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樹里ちゃん、左京の誕生日を祝う

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日二月十四日はまさにおぞましい日です。


「何でだよ!」


 今日が誕生日の不甲斐ない夫の杉下左京が、正しい事を述べたはずの地の文に理不尽に切れました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「今日は、左京さんの誕生日ですから、有給休暇を取りました」


 樹里はいつものように全く悪気なく言いました。


「そうなんですか」


 左京は引きつり全開で樹里の口癖で応じました。今日は水曜日なので、娘達はお休みではありません。


 たった一人の誕生日になってしまうので、樹里は仕事を休みました。


「樹里、すまない。仕事を休んでもらって……」


 左京は涙ぐんで樹里にお礼を言いました。


「私は休みたかったので、別にお礼はいいですよ」


 樹里はまた何の悪気もなく言いました。


「ありがとう。本当に樹里は天使のようだ」


 遂に左京は号泣しました。


「そうなんですか」


 樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。その時、ドアフォンが鳴りました。


「え?」


 左京は非常に嫌な予感がしました。恐る恐るドアフォンの受話器を取ると、そこには予想通り、不倫相手の坂本龍子弁護士が映っていました。


「不倫相手じゃねえよ!」


 いつも通り、地の文に切れる左京です。


「ハッピーバースデー、左京さん!」


 ノリノリで挨拶をする龍子ですが、


「いらっしゃいませ、龍子さん」


 ドアを開けたのが、いるとは思っていなかった樹里だったので、凍りつきました。


 樹里の後ろで顔を引きつらせている左京です。


「じゅ、樹里さん、いらしたのですか……」


 龍子は震えながら言いました。


「今日は、夫の誕生日ですから」


 樹里は全く悪意なく言いました。


「どうぞ、お入りください」


 樹里の言葉に顔を引きつらせて、龍子は申し訳なさそうに玄関を入りました。


「お邪魔します」


 まさに「お邪魔」だと思う地の文です。


「ううう……」


 その通りなので、項垂れてしまう龍子です。その時、またドアフォンが鳴りました。


「え?」


 左京は更に嫌な予感がしました。ドアを開くと、そこには斉藤真琴、隅田川美波、勝美加が立っていました。


 三人は左京の後ろに笑顔全開の樹里と引きつり全開の龍子がいるのに気づきました。


「げっ!」


 三人は見事にハモって叫びました。


「いらっしゃいませ。今日は賑やかなお誕生日になりますね」


 悪気なく言う樹里です。


「そうなんですか」


 真琴と美波と美加は引きつり全開で応じました。


「お上がりください」


 四人はリヴィングルームに通されました。


「よかったら、お召し上がりください」


 龍子と真琴がバースデーケーキが入った箱をテーブルに置きました。


「ありがとうございます」


 樹里は笑顔全開でお礼を言いました。


「ありがとう」


 引きつり全開で言う左京です。その時、またしてもドアフォンが鳴りました。


(やっぱり……)


 左京は項垂れながら、玄関へ向かいました。ドアを開くと、そこには税理士の沖田総子はいました。

 

「お誕生日、おめでと……」


 そこまで言って、左京の後ろに樹里が笑顔全開で立っているのに気づき、固まってしまう総子です。


「どうぞ、お入りください」


 樹里と左京に補助されて、総子は玄関を入り、リヴィングルームへ行きました。


「今日は二人きりのお誕生日会だと思ったのですが、たくさんの方に来ていただけて、よかったですね、左京さん」

 

 樹里は皮肉でも嫌味でもなく、心の底からそう思って言いました。


「はい」


 左京は引きつり全開で応じました。龍子達も苦笑いをしています。


(これじゃあ、樹里がいない時に頻繁に集まっていると思われてしまう……)

 

 左京は大きく項垂れました。


 総子もホールケーキを持って来たので、樹里が用意したケーキを合わせて、四つのホールケーキがあります。


「ちょっと、気が利かないわね。誰も飲み物を持って来なかったの?」


 真琴が言いました。


「大丈夫ですよ。飲み物はありますから」

 

 樹里が笑顔全開で取り出したのは、先日樹里にあんな事やそんな事をしようと企んで自爆した芸人の曇空くもりぞら玄五郎げんごろうからお詫びの印に贈られたシャンパンです。


「ド、ドンペリ!?」


 銘柄に気づいた美波が叫びました。


「ええっ!?」


 それを聞いた龍子と真琴と美加と総子が叫びました。


「もらい物です」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「それから、デザートとして、こちらもあります」


 樹里が続けて出したのは、汚れ芸人の西園寺伝助が贈って来た高級メロンの詰め合わせです。


「汚れ芸人じゃねえよ!」


 どこかで聞きつけて、地の文に切れる伝助です。


「すごい! これ、一個一万円のメロンですよ」


 総子が言いました。十個入っていますので、総額十万円です。左京の年間収入と同じくらいです。


「もっと稼いでるよ!」


 少しだけサバを読んだ地の文に切れる左京です。


「私のお客様で果物屋さんがいるのですが、そこで年に百ケース程売れるものと同じです」


 総子は見た事があるだけのメロンに驚愕しています。


「これももらい物です」


 樹里は笑顔全開で言いました。


(ドンペリとか、高級メロンとかをもらえる樹里さんて、交友関係どうなっているのかしら?)


 探偵の美波はそんな事を気にしていました。


「皆さん、今日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。これからも、夫をよろしくお願いします」


 樹里が笑顔全開で意味深な事を言いました。


「はい!」


 龍子達は笑顔で応じました。左京は引きつったままです。


(取り敢えず、樹里が怒っていないようでよかった)


 ホッとする左京です。もうすぐ離婚するので、関係ないのかも知れません。


「やめてくれー!」


 身も蓋もない事を言い出した地の文に泣きながら懇願する左京です。


「そうなんですか」


 樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。


(チョコはちょっと渡せないな)


 龍子達は思いました。今日はバレンタインデーなのを思い出した地の文です。


 めでたし、めでたし。

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