樹里ちゃん、なぎさと再会する
御徒町樹里は居酒屋メイドです。
久しぶりに完全復帰した日は、夜通し騒ぎ捲る樹里信者達で店は大賑わいでした。
店長は大入り袋を従業員に振舞いましたが、中身は百円です。
そんなある日、居酒屋に樹里の親友である船越なぎさがやって来ました。
相変わらず歩くと「キャピキャピ」と音がしそうです。
何故かなぎさは深刻な顔をしています。
「どうしたんですか?」
親友を心配して、樹里が声をかけます。
「樹里、聞いてよお。私のアパートに泥棒が入ったのよ」
「そうなんですか」
樹里は笑顔で応じます。
普通の人なら怒り出しますが、なぎさも樹里の親友なので怒ったりしません。
「ドロントさんですか?」
樹里が尋ねます。するとなぎさは、
「誰それ? そんな貧乳みたいな人、知らないわよ」
知っているような気がする言い方です。
ドロントが聞いたら激怒するでしょう。
「そうなんですか」
樹里は相変わらず笑顔です。
「でもさあ、盗まれたのが、私が大事にしてたフィギュアだけだったから、警察も真面目に話を聞いてくれなくてさ」
「そうなんですか」
なぎさは樹里を見て、
「貴女の彼氏って、探偵よね?」
「違います」
「あれ? 違うの?」
なぎさはキョトンとします。
「夫です」
樹里が言いました。するとなぎさは、
「彼とは別れたんだ」
と妙な納得の仕方です。
「それも違います。探偵が夫です」
「え? じゃあ、結婚したんだ」
なぎさはようやく理解しました。
この二人の会話は落語以上に支離滅裂です。
「はい」
「私、結婚式に呼ばれてないよ」
なぎさは口を尖らせます。
「すみません、結婚式は挙げていません」
「何だ、結婚してないの?」
話が完全に堂々巡りです。
「ま、いっか。とにかく、泥棒の事を調べて欲しいのよ。お願いしていい?」
なぎさはどうやら探偵である杉下左京に仕事を依頼したいようです。
「わかりました。私から連絡しておきます。ここが事務所の住所です」
樹里は自分の名刺をなぎさに渡しました。
「ありがとう。明日行ってみるね」
なぎさは食事をして帰りました。
そして次の日の朝です。
左京が事務所に行くと、ドアの前になぎさが立っています。
(最近、朝一の客が多いな)
左京は樹里からなぎさの事を聞いていたので、
「船越なぎささんですね? 探偵の杉下左京です」
「え? どうして私の名前がわかるんですか? 凄いですね、探偵さん」
さすが樹里の親友だと左京は思いました。
左京は事務所になぎさを通して、ソファで話を聞きます。
「実は、生き別れの妹を探して欲しいんです」
「は?」
左京は樹里から聞いていた依頼内容と違うのでビックリしました。
「あの、泥棒の件ではないのですか?」
「泥棒は諦めました。妹の方が心配なので」
「そうですか」
樹里の交友関係は恐ろしい。左京は心の中で震えました。
「では、妹さんの特徴を教えて下さい」
左京は調査票を取り出してペンを持ちます。
「双子なので私にそっくりです。性格も私と同じです」
こんなのがもう一人? 左京はますます怖くなります。
「いつ離れ離れになったのですか?」
左京は更に質問します。するとなぎさは指で数え始めます。
(数えられる程度なのか?)
左京は不安になって来ました。
「生まれてすぐです」
いや、それなら数えるなよ! それに生まれてすぐなら、性格とかわからねえだろ!
左京は怒鳴りたい気持ちを抑え、
「そうですか。だとすると、難しいですね」
「そんな事言わないで下さい。お金ならいくらでも出しますから」
その一言で契約成立です。
「貴女の本籍と住所を教えて下さい。調査の参考にしますので」
「はい」
なぎさはバッグの中なら運転免許証を出しました。
「……」
左京は思います。
(こいつに免許取らせたの、誰だよ!?)
左京は顔を引きつらせて笑い、それを書き写します。
しばらくしてなぎさは帰りました。
そこへお騒がせ所員の宮部ありさがやって来ます。
「左京ったら、また若い女の子引き込んでたの?」
「違うよ! 樹里の友人だ」
「え? 樹里ちゃんの友達に手を出したの?」
ありさが後退りして言います。
(どうして俺の周りにはこんな奴しか集まらないんだ?)
左京は自分の身の不幸を嘆きました。
「クライアントだよ。双子の妹を探して欲しいんだってさ」
「あらま、本格的な依頼ね」
ありさは驚きました。
「かなり雲を掴むような依頼だが、金ならいくらでも出すと言っていたので引き受けた」
「わーい、ボーナス!」
ありさが喜んだので、
「何でだよ!?」
左京が切れます。
夕方になり、今日は居酒屋が休みの樹里が来ました。
「只今戻りました」
樹里は笑顔で言います。左京が樹里を見て、
「樹里の親友の船越さんが来たよ。依頼の内容が変わって、生き別れの妹さんを探す事になった」
「そうなんですか?」
樹里は何故か首を傾げています。
「どうしたんだ?」
左京が尋ねます。すると樹里が衝撃的な事を言います。
「なぎささんは一人っ子ですよ」
「……」
思わず項垂れる左京です。
その頃、なぎさは街を歩いていてふと思いました。
「あ、私には妹なんかいなかった」
めでたし、めでたし。




