樹里ちゃん、宮部ありさと探偵する
御徒町樹里は居酒屋で働くメイドです。
姉の璃里の出産が間近になったので、居酒屋と喫茶店の仕事は樹里と母親の由里でこなしています。
そんな時、妹の真里・希里・絵里が通っている幼稚園で、飼っていたうさぎが何者かに殺される事件が起こりました。
園長先生は樹里の夫が名探偵の杉下左京だと知っていたので、犯人探しを依頼しました。
「警察に頼めばいいんだよ。そういう関係で仕事受けるの、嫌なんだよなあ」
左京は全くやる気がありません。すると普段はサボり魔の宮部ありさが、
「だったらこの事件、私と樹里ちゃんだけで解決しちゃうわよ」
「おう、やってもらおうか」
左京は椅子にふんぞり返ったままで言います。
「私はお前を女として育てた覚えはない」
ありさが謎の返しをします。左京はあっさり無視します。
「解決したら、私の時給を倍にしてくれる?」
ありさがニヤリとします。
「ああ、するよ。何だったら、十倍でも良いぞ」
左京はバカにしたように言いました。
「言ったわね! 忘れないでよ!」
ありさは勢い良くドアを閉めました。
「できる訳ねえよ、お前に」
左京は後で死ぬほど後悔するとは夢にも思っていません。
ありさは喫茶店に行き、樹里に事件の話をしました。
「そうなんですか」
妹が通っている幼稚園での事件なのに、樹里は笑顔全開で聞いています。
「取り敢えず、ここが終わったら調査に行くから、お願いね」
「はい」
ありさは樹里が仕事を終えるのを待ち、そのまま幼稚園に行きました。
幼稚園は喫茶店からそれほど離れておらず、すぐに到着です。
園児達はすでに帰った後で、先生方と園長先生がいました。
園長先生はヤクザのような風貌ではなく、近所のおばあさんのような雰囲気の人です。
「杉下探偵事務所の副所長の宮部ありさです」
ありさはまだ「副所長」の名刺を切らしていなかったようです。
「杉下の妻の御徒町樹里です」
樹里も名刺を出します。
園長先生は、「何故結婚しているのに御徒町のままなのだろう?」とは思いません。
「お忙しいところを申し訳ありません」
園長先生は園長室に案内します。
そこには一人の先生が待っていました。
「第一発見者の高田先生です」
ポニーテールの若い先生です。
ありさは発見当時の事を尋ねました。
「朝、いつものように飼育小屋に行きました。そしたら、網が破られていて、うさぎが……」
高田先生は涙ぐんで声を詰まらせます。
うさぎはナイフのようなもので切り刻まれていたそうです。
「うう」
ありさは妄想が強過ぎて、気持ち悪くなりました。
「大丈夫ですか、ありささん?」
樹里が背中を擦ってあげます。
「では、現場を見せて下さい」
ありさは青い顔で言いました。園長先生と高田先生がギョッとします。
樹里とありさは飼育小屋に行きました。
その時です。
「きゃふ、きゃふ!」
久しぶりにありさがおかしくなりました。
「ありささん、どうしたのですか?」
樹里が声をかけますが、ありさは、
「きゃふ、きゃふ」
と言いながらピョンピョンうさぎのように飛び跳ね、園庭の反対側に行きます。
そこでは年配の植木職人が植木の剪定をしていました。
「きゃふ、きゃふ!」
ありさがその植木職人を睨みます。
「何ですか、この人は?」
植木職人が園長先生に言います。園長先生は苦笑いをして、
「探偵事務所の方です」
「た、探偵?」
何故かギクッとする植木職人です。
「犯人は貴方ですね、酒屋さん」
樹里が言いました。
「いや、儂は植木屋だし……。それに何ですか、犯人て?」
植木職人はありさと樹里を気味悪そうに見ながら、園長先生に尋ねます。
「うさぎが殺されていたんです。その犯人探しを探偵さんに依頼したんです」
園長先生が答えると、植木職人は、
「その犯人が儂だって言うんですかい、園長? 冗談じゃねえ」
と怒り出しました。
「貴方が犯人なんですよ、等さん」
樹里が重ねて言います。植木職人は樹里を睨み、
「儂は等なんて名前じゃねえよ!」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
「証拠があるのか!? 滅多な事言うもんじゃねえよ、嬢ちゃん!」
と急に凄み出します。明らかに犯人の反応です。
「証拠は、貴方の頭に巻いた手ぬぐいに付着したうさぎの毛です」
突然我に返ったありさが言い放ちました。
「え!?」
植木職人はハッとして手ぬぐいを触ります。
「その剪定ばさみが凶器ですね。どれほど奇麗に洗っても、科学捜査の力を使えば、すぐにわかりますよ、等さん」
「だから儂は等じゃねえよ……」
植木職人はガックリと項垂れて言いました。
その後、植木職人は近くの交番からおまわりさんが連れに来ました。
うさぎに、自分が育てた花を食い荒らされたのが犯行の動機でした。
「殺す事はなかったでしょ? その事を園長先生に言って、対策を講じてもらえば良かったのよ」
ありさは連れて行かれる植木職人に言いました。
「そんな冷静さがあれば、うさぎを殺したりしてねえよ。あれは、儂が何年もかかって作った新種の花だったんだ。それをあっさり食いちぎられた時、もう殺してやると言う発想しかなかったのさ」
ありさは悲しそうな植木職人の顔を見て黙りました。
ありさと樹里は園長先生にお礼を言われました。
「依頼料は口座振込みでと所長さんから連絡がありました」
園長先生の言葉に苦笑いするありさです。
「あのヤロウ、まだ疑ってるのか」
こうして、うさぎ殺害事件は樹里とありさの連係プレーで解決しました。
ありさと樹里が事務所に戻ると、左京がいません。
「あいつ、逃げたな」
ありさがムッとします。
「ありささん、これが」
樹里が机の上にあった封筒をありさに渡します。
「何?」
ありさは中身を出します。それは便箋でした。それには、左京の字で、
「さっきは悪かった。謝るから、時給十倍は勘弁してくれ」
と書いてありました。ありさはクスッと笑い、
「十倍じゃなくていいわよ、左京」
するとトイレから左京が出て来ます。
「ホントか、ありさ」
「ええ。九倍でいいわ」
左京はそのままトイレに戻りました。
めでたし、めでたし。