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樹里ちゃん、大掃除を始める

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


「樹里さん、私達、毎日大掃除しているのですから、年末だからといって、更に大掃除をするのはどうかと思うのですが?」


 ここはすでに五反田邸のメイド更衣室です。いつもと違った展開に混乱している地の文です。


 仕事が嫌いなダメメイドの目黒弥生が言いました。


「仕事が嫌いな訳じゃないわよ!」


 正当な意見を述べた地の文に切れる弥生です。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。そして、メイド服に着替えると、さっさと弥生を置いてきぼりにして、更衣室を出て行きました。


「ああ、待ってください、樹里さん!」


 樹里が出て行ってしまったので、弥生は慌てて追いかけました。


「げ」


 更衣室を出ると、樹里は出勤前の五反田氏と話していました。恐らく、弥生を解雇する相談をしているのだと推察する地の文です。


「やめてー!」


 涙ぐんで地の文に懇願する弥生ですが、辞めるのは貴女の方です。


「勘弁してー!」


 遂に泣き出す弥生です。

 

 果たして、某長官とどっちが早くクビになるのか、ワクワクしてしまう地の文です。


「ううう……」


 四つん這いになってうめく弥生です。


「ああ、目黒さん、ちょっと」


 五反田氏が手招きして弥生を呼びました。


「は、はい」


 心臓が口から飛び出しそうになりながら、弥生は五反田氏と樹里に歩み寄りました。


「実は、邸の大掃除を業者に頼もうかと樹里さんに相談していたのだがね」


 五反田氏の言葉にホッとする弥生です。


「しかし、樹里さんがその必要はないと言ったので、いつものように二人で協力しておこなってくれたまえ」


 予想の遥か上空をいく展開に気絶しそうになる弥生です。


「じゃあ、頼んだよ」


 五反田氏は笑顔で玄関を出て行きます。


「行ってらっしゃいませ」


 樹里に続いて、何とか玄関を出た弥生は、五反田氏が乗り込む大型リムジンに頭を下げました。


「さあ、弥生さん、気合を入れて始めましょう」


 やる気満々の樹里の笑顔が眩しくて、弥生は目を細めました。


「はい……」


 そして、無気力に応じました。


 まずは普段通りに庭掃除からです。たくさんの落ち葉を熊手や竹箒を使って掻き集めます。


(あらゆるものが機械によってなされる令和の時代において、未だに人の手で掃除をしているこのお屋敷、大丈夫なのだろうか?)


 しかし、機械化の波に逆らうかのように樹里は落ち葉をフルスピードで集め、地域指定のゴミ袋に入れていきます。


(掃除機や吸引機を使うよりも効率的に仕事をこなす樹里さんの前には、どんな便利な家電や工作機械も無力だ)


 百パーセントの男を前にして絶望した主人公の心境になる弥生です。


(機械の身体を只で手に入れたいとか、幻想だな)


 悟ってしまう弥生でもありました。


 樹里のロボットを上回る仕事ぶりにより、庭掃除は午前中の早い段階で終了しました。


「ひいい」


 すでにダウン寸前の状態になっている弥生です。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。


「では、一休みしましょう」


 樹里は弥生が庭にある四阿あずまやの椅子でへたばっている間に温かい麦茶を淹れて持って来ました。


「あ、ありがとうございます……」


 樹里が注いでくれたカップの麦茶の温かさと樹里の気持ちの温かさに触れ、涙ぐむ弥生です。


 でも、解雇は決定事項です。


「助けてー!」


 一般的な義理の母親よりも陰険な地の文のせいで、叫んでしまう弥生です。


「はっ!」


 我に返ると、樹里はすでに玄関の車寄せの掃除を始めていました。


「樹里さん、私もします!」


 強制復活した弥生は、車寄せの柱を水で濡らしたブラシで擦りました。


「弥生さん、柱はこれで洗浄します」


 樹里が笑顔全開で手にしていたのは、高圧洗浄機でした。


「ええ!?」


 機械にあらがっているはずの樹里が機械を使う? 弥生はショックで立ちくらみがしました。


「ブラシで擦ると、柱の表面を傷つけてしまいますから、水圧で汚れを落とす方がいいのです」


 樹里は笑顔全開で洗浄を始めました。


「確かに……」


 やはり、人間は機械に勝てない。また絶望する弥生です。


 高圧洗浄機の圧倒的な力により、車寄せは立ち所に綺麗になりました。


「では、続いて窓の掃除を開始します」


 樹里はその高圧洗浄機のパワーを存分に利用して、一階の窓という窓を綺麗にしていきました。


 噴射する水に洗剤を混ぜているので、汚れ落ちは凄まじいの一言です。


「綺麗になりましたね」


 暇そうな警備員さん達が言いました。


「暇じゃないです!」


 心無い言葉を投げかけるのが好きな地の文に抗議する警備員さん達です。


 しばらくぶりの登場なのに、扱いが酷いと思っています。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 そして、樹里の鬼も逃げ出す程のスピード感を持った仕事により、一階の表の窓掃除は午前中で終了しました。


 何もしていない弥生はやはり某長官より早くクビになりそうです。


「ううう……」


 実際、自分があまり役に立っていないのを感じている弥生は、ぐうの音も出ませんでした。


(私は必要とされていない……)


 どんどんネガティヴになっていく弥生です。


「弥生さん、お昼ご飯にしましょう」


 樹里は高圧洗浄機を物置に片付けて言いました。


「はい……」


 働かざる者、食うべからず。御徒町家の鉄の掟が弥生の背中に重くのしかかりました。


「かはあ……」


 そのプレッシャーに血反吐を吐きそうになる弥生です。


「どうしたのですか、弥生さん?」


 樹里がありあわせのもので作ったお昼ご飯を前にして、弥生は落ち込んでいました。


「あ、すみません、すぐに食べます」


 弥生は急いで食事をしました。


「急がなくてもいいですよ、弥生さん」


 樹里が笑顔全開で優しい言葉をかけてくれたので、弥生は泣いてしまいました。


「早退してください。無理は禁物ですよ」


 樹里は優しく弥生の肩を抱きしめました。


「ありがとうございますう」


 弥生は立ち上がって樹里に抱きつきました。


「顔が真っ赤ですよ。熱もあるみたいです。帰宅したら、暖かくして、早めにやすんでくださいね」


 樹里は弥生が不調なのをすぐに見抜いていました。


「旦那様も弥生さんが具合が悪そうだから、早く帰らせてあげなさいとおっしゃっていたのです。でも、頑張り屋の弥生さんは、そんなすぐには帰ろうとしないだろうと思って、様子を見ていました。でも、もう限界ですから、身体を休めてくださいね」


 樹里の笑顔に弥生は号泣しました。


 めでたし、めでたし。

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