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樹里ちゃん、モラハラされる

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日は樹里は、汚れ芸人の頼みで、地方の営業に同行する事になっています。


「誰が汚れ芸人だ!」


 どこかで聞きつけて地の文に切れる西園寺伝助です。地の文は名前を出していないのに、自分の事だと理解しているようです。


「くうう……」


 痛いところを突かれて悶絶する伝助です。


「そこまで気を遣う必要はないだろう?」


 不甲斐ない夫の杉下左京は、樹里の身を案じて言いました。


「西園寺さんには先日、助けていただきましたから」


 しかし、伝助に恩義を感じている樹里は笑顔全開で言いました。


「そうなんですか」


 それを言われてしまうと、それ以上何も言えなくなるヒモおっとです。


「うるせえ!」


 本当の事を言われて地の文に激ギレする左京です。




「樹里さん、こっちです」


 樹里は品川駅の新幹線ホームで伝助と落ち合いました。


 見た感じでは、祖父と孫の旅行のようです。


「やめろ!」


 先日、めでたく五十五歳になったばかりの伝助が、心ない事を平気で述べる地の文に切れました。


「本日はよろしくお願いします」


 樹里は深々と頭を下げました。


「私、伝助のマネージャーの中泉五郎です」


 伝助と違って、痩身の若い男性が樹里に名刺を差し出しました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開でそれを受け取り、


「株式会社五反田商事の首席統括本部長の杉下樹里です。よろしくお願いします」


 自分の新しい名刺を差し出しました。名刺には、社名と樹里の姓名しか書かれていません。


「え? 五反田商事?」


 マネージャーは、


(同じ名前の別の会社だろう。こんなボーッとした女の子があの大企業の社員であるはずがない)


 勝手に決めつけました。大学を出て一年目に汚れ芸人の担当になったので、樹里の事を全く知らないようです。


 しかも、童顔の樹里を自分より年下の新入社員だと思っています。


「だから、汚れ芸人じゃねえよ!」


 しつこい地の文に切れる伝助です。でも、自分のマネージャーが樹里を見下している事に気づいていません。


 ポンコツだから、仕方がないと思う地の文です。


「はい、新幹線の切符ね。なくさないようにね」


 年下だと判断した途端に、口の利き方が横柄になりました。


「そうなんですか」


 樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。


「伝助さんの分は、僕が持っておきますね」


 中泉は言いました。


「うん、そうして。俺、すぐなくしちゃうからさ」


 伝助はヘラヘラして応じました。


(それにしても、可愛いな。伝助さんと知り合いみたいだけど、芸人なんだろうか?)


 樹里の素性が気になる中泉です。


(帰るまでに連絡先を聞き出して、デートの約束を取り付けよう。きっと、ちょろいだろう)


 笑顔全開の樹里を見て、下心全開になる中泉です。


(胸もデカそうだし、世間知らずっぽいから、今日中にヤれそうだ)


 更に下心が暴走する中泉です。


「ねえ、樹里ちゃん、出身はどこ?」


 中泉は新幹線に乗り込むと、伝助を窓側の席に押し込め、自分は真ん中の席に陣取り、樹里に小声で尋ねました。


「東京です」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「そうなんだ。家族は?」


 中泉は顔を近づけて訊きました。


「夫と娘が四人です」


 樹里は正直に答えました。


「え?」


 一瞬驚く中泉ですが、


(警戒されたかな? これは芸人のボケだろう)

 

 ポジティヴに捉えました。結構おバカのようです。


「あはは、面白いんだね、樹里ちゃんは。僕は妻が四人と娘が十八人だよ」


 中泉はボケ返しました。


「そうなんですか」


 しかし、樹里はいつもと同じように笑顔全開で応じました。


(あれ、驚かないの? さすが芸人だな)


 変な風に解釈する中泉です。


「樹里ちゃんは高卒? 大卒じゃないよね?」


 中泉は明らかにバカにした顔で尋ねました。


「はい、高卒です。母が忙しい人なので、早めに就職しました」


「そうなんだ。で、すぐに芸人の道を進んだの?」


 中泉は更に顔を近づけました。


「いえ、最初は大きなお屋敷のメイドになりました」


 樹里は笑顔全開で告げました。


「メイド?」


 中泉は目を見開きました。


「そこで殺人事件があって、私が被疑者になってしまいました」


「え? そうなの? ああ、それで逮捕されて、未成年だったので、すぐに出られて、芸人になったんだ?」


 中泉は妄想を暴走させました。


「逮捕はされませんでした。そこで今の夫と出会いました」


 樹里は笑顔全開でこれまた正直に言いました。


(まださっきのボケを続けるのか? バカなのかな? もうそのボケは通用しないのに)


 中泉は肩をすくめて、


「はいはい。もうそのボケはおしまいにして。全然面白くないから」


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。


「中泉ちゃーん、腹減ったんだけど」


 唐突にさっきまで寝ていた伝助が言いました。


「はい、買っておいた駅弁です」


 中泉は素早く大きな袋から幕の内弁当を取り出して、ペットボトルのお茶と共に伝助に渡しました。


「おお、気が利くね、中泉ちゃん」


 伝助は嬉しそうに受け取ると、早速食べ始めました。


「樹里ちゃんも食べる?」

 

 中泉は伝助のとは違う高級な弁当を樹里に差し出しました。


「ありがとうございます」


 樹里は笑顔全開で受け取りました。


「それは一番高い弁当だから、今日は一番受けないとダメだよ。もし受けなかったら、弁当代をギャラから引いちゃうからね」

 

 中泉はニヤリとしました。


「そうなんですか?」


 樹里は小首を傾げました。


(おお、可愛過ぎる!)


 樹里の仕草ノックアウト寸前の中泉です。


「可愛いから、許しちゃうよ」


 デレデレして言う中泉です。


「お弁当代を引く事はできませんよ。今日はボランティアですから」


 樹里は笑顔全開で告げました。


「え? ボランティアってどういう事?」


 今度は中泉が首を傾げました。


「西園寺さんにノーギャラでと言われています」


 樹里は笑顔全開でまずい事を言ってしまいました。


「え? どういう事ですか、伝助さん?」


 中泉は伝助を睨みつけました。伝助はギクッとして、


「え? 何何?」


 中泉を見ました。中泉は、


「樹里ちゃんはノーギャラだって言ってますよ。確か、ギャラは伝助さんの口座に一緒に振り込む事になっていますよね?」


 伝助は顔中を汗まみれにしました。そして、


「冗談だよ、樹里さん。ちゃんとギャラは払います」


 焦って言い繕う伝助です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「全く、いい加減にしてください」


 中泉は伝助を説教しました。


 


 やがて、新幹線は新大阪駅に着きました。


「本部長、お迎えにあがりました」


 ホームには二十名のスーツ姿の屈強な男達がいました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「え? あの、どういう方ですか?」


 中泉は嫌な汗を全身から噴き出して尋ねました。男達は五反田グループの徽章を胸に付けていたのです。


「グループ本社の重役である本部長がお見えになるので、お迎えにあがったのです」


 男の一人が答えました。


 それを聞き、樹里への失礼の数々を思い出した中泉は失神してしまいました。


「どうした、中泉ちゃん?」


 伝助が慌てました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 めでたし、めでたし。

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