樹里ちゃん、「麻耶の親友」の策略を撃退する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
不甲斐ない夫の杉下左京が、また新しい不倫相手を見つけて堂々と不倫を始めました。
「違う!」
高輪姫子の双子の妹の侯子を押し退けながら地の文に切れる左京です。
「ちょっと、左京さん、その子、誰ですか!?」
間が悪い事に元不倫相手の坂本龍子弁護士が左京と侯子がキスをしているのを目撃しました。
「元不倫相手じゃねえよ!」
更に切れる左京ですが、龍子はモジモジしています。
「あら、おばさん、何かしら? 貴女、左京さんの愛人?」
侯子は不遜な態度で尋ねました。
「誰がおばさんだ! 弁護士の坂本龍子よ!」
龍子が侯子に切れました。愛人は否定しないようです。
「それは、その……」
またモジモジする龍子です。
「この人は以前、猫の捜索を頼まれたクライアントです。それ以外の何者でもありません」
左京は逆上している龍子に必死に弁解しました。
「なるほど。樹里さんにきっちり報告しますね、左京さんが依頼人とキスをしていたって」
嫉妬深い龍子が言いました。
「うるさいわね!」
真実を言ったはずの地の文に切れる龍子です。
「待ってください、誤解なんです! あれは事故です!」
焦った左京が叫びました。すると侯子が、
「ひどい。あんなに愛し合ったのに、事故だなんて、酷過ぎる!」
龍子もドン引きする程の嘘泣きをしました。
「どうやら、ハニートラップに引っかかったようですね。貴女、演技が幼稚園児より下手よ」
数々のいざこざを見て来たベテラン弁護士の目は誤魔化せませんでした。
「左京さん、前にも言ったはずですよ。私を通さない依頼を受けないようにって。だからこんな変な女に引っかかるんですよ!」
龍子のきつい言葉に左京は項垂れました。
「すみません……」
それを聞いた侯子は、
「私を美人局だって言うのね? 親友の麻耶に言い付けて、あんたなんか弁護士をしていられないようにしてやるから!」
激怒して言いました。
「え?」
龍子は「親友の麻耶」と聞き、ギョッとしました。麻耶の性格の悪さはよく知っているからです。
「誰が性格が悪いって!?」
どこかで聞きつけて、地の文に凄む五反田麻耶です。
「え? どういう事ですか?」
龍子は顔をひくつかせて左京を見ました。
「その子の言う通りです。高輪姫子さんは麻耶さんの親友なんです」
左京はバツが悪そうに言いました。
「えええ!?」
ヤクザの事務所にも単身乗り込んで一歩も引かないと言われている龍子でも、五反田グループのトップの五反田六郎氏の愛娘の親友と聞けば、さすがに足が震えます。麻耶は情け容赦がない事で有名だからです。
「やめなさいよ!」
陰口を続ける地の文にまたどこかで切れる麻耶です。
「覚悟しておきなさいよ、坂本先生」
侯子はニヤリとすると、事務所を出て行きました。龍子は呆然としてそれを見送りました。
「大丈夫ですか、坂本先生?」
左京はよろけた龍子を支えました。
「左京さん、どうしましょう、私、潰されるかも……」
龍子は左京の同情を引こうとして涙ぐみました。
「そんなつもりはないわよ!」
深層心理を読み取った地の文に切れる龍子です。
「あの子が何を言おうと、麻耶さんはお父さんに貴女を潰すようになどと言ったりしませんよ。麻耶さんは優しい人ですから」
左京が微笑んで言いました。
「そうですか……」
ああ、この人は麻耶さんに好意を寄せている。ダメだ、私の味方ではない。龍子は思いました。
「そんな事、思ってないわよ!」
心情を捏造した地の文に切れる龍子です。
一方、五反田邸を訪問している姫子は、侯子からラインを受け取りました。
(邪魔が入って作戦は失敗。坂本龍子弁護士を潰す計画を進めて)
姫子は舌打ちしましたが、
(麻耶に告げ口して、その女を潰させる)
返信して、スマホをしまいました。
「どうぞ」
そこへ樹里が戻って来て、三杯目のオレンジジュースをテーブルに置きました。
(さすがにこれは一気に飲めそうにない)
オレンジジュース二杯が胃の中でタプタプしているのを感じながら、姫子はグラスを見つめました。
「先程、お嬢様からご連絡がありまして、今日は遅くなるとの事です。如何されますか?」
樹里が笑顔全開で尋ねました。
「そうですか。わかりました。ではこれで失礼します」
左京の誑かしができなかった以上、長居は無用と判断した姫子は、さっさと帰る事にしました。
「オレンジジュースはどうされますか?」
樹里が訊きました。
「あ、いただきます」
卑しい姫子は、高級なオレンジジュースだと思い、飲み干しました。
「ぐ……」
すると、さすがに胃腸が悲鳴を上げて、一気に腹痛が襲って来ました。
「お手洗いをお借りできますか?」
姫子は脂汗を噴き出しながら、言いました。
「はい、こちらです」
樹里は笑顔全開で姫子を来客用のトイレに案内しました。
「樹里さん、すみません、さっきお出ししたジュース、消費期限が過ぎていて、処分するものでした。申し訳ありません」
目黒弥生がキッチンから走って来て言いました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「ぐおおお!」
その頃、姫子はトイレでもがいていました。
「あ」
その時、樹里のスマホに麻耶から着信がありました。
「はい、樹里です」
樹里が応じると、
「ごめんなさい、樹里さん、今日は遅くなるってさっき目黒さんに伝えたんだけど、やっぱり樹里さん達がいるうちに帰れそうだから、晩御飯には間に合いそうなの。はじめ君の分もお願いできる?」
麻耶が言いました。
「大丈夫ですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。そして、
「本日、お嬢様のご友人の高輪姫子様がお見えなのですが、お約束はされていなかったのでしょうか?」
尋ねました。
「え? 高輪姫子? 誰、それ?」
麻耶には全く心当たりがありませんでした。モブキャラ決定の姫子です。
「ご存じありませんか?」
樹里が言いました。
「全然。聞いた事もない名前ね」
麻耶が追い討ちをかけました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。