樹里ちゃん、新年会に出席する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は、年始最初の出勤日です。樹里はしばらくぶりに五反田邸へ向かいます。
「行ってらっしゃい、ママ」
今日から三学期の長女の瑠里と次女の冴里が笑顔全開で言いました。
「いってらっしゃい」
同じく三学期が始まる三女の乃里も笑顔全開です。
「いってらっしゃい」
四女の萌里はまだ保育所が始まらないので、今日も不甲斐ない夫の杉下左京と一緒に過ごすという罰ゲームです。
「何で罰ゲームなんだよ!?」
理路整然とした事を述べたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様と萌里様にはご機嫌麗しく」
年が明けても、何の進歩もない昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。
「我らは日々進歩しています!」
地の文の指摘に憤然として抗議する眼鏡男達です。
「はっ!」
我に返ると、樹里はすでに出発していました。
「お待ちください、樹里様!」
涙ぐんで樹里を追いかける眼鏡男達です。
「ワンワン!」
ゴールデンレトリバーのルーサが、
「やっぱり進歩してねえな」
そう言っているかのように吠えました。
「行って来ます!」
瑠里と冴里は集団登校の一団に合流しました。
「いってきます!」
乃里も合流しました。
「いってらっしゃい」
萌里は笑顔全開で見送りました。
「気をつけてな!」
役に立たない父親が言いました。
「かはあ……」
その通りなので、血反吐を吐く左京です。
樹里は何事もなく五反田邸に到着しました。
「明けましておめでとうございます」
降板したはずの目黒弥生が挨拶しました。
「降板してないわよ!」
涙目で地の文に切れる弥生です。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
樹里は笑顔全開で深々と頭を下げました。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
弥生も慌てて頭を下げました。
「本日は五反田グループの新年会ですので、旦那様と奥様と麻耶お嬢様もいらっしゃいます」
弥生が告げました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「はじめ君はいないのですか?」
樹里が触れてはならない事を訊きました。
「別に触れてもいいわよ!」
地の文の嫌味を聞きつけて現れ、地の文に切れる麻耶です。何百万円もする振袖を着ています。
「そんなに高価じゃないわよ!」
麻耶は更に地の文に切れました。
「はじめはもうすぐ来るわ、樹里さん。明けましておめでとう」
麻耶は微笑んで言いました。
「そうなんですか。明けましておめでとうございます」
樹里は笑顔全開で応じました。
(何だ、別れていないのか)
残念に思う弥生です。
「思ってないわよ!」
根も葉もない事を妄想する地の文に切れる弥生です。
樹里は更衣室でメイド服に着替えをすませると、五反田氏と妻の澄子がいる邸の中央にある大広間へ行きました。
たくさんの飾り付けがされており、お正月感満載です。テーブルには豪華絢爛なおせち料理が並んでいます。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
樹里は深々と頭を下げて言いました。
「おめでとう、樹里さん。こちらこそよろしく頼むよ」
紋付袴姿の五反田氏は微笑んで言いました。
「おめでとう、樹里さん。今年もよろしくね」
和服姿の澄子も微笑んで言いました。
「そろそろ、来客が来る頃だから、玄関でお出迎えを頼むよ」
五反田氏は樹里と弥生に告げました。
「畏まりました」
樹里と弥生は深々と頭を下げました。
樹里と弥生は玄関の車寄せへ行きました。
すると早速、上から目線の売れない作家の乗るリムジンが到着しました。
「誰かが私の悪口を言っているようだけど、空耳なのよ!」
後部座席で叫ぶ大村美紗です。
「いらっしゃいませ、大村様。明けましておめでとうございます」
樹里と弥生は声を揃えて出迎えました。
「おめでとう、樹里さん、愛さん」
美紗は何年経っても弥生の名前を覚えられません。
(クソババア、もう来るな)
弥生は心の中で毒づきました。すぐに美紗に教えようと思う地の文です。
「ダメ、絶対!」
涙ぐんで地の文に懇願する弥生です。次に入って来たリムジンを見て、弥生はにこやかになりました。
「明けましておめでとうございます」
それには正式にグループの代表の一人に就任した夫の祐樹と長男の颯太、長女の深紅が乗っていました。
「おめでとうございます」
樹里は笑顔全開で応じました。弥生は夫と子供達に久しぶりに会ったので、感激しています。
「今朝も会ったわよ!」
捏造を繰り返す地の文に切れる弥生です。颯太と深紅は弥生に抱きついています。
「明けましておめでとうございます」
そこへ麻耶の下僕が現れました。
「下僕じゃないです」
力なく地の文に抗議する市川はじめです。
「はじめ、遅いわよ!」
口では怒っているふりをしながらも、嬉しそうに駆け寄る麻耶です。
「麻耶ちゃん」
はじめは怯えながら応じました。
「怯えてなんかいないわよ!」
地の文の間違った描写に切れる麻耶です。
「さあ、行きましょう」
麻耶ははじめの手を取って奥へ駆けて行きました。
その後も、途切れる事なく来客が訪れ、樹里と弥生は何度お辞儀をしたかわからないくらいでした。
「そろそろ、旦那様のご挨拶が始まります」
弥生が言い、樹里と二人で大広間へと行きました。そこには、何百人もの招待客がいました。演壇の上には、五反田氏と澄子、そして麻耶とはじめの姿があります。
「いよいよ、発表かな?」
近くにいた祐樹が意味深な事を呟きました。
「え? 何?」
弥生が尋ねましたが、
「見ていればわかるよ」
祐樹は教えてくれませんでした。
「皆さん、あけましておめでとう。今年も今までと同様、よろしくお願いします」
五反田氏は澄子、麻耶、はじめと一緒に頭を下げました。そして、
「今日ここに、我がグループの後継者を発表します」
五反田氏ははじめを見て、
「娘の麻耶の婚約者である市川はじめ君です。皆さん、拍手をお願いします」
言われたはじめは仰天していました。来客が盛大な拍手を贈りました。
「さあ、はじめ、前へ出て」
麻耶に促されて、はじめは戸惑いながらも、一歩前に出ました。
「只今、ご紹介に与りました、市川はじめです。若輩者ではありますが、粉骨砕身、グループのために努めたいと思います。どうぞ、よろしくお願い致します」
はじめはぎこちなさがありながらも、立派にスピーチをこなしました。
大広間が揺れるくらい、拍手が起こりました。麻耶は目を潤ませてはじめに近づき、抱擁しました。はじめはびっくりしましたが、抱擁を返しました。
樹里と弥生も盛んに拍手を贈りました。
めでたし、めでたし。