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樹里ちゃん、授業参観にゆく

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日は、長女の瑠里の授業参観日です。


 毎日が休みの不甲斐ない夫の杉下左京が行こうとしましたが、


「パパは来ないで!」


 瑠里の非情な発言により、


「そうなんですか」


 樹里の口癖を呟いて固まってしまいました。


「瑠里、パパに謝りなさい」


 真顔全開になった樹里に叱られた瑠里は、


「はい」


 顔を引きつらせて応じました。


「すまん、瑠里、その日は北海道へ出張になった」


 左京はここぞとばかりに仕返しをしました。


「違う、断じて違う!」


 不倫相手の坂本龍子弁護士が、猫を見つけたら二百万円の報酬と実費を支払うというクライアントを見つけて来たので、万難を排して行く事にしたのです。


「パパの意地悪! 大嫌い!」


 瑠里にそう言われて、「不倫相手」と捏造した地の文へのキレ芸も忘れてしまった左京です。


「瑠里が酷い事を言ったのが原因でしょう? パパは元々断っていた依頼をそのせいで受ける事にしたのですから、パパをなじるのはお門違いです」


 また樹里に真顔で叱られ、


「はい」


 蒼ざめて応じる瑠里です。


「ごめんなさい、パパ。瑠里を許して」


 瑠里は涙ぐんで左京に抱きつきました。


「気にしていないよ、瑠里。すまない。授業参観はママが行くから」


 左京は本当は授業参観に行きたかったのですが、北海道の仕事を引き受けたのにキャンセルすると、今後龍子から仕事が来なくなってしまう恐れがあるので、泣く泣く仕事を取ったのでした。


「パパ、大好き!」

 

 瑠里は涙を流してまた左京に抱きつきました。


「瑠里、もう離れなさい」


 樹里が嫉妬して、瑠里を左京から引き剥がしました。


「違いますよ」


 目が笑っていない笑顔で樹里に言われ、身体中の水分が抜けてしまった地の文です。


 樹里に抗議されたのは初めてなので、何となく喜びを感じてしまう変態の地の文です。


 こうして、茶番は終了し、授業参観には樹里が行く事になりました。


「茶番じゃねえよ!」


 地の文に切れる左京です。でも、瑠里に抱きつかれて、鼻の下が伸びているのは内緒です。


「やめろ!」


 図星を突かれた左京が地の文に切れました。


 


 樹里は何事もなく都立本郷中等教育学校に着きました。今日はネイビーブルーのスカートスーツを着ています。


「では樹里様、お帰りの時にまた」


 イレギュラーにも見事に対応した昭和眼鏡男と愉快な仲間達が敬礼して去りました。


「お待ちしておりました、杉下様」


 そこへまた不用意な発言をして現れる事務長の熊本翔くまもとかけるです。


「お待たせして申し訳ありません」


 樹里は深々と頭を下げました。


「いや、その、そういうつもりではなくてですね……」


 樹里の取り扱いマニュアルをまだ入手していない熊本は、焦って言いました。


「ようこそおいでくださいました、杉下さん。こちらへどうぞ」


 事務長の点滴である教頭先生が来ました。


「自己紹介が遅くなり、申し訳ありません。私、教頭の雨宮あめみやみやこです」

 

 雨宮教頭は樹里に名刺を渡しました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開でそれを受け取りました。


「杉下瑠里の母の杉下樹里です」


 樹里は訪問用の名刺を渡しました。


「げっ」


 雨宮教頭はその肩書きに驚愕しました。


(株式会社五反田商事の首席統括本部長!?)


 雨宮教頭は、樹里は五反田邸のメイドだという事しか知りませんでした。


「私は、事務長の熊本翔です」


 慌てて名刺を出し出す事務長です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じて、名刺を差し出しました。


「うわっ!」


 雨宮教頭よりも驚く事務長です。


「では、ご案内致します」


 ようやく我に返った雨宮教頭が樹里を見ると、すでに頭頂部が寂しくなっている校長先生と共に校舎に向かっていました。


(あのバーコードハゲめ、抜け駆けしやがって!)


 大急ぎで追いかける雨宮教頭です。


「えろうすんまへんな、杉下はん。事務長も教頭も、常識がなくて、困ってますねん」


 強めの関西弁で捲し立てる校長先生です。


「私、この中等教育学校の校長を拝任しております、本松もとまつ俊正としまさ言いますねん」


 ヘラヘラして、樹里に告げる本松校長です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「校長先生、杉下さんは私がご案内しますので、お戻りください」


 雨宮教頭は樹里と本松校長の間に入りました。


「ほうでっか? 杉下はん程のお方ですと、最高責任者がお相手するのが筋や思いまんねんけど」


 相変わらずアクの強い関西弁で応じる校長先生です。


「杉下さんが、校長先生の関西弁に怯えていますので、お戻りください」


 雨宮教頭は本松校長に詰め寄りました。


「そんなアホな。関西弁は怖い事おまへんがな。ねえ、杉下はん?」


 本松校長はヘラヘラして樹里を見ましたが、事務長がすでに玄関へ案内していました。


「こら、このドロガメ、何してけつかるねん!」


 本松校長は鬼の形相で事務長を追いかけました。


(遂に本性を表したな!)


 校長を追いかける雨宮教頭です。


「げっ!」


 本松校長の形相を見て、事務長は仰天しました。


「失礼します!」


 事務長は脱兎の如く駆け出し、逃走しました。


「あ、杉下さん。こちらです」


 するとそこへ瑠里のクラス担任の村崎真紘先生が現れました。


「瑠里がお世話になっております」


 樹里は笑顔全開で挨拶しました。


「いえいえ。杉下さんはクラスのまとめ役で、私の方が助けられていますよ」


 真紘先生は微笑んで告げました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「チッ」


 異口同音に舌打ちする校長と教頭です。




 樹里は真紘先生と一緒に一年二組の教室へ行きました。樹里が後ろのドアから教室に入ると、どよめきが起こりました。


 大ヒット推理ドラマの犯人役をしたのが、まだ記憶に新しいので、生徒達はざわざわして、保護者達はヒソヒソしています。


「起立」


 クラス委員の清原納言きよはらなことが言いました。皆が一斉に立ち上がります。保護者達も私語をやめて前を見ました。


「礼」


 納言が言いました。一斉に頭を下げる生徒達です。


「着席」


 納言が言いました。瑠里達は席に座りました。


「では、昨日の続きを始めます」


 真紘先生が言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 めでたし、めでたし。

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