎は思いました。実は左京も思ったのは内緒にする地の文です。
「やめろ!」
深層心理を見抜かれ、動揺しながら地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開です。
「あっちゃんと七夕祭りに行けますように」
それが瑠里の願い事です。
めでたし、めでたし。