樹里ちゃん、市川はじめとデートする?
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は日曜日です。長女の瑠里の提案で、樹里は不甲斐ないのが取り柄の夫の杉下左京とデートをする事になりました。
「不甲斐ないのが取り柄って何だよ!」
誉めたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「留守番は任せて、一日楽しんで来てね」
樹里の姉の璃里が来て言いました。
ああ、できればお義姉さんとデートしたい。先日の璃里とのキスが忘れられない左京は思いました。
「やめろ!」
動悸が激しくなって倒れかけた左京が気力を振り絞って地の文に切れました。
「思い出させないで!」
璃里も地の文に切れました。
「行ってらっしゃい、ママ」
瑠里と次女の冴里が言いました。
「いってらっしゃい、ママ」
三女の乃里と四女の萌里が言いました。
「ワンワン!」
ゴールデンレトリバーのルーサが、
「頑張れよ!」
左京に言っているかのように吠えました。
「いきましょうか、左京さん」
樹里は笑顔全開で左京と腕を組みました。
「お、おう」
顔を引きつらせて樹里に応じる左京です。
「パパ、大丈夫かしら?」
ファザコンの瑠里は思いました。
「ファザコンじゃないわよ!」
顔を赤らめて地の文に切れる瑠里です。それを横で半目になって見ている冴里です。
「パパ、まいごになっちゃうの?」
乃里が見当違いのボケをしました。
「そうじゃなくて……」
苦笑いする瑠里と冴里です。
左京と樹里は近くの東京フレンドランドに着きました。徒歩圏内のデートとは、左京らしいと思う地の文です。
「お化け屋敷、また潰れたのですね」
樹里は、閉鎖されたお化け屋敷の建物を見ました。
「そうみたいだな」
お化け屋敷にはいい思い出がない左京は素っ気ない返事をしました。
「観覧車に乗ろうか」
高いところが好きな左京が提案しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
二人は観覧車に向かいました。観覧車は人気のアトラクションなので、長い列ができていました。
「これは時間がかかりそうだな」
並ぶのが苦手な左京はうんざりした顔になりました。
「あ、樹里さん、左京さん」
そこへ格差カップルが現れました。左京と樹里より格差があります。
「うるさいわね!」
地の文の指摘に切れる五反田麻耶と、その従者の市川はじめです。
「麻耶お嬢様、はじめ君、こんにちは」
樹里は笑顔全開で応じました。
「奇遇ですね。こんにちは」
左京はにこやかに応じました。
「こんにちは。デートですか?」
麻耶が尋ねました。
「ええ、まあ」
従者が照れ臭そうに言いました。
「従者じゃねえよ!」
正しい立場を表現した地の文に切れる左京です。
「私達も、しばらくぶりに休みが取れて、デートなんです」
麻耶は嬉しそうですが、はじめはつらそうです。
「そんな事ないわよ!」
はじめの本心を見抜いた地の文に切れる麻耶です。
「大学に通いながら、仕事の勉強をするのは大変でしょう?」
左京が言うと、
「それは苦になりません。職場でも時々ですけど、会えてはいるんです。でも、一日一緒にいられるのはごく稀なので」
麻耶は頬を赤らめて、はじめをチラチラ見ています。
「僕も、麻耶ちゃんと長い時間一緒にいられるのは久しぶりなので、ウキウキしています」
はじめは棒読みで言いました。
「そんな事はありません!」
地の文の指摘に動揺して抗議するはじめです。
「やだ、はじめったら」
麻耶はクネクネしました。はじめは「麻耶ちゃん」なのに、麻耶は「はじめ」と呼び捨て。立場がはっきりしたと思う地の文です。
(はじめ君、頑張れよ)
左京は心の中で応援しました。
やがて、二組が観覧車に乗る順番になりました。
「あの、樹里さん、交代してくれない?」
麻耶が樹里に囁きました。
「いいですよ」
樹里は笑顔全開で応じて、はじめと一緒にゴンドラに乗りました。
「え? あの?」
左京は樹里とはじめが同じゴンドラに乗ったので、焦りました。
「左京さん、私とじゃ嫌ですか?」
麻耶に小首を傾げられて、
「そんな事ないです!」
二つ返事で応じるバカ左京です。
「どういう事ですか、麻耶さん?」
左京はゴンドラの扉が閉じると、麻耶に真意を尋ねました。
「私、左京さんに謝らなければいけないと思って、樹里さんと交代してもらったんです」
「謝らなければならないって、何の事ですか?」
左京は何も思い当たらないので、首を傾げましたが、全然可愛くありません。
「そんなつもりはねえよ!」
ツッコミが激しい地の文に切れる左京です。
「高輪姉妹の事です」
麻耶は気まずそうに左京を見ました。
「ああ、その事ですか」
左京は苦笑いしました。あれはあれで、ラッキーな事ですからと思っています。
「思っていねえよ」
左京は双子の妹の方の侯子とのキスを思い出して、やや静かに切れました。
「私、全然彼女達と交友はないのですが、はじめが彼女達と高校でクラスが一緒だった事があって、好意を寄せられていたらしいんです」
麻耶は俯いてしまいました。
(話すのがつらいのかな?)
左京は麻耶の気持ちを案じました。でも、不倫はしたくないと思いました。
「……」
地の文のあざといボケに何のリアクションもしない左京です。若干悔しい地の文です。
「はじめは、はっきり断わったようなのですが、彼女達は諦めずに大学まで一緒にして来て、はじめをストーカーのように追い続けていたんです」
麻耶は意を決して顔を上げました。
「そうだったんですか」
左京は麻耶を見つめて応じました。
「私、それに気づいてあげられなくて、結局左京さんにまで害が及ぶ結果になってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
麻耶は頭を下げました。あの麻耶が頭を下げたのです。
「どういう事よ!」
地の文の言い回しに切れる麻耶です。
「いやいや、自分は大丈夫ですから。はじめ君を気遣ってあげてください」
左京は麻耶が涙ぐんでいるのに気づき、頭を掻きました。
「ありがとうございます、左京さん」
麻耶は左京の右手を両手で包み込むように握りました。左京は思わず赤面しました。
ゴンドラは一周して下に着きました。
左京と麻耶が降りると、樹里とはじめが待っていました。はじめは心ここに在らずの顔をしていました。
「はじめ、何その顔は!? 樹里さんと一緒に乗れて、嬉しかったみたいね!?」
麻耶のヤキモチが炸裂しました。
「いや、あの、誤解だよ、麻耶ちゃん。そんな事ないって!」
嫌な汗をしこたま掻きながら、必死に弁明するはじめです。
「いいカップルだな」
左京は樹里の肩を抱いて言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。