樹里ちゃん、墓参りにゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
「今回は、ヒモ亭主も連れて来るんだよ」
樹里の祖母である美玖里が念を押しました。
自分の亡き夫に瓜二つの、樹里の不甲斐ない夫の杉下左京に恋をしてしまった美玖里なのです。
「バカな事を言うんじゃないよ!」
真実を語った地の文に激怒する美玖里です。
「わかりました。でも、今回は夫のご両親のお墓にも参りたいので、長居はできませんよ」
美玖里に電話した樹里は笑顔全開で言いました。
「そうなのかい? 仕方ないね。じゃあ、私も一緒に墓参りするよ」
少しでも左京と一緒にいたい美玖里がとんでもない事を提案しました。
「そうなんですか」
樹里はそれを快く受け入れました。
「えええ!?」
後で知った左京は仰天しましたが、美玖里が怖いのと、樹里に全く悪気がないので、反対できませんでした。
「それを聞いた母が、一緒に行くのを断わって来ました」
樹里は笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
複雑な心境の左京は、樹里の口癖で応じました。
左京は、美玖里と由里を天秤にかけて、非常に悩みましたが、
(ベタベタしてくる由里さんの方が厄介だ)
怖さではほぼ差がない二人でしたが、面倒臭さでは由里の方が優っているので、美玖里の提案に納得しました。
早速、その事を由里に伝えようと思う地の文です。
「勘弁してください」
それだけは避けたい左京が、地の文に会心の土下座をしました。
そして日曜日になると、樹里の運転でまずは美玖里の待つG県S市のI温泉に向かいました。
(楽しいのは、旅館に着くまでか)
左京は思いました。まだパパが大好きな三女の乃里と四女の萌里に挟まれて、中部座席に座る左京です。
長女の瑠里は、左京の代わりに助手席に座りました。
抜け道マップのアルバイトをしていた樹里には、ナビは不要だからです。
次女の冴里は、後部座席に一人で座っています。その後ろのトランクには、ゴールデンレトリバーのルーサがケージに入れられて乗っています。
「ワンワン!」
「久しぶりの遠出、楽しいな!」
そう言っているかのように吠えました。
樹里達を乗せたミニバンは、関越自動車道を走り、たちまちG県のSIインターチェンジに着きました。
ミニバンは一般道に出て西上し、I温泉へ向かいました。
(ああ、楽しいひと時ももうすぐ終了か)
溜息を吐く左京です。
「今日は、温泉には入れませんよ。お墓参りがすんだら、次はパパのお父さんとお母さんのお墓に行くのですからね」
樹里が笑顔全開で告げました。
「ええ? そうなの? つまんない」
瑠里が心ない一言を言いました。左京はそれを聞いて項垂れました。
「瑠里」
樹里が真顔全開で言いました。
「ごめんなさい」
顔を引きつらせて謝罪する瑠里です。
(お姉ちゃん、進歩がないな)
それを見ていた冴里が思いました。乃里と萌里も怖いママを見て、顔を引きつらせています。
「よく来たね」
旅館の前に出ていた美玖里が出迎えました。いつになくお化粧が濃い感じがするのは、左京と会うからでしょうか?
「うるさいんだよ!」
顔を赤らめて地の文に切れる美玖里です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。
「お久しぶりです、美玖里さん」
左京は緊張して言いました。
「あ、ああ、ヒモ亭主、よく来たね」
美玖里も何故か緊張していました。
「さあ、早速お墓に行こうかね」
美玖里はスタスタと歩き出しました。
「ああ、はい」
左京はルーサを下ろすと、美玖里について行きました。
「行きますよ」
樹里は笑顔全開で娘達と歩き出しました。
一行はお墓に着きました。樹里が用意して来た花を花立に生けました。
瑠里と冴里が線香を用意しています。左京はルーサを近くのフェンスに繋ぎました。賢いルーサはおとなしく待っています。
樹里が線香に火を点けて、皆に配りました。最初に美玖里が線香を供えました。
続いて、左京と樹里が並んで線香を供えました。
そして、瑠里、冴里、乃里、樹里と一緒に萌里が線香を供えました。
美玖里が作って来たお団子を供え、皆で手を合わせます。
そして、お供えしたお団子を全員がいただき、食べました。
「それじゃあ、戻ろうか」
美玖里が言い、旅館へ戻ります。
「左京さん」
樹里が下りの階段を降りる美玖里をサポートするように左京を促しました。
「あ、そうだな」
左京はすぐに美玖里に近づき、さっと彼女を支えるように手を添えました。
「あ、ありがとう……」
美玖里はまた顔を赤めました。
(やっぱり、ひいお祖母ちゃん、パパの事が好きなのかな?)
瑠里は、以前来た時、左京にそっくりな男性の写真を見ているので、そう思いました。後で樹里から、ひいお祖父ちゃんの写真だと教えられました。
(もしかして、お祖母ちゃんがパパにベタベタするのも、同じなのかな?)
瑠里は、御徒町家の三人が、皆左京と同じ顔の人が好きなのだと思いました。
(でも、お祖父ちゃんは似ていないよね)
由里の前の夫の赤川康夫は左京とは全然似ていません。次の夫の西村夏彦も似ていません。
「まあ、いっか」
瑠里はクスッと笑いました。
(お姉ちゃん、ちょっと怖い)
冴里が笑う姉を見て震えました。
予告通り、帰りは美玖里が同乗して、左京の家のお墓へ向かいました。
無事に墓参りをすませて、美玖里はそのまま、樹里の家まで一緒に来ました。
「お義母さん、ご無沙汰しています」
康夫と夏彦が出迎えました。由里はリヴィングルームで寝転んでいます。
璃里は美玖里に会いたくないので来ていません。
「そういう捏造はやめて!」
どこかで地の文に切れる璃里です。
「相変わらず、男前だね、康夫さん。で、こっちは誰だっけ?」
美玖里は会心のボケをかましました。
「お義母さん、西村夏彦ですよお」
涙ぐんでしまう夏彦です。
「冗談だよ、夏彦さん。もっと、旅館にバカ娘と来なさいよ」
美玖里は豪快に笑いました。
「はい」
由里との温泉旅行は苦痛だと思う夏彦です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。