樹里ちゃん、神戸蘭に嫉妬する?
御徒町樹里はメイドです。
旅の僧は別の世界のお話なので、関係ありません。
樹里は亀島馨と居酒屋で会い、話をしました。
夫である杉下左京は亀島の行動に酷くショックを受けていたようです。
「樹里」
その日は二人で同じ布団に寝ました。
狭いせいです。決して左京の邪な心の現われではありません。
「左京さん」
樹里が不意に言います。
「どうした?」
「私達、結婚したのですよね?」
樹里の潤んだ瞳が左京の胸を締めつけます。
(こ、これはもしかして……)
左京の鼻息が荒くなりました。
「そ、そうだよ」
「だったらどうして……」
樹里が言葉を切ります。
(絶対そうだ、間違いない!)
左京は布団から出て服を脱ぎ始めます。
「どうして私は『御徒町樹里』のままなのですか?」
「……」
トランクス一枚になった左京は間抜けな顔をして樹里を見ます。
その問題を左京に訊いても答えは出ません。作者が何も考えていないだけですから。
「どうしたんですか、左京さん?」
樹里が不思議そうに見上げたので、左京は真っ赤になり、
「ああ、別に何でもないよ」
と慌ててパジャマを着ます。
「私と寝ていると暑いですか?」
樹里が悲しそうに言うので、左京は焦ります。
「ち、違うよ」
左京は布団に戻り、樹里を抱きしめます。
「樹里と寝ているととても温かくて気持ちいいよ」
「そうなんですか」
樹里は笑顔になりました。
(俺はこの笑顔のために毎日頑張っているんだ)
左京はギュッと樹里を抱きしめます。
「左京さん」
樹里はもう寝ていました。
「相変わらず、寝つくのが早いな」
左京は苦笑いです。
翌日です。
左京が探偵事務所に行くと、ドアの前で神戸蘭が待っていました。
「おはよう、左京」
「おう。どうした?」
蘭はドアを見て、
「話が長くなるから、中で」
「わかった」
二人は事務所に入り、ソファに座ります。
「ねえ、警視庁に戻るつもりない?」
「今はない」
やっと軌道に乗りかけているのを今更投げ出せない。
それくらい、蘭にもわかるはずだ。
左京は思いました。
「そう」
蘭は寂しそうに微笑みます。
「何かあったのか?」
左京は蘭の様子が変なので尋ねました。
「貴方がいなくなって、亀島君がいなくなった上、ドロントの手下になって……。いろいろありすぎて疲れちゃった……」
蘭は涙ぐんでいます。これは左京を落とす作戦かも知れません。
「違うわい!」
また地の文に突っ込む蘭です。
「蘭……」
恋人同士だった事もあったかな?
有名なアニメの台詞を真似るまでもなく、二人は元恋人同士です。
「あーら、お邪魔様」
そこへ本当にお邪魔な宮部ありさが現れました。
「何よ、ありさ?」
蘭は慌てて涙を拭います。するとありさはニヘラーとして、
「蘭、ダメよん、誘惑しちゃ。左京は樹里ちゃんと入籍したんだから」
蘭はえっという顔で左京を見ます。
「言わなかったっけか?」
左京は軽く言います。蘭は立ち上がると事務所を飛び出しました。
「蘭!」
左京は追いかけようとして躊躇います。
「何してんのよ、左京。追いかけなさいよ。元恋人同士なんでしょ? 義理にかけた事したの、あんたなんだから、きっちり謝りなさいって!」
ありさがポンと背中を叩きます。
「わ、わかった」
左京は蘭を追いかけました。
「私ってお人好しね」
ありさは悲しそうに微笑みます。
蘭はビルの前に立っていました。
「蘭」
左京は息を切らせて声をかけます。蘭が潤んだ瞳で振り返ります。
「俺が悪かった。許してくれ」
「左京」
蘭が左京に抱きついて来ました。
「おい……」
左京は泣いている蘭を見て突き放す事ができず、優しく抱きしめます。
「ちょっと、何してんのよ!?」
蘭は左京からもがいて離れました。
「え?」
左京には意味がわかりません。
「ここに停めといた車、レッカー移動されたのよ! それであんたに連絡してもらおうと思って近づいたら、段差に躓いただけなのに、何であんたに抱きしめられるのよ!」
「そ、そうなのか……」
鈍い左京には、それが蘭の強がりだとわかりません。
悲しい女の一人芝居です。
「うるさわね!」
また地の文に突っ込む蘭です。
「ああ、もう、今日はホントに嫌な日!」
蘭はプンプンしながら歩き出し、携帯を取り出します。
「何なんだよ、あいつ?」
左京は呆然としていました。
更にそれを離れたところから樹里が見ていました。
「左京さん?」
彼女からは、蘭と左京が抱き合っていて嫌がる蘭に尚も左京が迫っているように見えました。
半分は樹里の妄想です。
樹里はそのまま回れ右をして、帰って行きました。
左京は、樹里が時間になっても来ないので携帯に連絡します。
「出ない。どうしたんだろう?」
ありさがニヤニヤして、
「どこかで浮気? 旦那が元恋人と浮気したから」
「違うよ!」
左京はそう言いながらももの凄く不安です。
「今日は臨時休業だ、ありさ」
「ええ?」
ありさは驚いてしまいます。
「今日は出勤扱いだからねえ!」
「わかってるよ!」
左京は振り返らずに走り去ります。
左京がアパートに戻ると、樹里が荷物をまとめていました。
「おい、どうしたんだ?」
樹里は左京を見上げて、
「蘭さんとお幸せに」
とだけ言うと、荷物を持ち、部屋を出て行こうとします。
左京はその言葉に全てを悟りました。
(見てたのか、あれを?)
「誤解だ、樹里。蘭とは違うんだって!」
「……」
樹里は悲しそうな顔で左京を見ると、ドアを開けます。
「慌てん坊同士なんだから、全く」
外に蘭が立っています。
「樹里、私はこいつに警視庁に戻らないかって言いに行っただけよ。別に貴女が心配するような事は何もないんだから」
「そうなんですか?」
樹里は改めて左京を見ます。
「そうだよ。誤解だって」
樹里はもう一度蘭を見ます。
「そうよ。それに、私は人の物が欲しくなるほど男に困っていないわよ」
「そうなんですか」
樹里がようやく笑顔になります。
「じゃ、そういう事で」
蘭は涙を堪えて背を向け、歩き出します。
「嬉しいな」
左京が樹里を後ろから抱きしめます。
「どうしてですか?」
樹里は不思議そうに左京を見上げました。
「樹里が嫉妬してくれたから」
「そうなんですか」
左京は樹里が赤くなったのを初めて見ました。
「さ、仕事に行こうか」
「はい」
二人は事務所に歩き出します。
「ありさ、仕事だ」
左京は携帯でありさを呼び出します。
「えええ!? もう飲んでるんですけど」
「早過ぎだよ、お前」
呆れる左京です。