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樹里ちゃん、大物芸人に誘われる

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日も樹里は笑顔全開で出勤します。


「行ってらっしゃい、ママ」


 長女の瑠里と次女の冴里が笑顔全開で言いました。


「いってらっしゃい、ママ」


 三女の乃里と四女の萌里も笑顔全開で言いました。


「行ってらっしゃい」


 二年連続で、樹里の配偶者控除の対象となった不甲斐ない夫の杉下左京が言いました。


「かはあ……」


 痛いところを地の文に突かれた左京は血反吐を吐きました。


「ワンワン!」


 ゴールデンレトリバーのルーサが、


「相変わらず、ヒモだな」


 そう言っているかのように吠えました。


(ルーサも年を取ったな)


 ルーサにバカにされているとは知らず、そんな事を思う左京です。


 ルーサは樹里達が五反田邸の中にある家に住んでいた時に五反田氏から譲り受けた血統書付きの犬です。


 すでに九年の年月が過ぎており、人間で言うと七十歳手前くらいです。左京と同世代ですね。


「俺はまだ四十代だよ!」


 逆サバを読んだ地の文に切れる左京です。


「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様と萌里様にはご機嫌麗しく」


 そこへ情けなさでは左京といい勝負の昭和眼鏡男と愉快な仲間達が来ました。


「失礼な!」


 詳しく反論すると左京を傷つけてしまうので、一言だけ地の文に抗議する眼鏡男です。


「はっ!」


 そんな一瞬の隙を突いて、樹里はJR水道橋駅へと向かっていました。


「樹里様、お待ちください!」


 涙ぐんで樹里を追いかける眼鏡男達です。


「行って来るね!」


 瑠里と冴里と乃里は集団登校の一団に加わり、小学校へ向かいました。


(瑠里はこの春には中学生か。俺も年を取ったな)


 一人感動に浸る左京ですが、瑠里が生まれた時には、すでに初老でした。


「まだ初老じゃねえよ!」


 地の文に切れる左京ですが、初老とは四十歳の事なので、とうの昔に過ぎていると思う地の文です。


「え?」


 初老が四十歳の事だと知り、愕然とする左京です。もうすぐ五十路なのに愚かしいと思う地の文です。


「ううう……」


 真実を突きつけられ、項垂れるしかない左京です。


「パパ、いっちゃうよ!」


 萌里が仁王立ちでほっぺを膨らませたので、


「わかったよお、萌里ィ」


 気持ち悪い声で応じる左京です。そして、


(萌里が成人する頃には、俺は六十を過ぎているのか……)


 涙ぐんでしまう左京です。




 樹里は何事もなく五反田邸に到着しました。


「ではお帰りの時にまた」


 眼鏡男達は敬礼して去りました。


「樹里さーん!」


 もうすぐ降板する目黒弥生が走って来ました。


「やめてー!」


 口さがない地の文に涙目で抗議する弥生です。


 粗相があったら、この辺りを歩けなくなるかもと呟く地の文です。


「誰が◯沢一◯だ!」


 弥生が際どい発言をしたので、伏せ字にする地の文です。


「はっ!」


 我に返ると、樹里はすでに玄関を入っていました。


「樹里さん、待ってください! 今日は芸能人の方がおいでになるそうです!」


 泣きながら叫ぶ弥生です。


 


 樹里と弥生が庭掃除を終えた頃、一台の白塗りの高級車が車寄せに停まりました。


「いらっしゃったようですよ」


 弥生が言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 高級車の運転席から降りて来たのは、笑われ芸人の西園寺伝助でした。


「笑われじゃねえよ、お笑いだよ!」


 正しい表現をした地の文に切れる伝助です。


(何だよ、汚れ芸人じゃねえか)


 弥生は舌打ちをしました。


(てっきり、大物芸人の曇空くもりぞら玄五郎げんごろう師匠かと思ったのに!)


 弥生は今をときめく人気芸人が来ると思っていたのです。


 仮に来たとしても、用があるのは元芸能人の樹里だと思う地の文です。


「ううう……」


 正しい事を指摘され、項垂れる弥生です。


「いらっしゃいませ、西園寺さん」


 樹里は笑顔全開で頭を下げました。


「樹里さん、久しぶり。実は今日はいいお話を持って来ました」


 伝助は嫌らしい笑みを浮かべました。


「うるさいよ!」


 正確な描写をした地の文に切れる伝助です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 


 そして、伝助は応接間に通されました。


「ああ、お構いなく」


 ソファに座りながら、伝助は退室する弥生に言いました。


(別に飲み物を持ってくるつもりはないんだけど)


 発想が図々しい伝助にイラッとする弥生です。


「実はですね、樹里さん」


 樹里は向かいのソファに座ったのですが、伝助は弥生がいなくなると、すぐに樹里の隣に移動しました。


 不適切な行為に及ぶつもりでしょうか?


「違うよ!」


 先回りした地の文に切れる伝助です。


「大先輩の曇空玄五郎師匠が、樹里さんに是非会いたいとおっしゃているんです」


 伝助は樹里に顔を近づけて言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「ビトンホテルの最上階のスウィートルームで食事でもどうですかと」


 伝助は鬼気迫る顔です。


「そうなんですか」


 樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。


「受けてくれますよね? 受けてもらわないと、俺、芸能界を干されちゃうんです」


 伝助は涙ぐんでいます。どうやら、脅されたようです。


「大丈夫ですよ、お受けします」


 樹里は笑顔全開で告げました。


「あああ、樹里さん、ありがとうございりますう! こえのご恩は一生忘れられでません!」


 噛み噛みで伝助は樹里の右手を両手で握りしめました。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開で応じました。


 伝助は何度も樹里に頭を下げて、帰って行きました。


「あれ、もう帰ったんですか、汚れ芸人の伝助さんは?」


 そこへ弥生が戻って来ました。


「はい。曇空玄五郎さんにお食事に誘われました」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「えええ!? いいなあ、樹里さん、羨ましいなあ」


 弥生は心の底から思いました。




「樹里さんにOKをもらいました」


 伝助は早速水すましに連絡をしました。


「玄五郎や!」


 水生昆虫と勘違いした地の文に電話の向こうで切れる玄五郎です。


「ようやった、伝助はん。あんさん、これでしばらくは安泰やで」


 玄五郎が言いました。


「ありがとうございます、師匠」


 伝助は泣きながらお礼を言いました。


 樹里が危ないかも知れないと思う地の文です。

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