樹里ちゃん、年越し蕎麦を食べる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は大晦日です。樹里は既に年末年始休暇に入っています。
「消化できなかった有給休暇を使いましたから、安心してください」
履いてますよの言い回しで、不甲斐ない夫の杉下左京に告げる樹里です。他意は全くありません。
「そうなんですか」
今年も、不甲斐ない結果に終わった左京は、引きつり全開で応じました。
(今年も樹里の扶養家族として終わるのか)
理想のヒモとしての道を着実に歩いている左京です。
「かはあ……」
図星の中心核を突いた地の文のせいで、血反吐を吐く左京です。
でも、波◯砲は発射しません。
樹里が休暇に入ったので、あの人達やあの人の登場はありません。
「樹里様、瑠里様、冴里様、乃里様、萌里様、良いお年をお迎えください!」
滑り込みで登場する昭和眼鏡男と愉快な仲間達ですが、来年はもっと登場回数が減ると思う地の文です。
「やめてください!」
血の涙を流して地の文に抗議する眼鏡男達です。
「樹里さーん、良いお年を!」
お騒がせメイドの目黒弥生も一言だけ挟み込みました。
来年は夫の祐樹が海外へ転勤するので、登場は大幅に減ると思う地の文です。
「やめてー! 祐樹には単身赴任してもらうから!」
仮面夫婦の面目躍如だと推察する地の文です。
そんな樹里一家のところに迷惑な来客が現れました。
「誰がクレイマーだ!」
地の文の正直な紹介に切れる母親の由里です。元夫の赤川康夫と現夫の西村夏彦も一緒です。
娘の真里と希里と絵里、そして三つ子の紅里、瀬里、智里も来ています。
「お母さん、騒がないでよ」
姉の璃里と夫の竹之内一豊も来ています。娘の実里と阿里もいます。
「久しぶり!」
真里達と実里達は瑠里達と感動の対面をしています。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
左京と一豊は静かに挨拶しました。
「それにしても、これだけそっくりな顔が揃うと、目が回りそうですね」
一豊が左京に囁きました。
「そうですね」
左京は苦笑いをしました。
「それじゃあ、始めようかね」
由里と璃里と樹里はキッチンで蕎麦を打つ用意をしました。
夏彦と康夫は夏彦の店から持って来た大鍋をキッチンへ運びました。
一豊と左京は三十キロ入りの蕎麦粉の袋を運びました。
由里と璃里はテーブルの上を片付けて、大きな白い布を広げました。
「三人で一斉に蕎麦を打つからね」
由里、璃里、樹里が大きめのボウルに蕎麦粉を入れて、水で溶きます。
真里と実里と瑠里は食い入るように見ていますが、他の子達はリヴィングルームでカード遊びをしていました。
「私達は小さい子の面倒を見ているのよ!」
遊んでいると言われた希里と絵里が地の文に切れました。
由里と璃里と樹里は攪拌を終えると、蕎麦粉をテーブルの上に出し、こね始めました。
「手早くね」
由里はいつになく真剣な表情で、璃里と樹里に言いました。
「はい」
璃里と樹里も真剣です。瑠里達はママの真顔を見て、ビクッとしました。左京もです。
「お湯を準備して!」
由里の声にビクッとして、夏彦が大鍋をコンロにかけ、火を点けました。
樹里達は蕎麦粉を菊練りからへそ出しという形にしました。
それをひっくり返すと、上から押し潰すようにします。布に打ち粉をして、蕎麦玉をのしていきます。
ここで麺棒を使って、更に薄く広くのしていきます。
均一な厚さにのしたら、打ち粉を振って、たたんでいきます。
「厚さを均等にしてね」
由里達は一斉に包丁で蕎麦を切りました。心地よいリズムで見事に切っていく三人を陶然とした顔で見守る瑠里達です。
「素早くね」
由里は切り終わった蕎麦を手際よく沸騰したお湯に入れていきます。
「蕎麦つゆ、用意して!」
由里が夏彦と康夫に言いました。
「そうなのかね」
夏彦より先に康夫が動き、あらかじめ居酒屋の厨房で仕込んで来た蕎麦つゆをワゴンに載せました。
「年越し蕎麦だから、冷たくても温かくてもいいけど、年内に残さず食べるのがマナーだよ」
由里が言いました。
「ガッテン!」
カード遊びに飽きた冴里達がキッチンにやって来て応じました。
左京と一豊は冷たいもり蕎麦を食べました。康夫と夏彦ももり蕎麦です。
萌里は温かい蕎麦を樹里が用意しました。
由里と璃里と樹里は、温かいかけ蕎麦を食べました。
実里と瑠里と真里は大人な感じのもり蕎麦を食べました。
冴里、乃里、阿里、希里、絵里は温かいかけ蕎麦を、紅里、瀬里、智里はもり蕎麦を食べました。
「どんどんお代わりしてね」
由里が言いました。
「はい!」
瑠里と実里を先頭に次々に蕎麦を食べていきます。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そんな慌てなくてもまだたくさんあるから」
璃里はあまりにもがっついて食べる実里と阿里に注意しました。
「打った甲斐があったね」
由里が微笑むと、
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなのかね」
康夫も笑顔全開です。
夕方から始まった年越し蕎麦の食事会は、全て食べ終わる頃には、乃里と萌里が眠くなっていました。
「もう遅いから、お風呂入って」
璃里が言うと、
「入ろう!」
真里と希里と絵里が、実里、阿里、瑠里、紅里、瀬里、智里を誘って行きました。
「パパ、覗かないでね」
瑠里が戯けて言うと、
「そんな事、した事ないだろ!」
真っ赤になって否定する左京です。ちょっと本気にした夏彦が左京を睨みました。
「この家の浴室は広くて、いいですね」
一豊がうっかり言ってしまいました。
「ウチのお風呂も、もっと広いといいわね」
璃里が半目で応じました。
「あはは」
顔を引きつらせて応じる一豊です。
(璃里さん、怖い)
左京はこっそり思いました。
「お姉ちゃん達が出たら、すぐに入りましょう」
樹里が、冴里、乃里、萌里に言いました。
「うん、ママ」
冴里達はママと入れるので嬉しそうです。
「パパ、のぞかないでね」
冴里が言いました。
「覗かないよ……」
項垂れて応じる左京です。
「私達は一緒に入ろうか」
由里が夏彦と康夫に言いました。
「えええ!?」
夏彦は仰天しました。
「そうなのかね」
康夫は笑顔全開で応じました。
「私達も一緒に入る?」
璃里がふざけて言うと、
「な、何言ってるのさ」
一豊は真っ赤になりました。
(羨ましい……)
左京は璃里さんと入りたいと思っていました。
「思ってねえよ!」
深層心理を見抜いたはずの地の文に切れる左京です。
めでたし、めでたし。




